< 湯引きした状態で仕入れているってことでしたけど どこの鱧なんでしょ >
まあね、自分のサイフで食べたわけじゃないんで、ぶうたれる資格もありゃしない、っていうところではあるんですけど、東京、9月の鱧、ガッカリだったんでしたあ。
「東のアナゴ、西のハモ」っていうのは聞きます。
鱧料理っていえば京都が有名ですけど、京都では食べたことないですね。値段も相当なものらしいですから、行ったからといって、そうそう食べられるもんでも無いのかもしれないですけど。
大阪でも「鱧チリ」っていう有名な料理があって、これは1回だけ食べたことがありまして、旨かったです。
やっぱり鱧は西、ってことなんでしょう。
「鱧チリ」って、要は「湯引き」なんですけど「落とし」っていうふうにも言いますね。
なんかね、こうしていろんな呼び方のある料理には地域チイキのこだわりがあるんだろうって思います。
「落とし」っていうのは骨切りした鱧を湯に落とすからあ~、っていうネーミングみたいです。
鱧の旬は6月、7月ってされていて、7月に行われる京都祇園祭の別名が「鱧祭り」ってされていることからも、夏の京都の風物詩として鱧が捉えられているんですよね。
サカナ片にユタカ、で鱧ですが、豊かっていうのは「曲がりくねる」っていう意味と「黒い」っていう意味があるんだそうで、その見た目からあてられた漢字なんですね。
中国語で鱧は「レイ」って読んで「ライギョ」のことを言うんだそうですよ。
中華料理で鱧っていう字をみて、日本の鱧料理を思い浮かべちゃうと、かなり残念なことになるのかもしれません。って、ライギョって食べるのかどうかも知りませんけどね。食指不動でありますよ。
アナゴの旬は、夏と冬ってされていて、ま、一年を通して食べられますね。
主に蕎麦屋さんか、刺身屋さんで、天ぷらで食べていますね。
江戸前の食材としても知られているアナゴですから、東京近辺で食べるアナゴは、まあ、旨いと思います。満足です。
ただねえ、東京の鱧はねえ、お、旨いねって思ったのって、前に記事にもしましたけれども、とんかつ屋さんで食べた「ハモカツ」だけなんですよねえ。
ヅケ丼も、めっちゃ旨かったとんかつ屋さんでした。
先日ご馳走していただいた鱧。「ぼたん鱧」っていうお吸い物だったんですけど、和食屋さんのね。財布を持ってくれた人の手前「ん~」とは言えませんでしたけれど、東京で食べる鱧、例えば代表的な梅肉和えとか、鱧ってこんなもんなのかしらん、って思うことが多いです。
その和食屋さんで値段がいくらかとか、聞きませんでしたけど、なんでも値上がりの時期です。安くはないんだろうと思うんですが、ここで捌いてんの? って聞いたら、首をブンブン振って、「湯引きしてもらって仕入れてます」ってことでした。
まあね、今はそういう仕入れになっている食材って少なくないですからね。特に高級店っていうことでは、もちろんなかったんですけど、ガッカリでした。
だいぶ前にですね、大阪の和食屋さんで食べた「鱧チリ」、これはもうサイコーに旨かったんです。
シャリシャリいうような歯応えがあって、薫り高く、まったくくどさのない白身。梅肉をスパイスに選んだ古い時代の料理人のセンスに感心しました。旨いんですよね。
今でも記憶に残ってますからねえ。
この時、一緒に食べた人の中に京都出身の女性が1人いて、「京都のは、もうちょっと鱧の味がしっかりしてますけどね」って、コンニャロなことを言ってました。
食道楽の街って言われる大阪にも、鱧で負けるわけにはいかないっていうような、西の食文化競争なんでしょうかね。
で、いまだに京都の鱧は食べたことがないですし、これからも機会があるかどうか分かりませんですねえ。
「ハモカツ」を出してくれていたとんかつ屋さんの大将も、東京の人だったんですけど、東京に来てる鱧は国産じゃないから、湯引きしただけで食べるのは、ちょっとね、って言っていました。
とんかつ屋さんなんですけど、一時期は夜の営業で刺身も出していた大将ですからね、なかなか店に出す料理にはこだわっていたんでありました。
鱧は明石海峡が産地として有名いらしいんですけど、ホント不思議ですよね。
海外から輸入された鱧だって鱧は鱧だろうって思うんですけど、全然違う、っていうことなんですもんね。
