< マズイ蕎麦っていうのは ほぼ無いですが 旨いっていうのも少ないです >
コロナ禍によって閉業しちゃった店舗って私の周りでも少なくないんですが、その中でも特に残念なのが、とある「蕎麦屋」さんです。
ちょっと遠くまで足を延ばす散歩コースの途中にあった、小さなビルの1階の店舗。
そのビルの1階には3軒の店舗が並んでいて、右側が理容院、左側が八百屋、そして真ん中がその蕎麦屋さんだったんですね。
不愛想な外観ですし、かなり古い感じの全面ガラスの引き戸は、そのまま店内が見渡せるはずの作りになっているんですが、いつも暗いんですね。中が見えません。
で、いつも素通りしていたんですが、数年前のその日、ちょうど通りかかったときに引き戸を開けて中から女性の2人連れが出てきました。
で、その時その店の引き戸のガラス、実はスモークが貼ってあって、店内は意外に明るい。
ふむ、っと思って入ってみたのでありました。
と、ガラス戸の店内側はミラーになっていて、なんだか食べもの店じゃない雰囲気でした。
「いらっしゃいませ~。いやあ、ここ元は撮影スタジオだったんですよ~」
怪訝そうにガラス戸を見ていたので、フォローとしての説明だったと思うんですが、短髪白髪の店主さんがちょっと甲高い声で迎えてくれました。
「もっとねえ、蕎麦屋っぽく変えようかって思ってはいるんですけど、なかなかねえ」
けっこう軽いトークでよくしゃべる店主さんでした。
メニューは「せいろ」「大せいろ」「そばがき」「そばプリン」の4つだけ。
プリンってなんやねん! って思いながら「大せいろ」を注文しました。
時間はたしか2時ちょっと前ぐらい。客は他に誰も居ませんでした。
2人がけのテーブルが6つ。ザッツイット。カウンターは無し。
コロナ前でしたが、店内は空き空きのスペースでした。しかもテーブルは全部2人がけっていう不思議さ。
テーブル席から厨房は全く見えません。
全体としての店内風景は、入り口のミラーガラスが悪目立ちしています。
どうでしょう、期待できる店なんでしょうか。って、出されたお茶を口にしてみると「そば茶」
悪くない感じなのでした。
と、姿の見えない厨房から声だけが聞こえてきました。
「お客さん、ウチは初めてですよね」
腰高の白木板張りから上は、ウグイス色の壁紙。
撮影スタジオに後付けしたのかもしれませんが、ちゃんとした壁があるのに、店主の声はやけにハッキリ聞こえてきます。
「脱サラしてね、もう2年になるんですが、お客さんがなかなか入ってくれなくってねえ」
げっ! 脱サラの蕎麦屋さん。
雑誌だとかでよく取り上げられていますよね。店主の自己満足だけで始めちゃうので長続きしないっていうニュース。
ここもそうかなあ。ダメダメな店につかまってしまったかあ、ってすっかり諦めモードになりました。
「きょうはかなり出来がイイんですよ。お客さんラッキーですよ」
ほら来た。。。
正直といえば正直でイイことなのかもしれませんが、一応、脱サラであれ何であれ、プロとして、店舗を構えている蕎麦屋さんなんだから、きょうの出来はイイとか、普通言わないでしょねえ~。
期待値ゼロッ! やっぱりハズレ~。
「蕎麦つゆは陶器と漆器、どっちにしますか~」
え? つゆの容器のこと? なんだかヤッカイな店に入っちゃいましたねえ。
陶器をお願いしました。
で、おまちどうさまって出てきたのは、平たい丸型のせいろに盛られた更級蕎麦と、ごつごつとした見た目の凝った陶器に入った蕎麦つゆ。刻み葱とわさびの小皿。
「ごゆっくりどうぞ」
はいはい。サッサと食べてサッサと出ようって思って蕎麦をたぐってみますと、なんと、蕎麦、旨い!
