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【祝 大関復帰 照ノ富士関!】大相撲だけじゃない 塩のチカラの使い方

<そういえば 大関貴景勝は ちょこっとしか撒きませんね ホントにちょこっと>

大相撲に詳しいわけではないんですが、照ノ富士関の活躍、大関復帰は心振るわされるものがありますね。


ずいぶん前からモンゴルパワーが席巻している感じの大相撲ですが、コロナ禍の中で様々工夫しながら場所をこなしている関係者のみなさんの気配り心配りには頭が下がります。


裸のぶつかり合いを無事に15日間送れるって、並大抵の努力じゃないでしょうからね。
そんなしんどい中での取り組みで、圧倒的な感動をもたらしてくれたのがモンゴル、ウランバートル出身の「ガントルガ・ガンエルデネ」照ノ富士関ですね。


なかなか凄い経歴の持ち主で、モンゴルの中学校では、国内の数学オリンピックに出場して「金メダル1回、銀メダル1回、銅メダル2回」という成績を収めているんだそうです。
相撲の取り口とかさっぱり分かりませんが、やっぱり数学的な計算が取り組みに役立っているんでしょうかね。


2011年5月に初土俵を踏んでからの突破力も凄いです。


7月場所に序の口、9月場所序二段、11月場所三段目、翌2012年1月場所に幕下に昇進です。とんとん拍子。


幕下以下は「力士養成員」と呼ばれるんだそうで、いわゆる「関取」と呼ばれるお相撲さんは十両以上。
さすがの照ノ富士関も一気にとはいかず、2013年の9月場所に十両に昇進しています。でもまあ、プロの壁も突破して、モンゴルの数学チャンピオンが日本に来てお相撲さんになったわけです。


このころからケガや病気もあったようですが、2014年3月場所で幕内昇進。


1年後の2015年3月場所に関脇。そして7月場所大関昇進です。早いんです。


本割では横綱にもたびたび勝っていて、もっとも横綱に近い大関かと思われていましたが、ケガが悪化、病気の回復も思わしくなく、大関としての連敗記録を作ってしまうなどして、2017年11月場所関脇陥落。


そして平幕でもなかなか勝つこと叶わず、2018年3月場所に十両陥落。7月場所幕下。11月場所三段目。2019年3月場所には序二段にまで陥落してしまったんですね。陥ちるスピードも早い。酷な仕事ですよね。


なぜこの人は、こうまでして相撲を取り続けるのか。両ひざがダメになってしまっていて、陥落し続けている段階では、回復する可能性など無さそうに思えました。


スポーツ、格闘技にケガは付き物とはいえ、そういう自分を受け入れる度量。
大関まで張った人が「力士養成員」まで陥ちて、さらに負け続けて序二段。すぐ下は序の口です。入門して新弟子検査に合格したばかりの人たちがすぐ背中にいる状態です。
凄い精神力だなあと思っていました。トップアスリートならではの自負もあったんでしょうね。


ま、復帰後のインタビューで辞めようと思ったことはある、と言っていましたが、自分の中にやる気がなくなってしまっても自暴自棄にならず、相撲を取り続ける。
世の中への対応能力。照ノ富士関なりのミーニング・オブ・ライフ。
この数学チャンピオンにはどんな計算があったというんでしょうか。凄い人です。


ケガの治療、病気の療養も功をなしつつあって、2019年5月場所で三段目に再昇進します。


ネットで照ノ富士情報を追っていた私としては、かなり明確に興奮を覚えたことを記憶しています。


ああ、この人だったら、また上位に来るんじゃないか。そう感じたんですね。1年以上陥ち続けて、それでも耐えて戦い続けた男。「ガントルガ・ガンエルデネ」


ネットニュースに写真は無くて、文字情報だけの三段目再昇進。
でも、ニュースにはなったんでした。注目している人は少なからず居たんだと思います。相撲記者たちの中にも。


そしてまた快進撃が続きます。元大関の快進撃です。でも、全勝しないところがこの人らしい、のかもしれません。あれっ? って負けちゃう。相手だってプロですからね。


2019年7月場所幕下再昇進。2020年1月場所十両再昇進。7月場所幕内再昇進。11月場所小結昇進。返り三役なわけですが、返りったって、どっから返ってきたんだってことですよね。


そして2021年1月場所関脇再昇進。で、今度の2021年5月場所、大関復帰です。凄いです。大相撲史上初の快挙です。


思わず照ノ富士関の話に力が入ってしましましたが今回は「塩」の話です。

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お相撲さんは土俵の上で塩を撒きます。ちょろっと撒く関取とドバーっと撒く関取と、いろいろです。


照ノ富士関は、ま、普通な感じでしょうかね。


撒き方に決まりは無いそうなんですが、数年前の新聞に、時の横綱稀勢の里関の塩巻き写真が掲載されたことがあります。その右手の中心からキレイな同心円を描いて散っていく塩。美しいシンメトリー。


久々の日本人横綱として人気のあった稀勢の里関でしたが、あの同心円の見事さも実に日本人的、だったのかもしれません。


取組前に塩を撒いて真剣勝負の場である土俵を清める。そのための儀式なんですね。自分の身体、痛めている箇所へ塩を振りかける関取もいます。


ちなみに、大相撲で撒かれる塩は、東京、両国国技館で開かれる1月場所、5月場所、9月場所では愛媛県松山市、瀬戸内海に浮かぶ「伯方島」で作られている「伯方の塩」なんだそうです。伯方塩業株式会社。
3月の大阪場所、7月の名古屋場所、11月の九州場所で撒かれているのは味の素の「瀬戸のほんじお」
こちらは岡山県玉野市で作られているとのことですが、いずれも瀬戸内海由来の塩なんですねえ。


