ウキウキ呑もう! ニコニコ食べよう!

ウキウキ呑もう! ニコニコ食べよう!

ーー 居酒屋トークの ネタブログ ーー

【大阪食い倒れ】 たこ焼き いか焼き お好み焼き もっと色々だけど倒れません!

<大食漢には見えない“くいだおれ太郎”は コロナ禍の道頓堀になにを見る>

最近はあまり聞かなくなった感じの“大阪の食い倒れ”という慣用句なんですが、これって実は大阪だけに限って言うことではなくって、各地に食い倒れがあるようで、伊予、因幡、越後、尾張、足利、信濃、下総なども食い倒れの街と言われていたそうです。


日本全国倒れまくりです。


で、なんで大阪の食い倒れだけが、今に残っているのかを考えてみますと、やっぱり江戸時代の三大都市ってことになるんじゃないでしょうか。

f:id:wakuwaku_nikopaku:20210208090014j:plain
“大阪の食い倒れ、京の着倒れ、江戸の呑み倒れ”ってやつですね。
にしても、なんで“倒れ”ばっかりなんでしょうか。


倒れと言ったって転ぶという意味ではないですね、その個人、その家が成り立たなくなる、落ちぶれる、というニュアンスを倒れると表現しているんですね。


この慣用句に対しては、実にイロイロ解釈があるようです。
概して、批判的、その土地の人々の弱点として解釈しているものが多いんですが、どうもね、違うように思うんですよね。


この“倒れ”は誰かが高いところから見下したように、諫めようという意図で言ったのではないと思うわけです。


江戸時代から言い慣わされた慣用句だとして、大都会である三都市を卑下するような物言いをする人が、どこに生活しているかといえば、その三大都市のどこかということになるのではないでしょうか。
そうでなければ、この慣用句が広まらないですよね。


なので、大阪の食い倒れ、京の着倒れ、江戸の呑み倒れって言った人は、この三都市の中のいずれかに生活拠点を置いている、と考えられます。


尤も、誰か一人が言い出したことではなくって、例えば最初に大阪の食い倒れという言葉が人口に膾炙したとすれば、そんなら京は着倒れですわなあ、とか言い足す。

f:id:wakuwaku_nikopaku:20210208090106j:plain
そいじゃあ江戸は呑み倒れだな、という具合に土地ごとに言い足して出来上がった、ということも考えられます。


これだとすると、他の土地の人々を非難するニュアンスではなく、むしろ自分の土地柄を自慢するように、あるいは自虐的な笑いのネタとして表現している感じです。
要は、お国自慢、の言い様なのではないかと。


大阪はンまい食べものばっかりだからね、ばんばんお金使ってどんどん食べてしまうからね、もう食い倒れてしまうしか、しょうがないんだよねえ。どこの土地より食べものがンまいから。

f:id:wakuwaku_nikopaku:20210208090144j:plain
京のお人は、みんなエエものを見る目を持ってはるからね、どうしてもちゃんとした生地を使ってちゃんとした仕立てにしないと表を歩くこともできゃしません。なもんで、どうしても京に暮らすいいますと着倒れてしまいますなあ。


江戸っ子はなあ、宵越しの金は持たねえんだ。その夜のうちにぱあっと呑んじまう。明日は明日の風が吹くって言うだろ。な、江戸っ子はどうしたって呑み倒れちまうってことよ。


というような感じ。まあ、何を自慢と思うのか、その辺はその土地の人全員が納得するものではないのかもしれませんがね。


なんにしても否定的なニュアンスではなく、自分たちの生活こそがサイコーなのさという、自慢するような気持ちが言わせているように解釈できます。


日本人はどうもね“倒れ”たいようなんですよ、これが。ホントに。


この“倒れ”には他に「美濃の差し倒れ」というのがあるんですが、これは差し料、刀ですね。腰の物にお金をかけている。刀自慢。


「作州の家倒れ」というのもあります。
これはもう、単純に屋敷普請、家自慢なんでしょうね。

 


“倒れ”の中には入らないのですが、名古屋では、家に娘が三人生まれれば、その結納、結婚式で散財してしまって家が破産するという言い方もありますが、これもまた、尾張徳川の御膝元。絢爛豪華な結婚式、嫁入り道具の立派さの自慢なんだろうと思いますね。


トヨタの本社があるからというばかりでなく、名古屋は不況に強い街としても知られています。式に派手さを演出するために、普段は倹約に勤めている生活習慣が根付いているということなのかもしれません。


この土地を代表する信長、家康という二人はしまり屋、つまりケチだったらしいですし、秀吉の派手好きも有名ですよね。


それを合わせると“娘三人もてば身代潰す”ってなことになるのかもしれません。
いやあウチは三人おりまして、はい、娘が。もう大変ですわ。ぶあっはっは。
ってな感じで、ちゃんと派手に三人とも式を挙げて見せます、って自信がある。自分にはそれを成し遂げる力量がある。


どんなもんだ! です。


ところが「奈良の寝倒れ」というのもあってですね、これはまさか、寝てばっかりいることを自慢しているとは解釈しにくいです。


この寝倒れについても諸説あるようですが、どうもぴったりと納得できる説には出会っておりませんね。分かりません。
そもそも最初から“寝ている”んだから、倒れようもないだろう。と突っ込んでおきますです。


