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【酒を讃むるの歌】短歌ってやつから「酒」そのものじゃなって 酒呑みっていう「人」を考えてみる

< 酒呑みの話 万葉集って 教科書を離れたらイロイロ面白いのがあるんですよね >

世の中の先鞭をつけていく人。世間を教え諭して、導いていく人。コロナ禍でのオピオンリーダー。
居ません。今の日本には出てきませんねえ。


ま、スーさんたちもやろうとはしているんでしょうけれどねえ。
やっているように思えないところが、どうしてもねえ、ダメな感じですよねえ。ニッシーとかね。


それじゃあイカンよって言ってる外野の連中も、代替案とか、全然なさそうですし。元気もない。


なんだかなあっていう時間が1年半以上続いています。
賢い人! どこにいる? さっさと出て来~い!


とかね、威張って言えるようなことでもないんですけれど。

 


紀元前6世紀ごろ、「ギリシャ七賢人」って言われた人たちがいたそうです。


「立法者ソロン」「哲学者タレス 」「民選長官キロン」「政権支配者ビアス」「政権支配者クレオブロス」「政権支配者ピッタコス」「農夫ミュソン」


政権支配者っていうのは僭主とも言われて、僭主っていうのは王権の血筋以外から出て、政権を取った人のことですから、かなり強力な指導力のあった人物なんでしょう。野(や)から出てきた賢人。


1人「農夫」っていうのが気になるところですが、どういう人物だったのかよく分かってはいないみたいです。
賢人として名を遺す人物の出身や、元々の職業なんか関係ないですもんね。


今、日本に出てきて欲しいです。農夫、ミュソン。


現状はねえ、七賢人ならぬ「七バカ」ならすぐ数えられるんですけどねえ。


ギリシャの七賢人からほぼ1世紀。中国は三国志時代の終盤。
日本でも知られた「竹林の七賢」って人たちが出てきました。


7っていう数字は洋の東西を問わず縁起のイイものなんでしょうかね。中国でも七賢人です。


「べき論」っていいますか、思い込みで決めつけてしまうキライのある儒教が国教に定められると、ま、当然ながら反発する人たちも出てきます。
状況は今の日本と似ていなくもないかもですよ。


スーさんは別に儒教家ってことはないんでしょうけれど、専門家に諮ることもなく医療分野の事項を決定したり、
知事に諮ることもなく宣言しちゃったりが続いていますよね。
スーさんスタッフ、ダメダメです。


こうすることが、これこそが正しいんだという、客観的に見れば根拠のない、決定するにあたってのエビデンスもない、バカげた思い込み。


国民の命に係わる一大事に政局を持ち込んで、というか、政局しか頭にないって言われても仕方ないんでないかい、って感じですもんね。


工夫なしの宣言延長です。何も変えずに何回も延長します。ば~か。

 


で、古代中国では、激しくなる一方の政争に倦んで、マツリゴトに積極的に関わらず、政治的ポジションから離れて暮らす人たちが出てきて、そっちの方にこそ有能な人物がいるよねえ、っていうのが竹林の七賢


なので、ホントに竹林の中で暮らしていたってことでは、必ずしもないみたいです。


「思想家 阮籍(げんせき)」大酒呑み。
文人 嵆康(けいこう)」人嫌い。
文人 山濤(さんとう)」政局に出たり入ったり。
文人 劉伶(りゅうれい)」素っ裸の酒浸り。著書に「酒徳頌」
文人 阮咸(げんかん)」度が過ぎる酒呑み。
文人 向秀(しょうしゅう)」悠々自適の野良仕事。「荘子注釈書」
「政治家 王戎 (おうじゅう)」神童。吝嗇を装って政争から逃れた。


