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酒呑みの食いしん坊、メタボはイヤだけどガマンは嫌い。

【メケメケ】美輪明宏って人は やっぱ凄いんだなあと思ったです メケメケです

淡谷のり子石井好子、金子由香利、岸洋子越路吹雪戸川昌子美輪明宏、ピーコ>

日本人の著名なシャンソン歌手を数えてみますと、なんとなくですが、一つの共通点が見えてくるように思います。


みんなシャンソン以外の活動もしていて、人の生き方ってものに一家言持っている印象。そういう言動がエピソードとして知られる人が多いですね。


もちろん上に名前を上げた人以外にもシャンソン歌手はたくさん居ますし、なにか事を成し遂げるような人は、誰でもそうなんじゃないか、一家言持っているからこそ名を成しているっていうことも言えるのかもしれません。

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シャンソンっていうのはフランス語で、そもそも「歌」っていう意味なので、何か特定のジャンルを表すものではない、っていうのが、まあ一般的に言われている定義みたいなもんだと思いますが、どうでしょう。
音楽のジャンルではない、と言われてもですね、フランスの特徴なのか、グルーピングとしてある種の特徴を持っているようにも感じるんですね。


的確に言い表すのは難しいんですが、ニヒリズムを生きる力にしていると言いますか、世の中の無常を認めつつ、とにかくがむしゃらにやるんだよ、っていうような「強さ」を持った歌。


何もしないよりは、とにかくカッコ悪くっても、動いてみることだよ。って言ってる。
まあ、勝手ながら、そんなイメージを持っております。


そういう歌詞の内容なので、それを唄う人の姿勢、一本芯の通った人生観を感じさせてくれるのがシャンソン
とか言いながら、そんなにたくさんは知りません。聞いたことのない歌もいっぱいあります。

 


そんな中ではありますが、今回は「メケメケ」を取り上げてみたいと思います。


1954年にフランスで発表されたシャンソンで、作詞はシャルル・アズナブールです。
ビッグネームですよね。シャンソンといえば必ず名前の出てくる人です。


そして作曲がジルベール・ベコー。こちらも負けず劣らずのビッグネーム。
いわばゴールデンコンビってやつだと思うんですが、このメケメケは大きなヒットにはならなかったらしいですね。


ジョー・ダッサンという人が唄ったということですが、聞いたことはないです。


日本で「メケメケ」といえば「丸山明宏」ですね。いやまあ、もちろんオンタイムで聴いていたわけではなくって、懐メロとか、そういうので聴いたんだと思いますね。ラジオです。


丸山明宏のメケメケは、日本でかなりヒットして、本国フランスでの知名度より、日本でのメケメケの方が通りがイイぐらいなんだそうです。1957年の発表ですから、もう半世紀以上、かなり時間の経った曲です。


自分で翻訳して唄ったという才人の丸山明宏。1971年からは美輪明宏として活躍していますね。2021年で86歳、現役バリバリの人です。


スピリチュアルな人っていうイメージを持っている人も少なくないでしょうけれど、歌手、俳優さんですね。
天草四郎時貞の生まれ変わりって名乗っているらしい話も聞きますが、まあ、それはまた別の話。

 


メケメケは日本でヒットして、何人かカバーする人も出てきました。


その中で有名なのが越路吹雪のメケメケです。


実は丸山明宏のメケメケは独自の解釈で翻訳した内容で、越路吹雪のメケメケはフランス本国で唄われた内容にほぼ近い歌詞の内容だってことなんですね。


越路吹雪のメケメケを訳詩したのは詩人の薩摩忠で、童謡の作詞なんかもしている人です。
今回両方の歌詞を聴き比べてみて、感心したのは丸山明宏のシャンソンセンス、ニヒリズムの扱い方でした。


メケメケっていう言葉ですが、元々はフランス語の「メケスクセ?(それがどうしたの?)」
それをカリブ海に浮かぶフランス領、マルティニークの島民たちが訛って「メケメケ?」と言っている、というエピソードからシャルル・アズナブールが作詞したものらしいんですね。


