<文字落語 時短営業と新しい酒 の一席>
マルちゃんと棒さんシリーズの4回目であります。
コロナ前は休みの日に呑みに出かけていくのが楽しみだったお二人さんなんですが、どうもね、首都圏の収まらない状況では出かけることもままなりません。
で、今は止むを得ず自宅で呑むことにしているんですが、朝から二人とも面白くないようでしてね、どうでもイイようなことでぶつかっておりますよ。
お互いに対する不満、というのではなくてですね、なんだか正体の分からない世の中の空気といいましょうか、ね、お分かりいただけると思いますが、長過ぎるガマンの月日が恨めしいんであります。きっとね。
人出が増え始めているとか眉をしかめられましてもね、自粛に厭きてきたこともありますが、どうもね、エライ人たちの言っていることに説得力が感じられなくなっていることもありそうに思えますですね。
マルちゃんと棒さんの噺です。
この休日の遅い朝はトーストとコーヒーで始まりました。
食べながら夜の宅呑みの話題になりまして、ちと揉めております。
「まだ朝も終わってないのに、夜のこと決めなくたってイイでしょ」
「今は冬だよ。あっという間に暗くなるよ。暗くなったら、もう夜だよ。さっさと決めておかなきゃおっつかないだろ。何を作るたって時間かかんだから」
「あんた作ってよ。どうせあたしの作ったアテだとモンクばっかし言うんだから」
「オレがいつモンク言った」
「いっつもぶうぶう言うじゃない。ああでもない、こうでもない」
「それはモンクじゃないだろ。解説だよ、解説」
「あんたの解説なんて、誰も聞きたくないの」
どうやらですね、夜の宅呑みで何を酒のアテにするかで揉めてるようなんですね。
マルちゃんも棒さんも料理はわりとマメにやる方ではあるんですが、その前の段階ですね。何を作るかってのが問題で、それが決まらなくってヤイヤイやっております。
しかしまあ、夜の献立といいますか酒のアテについて朝から揉めてるってのも、むしろ仲の良さではあるのかもしれませんですよ。
コロナ禍の家庭生活で、より仲良くなる夫婦もあり、どうにも具合の悪くなっちゃう夫婦もあるそうですから、ほどほどのところで収めていただきたいものです。
それでもまあ、お昼を過ぎまして、二人はマスク姿で近所のラーメン屋さんに行きましたね。
朝のトーストもまだこなれていない腹の中に、マルちゃんはラーメンと餃子。
棒さんはチャーハンと餃子をいただいております。
「いつもの調子で頼んじゃったけど、ちょっと多かったかな」
「あたしが先に餃子頼んだんだから、あんたはチャーハンだけにすればよかったのよ。あたしの餃子半分こにすれば足りたでしょ」
「ラーメン屋の餃子にあたしのも何もないだろ」
「なんでよ。あたしが注文して、あたしのとこへ出された餃子はあたしの餃子でしょ」
なんだかまあ、いつまでも言い争いが収まらない二人なんでありますが、たかが餃子の一皿で揉めるこたあナイと思うんでありますがね。
お互いにパアパア喋り散らして腹を減らそうって思惑ってことでもないんです。
いっつもこうなんです。
ま、なんだかんだ言いながら、二人ともキッチリ完食ですよ。
餃子の二皿も。
店から出てきた二人なんですが、なんだかパッとしない表情ですね。
「ああ、やっぱり食い過ぎたかなあ」
棒さんは痩せた腹を撫でさすりながら歩いております。
「満腹するのって好いことじゃないの」
「まあな。でもおまえは全然へっちゃらだろ」
「うん。でも、今はもう食べられない感じ」
「そりゃそうだろ」
「あんた先帰って氷作っておいてよ」
「は?」
「今朝氷作るやつ洗っておいたから、今、我が家に氷は1個もないのよ」
「あっそ。で、おまえはどうすんの?」
「夜の用意買ってくる」
「用意を買ってくるって、何だよ」
「うるさいわねえ。今夜はなにも作らないで、呑むだけでいいでしょ。もういっぱい食べたんだから」
「まあ、今は、いっぱいだけど」
「何か珍しい酒とアテ探してくるから。ちゃんと氷作っておいて。丸いのもね」
「あ、そうか。ホワイトホースに付いてきた丸い氷作るやつな」
「そうそう。じゃね」
