ウキウキ呑もう! ニコニコ食べよう!

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【ジーランディア】失われた大陸 新発見っていうリアルな地球認識

< 21世紀になって新大陸発見って ホンマでっか? >

ボーッと暮らしていて、チコちゃんに叱られっぱなしの身としては、全く知らぬ存ぜぬの世の中、最先端のことって、けっこういっぱいあるんですけれど、その1つ「海底地図化計画」


へええ~、さいでっか。海底の地図でっか。って感じなんですけど、1990年代から世界的に進められている観測衛星による海底地形調査っていうのがあって、2030年までには地球全部の海底を地図化するんだそうです。


そんな活動、知ってました?
地球の成り立ちを知るためってことなんでしょうかね。


考えてみますと、バーチャルリアリティなんかもですね、ずいぶんと発展して来てまして、おおーっ、リアル~っとかね、はしゃいだりしておりますんですが、実は、リアルな地球のことって、知らないことたくさんあるんでしょうね。
ホントいろいろ知らないです。


でもさあ、海底が全面的に地図になったからって、なんか楽しい? だれがウレシイの?


とかね、思っちゃう人も居られるでしょうけれども、それこそ「デジタル地球儀」なんかでリアルな観測データが、地上の凸凹、そして海底の凸凹が再現されれば、それはそれで、へええ~って思えて、楽しくウレシイ気持ちになれるような気がします。


得とか実利とかじゃなくってですね。ホントのリアルを実感できる。

 


世の中は「量子コンピュータ」とかが出てきて、今の世界最速スーパーコンピュータ「富岳」なんかもオッソイ! ってことになっていくんでしょうけれど、進化ってやつにはなかなかついていけませんね。
天気予報なんかもね、どんどん進化しているのが実感できます。


ただですね、人類がどこまで地球のリアルを知っているのか、ふむふむって考えさせられる文章を見つけました。


1940年、昭和15年に、物理学者「中谷宇吉郎(なかやうきちろう)」が書いた「地球の円い話」っていう随筆です。青空文庫で読めます。

 

中谷宇吉郎っていう人は、雪の結晶の研究を進めて、1936年に世界初の「人工雪」を作ったことで知られている人ですね。
中谷宇吉郎の人工雪はあくまでも学術研究のためのもので、商業利用には利用されていないんだそうです。


「地球の円い話」は「地球が円いという話は、何も珍しいことではない。今日では大抵の小学生が皆知っている通りである」と始まっています。


で、円いっていうことを表すのに、コンパスで書いたマルの図を示しています。
直径6cm、線の幅は0.2mmの円です。


そしてこんなことを言います。
地球の表面にはヒマラヤの山もあれば、日本海溝のように深い溝もある。はたまた地球は南北方向に縮んだ楕円形なので、完全な円ではないという事実があるけれども、実際には円だと捉えてイイ。


コンパスで書いた直径6cmの円を地球の直径12,742㎞を表したものと考えれば、線の幅0.2mmは44㎞ほどということになる。
エベレストの標高は8.9㎞、エムデン海溝の深さが10.8㎞なので、地表の凸凹の距離は20kmに満たない。


つまりコンパスで書いた円の線の幅の半分にも達していない。


楕円ということについても、赤道方向の半径より南北の半径が22㎞短いだけなので、コンパスの円の線の幅の中に収まる程度の楕円でしかない。


気象学で言う成層圏というのも、わずか10kmほどの距離に過ぎないし、地殻のことなど深いところは分かっていないということを考えれば、われわれの知識の確かなところは、コンパスの円の線の幅の半分ぐらいにしか達していないのだ。


「地球の円い話」はこの先もまだ続いていますが、数学者ではなく物理学者独特の説得力がある文章だと思います。

 


「海底地図化計画」は、その成層圏のちょっと外側から衛星の観測データを基にして行われているわけですが、中谷宇吉郎が「地球の円い話」を書いてから半世紀、1990年代に「ジーランディア」を発見しています。


オーストラリア大陸の東側の海底に新しい大陸を発見したというニュースは驚きでした。


衛星からの観測データで1990年代に「どうやら」あるのではないかと認められた「ジーランディア」ですが、その後の探査で2017年に正式に確認されたんですね。


ジーランディアの面積は490万㎢。オーストラリアの6割ほどの大きさだそうです。


ジーランディア大陸が海面から顔を出しているのは、全体の6%ほど。そのほとんどがニュージーランド

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このニュースを聞いたとき、ジーランディアとは直接関係のないところで、ちょっとだけ、ん? と思ったことがありました。


ネットニュースで見ましたので、海外報道の翻訳が多かったんですが、発見された新大陸が「第7の大陸」という記事と「第8の大陸」とに二分されていたんですね。


まあ、普段、大陸っていくつあって、海がいくつあって、とか考えていませんからね、なんで違う数え方になっているんだろうって、単純に不思議な感じがしたんですね。


なんとなあく昔からの記憶で「6つの大陸、7つの海」って覚えていました。
どうですか、大陸と海の数、どう記憶してます?


