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酒呑みの食いしん坊、メタボはイヤだけどガマンは嫌い。

【でんでらりゅう】初めて聞いても懐かしい感じのする「手遊びうた」

<長崎弁に通じていない者が解釈するといろんなことになってしまいますが 子供の時って>

別に歌詞の意味とか考えずに歌って、次第に覚えて、手遊びも出来るようになって、自然に遊ぶようになるもんですよね。音を楽しむんであって、言葉の意味なんか、ね。


「ずいずいずっころばし」と並んで「わらべうた」「手遊びうた」とされる長崎の「でんでらりゅう」


初めて見た、というか聞いたのはNHKみんなのうた」だったかなあと思います。
その後、なんだかいろんなところで、何回か見聞きしているような記憶です。


長崎出身の「さだまさし」の歌の中にも出てきていましたし、テレビのコマーシャルでもやっていた時期がありましたね。

 


「でんでらりゅう」の手遊びは、独りでやるのがスタンダードなんだろうと思います。
ま、厳格な決まりがあるってもんでもないんでしょうけれど、子供同士、向かい合って2人でお互いの手を使い合って遊ぶ種類のものではなくって、自分の手でやる。みたいです。


4種類の手印のような手の握りが地域によって差のあるものなのか、今では統一されているけれども、元々は違っていた可能性もあるものなのかは分かりませんでした。


「九字護身法」のような複雑な手の形を要求するものではありませんです。それでもやっぱり、ちっちゃい頃の身体の動きのコントロールとしては、ちゃんと出来れば充分満足感のあるものなんだろうと思えます。


にしても、なぜそういう手印の形になったのか、とかは不明、みたいですね。


いやあ、意味なんて最初から無いでしょ、っていうのもあるかもしれませんが、発生して、その形が伝承されるっていうのには、今ではすっかり忘れ去られた歴史的な出来事が無かったとは言い切れないようにも思います。


そもそも「わらべうた」っていうのは、「でんでらりゅう」じゃなくっても、いつ発生したのかっていうのは、ほぼ不明みたいですもんね。


手遊びの一つひとつに対して、それはどういう意味なのかって突っ込んでも、さあねえ、っていうのが現状でしょうね。
それで何か困るのかといわれれば、そっちの方でも、さあねえ、です。


「でんでらりゅう」はこんな歌詞です。


♪でんでらりゅうば でてくるばってん
♪でんでられんけん で~てこんけん
♪こんこられんけん こられられんけん
♪こーんこん


「ん」がいっぱい、連続して出てくる明るい歌です。リズムを楽しむために、だんだん速く繰り返して、それにつれて手印も素早く切り替える。
ちゃんと出来る? っていう遊び。


ユーチューブでもいくつかアップされていますが、そのうちの多くの絵には、どこかに龍が登場してきます。
龍。ドラゴンですね。


長崎のわらべうたなんだから、龍が出てきても当然でしょ?
はい、そうかもです。


長崎というところは、日本の歴史の中で結構特殊な地域ですよね。


リアス式の海岸線を持つ風光明媚な土地柄ですが、古代から海外との交易拠点だったわけで、どこかエキセントリックな魅力を放っている観光地でもあります。
被爆地でもある長崎ですが、オランダのイメージ。オランダお稲。そして中華ドラゴン。中華街。

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令和の現在では中国人の経営している町中華も珍しくなく、日本国中いたるところにあると言えるのかもしれませんが、なんといっても「日本三大中華街」といえば、


神奈川県横浜市の「横浜中華街」


兵庫県神戸市の「南京町


そして長崎県長崎市の「長崎新地中華街


中華のシンボルとしての「龍」があります。


でも、長崎の「龍」のイメージといえば、やっぱり「長崎くんち」の「龍踊(じゃおどり)」ですよね。
ジャンの音と、爆竹の破裂音と、動き烈しく龍を躍らせる華やかさは、実地見物の経験は無くとも、誰でもイメージできるほど有名なものですよね。


ユーチューブの「でんでらりゅう」に登場してくる龍は、長崎くんちの龍を持ってきているんでしょうか。

 