ギリシャの七賢人は、いろんな名前があがっていて、20人以上数えられるみたいですが、中国、竹林の七賢はほぼ決まった7人みたいです。


竹林の七賢は、ほとんどが大酒呑みらしいですね。


劉伶の「酒徳頌」は、広く読まれた名著とされています。


酒德頌  劉伶
有大人先生。
以天地爲一朝、萬期爲須臾、日月爲扃牖、八荒爲庭衢。
行無轍迹、居無室廬、幕天席地、縱意所如。
止則操巵執觚、動則挈榼提壺、唯酒是務、焉知其餘。
有貴介公子縉紳處士。聞吾風聲、議其所以。
乃奮袂攘襟、怒目切齒、陳説禮法、是非鋒起。
先生於是方捧甖承槽、銜杯漱醪、奮髯踑踞、枕麴藉糟、無思無慮、其樂陶陶。
兀然而醉、豁爾而醒。靜聽不聞雷霆之聲、熟視不覩泰山之形。
不覺寒暑之切肌、利欲之感情。
俯觀萬物擾擾、焉如江漢之載浮萍。
二豪侍側、焉如蜾蠃之與螟蛉。

 

酒の徳をたたえる 劉伶
いっちょ前になったつもりのセンセが言う。
世界はアッちゅう間に出来上がった 悠久の時も一瞬だ 太陽も月も嵐もコップの中。
人の後ろについていかない どこに暮らしたって 空が屋根で地面が床 気ままなもんさ。
酒を手放すな いつも酒を持ち歩け 酒のことだけ考えろ。
ある男たちがセンセの行いを批判した。
センセは切歯扼腕駆け付けて バーローと怒鳴りつけた。
興奮しながら呑んで 怒鳴り続けたから ヘロヘロに酔っぱらってしまった。
酔っぱらったら寝るのが勝ち。
センセの寝顔の素晴らしさ。
世間のことは何も聞こえない 何も目に入らない 寒くもないし 大金や名誉も気にならない。
世の中に気にするものは何もない 長江をただ流れていく浮き草みたいだ。
批判していた男たちも いつのまにか酔っぱらっていましたとさ

 

酒呑んで、酔っぱらって、正体がなくなってしまうのも、ま、悪くないでしょ。ってな感じなんでしょうけれども、人類がいつ頃から酒と付き合っているのかハッキリしないとはいうものの、酔っ払いっていう人種、ホント大昔から居るんですよね。


しかも、何故だか酔っ払いの正当性を訴えかける。これも大昔から変わらないみたいですね。


ところが、こういう酔っ払いの「酒賛歌」みたいなもんは、時代を超えて、国を超えて、シンパシーを生むんですよねえ。イイですねえ、酒呑みコミュニティ。


「酒徳頌」から500年。8世紀の日本は奈良時代です。


奈良時代といえば「万葉集


「撫子が 花見る毎に をとめらが 笑まひのにほひ 思ほゆるかも」


都に置いてきた妻の笑顔を、遠く離れた任地に咲くなでしこに見るこの歌は、ご存じ「大伴家持(おおとものやかもち)」
万葉集に473首の歌が収められている古代を代表する歌人ですね。

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「新しき 年の始の 初春の 今日降る雪の いや重吉事」


これも大伴家持の歌ですが、家持は公卿、歌人で、武人でもある人なんですね。
正規軍を率いて東へ西へ、旅することの多い人生だったみたいです。


ところで万葉集には有名な歌がたくさんありますけれど、中でも奈良の枕詞自体を有名にしたといえる歌があります。


「青丹よし 奈良の都は 咲く花の にほふがごとく 今盛りなり」


あおによし、が、奈良の枕詞。
気持ちの良い、大きな歌ですね。これは「小野老」という人の歌ですが、この人は大伴家持の父親、「大伴旅人(おおとものたびと)」の家臣なんですね。


しかしまあ、この頃の日本の貴族は、当然といえば当然なんですが、国を平らにするために「文武両道」を実践していた人たちなんだなあと感慨深い想いがします。


で、その家持の父親、奈良時代の左将軍、公卿、歌人大伴旅人もまた、西へ東へ日本を平定するために駆け回った文武両道の人。
そもそも名前が旅人ですからね、慌ただしく動いていて、ひとつところに落ち着くことのなかった人生だったのかもしれません。