ちょっと調べてみますとですね「厳格な基準はない」んだそうですね。へええ~、です。


☆4大陸と数える説
アフロ・ユーラシア大陸」「アメリカ大陸」「オーストラリア大陸」「南極大陸


☆5大陸と数える説
「アフリカ大陸」「ユーラシア大陸」「アメリカ大陸」「オーストラリア大陸」「南極大陸


☆6大陸と数える説、その1
「アフリカ大陸」「ユーラシア大陸」「北アメリカ大陸」「南アメリカ大陸」「オーストラリア大陸」「南極大陸


☆6大陸と数える説、その2
「アフリカ大陸」「ヨーロッパ大陸」「アジア大陸」「アメリカ大陸」「オーストラリア大陸」「南極大陸


☆7大陸と数える説
「アフリカ大陸」「ヨーロッパ大陸」「アジア大陸」「北アメリカ大陸」「南アメリカ大陸」「オーストラリア大陸」「南極大陸


こんなに種類があるっていうのは、ちょっとビックリです。


ジーランディア新大陸は、第5番目から第8番目まで、どう表現しても間違いじゃないってことですね。


大陸の数え方が5種類あるのに対して、海の数え方は「7つの海」1つだけみたいです。
ただ、7つの内容が時代によって違っています。


☆中世アラビアの7つの海
「大西洋」「地中海」「紅海」「ペルシャ湾」「アラビア海」「ベンガル湾」「南シナ海


☆中世ヨーロッパの7つの海
「大西洋」「地中海」「黒海」「カスピ海」「紅海」「ペルシャ湾」「インド洋」


大航海時代の7つの海
「大西洋」「地中海」「カリブ海」「メキシコ湾」「太平洋」「インド洋」「北極海


☆現代の7つの海
北大西洋」「南大西洋」「北太平洋」「南太平洋」「インド洋」「北極海」「南極海


人類にとっての世界がだんだん地球規模になっていく過程を見るようで面白いですよね。
でもまあ、当たり前の話ですが、海は1つでっせ。はい。


ジーランディア大陸って、沈んでいる大陸ってことになるわけなんですが、これってちょっとおかしいですよね。海の下に沈んでいるんだから、かつては大陸だったかもしれませんが、沈んじゃっているんだから海でしょ。海底でしょ。


この先アトランティス大陸が発見されたとしても、それって大陸って言うんでしょうかね。


って思ったんですが、大陸と海底って、専門家たちの間ではキッチリ定義があるみたいなんですね。


大陸は花崗岩で出来ている。そして、海底は玄武岩で出来ている。


まあ、この説明は一般人に分かりやすくっていう工夫のなされた、ざっくりしたものではあるんでしょうけれど、この説明に従えば、ジーランディア花崗岩で出来ているので大陸なんですよ、ってことなんでしょうね。

 


成層圏の外から発見されたジーランディアは、2300万年前ごろに沈んだんじゃないかって見られているらしいんですが、本格的な調査はまだまだこれから。


その調査に活躍しそうなのが、国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC(ジャムステック))の地球深部探査船「ちきゅう」なんだそうです。

 

2020年から本格調査開始っていうニュースはあったんですが、その後、動きが確認できません。
ここにもコロナの影響があるのかもですが、ジーランディアのニュースってこれまでも、そんなに大きく取り上げられて来なかった印象ですからねえ。


地球の仕組み、大陸が沈んでしまった経緯だとかが判って来ると、温暖化の対策の目途に役立つかも、とかね、いろいろ期待できそうな気もします。


何も関連していませんし、知識があるわけじゃないですけど、日本人として「はやぶさ」「はやぶさ2」の宇宙方面の活躍に心躍るものがありますし、海底探査では地球深部探査船「ちきゅう」です。


活躍してくれるでしょうね。
これからも注目していきたいトピックです。

 

ウイスキーはやぶさの話>

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さりとて【下戸の建てたる倉もなし】と言うがごとし

< 黒田節は 黒田武士 酒は呑め呑め 呑むならば >

そういう習慣になってしまいました。
っていうことで外に呑みに出る人が減っているらしいんですね。


経済活動は居酒屋から、とか思っているわけでもないんですけど、適度な酒、軽いムダ話は、気持ちを柔らかくするクスリです。と思うですよ。
知らず知らず、緊張を強いられる毎日が続いていますからね、セルフケアっていう意識を持った行動が大事なんじゃないかなって思います。


まあね、外に呑みに出かけると、へろへろになった困ったちゃんと遭遇することもありますけれど、温かい目で「無視」してやってください。


仕事の付き合いとか、義理呑みは、気持ちを柔らかくするどころか、精神衛生上良くありませんので可能な限り避けておきましょう。


今回は、酒は呑め呑めで有名な黒田武士、黒田節の話を。

 

 

 


日本には「天下三名槍」といわれる三本の槍が伝わっています。


徳川四天王の1人。武勇第一といわれた「本多忠勝」の愛槍「蜻蛉切(とんぼきり)」


本多平八郎忠勝は戦国時代の57回に及んだ戦闘の中で、かすり傷1つ負うこともなかったというエピソードを持つ勇将で、武田信玄の家臣から「家康に過ぎたるものが二つあり、唐の頭に本多平八」と評されたほどの活躍を見せた人です。


「唐の頭(からのかしら)」っていうのは、チベット原産のヤクの毛で作られた兜のことだそうで、徳川家康が何処で手に入れたものかって、評判になっていた珍しい兜。
戦国武将も、ファッションってことじゃないんでしょうけど、他人の兜とか、気になっていたんですねえ。


そして本多平八は、蜻蛉切で暴れまわった本多平八郎忠勝のことなんですね。


蜻蛉切は刃長43.8cm、柄の長さ約6m。凄く長いです。
本多忠勝の身長がどれくらいあったのかは記録に残っていないそうですが、身長が高かったとしても、その膂力はもの凄かったんでしょうね。


戦場で本多忠勝が、蜻蛉切を立てて待機していると、飛んできたトンボが穂先に当たって、2つに切れてしまったっていうエピソードからのネーミング。
ん~。ホンマかいな、近眼のトンボ?


蜻蛉切は代々、本多家に保管されて来ていたんだそうですが、太平洋戦争後、沼津市の矢部家の所有になっているみたいです。


2本目。
室町時代末期、下総の大名だった「結城晴朝(ゆうきはるとも)」が静岡県の刀工に作らせたっていう「御手杵(おてぎね)」


穂先が138cm、全長215cmっていいますから、やたらに刃が長いです。


結城晴朝豊臣秀吉の時代に、徳川家康の次男「松平秀康」を養子に迎えます。
結城秀康となった、この家康の次男坊も大力で知られた人で、御手杵を受け継ぎます。


江戸時代に入って結城氏の名跡を継いだ松平大和守家が受け継いで、家宝としていたそうですが1945年の東京大空襲で焼失。
天下三名槍」の中で唯一、現存していないってことで、残念なことです。


今は復元品が茨城県結城市に所蔵されているらしいです。


御手杵は熊毛で作られた鞘が有名で、鞘を抜くと雪が降るっていう言い伝えが、結城家に残っているそうです。


そして3本目が「東の御手杵、西の日本号」と称された「日本号(ひのもとごう)」ですね。


穂先79.2cm、全長321.5cm。
福岡市博物館に所蔵されている「黒田節」の逸話の元になった槍で、「呑み取りの槍」とも呼ばれているんですね。

 