つゆもしっかりと出汁が利いていて、どちらかというと重い味なんですが、コシのしっかりした蕎麦との相性が抜群です。
あれ? って思いましたね。
食べもの屋っぽくない内装に店主のカルイ感じと、出された蕎麦の重厚さがちっとも釣り合っていません。
大せいろを注文したからとはいうものの、ボリュームもたっぷりです。
壁の向こうでは洗い物をしている音が聞こえてきました。
「お客さん、食べっぷりイイねえ」
見えてないのに、なんのこっちゃ。
「ちゃんと蕎麦をたぐって食べてくれる人って、今少ないんだよねえ」
ははあ、そですね。ヌードルハラスメントなんていうことも言われる世の中ですからねえ。
脱サラして蕎麦屋を始めるくらいですからね、蕎麦に対するこだわりがあるんでしょうね、って、その時はそれぐらいの感じで、でもまあ、満足して出てきました。
大せいろ、800円でした。値段も高くないですしね。
店主の問いかけがちょっと面倒くさい気もしましたが、通ってよさそうなイイ味でした。満足。
で、月に数回の割で通うようになったのでした。
ある時、そばがきを注文すると、
「あ、すみません。きょうはそばがきないんですよ」
あ、そですか。ま、せいろでイイです、オッケーです。
だったんですが、店主さんはいつも通りに甲高い声で話し始めました。
その話によると、蕎麦が巧く出来なかった時にだけそばがきにするんだそうで、そばがきの日はせいろが無い。
ん~。そなんですね。そういうこだわり。
自分で蕎麦を打ったりしたことがありませんので、蕎麦粉とそばがき、蕎麦切りの関係がよく分からないんですが、そういうもんなんでしょうかね。
そういえばここ最近は、そばがきを出してくれる蕎麦屋さんって少なくなった気がします。
その店は入り口の引き戸を変える雰囲気は全然なく、営業を続けていました。
なかなか入り難いんですが、一度入ると通うようになる私と同じような人が少なくないようで、店の中で見かけるお客さんの顔はだいたい決まっていました。
ちょっとしゃべり過ぎる感じの店主も、慣れてしまえばオッケーですし、なにせ蕎麦は一級品でした。
むしろ穴場ってとこなのかもです。
で、2021年4月12日からの「まん延防止等重点措置」が始まった日から、
「東京都のまん延防止等重点措置の発令に従いまして、4月24日まで休業とさせていただきます」
っていう張り紙を例の入り口引き戸に張り出して、しばらくのお休み期間に入りました。
ところがですね、この時のまん延防止等重点措置は4月24日で終わらず、25日からは緊急事態宣言が発令されてしまったんですよね。
みんなガッカリでしたが、新規感染者数が増えてしまったので致し方ありませんでした。
張り紙は、
「東京都の緊急事態宣言に従いまして、6月20日まで休業とさせていただきます」
に代わっていました。
ところが、6月20日で無事解禁とはならず、またしてもまん延防止等重点措置が発令されました。
張り紙もそれに合わせて代わりましたね。
「東京都のまん延防止等重点措置の発令に従いまして、7月11日まで休業とさせていただきます」
ここまでで、もう4か月が経過しています。
店の家賃がそんなに高くは無さそうに、勝手に思ってはいるんですが、協力金が支払われるとはいえ、気持ちを維持するのも大変だろうなあって思っていたんですが、こんな状況になって来ますと、しゃべり過ぎる感じの、あの店主が懐かしく感じられてきますし、なんといっても、あのせいろがもう一度食べたいなあって気持ちがどんどん強くなってきていたんですね。
なのになのに、7月12日からは、またしても緊急時多宣言が発令されてしまったのでした。
ところが店の張り紙には変化がありませんでした。
8月を過ぎて9月になっても「7月11日まで休業とさせていただきます」のまま。
そして9月30日に緊急事態宣言が解除されても、店が再開する様子はありません。
張り紙もそのまま。
今はもう12月になろうとしています。
結局、その店のそばがきを食べる機会はなかったんですが、このまま閉店ってことになってしまうんでしょうかねえ。
別の店舗が入ったような形跡も見られないんですが、再開は期待薄な感じです。
まだまだ通りがかりに気を付けて観察しようとは思っているんですが、この蕎麦屋さんに限らず、今回のコロナ禍で閉店、閉業した店舗は少なくないです。
居酒屋さんに客足が戻らないっていう話も聞きますし、どうもね、2021年は明るさの無いまま暮れていきますね。
コロナ明けでマスク着用無用っていうふうには、まだまだなっていませんが、3回目のワクチン接種も始まりそうですし、2022年が明るい年になることを、ちと早いですけど、願わざるを得ませんですね。
みなさんの周りの店舗事情、どうですか?