< ビートルズ13枚目のアルバム「レット・イット・ビー」7曲目の歌ですけど >
ライナー・ノーツだとかもろくに読みもせず、ただ聞いていたっていうビートルズ。
この「レット・イット・ビー」っていうアルバムは、なんかね、いわくつきっていえばいわくつきのアルバムなんですよね。
ビートルズのラストアルバムとして、1970年5月に発売されたんですが、録音されたのは1969年1月で、その後、1969年7月に録音された「アビイ・ロード」が、発売としては先行して1969年9月なんですね。
ま、これは有名な話で、実質的にビートルズのラストアルバムは半年前に発売された「アビイ・ロード」なんだよ、っていうことがよくいわれています。
1966年の夏以降はコンサートをやらなくなって、レコーディング・アーティストとしての活動に専念していたビートルズなんですが、1967年6月発売の「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」以降の5枚のアルバムは、ビートルズの後期サウンドって言えるのかもしれないですね。
「レット・イット・ビー」に収められている5番目の曲「ディグ・イット」っていう曲は50秒ほどの長さなんですが、ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターのメンバー4人の作詞作曲です.
「マギー・メイ」っていう曲は40秒しかないです。
曲っていうか、そんな長さだとスタジオ録音中の息抜きっていいますか、ビートルズのオチャメないたずらみたいなもんかなって思っていましたですよ。
「マギー・メイ」はビートルズの前身バンド「クオリーメン」の定番曲だったそうで、実際、レコーディング中に息詰まったときなんかに、ジョン・レノンがスタジオの中で口ずさんでいたリバプールの民謡なんだそうです。
初心に戻ろうよ、っていうジョンのデモンストレーション的な意味合いもあったのかもしれませんし、あの頃は楽しかったなあっていう気持ちと、もう自分たちは元には戻れないなあっていう感慨もあったのかもしれません。
ビートルズの地元、リバプールはイギリスを代表する観光都市ですが、19世紀には大西洋三角貿易のイギリス拠点として栄えて、ロンドンに次ぐイギリス第2の都市だったらしいです。
ジョン・レノンが生まれた1940年ぐらいから、貿易産業が急激に衰退しはじめて、イギリスも急激に斜陽化が進んだとされていますね。
「マギー・メイ」はリバプールが隆盛を極めていた頃に、船員たちや港湾労働者たちの間でよく歌われていた民謡だったみたいですね。
ジョン・レノンが生まれた時にも歌われいたのかどうかは分かりませんが、「クオリーメン」の定番曲だったってうことは、リバプールの人たちには大いにウケる曲だったんじゃないでしょうかね。
「レット・イット・ビー」の録音は40秒ですからね、断片っていうか、ほんの出だしだけなんだろうと思うんですが、なんかね、けっこう妙な歌詞なんですよね。
♪Oh dirty Maggie Mae
歌詞カードでは「Mae」ってなってますね。「May」じゃないです。どう違うのかは分かりません。
マギー・メイって女性の名前ですよね。でも「汚い」って表現されてます。ダーティ。
ん~。まあね、民謡って、日本の民謡でもかなりダイレクトな歌詞だったりするのもありますからね。
イギリスの民謡ってことで、19世紀の風土風習だとかは想像することしかできないんですが、リバプールの貿易っていうのが、当時、綿花だとか繊維産業関係だけじゃなくって、奴隷貿易だとか武器貿易だとか、今からいえば得体の知れない連中もかなり集まっていた大都市だったんだろうと思われますね。
土地柄っていう捉え方よりは、時代なんだろうって思います。
汚いマギーっていうのは、見た目の表現じゃなくって、
♪no good robbing Maggie Mae
ってことですからね、強盗です。
しかもやり方がよろしくないよ、っていうマギー・メイなんです。
よろしいやりかたの強盗なんてないでしょうけれどね。
基の民謡の歌詞を調べきれなかったんですが、どうやら売春婦だったマギー・メイは、リバプールに出稼ぎに来ていた人たちからお金を巻き上げていて、捕まってしまったってことなんです。