まあ、夫婦の仲なんてものはその夫婦でなきゃ分からないと言いますからね。
こんなんでもうまくやっていけてる二人なんですね。はい。うまくやってきているんです。
丸い氷っていいますのは、前に酒屋さんで“ホワイトホース”を買った時に、ボトルの首にぶら下げてあったオマケの製氷器なんです。
直径5センチくらいの丸い氷を作れるっていう、プラスティック制のね。
宅呑みする人が多くなっったんで、輸入しているキリンビールがサービスとして考えたのかもしれません。
ホワイトホース。今は1000円ちょっとで買えますね。ブレンデッド・スコッチ。
別にグラスに入れる氷が丸かろうが四角かろうが、それで一喜一憂するお年頃でもなかろうってなもんなんですが、オマケっていうのはですね、なんとなくうれしいもんでありますよ。
酒なんか何でもイイというタイプのマルちゃんが買ってきたんです。ホワイトホース。
スコッチだろうがなんだろうがお構いなしではあるんですが、目ざとく見つけましたね。棒さんが手に取ったボトルの首に括りつけられた丸い氷の製氷器。
「あ、丸いのイイね。あたしも買おうっと」
「ん?」
棒さんにしてみれば、ホワイトホースが2本あろうが3本あろうが、なにも困ることはないんでありまして、むしろ歓迎するぐらいなもんですから、2本買って、2つの丸い氷を作る製氷器ってことに相成りました。
それを洗って乾かしてあるから、今は丸い氷はない。だから作っておけって、そういう会話だったんでございます。はい。
なんですかホワイトホースっていうスコッチは、あの黒澤明さんのお気に入りだったんだそうですね。
そうです、あの“七人の侍”の黒澤監督。
黒澤明さんがホームパーティ用に、そして自分の晩酌用に、当時はそこそこ高価だったホワイトホースをいつも近所の酒屋さんで買っていたそうです。
電話で大量に注文する。
最初はその注文の多さにビックリしていたその酒屋さんは、やがてビルを建てることが出来たって話があります。
ホワイトホースビル、ってことではないでしょうけれどね。
ホワイトホース。イイ酒ですよね。今でも信奉者はけっこう居るんじゃないでしょうか。
棒さんは家に着くなり、ちゃんとマルちゃんの言うことを聞きましてね、氷を作っておきましたですね。
ま、作るっていったってですね、製氷器に水入れて、キューっとフタして、冷凍庫にそっと置くだけですけれどね。
四角い、普通の製氷器にも水を入れて冷凍庫に入れました。
あっという間に作業終了。
そんでもって余裕顔になりまして、ネットでネコ動画なんかを見ておりますところへ、マルちゃんが帰ってまいります。
「またそれ見てんの?」
「この前のと同じのじゃないよ」
「よく飽きないわね、同じようなもんじゃない。ネコはネコなんだから」
「おまえには分かんないの。ところで何買ってきたんだ」
「バタピー」
「は? それだけ?」
「こんな大きなエコバッグがこんな膨らんでて、バタピーだけだと思うの? バッカじゃないの。重かったんだからね」
とか言いながら、マルちゃん、機嫌が良くなったのかニコニコしてます。
パンパンに膨らんだピンク色のエコバッグから取り出したものを、鼻歌交じりにテーブルに並べ始めましたね。
作らないったって、食べるといいますか、アテはたっぷり必要なマルちゃんですからね、エコバッグからはいろいろ出てきますね。
パックのサラダが3種類。
チーズケーキ。
豆大福。
こういう甘い感じのはマルちゃん専用。
もちろんポテトチップス。
バタピーばかりじゃなくって、棒さんの好きなミックスナッツ、裂きイカ。
でもって、ゆで卵。
チーズちくわ。
瓶入りの辛口メンマ。
なんだか目についたものを片っ端から買ってきた感じです。まだ並べ終わりません。
と、350ml缶がぞろぞろ出てまいりました。
「お、見たことないな、それ」
棒さんもスマホ片手にテーブルに並べられる品々を確認しておりますからね。すぐ気づきましたね。
「そ、あたしも初めて見た」
棒さんが手に取ってしげしげと確認し始めたのは「スコッチウイスキーハイボール レジェンダリースコット」ってやたらと長い名前のハイボール。
みなさんはもう呑みましたか?
