< スナック再評価機運の令和では「ネオスナック」って呼ぶらしいですよ >
いろんな呑み屋さんの大将、女将さんが客にこぼすことで共通しているのが、来客数が安定していないってことだったりします。
そんなに深刻なトーンじゃないですけど、よくこぼされます。
満員になっちゃって、せっかく顔を見せてくれた常連さんやら、初見のお客さんやらを断らないといけないのがとってもツライんだよね。そうかと思うと、8時過ぎぐらいまで誰も来ない日もあって、そういう日はその後も客足は戻らなくって結局1組だけっていう日もあるんだよねえ。
なんかね、分けて来てくれればイイのにさあって、いつも思うんだけど、不思議にみんながお酒を呑みたい夜っていうのがあるみたいなんだよねえ。
昔は給料日だとか、そういう日には仕入れをいっぱいしておいて備えないといけないよ、なんて言われたもんなんだけど、今はね、そんな予想なんて全然出来なくって、大変なんだよ。
そんなような話を、どの店でも言ってますね。
町中華のオヤジも言ってますけど、ま、私が行く町中華は「中華居酒屋」みたいな店ばっかりですからね。カテゴリ的には居酒屋に入りそうです。
で、この前、夜8時過ぎだったんですけど、よく行っている焼酎バーののれんをくぐってみたら、カウンターは初めて見る中年男女でギッチリ埋まっていましたんで、あ、また来ますってなもんで別の河岸へ移動しようと踵を返しかけましたら、声がかかりました。
「こっちこっち。ここ座れるから」
と、聞いたことのある声。店の女将さんも、
「座れるわよ、ユリちゃんとこ。相席でどうぞ」
ん? 4人がけのテーブル席にユリちゃんと、みゆっぽが席を占めていました。
別々だったり、2人一緒だったりでよく顔を合わせる酒呑み女子たちです。
そんなにじっくり話をしたこともない2人でしたけれど、顔馴染みではあります。
泡盛をロックで注文して2人のテーブルにお邪魔することにしました。
声をかけてくれたのはみゆっぽの方ですね。30代半ばのサバサバした感じの女性。
みゆっぽとユリちゃんは、小学校から高校までずっと同じ学校だったそうで、社会人として働いている今は違う会社で、違う地域で働いているんだそうですが、何も打ち合わせをしていないけれども、よくこの店で一緒になるっていう仲良し2人組なんだそうです。
テーブル席に一緒に座るのは初めてでしたけれど、そういう情報は何回かのカウンターコミュニケーションで知っているぐらいの間柄。
カウンターコミュニケーションってあれですよ、カウンター席でのダベリ。意見のぶつけ合い、討論とかいうんじゃありませんです。
ちなみに「ダベリ」っていうのは、駄菓子の駄、に、しゃべりっていうのをくっ付けた、どうでもイイような内容の話のことです。
今でも通じるかどうか、ちょっと不安になったので、ま、一応のご説明、でした。
ユリちゃんとみゆっぽの2人はいつも通り、レモンだとか、いちごだとかの、なんとかサワーをやっておりましたね。いちごサワーなんてのもあんですよ。はい。
「あたしたちも今来たばっかり。すごい混んでてビックリですよお」
まあ、ご繁盛でイイことではあ~りませんか。
「ぱうすさん、この前、そこの中華屋さんで呑んでましたよね、ピンク色のアヤシイ酒」
むひょ! 見られてますねえ。
「あれなんですか?」
あれはですね、バイスサワーってやつで、紫蘇とりんごの酒だそうです。ちょっと甘い。
「へええ、中華屋さんにもサワーとかあるんだ」
とはユリちゃんの声ですね。
「うん、たいていありますよ。サワーの他にはビールとホッピー、かな」
「ここ以外だとどういう店で呑んでるんですか、いつも」
決まってないけど、居酒屋、焼酎バー、ダイニングバー、町中華、焼き鳥、串焼き、ぐらいですかね。
「スナックとか行かないんですか」
スナックねえ、行かないですねえ。カラオケっていうのが苦手っていうか、大ッ嫌いなんで。
「別に無理に歌わなくたっていいじゃないですか」
カラオケのイヤなところっていうのは、ヘボイ歌を聞かないといけないところでありますよ。
「カラオケやってないスナックっていうのもありますよ」
へええ、そですか。そりゃ珍しいタイプじゃないの。
「実はね、あたしね……」
ってあっさりした口調でドエライことを言い始めたのは、落ち着いた声のユリちゃんの方でした。
「今ですね、スナックを始めようかと思って計画中なんですよ」
ええ~!? いきなりスナックのママになるの?
「クラウドファンディングっていうのもあるし、お金の方は安い物件さえ見つかればなんとかなるかなあって思って、あとは何かコンセプトを作りたいなあって、お店独自の」
「あたしたち、ゆとり世代もやるときはやるんですよ。ね~」
2人顔を見合わせて頷き合っておられますねえ。へええ、スナック経営ですかあ。
でも、スナックって、なんていうか、昭和レトロ過ぎてオワコンなんじゃないのかなって思ってたんですけど。実はスナックってコロナ禍のちょっと前ぐらいから急激な復活ムードがあるらしいんですよね。
へええ、です。知らんかったです。
令和の今、スナックブームがやって来そうな気配ってことで、「ネオスナック」とか言ってですね、いろいろと、これまでのスナックの概念を変えていこうって流れがあるんだそうです。
昭和のスナックっていうのにも全然行っていませんでしたので、具体的なイメージなんてないんですけど、スナックっていう呑み屋さんは、カウンターの向こうにママさんがいて、水割りを作ってくれたりなんかしながら接客している店だったと思うんですけど「ネオスナック」って、どんなんでしょうか。
そもそも、いかに酒呑みとはいえ、いきなりママとかやれちゃうようなもんなの?
