<子どもの頃初めてオニシメって音を耳にしたとき 何を思い浮かべました?>
小さな子供のころ、だんだん言葉を覚え始めますね。
初めて聞く単語に全神経を集中して理解しようと努めます。人間の本能らしいです。
自分の親をはじめとして、周りの大人に聞きまくる「なに? なに? なんで?」の時代です。
だれでも潜り抜けてきた成長の段階。
そんな言葉を覚えていく成長の中で特に記憶に残っていること、特別な言葉というものが、幾つかあるのではないでしょうか。
自分の家でのことならば、すぐ親に聞けばいいことなんですが、よその家での出来事だとそうもいかないような気がしていました。
「〇〇ってなに?」
ばっかり聞いていて、うるさがられていた、という事情もあるんですが、よその家では静かにしていなさいというのが、何処の家でも同じような、子供に対する言い含めだったですよね。
ことに、お金持ちっぽい家だとか、本家筋の家だとかにお呼ばれしたときなどは、きつく言い置かれていたような記憶です。
お正月だったと思うんですが、ある料理上手な家に行った時のことです。
大人たちの会話はテーブルに並べられた料理のことがメインでした。
塗り碗や、緑青柄の瀬戸物に盛られた色とりどりの料理が出されました。
大人たちの会話に加われるようなボキャブラリーのないころです。ただツクネンと座って聞いていたんですね。
途切れることなく続く噺の中に、何回か出てきた単語が強烈なインパクトを持って、耳に飛び込んで来ました。
「オニシメは、ムニャムニャ」
「ムニャムニャするから、オニシメはね」
オニシメ? その単語と目の前に並んだ料理との結びつきが、どうにもうまくいかないのです。
オニ、は鬼、でしょ?
鬼を絞める、っていうのでオニシメ?
なんだかゴツゴツしたというか、恐ろしいようなイメージです。
鬼絞め。そんなゴツイ名前の食べもの。どれだろう?
話に夢中の大人たちに訊ねることもなく、様々な料理をしげしげと眺め回しました。
何回も言います。言葉が、単語が、ようやく理解出来始めたころです。
知っている世界として桃太郎、金太郎の話が頭の中でぐるぐるしています。
鬼というんだから、見た目にも強そうな、大きなものだろうか。色としては、やっぱり黒いのかなあ?
絞める、という言葉の意味は明確ではありません。
でも、なんとなく、やっつける、あるいは縛り付けるとか、そんなことかもしれない。頭の中はグルグルしています。
と、これかな? と目を付けた一品。
そうです、オニシメとは昆布巻きに決定したのです。
ぜんぜん恐ろしい見た目というのではありませんでしたが、黒い、これは昆布だよな。
で、その真っ黒い昆布が、なんか茶色いヒモで縛られている。これが絞めるということなのかな。
お正月のこのオニシメって、大人の言う縁起物。邪を払うとかいう食べものなんだろう。
そういう感じに頭の中が落ち着いて、ただその黒く光る料理をじっと睨んでいたのでした。
子どもの頃から昆布巻きとか好きだった人って、そんなに居ないと思います。手は付けませんでした。
オニシメ。
普段の会話の中で、食べ物に「お」をつけて呼んでなんかいません。
京都暮らしでもなければ、都から落ちてきたような人たちの町でもありません。
まあ、ごく普通の日本の町。
町の中に、普段から食べものや小物に「お」をつけて呼んでいる人は、おそらく居なかったと思います。
昆布巻きイコール、オニシメ、すなわち“鬼絞め”という理解はその後ずっと続きました。そです。アホなんですね。
ずっと、イイ歳かっぱらってからも、鬼絞め。昆布巻きという言葉は知らないまま、鬼絞め、で暮らしてきました。
ま、口にする機会がなかったこともありますがね。
鬼を縛り付けている茶色いヒモが干ぴょうだということは、そんなに時間がかからずに理解できていたように思います。
食べる機会も、そんなにはなかったです。
ま、縁起物と考えて、オセチだとかで食べてはいましたけどね。
そのときでも、その食べているものは、鬼絞めなのでした。脳内変換というか、思い込みってやつですね。
で、そう遠くない昔。
戸越銀座の焼き鳥屋さんへ向かう途中、あの有名な商店街を歩いていると、とある総菜屋さんの店頭に、煮物がデーンと盛られていて、脇の札に「お煮しめ 1パック300円」と書かれているのが目に入りました。
友人との待ち合わせで焼き鳥屋さんへ向かう道筋ですし「お煮しめ」の札を見て、感じるものは特になかったんですね、その時には。
何も響かずに焼き鳥屋さんへ入って、ホッピーかなんか呑みながら、ふと頭をよぎる言葉がありました。
こういうのって、不思議なもんですよね。
食べていたのは、冷奴だったです。記憶では。
友人との話は何だったか覚えていませんが、食べ物の話とかではなかったんですね。
ぜんぜん関連性のない話をしていながら、何だか突然、頭の中に浮かんできたのが「お煮しめ」という、あの札の文字でした。
「お煮しめって、オニシメか? ってことは鬼絞めは?」
ホッピージョッキを持つ手が止まりましたね。
「ええっ! ってことは鬼絞めってお煮しめ? なのか? そうだったのか?」
これ、他人には伝わらない種類の衝撃。
かなりインパクトがありました。
自分の思い込みが間違っていると、自分で気が付く。
オニシメは特定の料理、単品を指すものではなく、要するに煮物のことだったんだなあ。
「お」とか付けちゃてさあ。なんなんだ。
でもしかし、ではありながら、
「みんな知ってること? なんだろうなあ。とっくに、というか最初から知っていることなんだろうなあ……」
という小さくない落ち込み。
だったのでありました。
今、ここで初めて言っております。誰にも話したことはないんであります。鬼絞め。
じゃあ、あの、昆布を干ぴょうで「絞めた」やつは何ていうの?