「ほほうスコッチかあ」
「そ、あんた好きでしょ」
なんだかね、さっきまでと二人とも顔つきが違ってますね。
初お目見えのハイボールひとつでお互い笑顔になれるんですから、やっぱり夫婦なんですね。仲のよろしいことで。
「ちと早いけど、もう始めるか」
「ぜんぜん早くないよ。これ6本買って来ちゃったから、このハイボールからいってみよっ」
呑む前から人をニコニコさせるんですから、酒の効能ってのもいろんなところで発揮されているってことですよね。
黒い缶です。デザインからして、期待できます。ンまそうです。
棒さんは缶のままいきましたね。
「ふうん。かなりあっさりしてんな」
マルちゃんはグラスに丸い氷を入れまして、缶から注いで、
「色、薄いね。でもキレイ」
「ぜんぜんスモーキーじゃないけど、ま、いける」
「あたし、これぐらいが好いな。煙臭いより全然イイよ」
「レジェンダリースコットねえ」
「ってどんなの?」
「売ってるの見たことあるけど、まだ呑んだことないな」
「本物のスコッチ?」
「だろうなあ。うん、クセがないぶん食べながらやるのにイイんじゃないか」
「うん。そだね」
6本ありますからね。いろいろつまみながらチロチロ呑み続けます。
「ちょっと物足りない感じもあるけどな」
「あんたの好みはクセが強すぎるんだよ」
「んなこたあないよ」
「だってほら、このまえの、なんだっけ?」
「ん? あ~、あれか、マタタビ焼酎」
「そうそう、あれなんか、あんた以外に呑んでる人見たことないもん」
「オレだってあんときが初めてだよ」
「あたし、無理だった」
「そうかな、そんなにクセのある酒じゃなかったけど」
「なんか最近変わった酒に凝ってない?」
「マタタビは確かに珍しいよな。でも健康にイイらしい」
「健康のために酒呑むの?」
「気分もサイコーになるんだよ。ゴロニャーンって」
「あいかわらずバカね。なんで焼酎呑んでゴロニャーンなのよ」
「え? マタタビはネコだろう。お前には分かんないんだよ、ネコの気持ちが」
「なに言ってんの、あんたにだって分かるわけないじゃない。だって、あんた戌年でしょ」
「イヌにもネコにも分かるし、俺にも分かる。分からないのはおまえだけ~」
「ばあか」
「知ってるか?」
「なにが?」
「ネコが喜ぶのはマタタビだけにあらず。キャットニップってのがあるんだよ」
「なに言ってんの?」
「キャットニップってのはな、日本名イヌハッカ」
「はあ?」
「んん? だからさ、イヌハッカ。犬は喜ばないけどイヌハッカっていう名前なんだよ。ネコが喜ぶキャットニップが日本語になるとイヌハッカとは、これいかに~」
「あのさっ」
「イヌハッカ」
「もう寝たら」
「イヌハッカで、また旅に出る~」
「寝なさい」
「いや、だからさ、マタタビに~なんだよ。マタ、タビに~」
え~、仲良し夫婦、家呑みの噺でございました。
「スコッチウイスキーハイボール レジェンダリースコット」はセブン独占販売みたいでございますよ。
おあとがよろしいようで。
<マルちゃん棒さんシリーズ>
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