< 日本人より源氏物語に詳しい外国人っていうのは聞いたことありましたが「露は尾花」はシブ過ぎ >
東京の正月てもんはですね、陽が出てさえいりゃあ、なんとも穏やかなもんでしてね。
こりゃ昔からそういうもんに決まっておりますんですよ。西高東低ってんだそうでして、日本の冬ってのは、日本海側はどうもハッキリしなくって、太平洋側はピーカン。
そんでもって悔し紛れなのかなんなのか、日本海側の人間ってのは思慮深く出来てる、なんてね、決まり事みたいに言う向きもありますけれど、太平洋側の人間にしてみりゃ、チコちゃんに叱られながらでもね、のほほんとした松の内を過ごせるってのはありがたいこってございますよ。
正月風に吹かれながらですね、ポケットに手を突っ込んだままぶらぶらとひと気の少ない街を歩くってのもイイもんでして、もう何十年もずっと繰り返しておりますけれども、ええ、やっぱりね、正月は東京の人口は減りますね。
コロナの警戒が必要以上だったようなときにはそんな感じなかったですけどね、目に見えるこっちゃないんですが、なんてんですか、人の気配ってもんがね、やっぱりこう、薄い感じがします。歩いている街なかのね空気が、どこか、のびやかに感じられますよ。
もうウン十年も前のことですけどね、東京の神楽坂あたりの細い坂道を上っていったりしますとね、遠く方から三味線の音が聞こえてきたりなんかしましてね、日本のお正月だねえなんて感じでした。
いや、あれです。お座敷の音じゃなくってね、お稽古なのか、三味線の音を合わせているのか、神楽坂の辺りにはそういう置き屋さんみたいなところもあったんでしょうね。
そこいらからだいぶ西へ入りまして、中野の裏町なんかには三味線橋なんてね、風情のある名前の橋、なんですけれども、もうすでに、かなり昔からコンクリの欄干の、何でもない、名前だけの橋になっちゃってましてね、水の流れなんてのはもとっくにないんですね。暗渠です。
で、その暗渠の上を通れるようになってましてね、歩いていくってえと、やっぱり三味線の音が聞こえてくるんです。
30メートルか40メートルぐらいのね、暗渠になってる通りですから、店の背中側が見えてんです。裏方が見えてる裏通り。
人が歩く予定の無かった川の流れが暗渠ですからね、あんまり、散歩とかで通って欲しくないかもです。
三味線屋さんってんですかね、鼓みたいなのも見えましたけど、修理、調整してんですね。そういう仕事場が見えてましたね。
で、張り終えた三味線をね、作務衣姿のオヤジがツツ~ンってんで音を鳴らしてる。
そんなのは何も正月ばかりやってんじゃないんでしょうけど、いつもはそんな三味線の音なんて聞こえやしませんからね、暗渠を歩いたって車やバイクの音で騒然としてますからね。そういう三味線の店があることなんかも意識に上らない。耳にも響いてこないんです。ただの裏道。
でも、なんだかのんびり静かになったお正月にはね、聞こえてくる日本の音でした。
今、ないです。無くなっちゃいました。ずいぶん前にドド~ンとでっかいビルになってしまいました。
三味線つまびいて粋な小唄、なんて世界はまったく縁がないんですけど、ついこの前オーストラリアから来て日本の会社で働いているっていうオッサンと呑み屋さんで一緒になったんですけどね、そのでっぷりしたオッサンに聞かれましたです。
「露は尾花っていうの、なんでしょうか」
ツツ~ン、とんてんしゃん! へ? なんですかあ? つゆはおばな?
んひょ~、ですね、こりゃね。
日本文化に興味を持って、いろいろ勉強している海外の人って少なくないみたいなんですけどね、文学作品とかじゃなくって、なんてんですか、「露は尾花」小唄? 端唄?
