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【あたぼう】って なんなん? 消えた江戸言葉

< あばらかべっそん なんてぇなワケのわからない言葉も江戸言葉ですね >

なんなんシリーズです。


毎度まいどのバカバカしいお噺でございまして、よろしくお付き合いのほど、お願いしておきますが、


ちょくちょく行っておりますカウンターだけの呑み屋さんなんですけれどもね、1人、名物ジジイがおられますよ。
どこかはハッキリしませんが、いつも近くの角打ちでデキ上がってからやって来るんだそうです。


いつも酔っぱらってるような印象ですね。80まではいっていないでしょうか。


夏でも厚着で、瓶底眼鏡の奥にとろんとした目を覗かせながら、1人でへろへろと現れます。


店のオヤジが言いますね。
「きょうも自転車で来たの? もうやめたほうがイイよ、ふらふらして危ないんだから」
「な~に言ってんだ。オレぁ、バッチグウだっつんだよ」


だみ声ジジイのあだ名はグッチバアってんですがね。
悪意は感じないんですが、何を言っているのか、誰にも不可解な言葉を発しまくるクソジジイなんでございますよ。

 


店の中の最年長で、独り言なのか、なんだか突然話し出したりして「?」な言動なんですが、憎めないところがありまして、誰もがニコニコ対応するグッチバアなんであります。


事あるごとに「バッチグウだア、バッチグウ」を繰り返しているんですが、口癖はもう1つありまして「あったぼうよ」って言いながらオッケーマークを頭の上にかざしますね。


グッチバアは下町の人かっていうと、さにあらず、秋田の人らしいんですけどね。
「あたぼう」なんて言葉はですね、時代物でもあんまり聞かないです。


あたぼうってなんなんでしょ。


ざっくりと言いますとですね、2つの説があるみたいなんですよ。


有名な方は「あったりめえだ、べらぼうめ」っていうのを、江戸っ子らしく縮めた言い方って説。


棚から牡丹餅、ってえのを縮めて言うのが「たなぼた
天下の覇者、徳川家康を嫌いだって人は「家康なんてのはダメだね。あんなたなぼた野郎」なんてなことをいう人もいますね。あのたなぼたです。


家に土泥棒が入ったのを確認してから、捕まえて、縄でふん縛ろうってんで、慌てて縄をない始めるっていうようなオマヌケな行動を「どろなわ」なんてことも言いますね。


「忠臣水滸伝」「むくむくの小袖」だとかね、たくさんの作品を残している江戸時代の戯作者「山東京伝」がやりだしたって言われている、飲食の勘定を参加した頭数で割って均等に払う。いわゆる割り前勘定をち締めて言うのが「割り勘」ですね。
割り勘ってのはですね、日本特有の習慣らしいですよ。
海外では、電卓を出して1人ひとりの金額を割り勘で計算していれば、間違いなく日本人、っていうのがジョークとして言われているそうです。


そんなのと同じで「あったりめえだ、べらぼうめ」を縮めて言ったのが「あたぼう」っていうことですね。


この説は、どうやら落語から来ているんじゃないかって思うですよ。
「大工調べ」って落語。


この噺の中に「あたぼう指南」みたいなトコがありますね。
大工調べってのは、俗にいう「与太郎噺」の1つで、五代目柳家小さんの十八番の1つでしたね。


与太郎噺ですからね、とぼけたところが小さんの聞かせどころ、ウデの見せどころ。

 