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昭和の昔、会社の忘年会が盛んだった時代には、福岡県出身の人がお座敷で「黒田節」を唄い踊るっていうのは定番になっていたみたいですよ。


今はそういう豪快な人も、さすがにね、見かけません。
座敷で忘年会、っていうのも聞きません。

 

 

 


「呑み取りの槍」のエピソードは、こんな感じだと思います。
時は戦国末期。


当時のイエズス会宣教師が、日本には2人の統治者がいると本国へ報告している文書が残っていますが、それは「織田信長」と「正親町(おおぎまち)天皇


財政のひっ迫していた朝廷と、天下布武の戦いに天皇の調停を必要とした信長は、持ちつ持たれつの関係だと言えます。
1574年、信長に、正倉院蘭奢待切り取りを許可したのが正親町天皇です。
許可せざるを得なかった、のかもですけどね。


下剋上の当時、室町幕府の将軍も平穏無事ではなく、その必要性から武芸に優れていたとされる室町幕府第13代征夷大将軍足利義輝」が三好三人衆、松永勢によって殺害されてしまいます。
この1565年の「永禄の変」こそが、まさに下剋上を体現している出来事のように思えます。


正親町天皇も含めて、室町幕府の将軍、全国の大名たちの権謀術数が渦巻いて、不穏な空気に支配されていたんだろうなあってことが容易に想像できます。


三好三人衆に擁立された第14代将軍、「足利義栄(あしかがよしひで)」も戦いの中で病に倒れ、あるいは毒殺の噂もありますが、31歳で命を落とすと、信長に推された「足利義昭(あしかがよしあき)」が第15代将軍の座につきます。


足利義昭という人がまた、戦国時代の征夷大将軍として八面六臂の権謀術数を弄する策士で、信長を頼ったり、
裏切ったり、天皇を頼って錦の御旗を利用したり、存在感を示します。


足利義昭が将軍職に就いたのは1568年ですが、おそらくたぶん、この頃に、天皇家の御物として作られた「日本号」が、正親町天皇から足利義昭将軍に下賜されたそうです。
これで信長を、ってことだったのかどうかは分かりません。


その名も「日本号(ひのもとごう)」の名槍、天皇家の槍だったんですね。


その後、足利義昭は信長と争って破れ、都を落ちていきます。
その時のことなのかどうか、ハッキリした時期は分かりませんが「日本号」は信長の手に渡ります。


そして豊臣秀吉の所有となって、賤ヶ岳の七本槍として有名な「福島正則 」に与えられます。


大男だったらしいですね、福島正則は。


生まれた土地の愛知県あま市美和地区には1889年、明治22年に「正則村」が発足したそうですからね、地元の人気は大きなものがあるんですね。
令和現在では正則村の名前は残っていないそうですが、保育園、小学校や橋の名前としては現存しています。


地元での人気とはウラハラに、一般的には、イノシシ武者で酒癖が悪いっていうヨロシクナイ評価もあります。


酒呑みのコマッタちゃんって、今も昔も、いるんですよねえ。
殿さまが酒癖悪いって、サイテーですよねえ。


泥酔して部下に切腹を命じて、翌朝、しまった! ってんで、部下の首に泣きながら謝ったとかいうエピソードが残っています。
ホントだとすると、サイテーな殿さまです。バカ殿です。知らんけど。


で、秀吉の時代、文禄・慶長の役の間、一時期日本に帰って来ていた時のこととされていますから、1593年のことだと思います。


日本統一を果たした秀吉が大陸へ押し出していこうとする戦いの途中ですから、国内の大名たちは作戦を練るのに余念が無いわけですね。
九州の雄、「黒田官兵衛」の嫡男「黒田長政」の使いとして、布陣していた朝鮮半島から「母里友信(もりとものぶ)」が、京都伏見城に滞留中だった福島正則の元へやってきます。作戦会議でしょうね。


この母里友信というサムライは、槍術に優れた剛力で知られた、黒田八虎の第一とされた猛将なんですね。
酒も強くって、地元では「フカ」って呼ばれていたらしいです。


フカっていうのが、酒が強いっていう意味なのか、腕力の凄さを表したものなのかはハッキリしませんが、まあ、大口あけて酒をガブガブ呑むって感じなんでしょうかね。

 

 

 


伏見城で一献傾けながら母里友信を迎えた福島正則が、要件を聞き終わるか終わらないかのうちに、絡み酒になってしまいます。


「おい、母里友信
「なんでござるか」


正式な使いとして遠路はるばるやって来ていますから、母里友信は使命を全うせんとして頑なです。


「酒が強いらしいな。まあ、呑め」
盃を差し出す福島正則に、母里友信は憮然として断ります。


「福島殿、拙者、使命の途中でありますれば」
「なあにが福島殿だ。四の五の言わずに呑め」
「……」
「なんだ、呑めないのか。オレの酒が呑めないというのか」
「……」
「おい、こら、おぬしは黒田武士を代表して来ておるはずだな」
「は、左様で」
「黒田武士は、酒の呑めないやつばかりなのか」
「呑めないというわけではござらぬ」
正則は盃にこぼれるほど注いで、母里友信の前に置きます。


「呑め。呑めと言ったら呑め」
「不調法が合っては我が殿に申し訳が立ちませぬ故」
「ははーん、そうか、これっぽっちの酒では物足りぬというわけだな」
正則は家来を呼びつけて、大盃を持って来させて、なみなみと酒で満たします。


「さあ、どうだ。これを見事呑んでみよ」
「……」
「わっはっはっは。黒田八虎なんぞとぬかしおって、どれほどの者かと思えば、これっぽっちの酒も呑めぬとは、情けない虎じゃのお。黒田の武士は酒も呑めない役立たずだ」
正則が荒くれなら、友信も剛の者です。


「それしきの酒、黒田の者であればひと息でござるよ」
「ぬかしたな母里! ならば今ここで呑んで見せよ。みごと呑み乾せたならば、何でも望みの物をとらそうぞ」
酔っ払いの戯言に、フカがキレますね。


