< 八十日目(やっとかめ) っていうのは どうやらアヤシイ説らしいって話 >
サンショウウオは考えた。
「なかなかカメにはなれんもんじゃのう」
このサンショウウオさんは、名古屋方面にお住いのようですね。
なんか聞いたことのあるような出だしでありますですね。あれでしょ、井伏鱒二の小説「山椒魚」ですよね。
でも、あれはですね、
「山椒魚は悲しんだ」
でしたです。
サンショウウオさんっていうのは昔からなかなかご活躍なんですよね。悲しんだり、考えたり。
なにも日本のサンショウウオさんばかりがいろいろやっているわけじゃなくって、ヨーロッパ、チェコのサンショウウオさんなんかは、言葉もしゃべりますようで、そのご活躍の様子は「山椒魚戦争」っていう小説に描かれておりますですね。カレル・チャペックです。
インドネシアの生まれだっていうしゃべるサンショウウオさんなんですが、インドネシアの海で真珠取りの作業をします。
そして段々に数を増やしながら、海中の開発事業全体に従事するようになっていって、人間とサンショウウオさんとの生活が繁栄していきます。
で、まあ、いろいろあって、人間とサンショウウオさんたちの全面戦争に発展しちゃいます。
結論はほのめかされているだけっていう作品でした。
日本の中部地域のサンショウウオさんは、戦争するとか、そういうおっかない存在じゃないですね。
カメになりたいんです。
サンショウウオさんはカメさんになりたい。
愛知県、岐阜県辺りに生息しているサンショウウオさんたちは、「だなも」を目指しているんですよね、みんなが。
「だなも」って知ってます? そんなに全国的な知名度はないのかもですけど、あれです、名古屋開府400年記念でベールを脱いだカメさんです。
名古屋開府400年っていうのは2010年のことです。
ってことはですね、名古屋は1610年に開府されたんですね。
関ヶ原の闘いから10年。
大坂冬の陣の4年前に、徳川家康と九男の徳川義直が清洲城に入って、名古屋城の築城を決定したことを名古屋開府としているみたいです。
築城の天才、加藤清正をはじめとした諸大名たちがお城を完成させて、大阪夏の陣を終えた翌年、1616年に義直が名古屋城に入って尾張藩が始まっているんですね。
でも開府は築城を決めた1610年ってことです。
名古屋の歴史、サンショウウオさんたちや、だなもさんたちも、ずっと見守っていたんでしょうね。
名古屋っていう地名は「那古野」「名護屋」とも書きますが、名古屋っていう書き方に正式に決まったのは1870年、明治3年のことだそうです。
なんかね、この辺に、薩摩、長州勢と元尾張藩士たちとの確執とかはなかったんでしょうかね。
地元の人たちのこだわりとか、無視しちゃって、一番画数の少ない字でエエがや! ナニ言うんじゃ!
その辺りの事情も、長生きしているサンショウウオさんたちやだなもさんたちに聞けば、実はね、って話がきけるのかもなんですけど、どうなんでしょう。誰かインタビューに行ってくれませんかね。
ちなみに関東地方では「ナゴヤ」って発音するときは「ナ」にアクセントがありますが、名古屋人のアクセントは「ヤ」にありますね。そですよね。
名古屋開府400年記念では「だなも」のほかにもキャラクターたちが出てきています。
名古屋の中を旅してまわっているっていう「はち丸」っていうキャラクターは、400年の旅人だそうで、お殿様キャラ。背中に背負った風呂敷包みの中には「かなえっち」っていう、ねがいボシキャラが入っていて、旅の途中で出会った人にプレゼントするんだそうです。
夢をかなえたい、っていう人に希望を与える「かなえっち」なんです。
で、やっぱり尾張名古屋は城で持つっていうぐらいですから、なごやジョウキャラもいます。名前は「エビザベス」
なんなん、その名前と言うなかれ。たぶんおそらく、名古屋城の天守閣、金のシャチホコを「エビフリャー」に見立てたネーミングの「エビザベス」なんでしょうね。
って思ったら、解説には「はち丸のお友だちの、好奇心旺盛な女の子。あたまには仲良しのオスのキンシャチと大好きなエビフライを飾っている。現在、メスのキンシャチは名古屋をお散歩中」ってありますよ。