サビの歌詞としてメケメケ?、それがどうしたの? としたわけですが、元々の歌の、越路吹雪の歌詞の物語はだいたいこんな感じです。


舞台は港町の酒場。恋の物語としてはお決まりの舞台ですが、酒場に一組のカップルが居ます。
可愛い娘は泣いています。別れが近づいているんですね。


「あたしを忘れないでね」という娘の言葉に続けて「メケメケ 別れの話さ 濡れ場の話さ」ときます。


そんな二人に無情な汽笛が聞こえてきます。


嫌だいやだと駄々をこねる娘に、男も涙を流しながら「船が出るよ」で、「メケメケ 別れの話さ 濡れ場の話さ」
泣いている男を乗せて船は岸壁を離れ、娘は取り残されて泣いています。


と、男は船から海に飛び込んで、娘のもとへ泳ぎ着きます。魚もビックリ。「メケメケ 別れの話さ 濡れ場の話さ」


2人は抱き合って、「あとは言えないね」ということでfin。


それがどうしたの? とは言いながらもハッピーエンドですね。メケメケって言っているのは、この2人を客観的に見ている人。つまり物語の語り手みたいですね。もしかすると魚、かもしれません。
「あとは言えないね」ってことでハッピーエンドの2人を突き放して終わっているようにも受け取れます。


これに対して丸山明宏訳詩のメケメケは、こんな感じです。


舞台は同じく港町の酒場。一組のカップルの別れ話までは同じシチュエーションです。
ただ違うのは、男が呑んでいるのは安酒で、女も訛のキツイ田舎娘らしいことです。
こういう舞台設定を活かす唄い方っていうのを丸山明宏は巧みにこなしています。


「メケメケ お前も達者で暮らしな」「メケメケ つれない男もいたもの」
と話は進んで、やっぱり別れの汽笛が鳴り響きます。


ここからが「丸山シャンソン」の醍醐味で、すがる女を石畳に投げだして、男は船を目指して走り去っていきます。
女の方は中島みゆきの「♪道に倒れて誰かの名を 呼び続けたことがありますか」状態になってしまいます。


そして「メケメケ バカヤロー 情なしのケチンボ」「メケメケ 手切れの銭コもくれない」
と続けます。


「あきらめて帰ろ やがて月も出る港」で終わっています。


最後にはメケメケを自虐的な女の声として聴かせてくれるんですね。
ケッ、だからなんだってんだ。バカヤロー。メケメケ。さあ、帰ろう。


魚が出てくるような客観性はどこにもありません。女の側の、ある意味悟ったようなメケメケです。


なにがどうなるかなんて分かりゃしないんだ。ハッキリしているのは自分にはツキは回ってこないってこと。あたしの人生、こんなもんさ。
だけどだけど、やるだけのことはやったよ。一所懸命やったさ。バカヤロー。っていうニヒリズムを反転させた人間の生き方の1つの方法、みたいなものをコミカルに唄って、聴かせてくれる。


それが丸山明宏。美輪明宏なんですね。

 


なかなか出口の見えてこないコロナ禍の生活の中で、【8時にはみんなかえる】だったり、明らかに不備と思えるような【オリンピック プレイブック】の問題があったりして、無理もないなあと感じられる【デマンドハザード】という現象が顕著になってきたりしていますが、まあ、今の段階では、他人の行動に左右されることなく、誰が何を言っても、しても、自分というものをしっかり保つことが肝要なんでしょうね。


瀬戸内寂聴さんも言ってます。


「私は自分の才能と努力で人生を切り開いてきました。でもダメな時はダメ、人生はなるようにしかならないのです。一生懸命やった後は仏様にすべておまかせします」


強い言葉です。


自分をしっかり持って、あらゆる理不尽に対して「メケメケ」でいきましょう。
ひっくり返ったり、何段階かメタレベルで重層化した「メケメケ」で。