< そう言われましてもねえ 花柳界とかお座敷とか ご縁がありませんもんで >
落語家さんが「やっこさん踊り」っていうのを披露しているのは見たことがあります。
着物の袖を左右にピンと張って、あの奴だこみたいな形を作って、くるりくるりと回る踊りでした。
ふううん、って思っただけで、なんでコレが人気なの? って理解できませんでした。
まあね、お座敷でお姐さん方が艶っぽく踊るのと、落語家のオヤジがやるのとでは比較のしようもないんでしょうけどね。
本業の噺じゃないからっていうのはあるんですけど、ちょっと前からね、落語家のこうした「芸」っていうのもかなりレベルが落ちてきているみたいで、蕎麦を啜る音、っていうのを聞かせる芸がありますよね。あれ、かなり酷いものになってますね。
蕎麦ってのはね、手繰って食うっていうぐらいのもんでして、口で啜りながら箸で手繰って、リズミカルにズッ、ズッって「和の音」をさせながら食べるもんなんですよね。
それを、何をどう勘違いしたものか、箸で一回、口に入れたら、もう箸を使うことなく口だけで一気にズルズル、ズルズル啜っちゃうんですよね。
箸使いってもんが、てんで出来てないんです。
そんな音を聞かされても、ちっとも旨そうには聞こえませんよ。
スパゲッティなんかでもズルズル音を立てて、これが日本式の食べ方ですって勘違いしている人って、今、女の人でも少なくないですけど、インバウンドが回復しつつある今「ヌードルハラスメント」なんて言われて、海外の人たちから眉をしかめられますよ。
マナーがどうとかいう前に、単純にウルサイです。
肺活量自慢大会じゃないんですからね。旨い音をさせて粋に食べてちょうだいな。
「やっこさん踊り」も「蕎麦を啜る音」も、ホントの日本の芸を伝えていく役割を落語家さんだけに頼るってこと自体が、なんだかなあってことになるんでしょうけどね。
今の落語家さんたちだって、ホンモノの「やっこさん」なんてちゃんと知るわけないですもんね。
もちろん、どーのこーの言っているワタクシも知りゃしません。
漢字で書くと「奴さん」
江戸端唄ってやつなんですね。
これがホントっていうような定型があるわけじゃなくって、歌詞にも節にも、いくつか種類があるらしいんですね。
(奴さんだよ!)
♪奴さん どちら行く
♪旦那迎えに さっても寒いのに 供揃え
♪雪の降る日も 風の夜も
(さて)
♪お供は ツライね
江戸端唄ってことですからね、伴奏は三味線です。ネットで見られますけど、花柳界、新橋とか赤坂とか、場所によって踊りや歌も、ちょっと違っているみたいですね。
今は、こうした遊びをする人も少なくなったんだろうって思いますけど、少なくとも戦前までは人気のあった奴さん。
なんで人気があったんでしょうかね。
踊りも奴さんに扮して、身振りを真似しているんだと思うんですね。
歌の中にもあるように、奴さんの仕事の1つが「供揃え」ってやつで、大名、小名、家の主人の行き帰りに先払いなんかをするんですね。
先払いって、あれですよ、前払いじゃなくって、主人の歩く前方に邪魔になる物や、人を払っておく役割のことですね。
正式な大名行列ともなりますと、奴さんの先払いがいて、槍持ちがいてっていう順番で、供揃えも大掛かりになりますけど、今に伝わる行列の動きをネットなんかで見てみますと、どうもね、奴さんたちの動きって歌舞伎の見得を切るような動きに似てますね。
ああいう動きに、どんな謂れがあるのかなんて、これまたいろんな説があるみたいですけど、人の本名を口にするのは縁起が良くないっていうような風習の時代ですからね、その仕草にも、厄払いみたいな意味があったものなのかもしれません。
見得を切りながら練り歩くなんてことを、道中続けるってことを考えますと、かなりの重労働。
でもまあ、その道行きを見る側からすれば、当時の格好良さ、みたいなものがあって、そこに人気があったのかもですね。
そうでもなければ端唄になったりしませんよね。
奴さん、っていうのは「さん付け」で呼ばれているわけで、一応ね、武家に対する気遣いもあっての呼称なんでしょうね。
普通に言えば「奴」です。
その家に仕えている中でも下っ端で、身分は低いんですね。「家っこ」で「やっこ」って呼ばれていたものに「奴」の字を宛てたってことみたいなんですよね。
♪いつも奴さんは 高端折り
(アリャセ コリャセ)
♪それはそうかいなあえ
ってことで、高端折り(たかばしょり)っていうのは、尻っぱしょりっていうふうにも言われる着物の着こなしで、着物の裾をまくりあげて、帯へ挟み込むってやつですね。
裾をまくり上げた足元は、股引に白足袋だったり、裸足だったりします。
それが粋、ってことだったんでしょうかね。
今の行列では草鞋を履いてますけど、江戸時代、履物は贅沢品に数えられたそうですからね。裸足だったんでしょうね。