両方とも「あら塩」ってやつらしいです。


清めの塩って日本人には違和感のない風習ですよね。葬儀の後なんかにも塩で清めますよね。


塩で清めるのって他にもありますね、割と身近に。


お相撲さんの撒く意味と、割合近いかもしれないのが「塩花(しおばな)」ってやつですね。
穢れたと思ったときや、縁起直しのためにパッパッと撒く。
時代劇なんかにはよく出てきます。


嫌な客がようやく出て行った後なんかに、


「ああ、やだやだ。虫唾が走るよ。早いトコ塩撒いておくれ!」


ってやってますよね。あれが塩花。ドドーっとは撒きませんが、験直しってやつですね。


で、塩花にはもう一つ意味がありまして辞書を引きますと
「料理屋などの入り口に、山形に置く塩。盛り塩」
とあります。ほほう。これもまた馴染のものではありますね。

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料理屋とか店舗だけじゃなくって、自宅の玄関に塩花、盛り塩している人も居ますもんね。


小皿に円錐型、あるいは三角錐型に塩を盛っておいてあります。あれ、なんなんでしょ。


調べてみますと、盛り塩の風習は「奈良・平安」の時代からあった、と記述しているのが多かったんですが、よく分かっていないみたいです。
いくらなんでも「奈良・平安から」じゃ、時期特定になっていないですよね。時間が長すぎます。


まあ、それはそれとして、その由来です。


これには大きく2つの説があるんだそうです。日本由来と中国由来。


なんだかね、古くからある風習って何でも中国由来な気もしますが、まずは日本由来説から。


葬儀の際の塩でのお清め。神棚に供える盛り塩。
このことから塩には清浄効果があって、生命力の更新という意味を感じて盛り塩の習慣ができたのではないか、というものです。日本では。


って、説明になってないじゃん。


神棚に供えるのって、最初から盛り塩やん! なんで盛り塩するんですかって質問に、盛り塩するからって答えてるみたいなもんやん! って思います。よく分からない。


続いて中国説です。


中国説にはストーリーがあるんですが、そのストーリーが2つあります。


秦の始皇帝が起源というもの。もう一つが西晋の初代皇帝の司馬炎が起源というもの。
でも話は似ています。というかたぶん同じ話。


始皇帝阿房宮に三千人の美女を、司馬炎は自分の後宮に1万人の美女を囲いました。
まあ、デヘヘって話になりそうではありますが、江戸の大奥もしかりで、そこに入る女性は、言ってみれば地方豪族の外交官的役割もあったわけで、皇帝の寵愛を得られるかどうかは地元の生き死にをかけた争いでもあったわけですね。
仲間にイジワルするのが仕事、みたいな部分もあるってことですねえ。


知恵を絞って皇帝が寝所に訪れることを待ちます。ただ待っているわけじゃないんですねこれが。


皇帝の方としても、なにせ美女の数が多すぎるもんですから、選べない。選ぶのに時間をかけていれば朝になってしまう。


で、始皇帝は牛に乗って、司馬炎は羊に乗って、美女たちの部屋が建ち並ぶ廊下を行進する。で、牛、羊が停まった部屋で一夜を過ごす。とまあ、こういう仕組みを考え出したんだそうです。ご苦労様なことです。


で、始皇帝の牛。司馬炎の羊が足を停める部屋が決まってきた。


美女の中にも頭のいい人がいたもんで、自分の部屋の前に塩を置いておく。司馬炎の話では竹の葉に塩を盛っておいたらしいんです。
そこまでやって来ると、牛にせよ、羊にせよ、塩を舐める。羊なんかは竹の葉も食べる。
で、自然に足が停まって、皇帝のオナ~リ~、ってことになって、将を射んとせば塩を盛れ、ってわけで、盛り塩の風習が始まったという説。


この由来にあやかっているのが「お客さん酔ってらっしゃい」っていう意味の店舗の盛り塩ですね。


始皇帝司馬炎を比べてみますと、どうも始皇帝の方が分が悪いようでして、司馬炎に軍配が上がりそうです。


司馬炎の盛り塩説には、その賢い作戦を考えた女の人の名前が残っているんですね。


胡芳(こほう)というその人は、美しく、度胸もあり、頭脳明晰だったということらしいです。
商売繁盛ササ持って来い! のルーツにはなりそうな話ですが、これもなんだか眉唾ですよね。


アイディアは確かに感心させられますが、誰にでもできる簡単な方法ですから、独り勝ちがいつまでも続くわけがないですよね。みんなにあっさり真似されます。


しかもですね、これだと客を招くという縁起を担ぐ説明にはなりそうですが、盛り塩のあの形。円錐型や三角錐型にする必要は無さそうに思えます。


それに、自宅の玄関に盛り塩しているのって、千客万来じゃなくって、外に対して結界を張っている気がするんですけれどねエ。
外の世界の穢れを家の中に持ち込まない。盛り塩による結界。


なんかねえ、盛り塩。塩の神秘性とか、今のところ納得できる説明って無さそうなのでした。


塩。身体にとって、なくてはならないもの、だけれども摂り過ぎは毒。


空気、外気に対する効能というのも実際にありそうな気もします。コロナも追い払って欲しいところですねえ。


照ノ富士関はすぐに横綱になりそうですよね。
豪快に塩撒きして、邪気もコロナもぶっ飛ばしてください~。