これはすぐに結論が出ました。
昆布巻きという言葉は、鬼絞めとは関連なく知っていた単語だったからです。
一件落着! なのかなあ。。。
なんだって煮物に「お」なんて付けちゃうのかなあ。
ま、家庭料理なんでござんしょね、お煮しめ。
具材とか、特に取り決めはないんだそうで。「お」の付いている割には、ラフ。
いろいろ縁起を担いで、オセチにするのも一般的だそうなんですね。
鬼絞め、じゃなくってお煮しめにもいろいろあります。縁起担ぎのオセチ料理。
正月用のお煮しめを特にオセチ、御節っていうんでしょうかね。
ま、それはともかくとして、縁起担ぎ。
この先、長く見通せますように、ってんで穴の開いた「レンコン」「ふき」
子孫繁栄、子宝に恵まれますように、ってんで1本のつるにたくさん成る「里芋」
今年も豊作でありますように、ってんで豊作を象徴する瑞鳥って鳥の色に似た「ゴボウ」
みなさんご長寿であらせられますように、ってんで長生きの象徴、カメに見立てて「シイタケ」
春を告げる、めでたい梅の花をかたどって「ニンジン」
コンニャクのまん中に切れ目を入れてクルクルってさせるのは、馬の手綱に見立てて、いざ出陣の気を引き締める意味があるんだそう。
ま、その他にもいろいろ、全部にこうした意味合いがあるんだそうです。
家庭の味なんだそうですからね、家によって具材も色々でオッケー。
で、また地方によっての特徴もあって「筑前煮」ってありますよね。あれ、お煮しめなわけですよ。
九州ではお煮しめを筑前煮という、ってことなんでしょう。どうでしょ?
具材に「鶏」が入るっていうのが特徴。
へええ、と思います。筑前煮って普通に食べてますが、そうだねえ、筑前っていえば九州だよねえ。
そういえば鳥肉、入っていたかもねえ、って印象しかなかったんですが、特徴、なんだそうでありますよ。筑前煮の特徴。
ま、みんなは知ってるんでしょうけれどね。そういうの。鬼絞めってわけじゃないから。
でもね、九州の人たちは筑前煮って呼ぶより「がめ煮」っていうらしいです。
「がめ煮」聞いたことあります?
私、初耳です。言っちゃなんですが、どうもね「がめ煮」ってンまそうな響きに感じませんです。
でもまあ、呼び方が「がめ煮」でも味は筑前煮なわけで、変わりはない、ってことになりますね。はい。
徳島県では「おでんぶ」鹿児島県では「きいこん」とか、地域ごとに他の呼び方もいろいろあるんだそうです。
でもたぶん、同じ料理。同じお煮しめ。
ん~。家庭料理、お煮しめ。
家ではただ「煮物」って呼んでたよなあ。
で、こうやって調べてみたら、またまた発見。
肝心のあの「鬼絞め」は「昆布巻き」として理解したつもりになっていたんですが、これまた違うみたい。むむう。
昆布巻きっていうのは、ニシンを昆布で巻いて、干ぴょうで結ぶもの。
あれ?
ニシン、入ってたかなあ?
ニシンを巻かない場合は、ただ昆布を結んで「結び昆布」という。
ええ~っ! じゃ、昔食べたのは昆布巻きのニシン抜き、か、でなければ、昆布の干ぴょう巻き、ってことなのかなあ? いや、だから、結び昆布だっちゅうの!
ま、なんにしても「鬼絞め」ではないってことで。はい。納得です。
食べものの名前の「眠る盃」でした。
ちと違いますかね。ん~。
なんだか全然世間の常識が分かってないなあ。ん~。。。
最近はコンビニの棚にお惣菜、お煮しめ、鬼絞めがいっぱい並んでいますね。
「お」の付けて呼ぶ食べものって、案外たくさんあるのかもですねえ。
ま、なんて呼んでいても味に変わりはないってことで、はい。