「ならば、福島家に伝わる名槍、日本号を所望いたすが、呑み乾して見せたならば、しかと日本号をくだされるか」
「な、なに、日本号だと。大きく出たな。ならば一息で呑み乾して見せよ。さすれば天下の名槍、日本号をそちにゆずろう」
「確かにですなッ!」
「たあけッ! 男に二言はないわ」
「では、参る」


フカですからねえ、呑んじゃうんですねえ。


天下の名槍、日本号は見事に母里友信の持ち物となったわけです。


黒田の地元では大いに盛り上がったエピソードになって、人呼んで「呑み取りの槍」
その後、日本号は明治年間まで母里家の家宝とされていましたが、一族の男に持ちだされて行方不明。
その一族の男も、おそらくたぶん、酒呑みのコマッタちゃんだったのかもですね。


持ち主を転々としたあと、1920年に黒田家に戻って、現在は福岡市博物館の所蔵品として常設展示されているってことです。


♪酒は呑め呑め呑むならば


♪日の本一のこの槍を


♪呑みとるほどに呑むならば


♪これぞまことの黒田武士


後日、返してチョって黒田長政に泣きついたらしいですが、知らんがな、ってことで地団太踏んで悔しがる福島正則


いや、だからさ、酒呑みってロクなもんじゃないじゃん!


アルコールの制限がなくなったって、外で呑まなくたってイイよ。
第一、お金、モッタイナイしねえ。


って言いますけどね、そんなところでケチケチしたって「下戸の建てたる蔵もなし」とも言いますよ。


ソーバーキュリアスっていう流れもアリだと思いますけれど、外で呑むのは、人とリアルコミュニケーション、気持ちを柔らかくするクスリ、呑みニュケーションです。


日本号みたいなレベルじゃなくたって、いろいろ、大事なものを失くさない工夫はですね、「和らぎ水(やわらぎみず)」です。チェイサーです。


宝物なんて持ってないよ、っていう人でも、身体が宝です。和らぎ水がいいらしいですよ。


呑み比べとかは、止めておきましょう~。


義理呑みは身体に悪いですよ~。キッパリ断ってしまいましょう。

 

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【炊き込み】【かやく】【まぜ込み】って 一緒なの?

< それでんがな いろいろとチャイますねんて これが ホンマに >

ん? 関東の「炊き込みごはん」、関西の「かやくごはん」ってことじゃないの? 呼び方が違うだけでしょ。


ごはんとおかずをいっぺんに食べられるっていう意味では、昔からある「日本のファストフード」って言えないこともない、米の食べ方の1種類ですよね。
呼び方なんかにこだわっている人って、そんなにねえ、いないんじゃないでしょうか。


1つ、もしくは2つぐらいのメインの具で作るのが「炊き込みごはん」で、なんやかや、いっぱい具の種類のあるのが「かやくごはん」ってことじゃないの?


っていう説もあって、ははあん、なるほど、それでイイのかもねっていうふうにも思うんですが、そやないねん! っていう声も小さくはないって感じなんですね。

 


ウェザーニュースのアンケート調査「秋の味覚「炊き込みご飯」をあなたの県では何と呼ぶ?」によりますと、

 

大阪、兵庫、京都、奈良、滋賀、福井では「かやくごはん」が優勢。
関西圏ではほぼ「かやくごはん」ってことですね。


「かやく」は「加薬」って書くんだそうで、薬味を加える「加薬味」のことらしいんですね。
大阪、道修町(どしょうまち)は江戸時代から薬種問屋が建ち並んでいた薬の町で、日本中の薬はこの町から届けられていたってことですからね、薬味っていうのが暮らしの中に溶け込んでいるってことが「かやく」っていう名前に関係しているのかもしれないですね。


で、このウェザーニュースのアンケート調査で、へええって思ったのがですね、「味ごはん」って呼んでいる地域があるってことなんでした。


三重、岐阜、ぴょーんって飛んで福岡では「味ごはん」って呼ぶんだそうですよ。
たしかにね、味付きのごはんってことではありますからね「味ごはん」ふううん、です。


でも、福岡はぽつんと「味ごはん」飛び地みたいなことになっているんですが、なんでまたそういう次第に相成ったんでございましょうか。
なにか文化的な共通点が? っていうのは、考え過ぎッてことになるんでしょうかね。
分かりません。


も1つありまして、沖縄では焚き込みごはんを「ジューシー」って言う。


ん~。もはや単語からそのものを類推できないレベルです。
沖縄の言葉ってホント独特ですからね。


豚バラ、ニンジン、ひじき、ラードたっぷりのごはんなんだそうです。なるほど沖縄っぽいかもです。


で、同じ具材でつくる「雑炊」もジューシー。
ふむふむ。どうやらJuicyの方のジューシーじゃないみたいですね。


ゾースイっていう発音が琉球語になる段階でジューシーになった、っていう説があるらしいです。
納得さ加減として微妙、な感じですけどね、そゆことらしいです。


炊き込みごはん系のジューシーは「クファジューシー」


雑炊系のジューシーは「ボロボロジューシー」


なんか、こう表現されると急に旨そうに感じてしまいます。


東京の沖縄料理店でもやってますかね? 今度、久しぶりに行って調査してみたいと思います。


結果としてはですね、大阪、兵庫、京都、奈良、滋賀、福井、三重、岐阜、福岡、沖縄以外の都道県では「炊き込みごはん」なのでした。
日本のほぼ8割が「炊き込みごはん」

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今は電気炊飯器にいろんなごはんの「モードセット」がありますよね。


メーカーによって、地域によって違いを持たせるのが日本的な商法なんだと思うんですが、炊飯器のモード種類には、どう表記されているんでしょうか。


関西圏で売られている炊飯器では「かやくごはんモード」
三重、岐阜の炊飯器は「味ごはんモード」になっていて、関西圏の中では和歌山だけが「炊き込みごはんモード」になっているんでしょうか。


該当する地域の方、自宅の炊飯器をちょろっと調べて教えていただけると嬉しいです~。


沖縄で売られている炊飯器には「クファジューシーモード」って表示されているんでしょうかね。

 