そして特徴的なのが奴さんの羽織っている「半纏(はんてん)」でしょうね。
たいてい、黒とか紺とかの濃い色合いの両袖に、大きく描かれているのが白い「釘抜紋(くぎぬきもん)」
奴さんを引き連れて歩くような家には、ちゃんとした「家紋」ってやつがあるんでしょうけれど、奴さんの半纏に染め抜かれているのは、どこの家でも決まって「釘抜紋」です。
真ん中の空いたひし形の紋ですね。
もちろん、この釘抜紋を家紋している家もあったみたいですけど、それは羽織りってことになるわけで、半纏じゃないですもんね、問題にはならなかったんでしょう。とにかく奴さんの半纏には、大きな釘抜紋なんです。
これ、なんで釘抜? って思ったらですね、昔、ホントに使ってたみたいなんですね。
っていってもですね、このひし形で釘を抜いてましたってことじゃないみたいです。
今、釘っていえば頭の平らな丸いものですけど、あれって「洋釘」っていうんだそうで、日本に入って来たのは明治5年ごろ。
それまでは「和釘」っていうのを使っていたんですね。
もちろん、洋釘が入って来たんで、わざわざ和釘って名前をつけたんでしょうけどね。
それまでは、ただ「釘」って言ってたんでしょう。
和釘は丸くなくって四角。そして頭はL字に曲がっていたんだそうです。
で、奴さんの釘抜紋になっているひし形。あれは釘を打つ時の「座金(ざがね)」
真ん中に空いている四角は釘を通すための穴で、釘を抜くときには座金に梃子(てこ)を差し込んで、座金を支点にして抜く。木材を傷付けない。
つまり抜くときのことを考えて、座金をあてて釘を打つってことをしていたんですねえ。
なので、奴さんのひし形ばっかりじゃなくって、いろいろ花だとか葉っぱだとか、模様を模った「釘抜」があります。
まあ、日本建築ってそもそも、ばんばん釘を使う方法じゃないですもんね。和釘、釘抜座金を使うような建物ってかなり大きなものってことになるんでしょう。
奴さんを先払いさせている殿様は、釘を使っているような大きなお屋敷に住んでいるんですよ、っていうような縁起担ぎ。
それとですね「釘抜」は「くぎぬき」で「九城(くぎ)抜き」ってことで、九つのお城を落とすぐらいの勢いなんだぞっていう、これまた験担ぎ、みたいなんですね。
そんな縁起を担いだ奴さんの半纏の釘抜紋、ってことなんですね。威勢がイイんです。
ところがですね、身分の無い奴さんにイキをみたから端唄にもなって、今に残っている、わけじゃないんだよっていう説があります。
説っていうか、これが真相みたいなんですけどね。
江戸も、時代が進んで町も大きくなって人も増える。
そうなってきますと、様々な儀式、遊び事なんかも盛んになって来ますね。
もともとの素性がどういう人なのかは分かりませんが、このころになると「願人坊主」って呼ばれる人たちが出てきます。
人の代わりに神社仏閣にお参りしたり、人の代わりに水垢離したりなんかするんだそうですよ。
ええ~!? 代わりにやってもらうって、ご利益無さそう、って思いますけど、どうもね、真剣な代理っていうんじゃなくって、面白そうだからやってくれっていうようなノリの大道芸人的存在みたいです。
なかなか多芸な願人坊主がいっぱいいたみたいで、江戸では流行さえしたみたいです。
冬空に素っ裸で、歌って踊る「すたすた坊主」
門の前に立って早口で歌って金銭を要求する「ちょぼくれ坊主」
牛頭天王のお札を撒きながら「わいわい、わいわい。わいわい天王、騒ぐがお好き」ってはしゃぎまわって金銭を要求するっていう「わいわい天王」
なんだか、この説明だけからしますと、無茶苦茶なやつ、って感じですけど、江戸の庶民が金銭を払うだけの芸当があったってことなんでしょう。芸人さんなんです。
他にもいろいろな願人坊主がいたらしいんですけど、この願人坊主たちの得意とした芸の中に「えー、奴さん、どちら行く」って歌いながら踊るのがあって、これが江戸じゅうで流行った。
歌も踊りも願人坊主たちがルーツってことみたいなんですよね。
なるほど、大道芸からですかあ。ほぼ納得であります。
「さよなら三角 また来て四角」
「四角は豆腐 豆腐は白い」
ってことでありまして、奴さんの四角い釘抜紋から、四角い豆腐のことを奴って言うようになったって聞きますけどね。
白くて四角いのって、他にないのかな? ん~、ないのかもです。
「白いはウサギ ウサギは跳ねる」
「跳ねるはカエル カエルは青い」
「青いは柳 柳はゆれる」
「ゆれるは幽霊 幽霊は消える」
「消えるは電気 電気は光る」
「光るはおやじのハゲ頭~」
これは願人坊主の頃の戯れ歌じゃないですね。電気がでてきますからね。しょっちゅう消えちゃうらしい電気。
電気、ですかあ。
ってことで、じゃないんですけど8月5日は「奴の日」です。
幽霊って、ゆれるの? ふううん。
おあとがよろしいようで。