< 車じゃない屋台のユニーク食文化って今はもう昔なんですよねえ >
焼酎バーだったのに、コロナ禍の自粛明けに行ってみると、30数種類の焼酎はそのままだったんですが、なんでだかウイスキーが40種類ぐらい増えていたっていう店の話です。
ホッピーも黒が増えました。
コロナ前はウイスキーっていえばハイボール用のティーチャーズと角とジムビームだけだったんですが、スコッチだとかバーボンだとかジャカスカ増えています。
ま、それでも焼酎バーではあるんですけどね。
またウイスキーブームなの、ってマスターに聞いてみますと、あれです、ハイボールだそうです。
その日も「バランタイン17年、ハイボールで」とか、テーブル席からオーダーが入っていました。
へええ、17年もハイボールですか、って思ってたらですね「ラフロイグ、ソーダ割り」とかね、スコッチ中のスコッチまでハイボールですかあ。
ま、大きなお世話なんですけどね。
ガリガリ君サワーよりはだいぶオットナアな感じかもしれません。
ラフロイグとかピート臭の強いスコッチ、炭酸で割ったらもっと強く香るの? とか聞いたら、自分ではもったいなくて炭酸なんかで割ったことないから分らん、ってことでした。
ま、それがフツーってもんでしょねえ。昔からの酒呑みはスコッチはせいぜいロックにするぐらいで、ストレートにチェイサーってとこでしょねえ。
なんて話をしていたら、夏の暑さをそのまま持ち込んで来る感じでマッチーが入ってきましたデスねえ。
本名とかは知りませんが、いつも大声、元気印のオバサマです。
「お久し~。ねえねえ、きょうのお通し、なに? ナス? ナスやってない? ナスにして」
ま、慣れているんで、どってことない内容に感じてしまっているんですけど、入って来ていきなり店のお通しを限定してリクエストするっていうのも、なかなかないですよね。
しかもナスの何料理が望みなのか、分かりませんよ。
ここのマスターは、材料がアリさえすればなんでも作ってくれる人なんで、そういうリクエストになるっていうのは理解できるんですけど、特別に注文するのに、なんでそれをお通しにしてくれっていうの? って、ちょっとね、圧倒される感じのマッチーではあります。
お通しの値段でやってちょうだいってことなんでしょうかね。
「ナスはね、夏バテ予防にイイんだから、ぱうすさんもナス食べなきゃダメよ。それにしても相変わらず暑いわねえ」
はいはい。
ピンクのマスクを外して、顔に冷たいおしぼりをバサッて乗っけて、顎を突き出して一瞬静かになります。
自由っていうのか、ストレス発散が巧いっていうのか、キッパリとしたマイペース。
と、自慢のネイルの親指と人差し指で、おしぼりの片端をつまみあげて、
「ナマね、ナマちょうだい。キンキンのナマ」
おしぼり、元の位置に静かに着地。今週のネイルはパール地になんだかチマチマ描いてあるようでしたが、よく見えません。ま、そこは触れずにおきませう。
「はい、お待ちどうさま。今晩のお通しは納豆巾着」
マッチーは化粧に影響のないように真上におしぼりを飛ばすようにして、顔を正面に向き直ります。
「あら、巾着納豆、イイわね。珍しい」
いや、あのね、マッチーが注文していないだけで、ちゃんとメニューにありますよ、納豆巾着。
あんまり注文が入らないと、お通しに回って来るアイテムでっす。
大量に仕入れているわけじゃないから、お通しに回って来るっていってもカウンター族にだけって感じですけどね。
ナスのリクエストが納豆巾着になっても何の問題もなくカウンター吞みの始まりです。
「クア~ッ! ここのナマはおいしいよね、ね」
はいはい。フツーのアサヒナマらしいですけどね。マッチーがそういうなら、そうなんでしょ。
「じゃあさ、うなぎちょうだい。ポテサラたっぷりバージョンで」
「あいよ」
わざとじゃなくって、マッチーは地声が大きいんですね。テーブル席の客たちがマッチーの背中を見て、置いてあるメニューをパラパラめくって確認している様子がわかりますね。
鉄板モノと揚げモノがメインの店です。
だいいち、焼き網とかないのに「うなぎ?」って思うのが普通だとは思います。ポテサラとか付けちゃうの? うなぎに?
でも店のマスターはなんの抵抗もなくすんなりオッケーしてるしねえ。メニューを確かめたくもなりますよねえ。
ウイスキーの方が豊富にあるっていう焼酎バーだし、なんなん? ってとこでしょう。
うなぎ?