さて、「炊き込みごはん」と「かやくごはん」を調べてきたら「味ごはん」と「ジューシー」に出会ったわけなんですが、そもそもの疑問の始まりにはもう1つあったんでした。


「まぜ込みごはん」「まぜごはん」ですね。


でもこれは、あれですね。普通に作っている人には当たり前すぎるような常識なんでしょうね。
自分では作ったことがありませんので、説明をみて、ははあん、なるほどってあっさり納得だったのでした。


米に具材と調味料を一緒に入れて「焚き込んで」作るから「炊き込みごはん」


あらかじめ別に用意していた具材を、炊きあがったごはんに「まぜ込む」から「まぜ込みごはん」
分っかりやすいです。


「炊き込みごはん」は炊きあがって、フタを開けた時のふわあってあがる湯気の香りが、なんとも日本人のしあわせを感じる瞬間だったりしますね。


「栗ごはん」「たけのこごはん」「鯛めし」「とり五目」
そういえば炊き込みごはんは「五目ごはん」とも言いますね。


「五目」っていうのと「かやく」っていうのがニュアンス的には同じなのかもです。


トリ、キツネ、ニンジン、ヒジキ、シイタケだとかの具の種類がスタンダードですかね。別に5つって限ったものでもなく、いろいろいっぱいの具材。ダシが決め手だったりします。


深川めし」もぶっかけごはんと、炊き込みごはんがあります。


「カキごはん」「豆ごはん」「いもごはん」も旨いですよね。


もち米で炊いたのが「おこわ」
「赤飯」はもち米の豆ごはんっていうこともできるのかもしれません。


「炊き込みごはん」と「おこわ」のバリエーションは、だいたい同じ、でしょうか。

 


静岡、浜松市の「さくらごはん」はしょう油と酒だけで炊き込んだごはんだそうで、シンプル・イズ・ベスト。学校給食にも出てくる、地元に馴染んだ炊き込みごはん。イイですね。


大分、臼杵市の「黄飯(おうはん)」もシンプル。
クチナシを入れて炊き上げる、鮮やかな黄色。赤飯の代わりとして、ハレの日に食べる風習だそうです。


「金魚めし」っていうのが岐阜、各務原(かがみはら)市にあるそうです。
地元名物の「各務原にんじん」をふんだんに使った炊き込みごはんで、赤いニンジンが金魚のように見えるから、っていうことらしいです。


金魚みたいに見える、ってことは、きんぴらみたいに細く切らずに、わりと面積のある切り方をするのが正統派ってことなのかもしれません。
これもまた学校給食のメニューになっているんだそうです。


地元の産物を地元の炊き込みごはんとして、子供の頃から食べるって、凄くイイ感じだと思いますね。
白飯を旨く食べているいつもの食卓に、炊き込みごはんが出てくると、思わずにんまりしてしまいますよね。


湯気に色艶を感じられる、日本のごはんです。


大阪府難波地方の「かやくめし」は、1939年、昭和14年宮内省によって選出された「日本五大名飯」の1つです。

 

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【海鮮丼】日本人のサカナ離れってホンマかいな

< ♪好きだとイワシて サヨリちゃん ♪タイしたもんだよ スズキくん >

♪さかなサカナさかな~ さかなを食べると


♪アタマあたまアタマ~ あたまが良くなる


スーパーで買い物をする人なら聞いたことがあると思います。


私自身はそんなにしょっちゅうスーパーで買い物をするわけでもないんですが、この歌は耳に残っていますね。
鮮魚売り場の前だけっていうんじゃなくって、店内中のBGMとして流れていましたし、とにかくループで、ずっと、しかも突然、


♪さかなサカナさかな~


でしたよね。


なんなん、このベタな歌、って思ってましたね。


♪あたまが良くなる~


って、ホンマかいな。そんなん言って大丈夫なんかいな、ってな感じでした。


みなさんも覚えている歌だと思うんですが、これ、え~かげんなもんじゃなくって、水産庁が「魚食普及事業」の一環として正式に制作した「おさかな天国」っていう歌なんですね。
1991年から全国のスーパーで流れていたらしいです。


もちろん日本全国津々浦々、どこのスーパーでもってわけにはいかなかったと思いますけどね、いかに水産庁だったとしてもですね。


でも、1万本のカセットテープが配布されたんだそうです。
配布ってとこが、さすがですよねえ。


この歌ねえ、サブリミナルみたいな感じがあってですね、めっちゃ耳に残っちゃって、なんかね台所で料理とかしながら思わず知らず、口ずさんじゃったりする。っていう人も少なくないんじゃないでしょうかね。


♪からだカラダからだ~ からだにイイのさ~


だそうですよ。
水産庁、恐るべしです。知らんけど。

 

 

 


1991年当時、日本人1人当たりの「食用魚介類消費量」は、少し下がり気味だったとはいえ、世界的にみれば断然トップだったみたいです。


おさかな天国」の影響なのかどうか、1995年辺りにかけて日本の魚介類消費量は回復傾向を見せます。


さらに1993年には、高校3年生だった「さかなクン」が登場してきます。
高校生の頃からギョギョッ! とか言ってましたっけ? 記憶にないです。


現在、東京海洋大学名誉博士さかなクンですが、農林水産省の「お魚大使」をはじめ、環境省の「低炭素杯アンバサダー」「プラごみゼロアンバサダー」だとか、日本全国の漁業広報のようなポジションの人ですよね。
アンバサダーじゃなくって、シオサバ―って名乗ればイイのにって、知らんけど。


で、2002年には「おさかな天国」がCDとして市販されたりなんかして、日本のさかな人気は上昇傾向かっていうと、さにあらず。


2001年から日本人1人当たりの「食用魚介類消費量」は減少の一途をたどっていて、ずっと世界一だった消費量は2013年時点で世界7位まで落ち込んでいるみたいです。


別にイイじゃん。魚から肉に食の中心が移ったとしても、特に問題ないでしょ。
おさかな天国」ご苦労様でした。
って人も、そりゃまあ居るでしょうけれど、漁業関係者にしてみれば死活問題なわけですよ。


特に2021年は、船の燃料がバカ高くなってしまったうえに、軽石が沿岸に押し寄せたりなんかして、踏んだり蹴ったりの状態みたいですからね。

 

 

 


