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「ハンガリー女王水」っていうのがあるんですねえ。
ついこの前、初めて聞きました。
かなり昔からあるみたいで、1659年にドイツ、フランクフルトで発売された小冊子に製造法と使用法が書かれているのが最古のものだそうです。
日本は18歳の第4代将軍、心優しい名君って言われる「徳川家綱」の時代です。
そんなころのヨーロッパにある「女王水」のレシピ。
「四回蒸留した生命の水を3、ローズマリーの枝先と花を2とせよ。これらを密閉容器に入れ、50時間、微温に保ち、その後、蒸留せよ。毎週1回、朝、この1ドラムを食物か飲物に入れ、服用すること。さらに、毎朝、あなたの顔と傷んだ脚をそれで洗うこと」
17世紀半ば頃の記述ですが、いきなり素人には難しい工程から始まっているんですね。
「4回の蒸留」これは蒸留器がないとできませんね。
蒸留器っていうのは9世紀にジャービル・イブン=ハイヤーンっていう錬金術師が発明したものなんだそうですね。
蒸留っていう発想は錬金術からきているものなんですね。
個人的科学技術の成果、っていうふうにもとらえられそうです。
もちろん小型のものを一般の個人が持っている可能性はあるでしょうけれど、かなり特殊な仕事でもしていない限り、そんなことはないんじゃないでしょうか。
そもそもの生活環境として蒸留器があるって一般的じゃない感じですよね。
みんながみんな、錬金術に傾倒していたってこともないでしょうし。
そしてキーワードになっていると思うのは「生命の水」っていう単語です。
これはケルト人の言葉「ゲール語」の「ウシュクベーハー(Uisge-beatha)」から来ています。
「ウスケボー」っていう言葉を聞いたことのある人もいらっしゃると思いますけど、アルコールを置いている店の名前として、大きな街の中では少なからず見かける名前ですよね。
チェーン店の居酒屋さんが出てくる前は、今よりもっと多かった記憶です。
この「ウスケボー」は「ウシュクベーハー」から来ているんですね。
ゲール語を使っているのはアイルランド、スコットランドとかなんですけど、ネイティブじゃない日本人の耳には「べーハー」の発音が「ボー」に近い音に聞こえたのかもですね。
ま、確かなことは分かりませんが、日本では「ウシュクベーハー」から「ウスケボー」に、そして、いつのまにか「べーハー」「ボー」部分がとれてしまって「ウシュケ」だけの「ウイスカ」に変化していって、やがて「ウイスキー」っていう名前で浸透したってことみたいです。
アイルランド、スコットランドっていえば、「アイッシュウイスキー」「スコッチウイスキー」の生まれ故郷ですからね、「ウシュクベーハー」から「ウイスキー」っていうのは自然な流れで、素直に肯けるような気がします。
「ウイスキー」の和名は「生命の水」って言えるんじゃないでしょうか。
でも「ハンガリー女王水」のレシピは17世紀のものです。
「ハンガリー女王水」のベースとなっていた「生命の水」は何を蒸留して出来ていたんでしょうか。
この頃にはウイスキーも流通していたみたいですけど、ハンガリーって名前を考えますとイギリス側じゃなくってヨーロッパ側ってことで、ワインだったんじゃないでしょうかね。
ワインを4回も蒸留して出来上がる「生命の水」
相当上質な、アルコール度数の高い「ブランデー」が「ハンガリー女王水」のベースだったかもですねえ。
その濃い~ブランデーにローズマリーの枝先と花をつけ込むわけですね。
「生命の水」が3、ローズマリーが2、っていうことなんですけど、この割合、重さ?
液体と花の割合をそんなあっさりとした数値で言われても、伝わらないって気がしますけどねえ。
ま、そのローズマリーのエキスを溶け込ませたブランデーを、もう1回蒸留すれば「ハンガリー女王水」の出来上がりなわけです。
こうして出来た「ハンガリー女王水」は、涼やかな香りのかなり強い「生命の水」ってことなんでしょう。
ローズマリーをつけ込むときに「微温」を保って「密閉」50時間、っていうあたりも難しそうですよね。
微温って何度やねん!?