「でんでらりゅう」の解釈には、そうじゃなくって「でんでらりゅう」っていうのが、そもそも龍の歌だからですよ、っていう説もあるんですね。


実は「でんでらりゅう」の出だしの歌詞には、もう1つバージョンがあります。


♪でんでらりゅうが でてくるばってん


というもので「でんでらりゅう」の直後に続く語が「ば」というバージョンと「が」というバージョンがあるんです。
わらべうたには、歌詞の相違っていうのが付き物、みたいなところもありますが、「でんでらりゅう」の場合は、この「ば」と「が」の違いだけです。歌詞のバリエーションというのではなく、一語だけの差なんですね。


でもこれで、全然意味が違って来ます。


通常、といいますか多く歌われているのは「ば」のバージョンのようです。


でもこれは、NHKで放送されたバージョンが「ば」だったから、という理由で一般的に、と表現されるんだということも考えられますので、実際に長崎の子供たちが遊び歌っている「でんでらりゅう」が「ば」の方がメジャーなのかどうかは分かりません。


♪でんでらりゅうば


となれば、「出られれば」という意味の長崎弁「でらりゅうば」と解釈できます。「出ることが出来るならば」という意味になりますね。


頭に付いている「でん」は、それこそわらべうたの音遊び部分で、出るという歌詞がたくさん含まれているのでくっ付けた、ということなんだろうと思われます。音の遊び。


♪でんでらりゅうば でてくるばってん


長崎弁では「くる」は「いく」の意味を持っているそうです。
もしここから出て行くことが可能ならば、出て行くのですが、という意味に受け取るのが自然ですから、動けない環境にいる者の声だという解釈が出てきます。


つまり、長崎の歓楽街に住み込みで働くことを強要されている「遊女」の歌だとする説です。
あたしは、ここから出て行けないのですよ、という歌詞になります。


愛おしい男が長崎から離れる際に、自分の身を呪って、それでもどうしようもない諦めの気持ちを、わざと軽く歌ったものと解釈することもできそうです。


手印についても、お互い同士だけの秘密の合図だったりする可能性も否定できません。相手の男が耳が不自由で、その当時の手話のようなものだった可能性もあるかもしれません。
こういう状況から生まれた「でんでらりゅう」だったとすると、長崎という土地柄、相手の男が日本人であるかどうかも判然としませんので、手印の解釈も一気に難しくなりますよね。


さて一方「が」の場合です。


♪でんでらりゅうが


全く無根拠に言ってしまいますが、「が」のバージョンの方が「ば」のバージョンより時代が新しいのではないかという気がします。標準語しての「が」


こうなると、龍が出てきます。


「でんでら」という言葉は「龍」の登場を修飾する接頭語の役割で、「でんでら龍」という龍の種類。あるいは、「デンデラデンデラ」という音を発しながら「龍」が現れる。


でも、なんでだか出てこられない。


龍は出られないから、出てこないよ、という、怖いものがやって来ないという意味に解釈できそうです。
「が」のバージョンの方が、わらべうたとして笑いながら遊べそうな感じはしますよね。


長崎くんちの龍踊。激しい音とリズムを「デンデラデンデラ」と表現していても不思議ではないと思います。


デンデラ龍」説も捨てがたい気もするんですが、どうなんでしょうね、実際のところ。


♪でんでらりゅうば
の方の解釈も、なにも遊女説に縛られることなく、雨降りに家から出られないちっちゃな子供が、家の中で1人で遊ぶ歌ですって考えても良さそうですよ。


別に何処へ行くっていう目的があって、雨を恨めしく思っているのではなくって、なんだあ、雨かあ、どこへも出られないねえ、という、


♪でんでらりゅうば でてくるばってん
♪でんでられんけん で~てこんけん
♪こんこられんけん こられられんけん
♪こーんこん


コロナ禍の外出自粛生活では、雨じゃなくとも、


♪でんでられんけん


です。


なんかね、歌詞の解釈とは別に、明るい感じのリズムとメロディーの「でんでらりゅう」です。
江戸時代末期に中国から伝わって来た「明清楽」がルーツなのではないかという調査もあるようです。
中国の清朝、明朝の頃の音楽。

 


そういう歌が浸透して、今に伝わっている場所として、長崎ってイイねって思います。
でられんけん、という状況が早く終わって、行ってみたい場所の筆頭です。


「ちゃんぽん」と「皿うどん」が目当てであります。「五島うどん」もいきたいで~す。吉宗の茶わんむしも、いってみたいですねえ。でも高いのかなあ。


まったく、いつまででられんねん!

 

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