でもですね、日本人が魚を食べなくなったっていうのは、ちょっと違うんじゃないかって思えるような状況っていうのもあるんですよね。


2012年辺りからでしょうか、街なかに「丼丸(どんまる)」っていう看板を、かなり多く見かけるようになっていますよ。
「海鮮丼」専門店ですよね。しかもたいていのメニューがどこでもワンコイン、500円です。
なかなかの人気ですよ。


2021年現在で30店の「のれん加盟店」を展開しているんだそうです。
丼丸を知らないとしても、海鮮丼は食べたことありますよね。

 

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地域によって、ネタによって、かなり金額に差がある丼だとは思いますけれど、東京近辺だと1,500円ぐらいのが多いでしょうかね。海鮮丼ってけっこう高いですよね。
それが500円ですからね、人気があるのも分かります。


容器がちょっと小ぶりなところがむしろ、ずっと続いている健康ブーム、メタボ対策としての人気につながっているのかもです。


農林水産省の発表によりますと、1988年にピークだった日本の魚介類消費量は2021年現在で半分ほどに落ち込んでいる一方、世界的にみると、魚介類消費量は2倍に増えているんだそうですよ。


日本人が1人当たりとして1日に消費しているタンパク質は、これまでずっと魚介類から摂っている量の方が、肉から摂っている量を上回っていたんですが、2010年辺りで逆転したそうです。


でもこのデータ、なんだか意外な気もします。
もっと前から肉の消費量の方が多いように、勝手に感じていましたけれどねえ。
魚好きがけっこう多いってことなんでしょうかね、日本人はね。


日本の漁獲量自体が減っているっていうのも、世界全体的に健康ブームで、これまで魚介類をそんなに食べなかった国も盛んに漁をするようになっているわけですから、当然減りますよね。


中国、インドネシアの魚介類消費量って、1988年辺りから爆上がりです。
急に魚を食べるようになって、2021年辺りの数値、1人当たりの消費量は日本とほぼ同じになっています。
1980年以前の中国人の消費量なんて、日本人の1割人も満たなかったのにです。


中国の食生活っていろんな意味で激変しているらしいですよね。
魚をいっぱい食べて、どんどん頭が良くなってるのかもですねえ。


さらには、日本の場合、漁業関係者の高齢化によって、漁獲高を多くは望めない状況になってきているってことも原因の1つなんじゃないでしょうか。跡継ぎがなかなか居ないんだそうです。


日本人の魚介類消費量消費量については丼丸の例に見るように、安ければ食べるんじゃないかって気もします。
そです、魚って高いイメージです。


いくら健康にイイっていったって、頭にイイっていったって、値段が高いとそんなにしょっちゅう手を出せませんからね。


高いから食べない。売れなければ、そんなに一所懸命獲らない。獲らないと流通量が減って魚はますます高くなる。高いから食べない。っていう悪循環に陥っている可能性もありますよ。


そんな日本の魚介類消費事情をなんとか好循環に持って行くべく、さかなクンの活躍は相変わらずですが、水産庁が2021年10月に「1か月毎日海鮮丼チャレンジ」っていうのをやっていました

 

水産庁漁政部漁政課広報班って、なかなかチャレンジャーなんでありますよ。


「海鮮丼」それは「海の宝石箱」とか言っちゃって、コピーライターなんて雇ったような形跡、ゼロ! のホームページなんですが、海鮮好きならなかなかそそられる写真が、ちゃんとアピールしていて、ネットの中では「水産庁「飯テロ」ブログ」なんて言われて人気です。
コピーはヘボいですけど、写真はなかなか良くって、旨そうです。


海鮮丼は、「海」の新「鮮」な魚を使った「丼」だそうなので、鮮魚(刺身)だけでなく、加熱・調理もOKとする(なんなら天丼でもOKとする)っていうのが、水産庁の「マイルール」


食材の魚は職員さんたちが、スーパー、魚屋さんで調達、中には自分で釣って来るっていう人も居たみたいです。


「1日目 アカムツ丼」福井県のアカムツ。


「2日目 ブリ漬け丼」北海道のブリ。


「3日目 カツオ丼」宮城県のカツオ。


「4日目 塩イクラ丼」

北海道のイクラ。たまには自分にも、ご褒美を! ってことらしいです。むほほのほ。


「5日目 メカジキ丼」宮城県のメカジキ。


「6日目 トビウオとアカイカの海鮮丼」

千葉県のトビウオ。沖縄県のアカイカ
2色以上の魚介を使った海鮮丼って、こういう漁獲地の出会いっていうのが楽しいですよね。千葉と沖縄。


「7日目 ボタンエビ丼」

北海道噴火湾のボタンエビ。これまたけっこう贅沢。


「8日目 ヒラメ漬け丼」千葉県のヒラメ。


「9日目 カツオのタタキ丼」宮城県のカツオ。


「10日目 左ヒラメに右カレイ丼」

千葉県のヒラメ。青森県マコガレイ。ネーミングで遊んでみましたって感じでしょうか。このタイトルは、まあ、オッケーってことにしておきませう。


「11日目 釣りイサキ丼」

千葉県館山沖のイサキ。自分で釣って来た魚。サイコーでしょねえ。


「12日目 ウルメイワシ丼」

静岡県のウルメイワシ。これ、イイかもですう。


「13日目 甘エビ塩辛丼」

北陸のホッコクアカエビ。これ、知らんなあ。エビの塩辛ねえ。


「14日目 コハダ丼」

佐賀県のコノシロ。そういえば最近、コハダ、見ないですね。


「15日目 富山湾の宝石丼」富山県のシロエビ。宝石ねえ。表現がねえ。


「16日目 ホタテとカンパチの2種盛り丼」

北海道のホタテ。鹿児島県のカンパチ。北の海と南の海の出会い。


「17日目 イワシクジラの尾肉丼」

北西太平洋のイワシクジラ。へええ、クジラねえ。


「18日目 ネギトロバラチラシ」

太平洋のメバチ。太平洋ねえ。鹿児島県のカンパチ。沖縄県ソデイカ。北海道のイクラ。贅沢ぜいたく。旨そうですねえ。


「19日目 ごまあじ丼」島根県のマアジ。出汁茶漬けでも。


20日目 ブリ丼」鳥取県のブリ。


「21日目 宇和島風鯛めし」

場所は分かりませんが自分で釣ったマダイ。宇和島風? ってなんなん?