17世紀の密閉容器って、どんなんやねん!?
21世紀から突っ込んでみても意味ないんですけどね。
食べもの飲みものに入れろっていう1ドラムっていうのは、今で言うと2グラム弱ですね。
それで顔を洗ったり、傷んだ脚につけなさいってことですけど、「ハンガリー女王水」は人気があったみたいで、時代が進むとローズマリーだけじゃなくって、いろんな香草、ハーブを入れ込みようになっていったみたいです。
使っていた人がけっこう居たってことなんでしょうね。
人々からのリクエストがあっていろいろなハーブを入れ込むようになったっていうことは、呑むにしても塗るにしても、様々な香りを求めたってことなんですか。
なんだかハッキリしない香りになってしまうんじゃないかって気もしますけど。
でもまあ、ヨーロッパではかなり昔からハーブの多くは、香りを楽しむっていうより、魔除けの意味を持っていたみたいですからね。「ハンガリー女王水」は魔法の水、ってことだったのかもです。
ローズマリーっていう名前はラテン語の「ロス・マリヌス」っていう名前から来ているんだそうですけど、「海のしずく」っていう意味。
なるほどっていうような可愛い花を咲かせるローズマリーですが、魔除けとしての代表的な花でもあるんですね。
1967年に公開された「卒業」っていう映画があります。
名画として人気の高い作品で、上映から半世紀以上経っているにもかかわらず、人気は衰えていないみたいですよ。
テレビの放送と、レンタルビデオで観たことがあります。VHSね。
この映画の挿入歌に、映画の前年に発表されたサイモン&ガーファンクルの「スカボローフェア」っていう歌があります。
この歌もヒットしましたからね、聞いている人も少なくないと思います。
曲のリフレインに「パセリ、セージ、ローズマリー アンド タイム」っていう歌詞が出てきます。
4つとも一般的な西洋ハーブですよね。
「スカボローフェア」には元歌があって、それは17世紀ごろにアイルランドで歌われていたバラッド。
伝統的な男女のやりとりの歌みたいです。
男が女に、女が男に、無理難題をふっかけて、かなえてくれれば恋人になれる、っていう歌詞なんですね。
まあ、お遊び歌なんでしょうけど、アイルランド、ケルトの民話として、森の妖精や魔物なんかが、通りかかる人に無理難題を吹っ掛けるんで、問いかけられた人は「パセリ、セージ、ローズマリー アンド タイム」って大声で言って追い払うっていうオマジナイの言葉でもあるんだそうです。
薬草の効能が知られていた「パセリ、セージ、ローズマリー アンド タイム」が悪いものを遠ざけてくれる。疫病を追い払ってくれる。そういうオマジナイ。
いろいろなハーブを入れ込むようになったっていう「ハンガリー女王水」にも、この4つは間違いなくはいっていたでしょうね。
17世紀に活躍したフランスの作家、シャルル・ペローの童話作品に「眠る森のお姫さま」っていうのがあります。
「眠れる森の美女」っていう方が通りがイイかもですね。
魔法をかけられて100年の眠りについてしまった王女が、王子のキスによって目覚めるっていうお話。
実はこの「眠れる森の美女」の中に「ハンガリー女王水」が出てくるんです。
バッタリ倒れてしまった王女を心配して、なんとか目覚めさせようといろいろ手当てをするんですね。そこにこんな記述があります。
「人のいいおばあさんは、あわてて人を呼びました。みんな、お城のそこからもここからも、かけ出してきました。お姫さまの顔に水をそそぎかけたり、ひもをといて着物をゆるめたり、手のひらをたたいてみたり、ハンガリア女王の水という薬で、こめかみをもんだり、いろいろにしてみても、王女は息をふきかえしませんでした」
「ハンガリー女王水」のレシピが書かれたのも17世紀、この「眠れる森の美女」も17世紀の作品ですから、この時にはスタンダードなものになっていたんでしょうね。