鱧は肉食魚で、海域によって食べているものが違うから、鱧自体の風味も違って来るって言われちゃうと、そのホンモノを、たぶん1回しか食べてことがないんで、あ、そですか、そでしょねえ、って言うしかないです。
「ぼたん鱧」っていうのは、湯引きした鱧の椀物ですけど、名前を付けたのは谷崎潤一郎(1886~1965)なんだそうですね。
食通としても知られた谷崎潤一郎ですが、京都の懐石料理店で名前を付けたっていうぐらいですから「ぼたん鱧」に対する執心は相当なものだったみたいで、3人目の妻、松子さんは「倚松庵の夢」の中でこんなエピソードを披露しています。
谷崎潤一郎が亡くなる6日前のこととして、
「殊に、ぼたん鱧が大好物で、味わう暇があるのかと思うほどの速さで平らげ、食べっ振りも傍で見惚れるばかりの見事さ」
谷崎潤一郎は腎不全に心不全を併発して亡くなっているんですが、その健啖はずっと変わらなかったんでしょうね。
「倚松庵(いしょうあん)」っていうのは、神戸市東灘区にある1929年に建てられた和風木造建築で、谷崎潤一郎が住んでいた家なんですね。細雪の家っていう言い方もされています。
谷崎潤一郎が細雪を執筆していた頃は武庫郡住吉村にあった家を、1990年に神戸市が東灘区に移築したものなんだそうです。
その思い出の家での暮らしを記した「倚松庵の夢」の中に、戦争中、疎開していた熱海のこととして谷崎潤一郎の言葉を遺してくれています。
「鱧も近頃は伊豆山方面にて手に入ることがあり、たまには買っては見るけれども、味も骨切りも悪く、あとで一層関西の鱧が恋しくなるばかりなり」
戦争中のことですから、ここで悪く言われている鱧は海外から入ってきたモノじゃなくって、関東近辺で獲れたんでしょうけれど、産地によって味わいが違うってことをハッキリ言ってますね。
味の他にも「骨切り」も悪いって言ってます。
鱧の骨切りは、1センチメートルの中に8回包丁を入れるっていう技なんだそうで、職人さんのウデもさることながら、包丁のヘヴィーデューティな切れ味が必須なんでしょう。
めっちゃ細かそうな作業です。
鱧を扱うことの少ない関東では、名物とする関西に比べて捌ける職人の数も、そのウデも、谷崎純一郎のお眼鏡に適うレベルではなかったんでしょうね。
たしかに鱧は関西なのかもしれないです。
湯引きしてから流通しているっていうのは、店にとっては便利かもですけど、鱧料理の文化はきっちり守っていって欲しいところです。
2022年の今、谷崎潤一郎が生きていたとして、まあ、一流どころにしか行かないでしょうけど、もし、ごく普通レベルの和食店に入って、湯引きした状態で仕入れる鱧を「ぼたん鱧」で食べたとしたら、どういう評価をするでしょうかね。
旨い鱧の獲れる明石海峡から近いとはいえない京都で、なんで鱧が名物になっているかって言いますと、鱧の生命力なんだそうです。
冷凍技術だとかがなんにもない頃から京都名物だった鱧は、なにも工夫せず、そのまま京都まで持っていっても悪くならなかった、生命力の強い数少ない魚種なんで、夏場のサカナとしては圧倒的に鱧をありがたがって、調理の手間を惜しまず、名物にまで仕立て上げた、っていうことなんだそうです。
まあ、なるほどねって思いますけど、それほど京都には購買力があったってことなんでしょうね。
ま、日本の都ですからね、千年都市、そういう歴史。
京都の人は、地場のサカナじゃない鱧を、とにかく自慢するですよ。
鱧がね、丈夫で長持ちだっていうのは、もちろんナマのまんま、そのままの状態で移送するからであって、今みたいに湯引きしてから移送するっていうのは、そもそも問屋さんに入って来る時点ですでに湯引きされているんでしょうから、どこで獲れたか、明石ではないにしても、国産か海外かっていうことより、そもそも鮮度とか期待できないわけでしょうから、東京近辺で、お高くない店で、旨い鱧を望んじゃいけません、ってこと。
く~、ニャロメッ!
って、誰に噛みつけばいいのか分かりませんね。
湯引き済の鱧って関西方面でも出回っているんでしょうか。京都は、どなんでしょ。
鱧っていう名前は、噛む、食むから来ているって説もありますけど、京都じゃなくとも、どこかに安くて旨い鱧を食べさせてくれるところはないんでしょうか。
「ぼたん鱧」じゃなくってイイんですけど。
また、大阪、行きましょうかねえ。
ん~、東京近辺に、ないの?
なんか納得したくない気分でありますよ。