実はこの店に「うなぎ」を持ち込んだのは私なんでありました。
っていってもですね、別にオリジナルに考え出したメニューってわけでもないんです。
昔ね、下町の亀有とか、白鳥、青砥あたりの駅近の路上に屋台が行列していた頃、焼きそば屋台で呑んでいたりしたんですが、そこにあったメニューなんですね。
その焼きそば屋台は、よくお祭りで見る、鉄板が一枚、デ~ンって置いてあるだけの屋台なんですけど、脇にちっちゃな炭焼き台を置いて、焼き鳥もやってました。
メニューは、焼きそばと焼き鳥、冷えたハムカツを鉄板で炙ったハム焼き、耳の赤いペラペラのハムね。ポテサラ、ひらべったい紅ショウガ。それと日本酒と缶ビール。
焼き鳥の種類は無いんです。ざ・焼き鳥、一種類だけ。でも出てくる種類はもも、むね、ねぎま、ぐらいはありました。あるものをだまって食え、って、そういう屋台。
ま、並んでる屋台から、たとえばおでんとか、焼きとうもろこしとか、買って来て持ち込むのはオッケーなシステムでやってました。
いろんな屋台が並んでいましたね。ま、さすがにわたあめの屋台はなかったと思います。
雨の日はね、屋台のひさしはありますけどそれで間に合うわけがない。
傘をさして呑むんです。むっはっは。おつなもんでした。
で、その焼きそば屋台の隠れメニューが「うなぎ」
メニューにはのっていなくって、常連さん専用でした。
「きょう、あんぞ」
って、オヤジがそう言えば、
「お、もらう」
そういうやりとり。
でもね、
「あんぞ」
っとか、もったいぶっていうような代物じゃないんです。
屋台を曳いてくる途中で、八百屋によって「ナス」を仕入れてくるだけのこと。
「形がイイ時だけしかやんねえんだ」
って言ってましたけど、たぶん、ナスの形とか関係ないです。気が向いた時だけってことだと思います。
ナスを縦に半分に切って、鉄板の上でバターしょう油、鍋をかぶせて蒸し焼きにします。
ジャージャー、派手な音が響きます。
お祭りの時に焼きそばを盛る、あの発泡スチロールのパリパリした皿に、ポテサラを少しとハム焼きを脇に乗せて、そこへ焼き上がったナスを黒い背中を上にして並べる。上から焼き鳥のタレをシャバってかけたら「うなぎ」の完成。
追いバターを乗っけて、青のりバサバサッ。
うなぎに追いバターです。
しかしですね、これが旨くてですね。だいいち、蒸し焼きしている時から旨い香りがしてきますしね、鉄板っていうのは焼けてる音がね、なにを焼いてもジャージャーいって、それがまた旨そうなわけです。
人気メニューでしたよ。
今は昔。もう下町のどこを歩いても屋台なんて行列どころか一台も見かけません。
で、その都下にある焼酎バーへ、昔懐かし「うなぎ」を持ち込んだんですね。
マスターも面白がって、市販のステーキのタレをアレンジしたりなんかして、ハム焼きじゃなくってレタスにして、とかやってたら、カウンター族が、「なんなのそれ?」
マスターが得意そうに「見ての通り、うなぎだよ」
「背中が黒いってだけで?」
うっせえわ! ってことなんですけど、マッチーみたいにハマっちゃう常連さんも少なからずいるんです。
この焼酎バーのマスターもね、オリジナル料理を工夫するのが嫌いじゃないんで、いろいろオリジナルにこだわりましたよ。
鉄板は無いんでフライパンで蒸し焼きにするんですが、バターしょう油に「練り辛子」を溶き込むんですね。
焼き加減を確認するんで、フライパンからかぶせ蓋を上げた時の湯気。
おーい、その香りをもっとこっちへ飛ばしてくれえって感じになっちゃいますよ。
何とも言えない、ご馳走の湯気です。ウキウキしてきます。
粉辛子は40度程度のお湯で、練れば練るほど辛くなるし、香りもたつって言いますけど、マスターもしっかり練りますね。辛さで涙が出てくるまでって言ってます。
「いや、あのね、中華料理なんかでも辛子炒めってあるんだけどね、あの風味は練り辛子、これなんだよねえ」
で、ニコニコと「うなぎ」をアテに呑んでいますとね、隣りの芝生ってやつですかね、マッチーに限らず覗き込んできますよ。
「なに食べてんの?」
「うなぎ」
「は? なに言ってんの?」
っていうのから始まるのがパターンなんですけど、マッチーなんかは掟破りで、
「ね、見て見て、これ、うなぎ。へっへ~、うなぎですよ」
とか、聞かれもしないのに吹聴しちゃってます。
マスターもニコニコ見てますね。
でも、最初の頃ね、マッチーはですね、
「あ、あたし辛いのダメだから辛子は抜いてね。なんで辛くしちゃうのよッ!」
とか言ってました。
あのですね、トウガラシじゃなくって練り辛子。和辛子ですよ。熱を加えると辛味は飛んじゃうんです。香りだけになります。
「うそだあ。あたしは辛いのダメなんだから、入れないで!」
マッチー、あんたウッサイよ。
でもまあ、人の好みはそれぞれってことで、マッチーの「うなぎ」は辛子無しでやっていたのは知っていたんですけど、あるとき、マスターがたっぷり練ってたんで「ん?」ってマッチーの顔を見ると、
「へっへ~。知ってる? 辛子ってね熱を加えると辛くなくなってね、香りだけになるんだよ。ね、マスター。あっはっはっは」
マッチー、あんたウッサイよ。このオ! 何回も説明したでしょ!
なんてね、カウンター族が「うなぎ」だ「辛子」だで盛り上がっておりますと、
「う~、疲れたよ~ん」
おりょ、珍しくもう半分ぐらい出来上がっちゃっているミコちゃんが入って来ましたです。
こちらも酒好きのアラフォーさんでいらっしゃいますけど、小柄でスリムでいらっしゃいます。
ワイン派で、ガブガブいっちゃうタイプです。もうだいぶお顔が赤いですね。
「会社で無理矢理付き合わされちゃって、さっさと引き上げてきたんだけど、これはさあ、呑み直さなきゃねえって思ってまっしぐらに来ちゃっいましたよ~ん。あれ、巾着、なに? 納豆巾着かあ、イイですねえ」
「納豆巾着はお通し」
「ふううん。あれ、マッチーさん、うなぎ、いってますねえ」
「辛子よ、カラシ」
さあ、「うなぎ」を知っているメンバーが集まって来まして、いよいよ盛り上がってまいりました、ところでありますが、長くなってきましたので、続きは、また次回ということで、よろしくお願いいたします。
じつはですね、ミコちゃんこそが、「辛子」対「トウガラシ」対「マスタード」の主人公なんでありますよ。
ではまた次回。。。