“大阪の食い倒れ”です。


江戸時代からそういわれていたのかどうか、その始まりはハッキリしないみたいですが「大阪は天下の台所」「大阪は諸国の賄いどころ」という言葉もありますね。


日本全国の産物がいったん大阪に集められて、そこから全国に配送されていたそうですから、食べものばかりではなく、いろんな物が大阪に集まっていたんでしょうね。

f:id:wakuwaku_nikopaku:20210208090328j:plain
各地の名産品が集まってくれば、自然、その調理法も伝わって来て、全然違う土地の全然違う食品に、全然違う土地の調味料を合わせてみる。


そういうことが、自然に長い時間をかけてなされていたんじゃないでしょうか。


さらにいえば、大阪の食い倒れの魅力は、
「安くてンまいもんでなければ意味がない」と言い切ってしまうところにあるように思います。


大阪の店はどこでもンまいと思います。ホントにね。大阪、ンまいです。でも安いかどうかは店によりますね。当たり前ですが。

f:id:wakuwaku_nikopaku:20210208090402j:plain
でもまあ、高くてンまい、じゃあ当たり前やがな。安うせなあきませんで。


怪しげな大阪弁になってまいりましたが、大阪の店はンまくなければ生き残れない。次々にどんどん新しい味、斬新なアイディアをもった職人が流入してくる街。


大阪は昔からそういう街だったんでしょうね。


“食い倒れ”にはその言葉の誕生に関して代表的な2つの説があるようです。


1つは、
もともとは「杭倒れ」であるという説。


水の都である大阪。日常の往来のために川や水路に橋をかける。その費用は住人が自腹で賄わなければならなかったそうです。橋の杭を建てるだけで破産してしまう、から杭倒れ。
それがやがて食い倒れになった、という説。


なんかね、これ、説得力ない感じです。

 


大阪ベイブルースの街ですからね、水の都は昔から変わらずといったところ。


縦横に流れる水路に橋を自前で、というのはかなり大変なことだと思いますが、ある特定の個人だとか、資産家とはいえ一軒の商家だけでまかなうものではないでしょうし、橋を架けるんだから“橋倒れ”という方が納得いきますが、なんで杭の方を言い出したのか、分かりません。


さらには、なんで杭が食いに変ったのか、説得力ゼロだと思うんですがねえ。


それにですね、水の街っていうのは江戸もそうですし、水路っていう点から考えてみますと、関東圏の方が圧倒的に橋の需要が広範囲にあったと思われますね。


“杭倒れ”賛同いたしませんです。

 


もう1つは、
みなさんご存じ「株式会社くいだおれ
日本ばかりじゃなくって世界的に有名らしいです。


初代の山田六郎さんが、社名を考えるにあたって、「京の着倒れ、江戸の飲み倒れ」という慣用句から「くいだおれ」という屋号をひねり出した、という説です。


この説には、江戸時代から「京は着て果、大坂は喰て果、堺は家で果る」と言われていたところからヒントを得て、とあります。


江戸時代からの慣用句では“倒れ”ではなく“果(ハテル)”だったみたいですね。
だとすると、六郎社長の“倒れ”アレンジから、京も江戸も“倒れ”になって広まっていったということになるんでしょうか。


でもまあ、あれです。杭よりは六郎社長説の方を推したいですね。


数回しか行っていない大阪ですが、食い倒れビルの中の食べ物屋さんには、入ったことなかったです。残念です。


2008年の7月8日に閉店してしまったんですよねえ。

 


名物の“くいだおれ太郎”には、ファミリーが居て、創業当時だけ活躍していた名前の知れない“お父さん”
バンザイ人形の弟“くいだおれ次郎
そして従兄だという“くいだおれ楽太郎”
お父さん以外は健在なようで、食い倒れ文化は守られているようですね。


それにしても“楽太郎”ってネーミング。なに? 落語界の東の方からプレッシャーかかったんですか?


んなことはないでしょうけれど、くいだおれ人形。1950年の登場だそうですから、もう半世紀以上も大阪、食い倒れの街を見守って来ているんですねえ。

f:id:wakuwaku_nikopaku:20210208090657j:plain
道頓堀界隈は今でも日本を代表する繁華街であることに変わりはないと思いますが、このコロナ禍の街を、くいだおれ太郎はどう見ているんでしょうか。


20世紀の半ばから21世紀の初頭にかけて、世の中はずいぶん変わっていますけれど、今回ほどの変化はくいだおれ太郎ばかりでなく、誰もが考えもしなかったこと。


食い倒れという大阪の文化が、批判的に言い出されたものであろうと、自慢気にアイデンティティとして言い出されたものであろうと、六郎社長が言い出したものであろうと、消えてしまわないか心配してしまう気持ちがあります。


食い倒れは、そのンまいもん、ンまい食べものが提供されないことには成り立ちません。


ンまい食べものを提供してくれていた、ンまい飲み物を出してくれていた、その店が、苦しんでいることは想像に難くありません。


くいだおれ太郎が涙することのないように、誰か、はやいとこ、コロナ禍を収めて、街に人の賑わいを戻して、なんとかしてチョーダイませ。日本だけじゃなくてね。

 

 お願いしますよ。