「一応ね、相談役のパマさんがいるんですよ」
ユリちゃんは真面目な顔でパマさんとか言ってます。外国の人?
「西荻窪でスナックを経営している人なんですけど。脱サラして3年目の普通の日本人です」
「あたしたちよりちょっと年上なんだけど、全くのシロートから始めて、なんとかストレスなくやってるんですって。自宅ではパパなんだけど、スナックのママになりたくて始めたんで、パマ。初めてのお客さんには必ず説明してますよ」
ふううん。なんだかねえって感じもしますけど、ホントに頼りになる人なんでしょうか。
「辛口カレーがコンセプトのスナックで、カレー好きな人がお客さんとして定着してくれていて、店の中でもカレーの話で盛り上がるんですよ。あたしもカレーは辛いのが好きなんで、他のお客さんとも話が面白くて盛り上がるんですよね」
「牛すじおつまみカレーなんか、サイコーだよねえ」
あ、そですか。コンセプトって、そゆこと? そういう店が「ネオスナック」なの?
「一応カラオケも置いてあるんですけど、歌う人って、ん~」
「1人いたじゃない。四角いおじさん」
四角いってなんやねん!? なんとなく想像できちゃうところが怖いけど。
まあね、昭和の頃のスナックのママさんたちもそろそろ引退を考え始めるタイミングでしょうから、これまでの常識にとらわれない「ネオスナック」っていうのが出てくるのはイイことなんじゃないでしょうかね。
辛口カレーがコンセプト、ですか。なんだか分かるような分からないような。
風営法とやらで、軽食を出していれば午前零時を過ぎても営業できるっていうのがスナックの特徴で、営業開始も遅くって、たいていの客も2軒目、3軒目に寄る店ってイメージでしたけどね。
それだけに酔っ払いの対処に長けていないと経営は難しい感じ。
美人だったり、人柄が魅力的だったり、そういうママがいて、ママ目当てで通っている人っていうのはいましたけどね。
っていいますか、ママ目当てで通う人がほとんどだったのかもです。
それだと酒呑み女子が客としてやってくる可能性は低いですもんね。
なにかコンセプトを設けて、それを特徴にすれば、客層は老若男女を選ばない。
例えば辛口カレーってコンセプトを持って来て、それが浸透してくれば客同士のコミュニケーションで楽しい空気感が出来上がる。
楽しく語り合って、満足して酔っぱらって帰れる、っていうのが「ネオスナック」なんでしょうかね。
ユリちゃんが考えている「ネオスナック」も、夕方の6時ぐらいに開店して、零時前には閉めるっていうことにしたいんだそうです。
あとで調べてみますと、実際、クラウドファンディングで資金を募って、スナック経営を始めるゆとり世代の女性っていうのが目立っているっていう情報もありましたね。
これまた、へええ、です。
「お客さんも同世代ぐらいの女性が多くなってるんですよねえ」
ってユリちゃんもいろいろ調べているわけです。
「2023年辺りがラストチャンスかなって考えてるんですよね」
「メインのターゲットは40歳ぐらいまでですかねえ。働いてる女子っていっぱいいて、特に20代前半のコたちってオンラインになれちゃってるからリアルコミュニケーションって怖いらしいんですね。だからなにか、興味の持てそうなコンセプトの店でお酒を呑みながら、ってね」
「逆にあたしたちと同じぐらいの」
「ゆとり世代ね」
「その年齢だと、やっぱりリアルに対面で話をしたり、飲んだり食べたりに戻りたいっていう空気が高まっている感じなんですよね」
「ゆとり世代もやるときはやるんですよ」
あのさ、そのゆとり世代って何回も出てくるけど、なんかそれがコンプレックスになってるわけ?
「そですよ。めっちゃコンプレックスです。バカ世代っていう人もいます」
ええ~!? そんなん聞いたことないですけど。
「お前ら、学校でラクして来たんだろって思ってるんですよ」
むむう。バカ世代とか、そう判断している人がホントにいるんだとしたら、その人の方がよっぽどアンポンタンだと思いますけどねえ。
そっかあ、ゆとり世代って言われることって、社会人になってからのことなんでしょうけど、プレッシャーだったり、コンプレックスだったりしているんですねえ。とっても意外です。
円周率の値なんて、無理数なんだから3でも3.14でも、たいして変わりゃしませんよ。
でもまあ、そんな空気感の中で仕事をしてきて、疲れるよねえっていうことで、そんな女性をターゲットにした、ほっとできるスペース。酒も呑めて、自分の趣味的な話で盛り上がれる。
それが「ネオスナック」だとすると、ま、新しい夜の文化になるのかもです。
でもそれって、よくよく考えてみると、普通の居酒屋と変わんないんじゃないの?
っていう気がしないでもないんですが、普通の居酒屋よりスペースは狭くて、カウンターのみ。料理も本格的なものは出さなくって、メインは会話。だそうでして。
ふむふむ。そですか。陰ながら応援させていただきますですよ。
カラオケあるトコには行きませんけどね。
酒とアテを目当てに行くのが居酒屋で、会話をするのが目的なのがスナック、ってことなんでしょうかね。
パマっていう人もいるらしいですけど。
コロナ禍で閉業している飲食店はたくさんありますからね。コロナの終焉が見えたころには、街じゅうが「ネオスナック」だらけってことになったりするんでしょうかね。
でもまあ、がんばれ「ゆとり世代」
アンポンタンな世の中の判断に負けずにね。
コロナ、まだ終わんないみたいですけどねえ。