家賃が払えなくって、大家に大工道具を箱ごと持って行かれてしまった与太郎に、大工の棟梁が世話をやきます。


「おめえんとこの大家なら、まんざら知らねえでもねえが、いったい幾ら溜まっちまってるんだ」
「へい、1両と800文ばかり」
「そいじゃあここに1両あるから、これを持っていって道具箱、取り返してこい。大工が道具なしじゃ仕事になりゃしねえじゃねえか」
「棟梁、あと800文」
「バカヤロー、なにぬかしてやがんだ、このタコ」
「タコですかい」
「おめえみてえにヌラクラぬかしてる奴をタコってんだ。いいか、800文持って行って道具を返せってんじゃねえんだぞ。1両持ってくんだ。800はオンの字で、あたぼうってもんよ」
「へい、そうすか。ところで、なんですか、その、あたぼうってなあ」
「おめえも江戸っ子ならあたぼうぐれえ、ちゃんと覚えておきな。いいか、あたぼうってなあ、あたりめえだ、べらぼうめってトコをつづめて言うんだ。この江戸の町で、啖呵切って物事をサッと切り上げるのに、あたりめえだ、べらぼうめなんて呑気に息を吐いてたら、物は腐って、日が暮れっちまうってもんだ。そんで、あたぼうよって切り上げるんだ」
「へい、あたぼうってのは、どうにも便利なもんで」


ってんで、分かったのかどうか分かりませんが、与太郎は大家のところへ1両持って大工道具を返してもらいに行くんですが、あたぼうって啖呵を切ることに夢中になっちまってるもんですから、大家も面白くない。


おまけに800足りないって言うと、あたぼうよ、とシテヤッタリの顔で威張るもんだから、いけませんね。

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なんだ家賃も払わないで、あたぼうとは、何言ってるんだ、ってことで、あと800文持って来るまでは返しませんってことになって追い返される。


で、すごすご帰って来た与太郎が、棟梁に向かって、
「だめでした。大家に、あたぼうは効きませんでした」


で、噺はこの後、棟梁が大家のとこへ乗り込んでいってああだこうだやるんですが、埒が明かずに、奉行所へ訴え出るってことになりますね。
大岡越前の守のお裁きです。


ま、このあとの顛末はCDかなんかでお楽しみいただくといたしまして、肝心の「あたぼう」ってのは「あったりめえだ、べらぼうめ」を縮めて言ったものって説は、ここから来ているんじゃないでしょうかね。


名人、五代目小さんは2002年、平成14年に亡くなってますが、「大工調べ」って噺は、五代目の活躍していたもっと前からあるみたいですからね、昔はみんな落語を良く聞いていたらしいですしね「あったりめえだ、べらぼうめ」説が幅を利かしているってことになってるんじゃないでしょうか。


「べらぼう」っていうのはですね、程度の酷いことを言いますね。そこから派生して、考えられないようなバカ者を指しても使われるようになったみたいです。


「あたぼうよ」
「あってりめえだ、べらぼうめ」
「当たり前ですよ、おバカさん」
って感じなんでしょうかね。


江戸時代の見世物小屋に「便乱坊(べらんぼう)」っていう奇妙な人間が出ていて評判を取ったところから、べらぼうっていう言葉が、変な奴、バカな奴っていう意味で広まったって説もありますが、こっちの説はどうもね、信憑性に欠けるきらいがあるように思いますです。

 


「あたぼう」についてのもう1つの説ってのはですね、「あたぼう」の中に「べらぼう」は含まれないって説です。


当たり前っていう言葉には、当然っていう意味のほかに、分け前っていう意味もあるんだそうですね。
何か、その仕事に当たったことに対する配当としての分け前。
個人として当然受け取るべき労働対価ってことです。


たぶんおそらく、江戸文化っていいますか、東日本の風習なのかもしれないですが、金銭のことをダイレクトに口にするっていうのを避ける、みたいなとこってありますよね。


分け前としての「当たり前」って言葉さえ、ちっとデリカシーがねえってな感じだったのかどうか分かりませんがね、粋がって言う言葉に「あたりき」っていうのがあります。
あたりきしゃりき車引き、なんてのは、単なる言葉遊びでしょうけれど、これでギャランティのことを表現していたのかもしれませんよ。


あたりき、って言うようになってしばらくして「あた」って言うようになったって説もあります。
で、その「あた」ってのをも少し可愛げを持たせて、擬人化して「坊」を付けて言うようになった。
それが「あた坊」で「あたぼう」だって説ですね。


「あわてん坊」「あわてんぼ」と同類。


さてさて、「べらぼう」説をとるか、「坊」説をとるか。


その辺りの結論はってえますと、そりゃもう、あばらかべっそん、ってことで。はい。あたぼうよ!


おあとがよろしいようで。

 

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