もうこの街をうろつくことはないだろう。女囚運搬船に乗せられてリバプールから出て行ったから。
ってな感じの歌。
マギー・メイっていうのは、いってみれば源氏名みたいなもんで、おそらく特定の1人ってわけでもないのかもしれません。
品物が集まるところにはお金も集まりますし、いろいろ様々な仕事も発生します。
仕事を求めて集まる人たちを客とする、さらにいろいろ様々な商売人も集まるってくるわけですよね。
出稼ぎで港湾労働をしているたくさんの男たちの間では、有名な泥棒、あくどい売春婦。マギー・メイ。
だけどまあ、血眼になって追い回されるほどのことをしているわけでもなくって、被害に遭った男からひっぱたかれるようなことはあったかもしれませんが、それ以上のことにはならない手練手管も持ち合わせている。
ま、なんとなく共生できているような、可愛さも併せ持っていたようなマギー・メイ。
だったのかもねえ、って思います。
ある種の「ファム・ファタール」って言えるのかもしれないです。そうじゃないと歌にならないですよね。
おれも、こんな仕事をして生きているけど、おまえもそうして生きているんだよな、っていうゆるやかな仲間意識みたいなものがあるのかもしれません。
そういうテーマの歌は日本にもありますよ。
1970年、浅川マキの「かもめ」寺山修司の作詞の歌ですね。
♪おいらが恋した女は 港町のあばずれ
♪いつもドアを開けたままで 着替えして
かもめに歌われている女も港町の、どうやら娼婦ですね。
寺山修司のことですから、マギー・メイの歌を意識しているってことは充分に考えられそうな気がします。
♪ジャックナイフをふりかざして
♪女の胸に 赤いバラの贈りもの
♪かもめ かもめ さよなら あばよ
まさに寺山修司の世界観そのままの内容です。でも、イイ歌だと思いますけどね。
1976年、憂歌団の「10$の恋」
♪愛しいお前に会うために
♪ちょっとの金を渡すだけ
こちらは場所の特定はできませんが、ま、そういう関係の男女の歌ですね。
♪こんなに愛しているけど
♪冷たいお前にゃわかるまい
憂歌団全盛期のブルースです。
なんでしょうかね、こういう世界観って昔から歌になりやすいっていいますか、男の側として、自分のダメさ加減とうまく折り合いをつけようとする感覚があるのかもしれません。
ギャンブル依存の根底に、負けることによって安心するっていうような気持ちがあることは良く知られていますけれど、それと似たようなトコもあるのかもです。
そういう心理をうまく利用できるっていうのがファム・ファタールってもんでしょう。
「マギー・メイ」っていう歌はロッド・スチュワートも1971年に歌っていますね。こちらは「May」です。
リバプールの民謡とは関係のない、ロンドン生まれのロッド・スチュワートの実体験らしいです。
年上の悪女にからめとられちゃったみたいですよ。
♪起きてよマギー 言いたいことがあるんだ
♪もう9月も後半だよ マジメに学校に戻らないと
イギリスは9月新学期スタートですよね。学校に通っている年齢でありながら、って歌です。
モテモテ、セクシー・ガイのロッド・スチュワート。
♪朝陽が顔を照らすと 本当の年がわかっちゃうね
けっこう残酷な歌詞です。
もうあんたから離れるよっていう宣言の内容なんですが、ずっと続くはずはないけれど、それはお互いに知っているけれど、なかなかね、って、男と女は、まあ、いろいろありますですよね。
こういうテーマの歌で、有名なのは1967年、サイモン&ガーファンクルの「ミセス・ロビンソン」
これは映画「卒業」の物語の登場人物の名前ですが、現代的なファム・ファタールですね。
卒業って素晴らしい映画です。
ミセス・ロビンソンは、なんたってミセスですからね、マギー・メイとは全く違うタイプ、ポジションの女性ですよ。背徳感、悪徳感。
ミセス・ロビンソンは大ヒットしました。卒業のサウンド・トラックでは「スカボロー・フェア」もヒットしましたね。
「サウンド・オブ・サイレンス」がエンディングでした。
イイ女、だったんでしょうね、マギー・メイちゃん。
♪Oh dirty Maggie Mae