「22日目 マグロ・シラス紅白2色丼」

インド洋のインドマグロ。静岡県のカマアゲシラス。


「23日目 イズカサゴウッカリカサゴの唐揚丼」

千葉県のイズカサゴウッカリカサゴ。これも自分の釣果だそうです。


「24日目 ブリとマグロの二色丼」宮崎県のブリ。三陸沖のマグロ。


「25日目 マアジのたたき丼」長崎県のマアジ。


「26日目 アカハタ丼」高知県のアカハタ。これまた贅沢丼。


「27日目 三色丼」

宮城県メバチマグロ愛媛県のマダイ。ノルウェイのサーモン。ザ・オーソドックス。


「28日目 ミンククジラ竜田揚げ丼」

青森県のミンククジラ。クジラって普通に売ってるの?


「29日目 骨なし丼」

アカガイ、ホタテ、ホッキガイ、つぶ貝、ミル貝、スルメイカ。スーパーで調達なんでしょうかね。ネーミング、ナンバーワンじゃないでしょうか。調子良かったんですかね。


「30日目 ミズダコ丼」北海道のミズダコ。


「31日目 ビワマス親子丼」滋賀県ビワマス


ぜひ写真を確認して「飯テロ」を味わってみてください。

 

 

 


海鮮丼は戦後に誕生したんだそうで、意外に歴史浅いんだなあって思ったんですが、おそらく江戸時代ぐらいから食べられていた海鮮を乗っけた丼は「ちらし寿司」って呼んで区別しているみたい。


ちらしの方は酢飯、海鮮丼は白飯。


って、どっちがどっちでも良さそうに思いますけどね。


ネタによっては酢飯の方が旨いこともあるでしょうし、手間をかけずに白飯っていうのでも、充分満足するですよ。


水産庁漁政部漁政課広報班のみなさん、また何か新しいアイディアでチャレンジしていただけたら嬉しいです。


飯テロね。
♪さかなサカナさかな~

 

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【土三寒六常五杯】どさん かんろく じょうごはい 手打ちうどんの製麺理論

< どろ~んって化けるのが上手なのは たぬき? きつね? いいえ、むじなです >

迎賓館赤坂離宮のある辺りは江戸時代には「赤根山・茜山」と呼ばれていて、江戸城の弁慶掘りに沿って赤根山に上って行く坂は「赤坂」って呼ばれていたそうです。
これが今の赤坂っていう地名の由来。らしいです。


で、坂に沿った敷地に紀州藩上屋敷があったので、坂そのものは「紀伊国坂(きのくにざか)」っていう名前です。今でもありますよ。


この紀伊国坂が舞台となっている有名な話が、小泉八雲の「MUJINA」です。


1896年、明治29年小泉八雲として日本国籍を取得したパトリック・ラフカディオ・ハーンが「怪談」を発表したのは1904年、明治37年、54歳で亡くなったその年のことなんですね。

 


「街灯、人力車の時代以前にあっては、その辺は夜暗くなると非常に寂しかった」


紀伊国坂辺りを書き著しています。


人力車って1868年、明治元年の発明ってことらしいですから、小泉八雲の言う「人力車の時代以前」って、単純に江戸時代ってことなんだろうと思われます。


「日が暮れると、人々はこの紀伊国坂を通らずに回り道をした」


その理由が、紀伊国坂近辺に「むじな」が出るから、っていう話なんです。


30年前に死んだ京橋の商人が、最期にむじなを見た人だったそうです。


商人が夜遅く紀伊国坂を上って行く途中、上品そうな女が1人、掘りのふちにかがんでひどく泣いている。
身投げでもするんじゃないかって心配した商人がしきりに声をかけても、女は袖で顔を覆って泣き続けている。


「ここは若い女の人が、夜1人で居るような場所じゃありませんよ」


となおも声をかけると、女は商人に向きなおって素早く袖を降ろすと、手で自分の顔をするりとなでた。


その顔を見ると、目も鼻も口もなかった。


ぞっとした商人が一目散に坂を駆け上って逃げると、先の方に灯りが見える。
慌てて走り寄ると、その灯りは屋台の蕎麦屋


商人は、今見たばかりの「のっぺらぼう」を報告しようとするんだけれど、気ばかり焦ってうまく言葉が出てこない。


「女を見たのだ、その女が見せたのだ」


と言うと、


「それは、こんな顔だったかい」


といって、振り向いた蕎麦屋が顔をなでると、その顔は卵のようで、屋台の灯りがすっと消えた。


ってまあ、こういう話ですよね。むじな。

 


小泉八雲のむじなに蕎麦屋が出てくるからってわけでもないでしょうけれど、蕎麦屋さんのメニューにありますよね「むじな蕎麦」


どこの蕎麦屋さんにでもあるっていうスタンダードメニューじゃないですけれど、駅の立ち蕎麦メニューには「たぬきつね」っていうのもあったりします。
食べたことあります? むじな蕎麦、あるいは、たぬきつね蕎麦。


「たぬき」に「きつね」を合わせたんで、シャレとして「むじな」でしょ、っていうのはわりとすんなり納得できるように思うんですが、


「なに言うとんねん、さっぱりわからんわいっ!」


って、なんでだかお怒りモードになっちゃう人が居たりしてビックリします。


2017年に閉店しちゃった葛飾区立石の蕎麦屋さん「松月庵」が、むじな蕎麦を始めた店なんだそうですよ。
ただ、店として、そのことを主張したり名物にしているような様子は見られなかったらしいですね。


揚げ玉、油揚げが両方乗っかっているのがむじな蕎麦。


ま、それ以外にもナルトだったりネギだったりも乗っかっていますけれど、違和感とか、全然ないです。


「たぬき」は大正時代に東京で生まれたメニューなんだそうです。


揚げ玉というか、天かすは天ぷらのタネのないものっていうことで「タネヌキ」
で、「タネヌキ」から「タヌキ」っていう名前になったって言われていますね。
ネーミングについての説はその他にもたくさんあるみたいですよ。