エビフリャーは片方だけなんですね。ふううん。
キンシャチって、オスとメスだったんですねえ。ふううん。
メスのキンシャチって、はち丸とは別行動で名古屋散歩しているんでしょうか。どなんでしょ。
でもって「だなも」は「やっとカメ」キャラです。
自然と平和、スローライフを求めて世界を旅している物知り博士。ってことでありまして、お殿様キャラのはち丸やメスのキンシャチが名古屋を旅しているっていうのに比べて、だなもは世界を旅しているんですね。さすがです。
そのうち、その辺で出会うかもです。名古屋以外でもですね。
ってことでですね、先日、茨城県、水戸の焼き鳥屋さんで会いました。
え? いや「だなも」さんとですね、並んで一杯やってきました。日本酒のヒヤがお好みだそうでございましたよ。
今や名古屋のマスコットとして認知されている、この「だなも」さんが、いつごろサンショウウオからカメになったのかはご当人も記憶にないんだそうですが、まあ、かなり昔のことなんだろうと思いますね。
今現在の名古屋、岐阜辺りのサンショウウオさんたちの「なかなかカメにはなれんもんじゃのう」っていうタメ息に、律儀に立ち会っているらしい「だなも」さんなんでありますが、「まだまだ修行が足らんがね」ってことらしいんですよね。
サンショウウオがカメになるための修業は、優雅な動きを身につけることから始まるんだそうです。
ところがこれがそもそも難しい。
サンショウウオさんたちは、ゆっくり動くことは出来ても、それが優雅な動きになっていない。
「たいていはな、ちんたらちんたらしとるだけだで、ありゃいかんわね」
なんだそうです。
優雅に幽玄さを持った動きで生活が出来るようになってくると、ある日、パッと閃くものがあるんだそうです。
そして、何度かそういう経験をしていると、ある時突然、ポンっとカメになる。
成りたい、ナリタイって思い続けて修行して、長い時間鍛錬し続けて、ある日突然、あっさりとカメになる。
「ああ、やっとカメ」
そのタメ息のような感動の声が人の耳に届いて、名古屋、岐阜方面では「やっとかめ」っていう言葉が浸透した。
言葉で説明するまでもなく、長いなが~い時間かかったなあってニュアンスは伝わっているので、人間たちも
そういうニュアンスで「やっとかめ」っていうようになりましたとさ。
じゃあ、「だなも」は?
これはですね、「△□だなもし」の「し」の音が消えてしまったもので、古くに使われていた丁寧語、らしいです。
似た言葉に愛媛県の「ぞなもし」がありますね。
夏目漱石の「坊ちゃん」にいっぱい出てきます。
坊ちゃん先生が東京弁でワアワア授業を進めると、
「先生、あんまり早うてようわからんけれ、もうちとゆるゆるやってくれんかなもし」
っていうことで、生徒から注文が付きます。
やって下さいませんかということを申し上げさせていただきます。っていうニュアンス。
なので「やっとかめ」は「久しぶり」「しばらくだね」ってニュアンスですが、「やっとかめだなも」っていうふうに「だなも」が付きますと、「まことに久しぶりでありますことを申し上げます」っていう、非常に丁寧なニュアンスになるわけです。
そういうふうに、相手に敬意を払った人間関係が失われたのは、戦後のことなんだそうです。
はい、だなもさんが言ってましたから、間違いないです。
なので、今は「だなも」なんて言う名古屋人、岐阜県民は居ません! っていう意見が出てくるってことらしいんですよ。
じーさんばーさん世代も戦後派になってもうたからねえ、ってだなもさんは嘆いておられましたです。
っていうことですので、みなさん、サンショウウオさんを見かけましたら、修行の邪魔をせず、「やっとかめ、だなも」って心の中で唱えて静かに応援してあげませう!
だなもさんが呑んでいたのは、よく冷えた「上善如水(じょうぜんみずのごとし)純米吟醸 生酒」でした。
やっぱりね、サンショウウオさんだったですからね。キレイに澄んだ酒じゃないと、ダメなんでしょねえ、知らんけど。