「生ける者 遂にも死ぬる ものにあれば この世にある間は 楽しくをあらな」


という歌を万葉集に遺しています。


家持よりも数段武張った感じの歌ですが、人は、いつ訪れるとも知れない死というものを、常に背負って生きているんだから、楽しく生きなきゃね、っていう清々しさがカッコイイ歌です。


で、この大伴旅人が劉伶の「酒徳頌」をリスペクトしているようなんですね。


文武両道、漢籍にも明るい武人。そして、酒呑み。


「酒を讃むるの歌」という括りで13首が万葉集に入っています。酒呑み賛歌です。


「験なきものを思わずは 一杯の濁れる酒を 飲むべくあるらし」


答えのないもの思いにふけるよりは、安酒でも呑んだ方がイイ、らしいよ。
らしいよ、っていうところが「酒徳頌」へのリスペクト。


「酒の名を 聖と負ほせし いにしえの 聖の言の宜しさ」


酒を聖って読んじゃうあたり、昔の聖ってサスガだよねえ。


「いにしえの 七の賢しき人たちも 欲りせしものは 酒にしあるらし」


中国の竹林の七賢も、欲しかったのはやっぱり酒だった、らしいよ。


「賢しみと 物言うよりは酒飲みて 酔い泣きするし 優りたるらし」


利巧ぶってしゃべるより、酔っぱらって泣いちゃったりする方が優れてる、らしいよ。


「言わむすべ せむすべ知らに極まりて 貴きものは酒にしあるらし」


どう言ったらいいのか、やったらいいのか分からなくて煮詰まった時、ありがたいものは酒、らしいよ。


「なかなかに 人とあらずは酒壺に 成りにてしかも酒に染みなむ」


なんだかさあ、人でいるより酒壺になっちゃえばさあ、ずっと酒に浸っていられるよねえ。


「あな醜 賢らをすと酒飲まぬ 人をよく見ば 猿にかも似む」


やだねえ、賢ぶって酒飲まない人ってさあ、猿みたいだよね。


「価なき 宝といふとも一杯の 濁れる酒に あにまさめやも」


値段の付かないようなオタカラって言ったって、安酒一杯にかなわないよねえ。


「夜光る 玉といふとも酒飲みて 心を遣るに あに及かめやも」


夜に光る不可思議な玉だって言ったって、酒飲んでパーッとやるのには及ばないよね。


「世の中の 遊びの道にかなへるは 酔い泣きするに あるべかるらし」


世の中の遊びの中で、サイコーなのは酔っぱらって泣くこと、らしいよ。


「この世にし 楽しくあらば来む世には 虫に鳥にも 我はなりなむ」


この世界で酒を飲んで楽しくやっていられるんだったら、来世は虫だって鳥だってイイよ。


「生ける者 遂にも死ぬる ものにあれば この世にある間は 楽しくをあらな」


これは上記でも触れました。そのままの意味ですね。


「黙居りて 賢らするは酒飲みて 酔い泣きするに なほ及かずけり」


ムスッとして賢そうに装っているよりは、酔っぱらって泣いちゃってる方がイイよね。


どうもなんだか、旅人さんは泣き上戸だったんでしょうかね。酔っぱらって泣いている歌が多いですね。
「【酔っ払い】とは、誰なのか? 絶滅危惧種になってしまったのか?」でも触れましたが、今はね、酔っぱらいってあんまり見なくなりました。へべれけってやつね。


結論、自分を許容できる人でなければ、酔っ払いにはなれません。

 


他人に迷惑をかけないレベルで、ヘロヘロな自分を許してあげるのが、正しいストレス解消方法。正当な酔っ払いです。せいぜい大事にしてあげましょう。

 

酔っ払いよッ、素面の時は胸を張れッ!


ソーバーキュリアスとかメじゃねっす!