シブいトコ攻めてきまっせ、ホントにね。
なんでしょうか? って聞かれて、それはでんな、とか、速攻で答えられるようなもんじゃありませんね。
今度の時までに調べておきます、ってことでご勘弁いただいた次第なんでありまして、日本の居酒屋さんで、日本人、やりにくいってな世の中になってまいりましたですよ。
知ってました? 「露は尾花」
改めて調べてみまして、なるほどねえってな感じでありますよ。日本はこういう国、こういう風情ってのがあったんだねえって、日本人ながら感心させられちゃっいましたです。
歌詞はですね、いろんなバリエーションがあるんだそうです。
お座敷遊びの一種なんでしょうから、その場のシチュエーションに合わせて歌詞をアレンジするんでしょうね。そういう遊び。
まあ、色っぽい内容なんですけどね、艶ってえますかね、今は消えてしまった日本、なのかもです。
♪露は尾花と寝たと言う
♪尾花は露と寝ぬと言う
♪アレ 寝たと言う 寝ぬと言う
♪尾花が穂に出て 現れた
寝たとか寝ないとか、ダイレクトな言葉なんですけどね、女がね、あたしゃそんなこと知らないよ、っておくれ毛かなんかを掻き揚げて、しらばっくれてるんですけど、穂、頬に色が現れ出ていますよってことなんでしょうね。
しかしね、この男女の関係ってもんを、このまんま説明して通じるもんなんでしょうかね、海外の人に。
こういう言葉をね、三味線つまびいて、さらりと唄いあげるっていう着物の日本髪。
そういったような情景まで説明しないと伝わらないような気もすんですけどね、そんなとこまで説明するってのも、どうも野暮でいけません、って気がしますね。
この露は尾花って一番の歌詞はたいていこのままみたいなんですけど、こっからがいろいろあるんでございましてね、その中で、お、これが説明ってか、ちゃんと伝わんじゃないかってのがありました。
♪雁は月夜を粋と言う
♪尾花は月を野暮と言う
♪アレ 粋と言う 野暮と言う
♪恋には野暮さえ 粋となる
へっへっへ。どうもね、日本の尾花は天邪鬼なようでして、月明かりだって、もうちょっと隠れてくれたらイイようなもんなのにってことでしょね。
こういう日本の女の言動って、通じんですかね。海外の人に。
しかしまあ、この露は尾花って唄みたいにね、カッコ良くおさまるってばかりじゃ、もちろんござんせんね。
こんなのもありまっせ。
時代が時代ですからね、囲われ者のお妾さん。旦那のやって来ない日には、好みの男を引っ張りこんでよろしくやっているらしいんですが、間の悪い時ってのがあるもんでして、男を家へ上げたと思ったら、予定の無い旦那がやってきちゃった。
こりゃいけません。慌てて玄関から男の下駄を拾い上げて、脱いだばかりの絞りの浴衣を押し付けて、慌てて裏口から退散させる。
男の方もその辺の事情は百も承知。とるモノもとりあえず、バタバタと走り去って行く。
「おい、どうした。何をバタバタやってるんだい。誰か来てたのかい」
「いえ、なにを言ってるんですか。誰も、何も来ちゃいませんよ」
「裏の方でバタバタしてたようだが」
「バタバタ、してたのは、あれですよ、ネコでございますよ。お隣りのネコが慌ててバタバタと、おほほのほ」
「ほほ~ん、ネコかい、ネコねえ」
♪猫じゃ 猫じゃと おっしゃいますが
♪猫が~ 猫が下駄はいて
♪絞りの浴衣で来るものか
♪オッチョコチョイノ チョイ
これはオッチョコチョイ節ってことで、けっこう流行ったもんだそうです。
オッチョコチョイってことで、済ましちゃってるところもまた、粋、なのかもですねえ。迷惑するのは猫ばかり。
これならね、オーストラリアだろうがベルギーだろうが、どこの国の人にも、そのまま通じそうに思います。
世の中、男女の仲は異なもの不思議なものってことでね。
おあとがよろしいようで。