「眠れる森の美女」の中では気付け薬、みたいな使われ方ですね。
「ハンガリー女王水」っていう名前は、どこから来ているんでしょう。
なんでハンガリーかっていうそもそものナゾには、こんな伝説があるんでした。
14世紀、1308年から1395年までのハンガリーはアンジュー朝で最盛期を迎えています。
この繁栄は1308年にハンガリー王に即位したカーロイ1世によってもたらされたんですが、ヨーロッパの王家って血縁関係がホント複雑ですよね。
カーロイ1世は、父系はナポリ王家、母系はハンガリー王家の血統。
もうすでにややこしいんですが、カーロイ1世は1300年にクロアチア王になって、なんやかやがあって、1308年にハンガリー王です。
ヨーロッパ中で政略結婚、暗殺、疫病だとか、安定した王朝なんて1つもない時代ですね。
真剣に調べていくとアタマが痛くなります。
のでザックリなんですけど、カーロイ1世は1306年にポーランド貴族家系のマリア・ビトムスカを王妃に迎えます。
このマリア・ビトムスカ女王については確かな記録が遺っていないみたいなんですが、1317年に亡くなっています。
カーロイ1世は翌年の1318年に神聖ローマ皇帝家系のベアトリクス・フォン・ルクセンブルクを2番目の王妃に迎えるんですが、ベアトリクスは1319年に産褥で母子ともに亡くなっています。
翌年の1320年にカーロイ1世は3番目の王妃に、ポーランド王家のエルジュビェタ・ウォキェトクヴナを迎えます。
1305年生まれのエルジュビェタ、ハンガリー語読みではエルジェーベト。
1342年にカーロイ1世が亡くなると、ハンガリー王はエルジェーベトとの間にもうけた息子のラヨシュ1世が継ぐんですけど、実質的にはエルジェーベトがハンガリーばかりじゃなくってポーランドも統治していたそうなんですね。
この人なんです。このエルジェーベトが「ハンガリー女王水」のハンガリー女王なんですよ。
1370年ごろの話だっていう伝説なんですけど、エルジェーベトは60歳を過ぎています。
ハンガリー国内だけじゃなくってポーランドの国政もみているわけですから、気苦労も並大抵なものではなかったでしょう。
それでも1380年に亡くなるまで才女で明るく、活き活きとした女王だったんでしょう。
それで、その秘密が「ハンガリー女王水」だっていう伝説なんですね。
老齢による容姿の変化にため息を吐くエルジェーベトの前に、光る雲の中から大きな翼を持った天使が現れて、
「霊験あらたかな水を作る処方書を与える。これを作らせ、朝晩顔につけよ」
と言い残して天使は消えた、っていうのが「ハンガリー女王水」の伝説。
ハンガリー水、若返りの水っていうふうにも言われていて、朝晩顔につけよっていう薬用の伝説なんですが、吞んだってイイじゃんか、って思うですけどねえ。
エルジェーベトさんが顔につけて、ちびちび吞んでいたかもしれない「ハンガリー女王水」
その女王向けの魔法のレシピっていうのは伝わっていないんだそうです。
そんな伝説は全くのウソで、ローズマリーの香水を売り出そうとした後代の商売人が、その香水の価値にハクをつけるために「ハンガリー女王」の名前を持ってきただけだ、ってう説が、今では当たり前に受け取られているんだそうですが、まあね、そうなのかもしれないですけど、それを言っちゃあオシマイヨ、って感じですよねえ。
ハンガリーっていう国のイメージって、個人的には馴染みがなくって明確なものはないんですけど、ま、清廉な空気感っていいますか、そういうプラス方向の感じを持っています。
ヨーロッパの人たちも、なんかそういう神秘的な説得力をハンガリーっていう国に感じているってことなんでしょうね。
「ハンガリー女王水」ホンモノがあるんであれば、呑んでみたいです。顔につけなくってイイです。へっへっへ。