ただ「たぬき」っていう名前が必ずしも揚げ玉、天かす乗せを表すものじゃないっていうことが、さっきの「むじな」ワケワカラン説につながっているみたいなんですよね。


大阪の「たぬき」は油揚げを乗せた「蕎麦」
うどんじゃなくって蕎麦。


たぬき言うたら蕎麦やろ。


これですね、なんともややこしい、食い倒れの街、大阪の「たぬき」揚げ玉は無料で置いてる店が多いんだそう。


んでもって、京都の「たぬき」は、刻んだ油揚げの上から葛餡を掛けたものなんだそうで、揚げ玉乗せは「はいから」


カップ麺の「マルちゃん緑のたぬき天そば」は「かき揚げ」入りですよね。
「たぬき天」とは「かき揚げ」のこと。へええ~、です。でも旨いです。なにもモンクないです。

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「きつね」は江戸時代に大阪で生まれたらしいです。「けつね」って呼んでいる人もいますよね。「しのだ」って言う人もいます。


京都には「甘ぎつね」「刻みきつね」っていう2種類があって、味付きの三角揚げが「甘ぎつね」で、味付けをしていない刻み揚げが「刻みきつね」


大阪の「きつね」は素直に味付き油揚げ乗せ。


ただ、習慣的に大阪の「きつね」はうどんのみを言い表していて、上にあげたように蕎麦に味付き油揚げを乗せれば「たぬき」になるってことみたいです。


大阪でも揚げ玉乗せは「はいから」って呼ぶ人もいるらしいんですね。


「たぬき」「きつね」の特殊性って京都、大阪エリアに限られたものなのかもしれません。


うどん、蕎麦に乗っけるのは揚げ玉、油揚げ以外にもたくさんありますよね。バリエーション豊富な和食ファストフード。


「月見」生卵ですね。卵白が雲、黄身が月。海苔が乗っかっていれば、それは夜を表しているみたいです。


「山かけ」山芋のすりおろしですよね。温かいのを山かけ、冷たいのをとろろって区別している店もあります。


「とじ」溶き玉子でとじたものですが、玉子だけを落としたものの他に、エビ天をとじたものは「天とじ」って言いますよね。


「天ぷら」いろんな具材の天ぷらがあります。立ち蕎麦の天ぷらは、たいてい「かき揚げ」です。かき揚げの種類もいろいろですよね。
立ち蕎麦の人気メニューには「天玉」っていうのがあります。天ぷらと生卵。旨いです。


「ちから」焼き餅ですね。「かっちん」って呼ぶ地方もあるそうです。3個にして~、って頼んだりします。


「おかめ」これって今はかまぼこが乗っかっているだけなんですが、元々は「岡目八目」のおかめだったんだそうで、いろいろな具材、八目が乗っかっていたんだそうです。残念。
五目より三目多かったんですねえ。


「おだまき」茶碗蒸しの具です。2回しか食べたことありませんが、オタカイです。


「花巻き」もみ海苔ですね。浅草海苔が「礒の花」って呼ばれていたことから付いた名前だそうです。


「カレー」南蛮って呼ばれる人気メニューの1つですね。カレーだから南蛮なんじゃなくって、南蛮っていうのはネギのことだそうですよ。


「カモ」南蛮って言えばこれですね。カモって言いながら実はカシワっていう、ダメダメな店もありますよ。


「肉」牛か豚がほとんどですが、馬を使っている地域もあるみたいです。


「コロッケ」これ、立ち蕎麦では当たり前にあるメニューなんですが、蕎麦屋さんでは見ませんね。なんででしょ。


まだまだいっぱいあります。
お気に入りの店の全メニュー制覇って、やっている人、けっこう居ますね。


その歴史については諸説ある蕎麦切り、うどんですが、うどんが中国から遣唐使によってもたらされたっていうのは、どうやら確からしいです。


ルーツがどうあれ、長い時間経過の中で独自の発展をさせるっていうのは日本人の得意技ですけれど、日本のうどんは、現在の中国で一定の人気を得ているらしいんですよね。特異の逆輸入です。


中国語で「烏冬」って書くのは発音として日本の「うどん」から持ってきているみたいです。


中国で人気の日本のうどんは、
「秋田 稲庭うどん」「群馬 水沢うどん」「埼玉 加須うどん」「香川 讃岐うどん」「三重 伊勢うどん」「富山 氷見うどん


です。さすが、有名どころですね。このほかに、


「山梨 ほうとう」「名古屋 きしめん」もあって、これはまあ、うどんですねえって理解できるんですが、なんだか地域限定で、
「大阪 きつねうどん」「福岡 丸天うどん
っていうのもピックアップされているのが面白いです。


「福岡 丸天うどん」知らねっす。食べてみたいです。コロナ明けたら絶対行くです。


日本三大うどんっていうのがありますが、3つに絞り切れていないみたいです。三大じゃないじゃんね。


「香川 讃岐うどん」「秋田 稲庭うどん」「長崎 五島うどん」「群馬 水沢うどん」「富山 氷見うどん」「愛知 きしめん」の6つが「三大」にあげられています。

 


蕎麦は理論的には簡単だけど、作る技術が難しいとされるのに対して、うどんは作る技術はだけど、製麺理論は難しいんだそうです。


うどんを製麺するのに、季節に合わせた塩加減を口伝するものに、
「土三寒六常五杯(どさんかんろくじょうごはい)」
っていうのがあります。


「土」は夏の土用のことで、暑い時期の塩加減は、塩1に対して水3にして小麦粉を練る。


「寒」はその字のまま寒い冬。塩1に対して水6。夏よりかなり薄めの塩水で練る。


「常」は暑い時期でも寒い季節でもない時。この時は塩1水5で練るっていうことなんだそうですよ。


もちろん、これはあくまでも目安であって、塩も水も、そして小麦粉も、時代や土地によって違うわけですからね。手打ちうどんは個人の工夫によるところが大きいんでしょうね。
その日の湿度とかも関係ありそうです。知らんけど。


蕎麦好きなんですが、うどんもイイですよねえ。


6つあげられている日本三大うどん。実地に行って味わいたいなあと思う、きょうこのごろです。
福岡、丸天。どんなんかなあ~?

 

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