< 坦々だとか 薬味の種類も増えてきていますけど 家ではしょう油だけです >
居酒屋の定番のアテ、代表的なヤツの1つは、やっぱり「冷奴」でしょねえ。
町中華にもたいていありますね、冷奴ってメニューが。
いつものごとくの居酒屋カウンターです。
座ると同時に女将さんが熱いおしぼりを差し出してくれます。
ここは夏でも冷たいおしぼりじゃなくって、アッツアツで出すってことにこだわっているんですね。
ま、夏に冷たいおしぼりっていうのも「生き返る~」って感じではあるんですが、汗が滲んだ顔全体をわさっと暑いおしぼりで拭くっていうのも悪くないです。
「森伊蔵、入ったよ。また当たったから」
こういうお店も抽選して、当たらないと買えないんだそうですよ。そこまでの人気。
村尾もそうらしいですね。
森伊蔵は一杯900円。んひょ! まあね、どこでもこんな値段でしょう。でも、まあ、まずはね、残波にしました。
泡盛ですね。今、置いてあるのは30度のやつです。こっちは一杯600円。
で、すぐに冷奴を注文しました。
と、カウンターの1つ離れた席に、今着いたばかりのお兄さんも、おしぼりをアチッアチッてやりながら、あ、僕も冷奴。
と、大将が、珍しく浮かない表情で「はあい」って感じで元気ないです。
ん? って聞くと、
「あ、きょうのさ、お通し、卯の花なんだよね。豆腐ばっかしっていうか、大豆だなあって思ってさ」
全然問題ナシです。ノープロブレム。
豆腐、大豆系、大好きです。
そしたらそのアチアチお兄さんが、卯の花ってなんですか?
大将は手元から目線を上げずに、
「それはね、ウツギっていう樹があってね、花が咲くわけですよ、ウツギの樹にね」
そしたら女将さんが笑いながら、
「やめなさいって、そういうの」
で、女将さんが「おからのことよ」って説明してました。
それがそのお兄さんに通じたのかどうかは分かりませんが、お店では客が入らない「からっぽ」に通じるってことで「おから」っていうのを避けている風潮がありますね。
落語界では「おおいり」って呼ぶなんてことを聞いたことがあります。
「するめ」を「あたりめ」って言う、あれと同じでしょねえ。
大豆から豆乳を絞った後の「残りかす」ですもんね、おからって。
お茶っ葉の出がらしを「お茶がら」って呼ぶのと同じ、昔からの女房言葉なんだそうです。「おから」
包丁なんか使わない食べものなんで「きらず」って呼ぶ地域もあるんだそうですよ。
字面としては「雪花菜」
ほほう、案外キレイな感じの漢字を宛てているんですねえ。
で、この「雪花菜」は「きらず」とも「おから」とも読むんだそうです。
主に関西地域でこの字を使って「きらず」っていうらしいんですけど、東京近辺でそういうメニューを見たり聞いたりした記憶はないですね。
その夜の大将は大豆三昧を、ちょっと気にかけたようだったんですが、改めて考えてみますと、大豆って凄い豆です。
毎度ながら、ここでちょっと脱線!
「マメで達者で」っていう時のマメは、豆じゃなくって「忠実」って書くんだそうですね。
でもさ、忠実って書いてあったら「ちゅうじつ」でしょねえ。
ま、意味的に、ふむ、そっか、そうかもねえって納得はしますけどね。
手だとか、足のかかとなんかに出来ちゃう「痛いマメ」は「肉刺」って書くんだそうで、これまた見たことのない漢字表記ですね。
けっこう無理矢理な豆以外の「マメ」事情でした。漢字表記ね。
大豆の話です。
大豆って東アジア原産なんだそうで、日本では縄文時代にはすでに栽培されていたらしいです。
今では世界中で栽培されていて、小麦と同じくらいの流通量だっていう大豆ですが、サポニンっていう苦み成分のせいなのか、世界的な食べものとしての人気は高くなくって、東アジア地域から世界に広まったのは20世紀の後半になってからなんだそうです。
家畜の飼料としても重要視されている大豆ですが、痩せた土地でも育つって言われているんだそうです。
でもね、やっぱり、しっかり管理した肥沃な土壌じゃないと収穫量は上がらないんだそうですね。ま、そりゃそうでしょねえ、って思います。なんでもそうなんじゃないの? 知らんけど。
でも、なんてったって、大豆の食べ方としてのバリエーションは日本が圧倒的に多いんじゃないでしょうか。
縄文時代の日本人たちがどういう食べ方をしていたのかは知りようもありませんけど、なにせ数千年のお付き合いってことになるわけですからね。いろんな食べ方を確立していますよ。
今、日本で栽培されている大豆は豆腐用の「フクユタカ」と「エンレイ」っていうのが主流。
酒呑みに馴染みなのが、枝豆「だだちゃ豆」でしょかねえ。
それ以外にもいくつか、枝豆用の大豆っていうのがあるみたいです。
ま、なんていう大豆だって、メニューに書いてあるのは「枝豆」ってことで、ほぼ統一されていますかね。
ほかに「納豆小粒」っていう納豆専用の豆もあるんだそうです。
枝豆は大豆の種類ってことじゃなくって、要は未成熟の実を茹でて食べているんですよね。
健康的な酒のアテってことで、ブームになった時期もありました。
でもまあ、ビアガーデンなんかですと、定番の第1位は圧倒的に枝豆じゃないでしょうかね。
ザリザリと岩塩ふりかけてもらって、ガツガツいくのがサイコー! ですよねえ。
ビールには枝豆!
どういう成分が、どういう健康効果をもたらすのか、とか、どうでもイイんです。キンキンに冷えたビールに熱々の枝豆は、最初に考えたヤツ、天才! って思っちゃいます。
ま、ビールは無くっても、夏場のおやつとしての人気も高いですよね。
未成熟の実を食べちゃうって、誰が最初にやったんでしょうね。さぞやエライお方なんでしょうね。感謝です。
で、枝豆で食べるのを我慢して完熟したのが「大豆」ってことになるんですね。
枝豆にもならず、大豆にもならないっていう育ち方をしている仲間が「もやし」
大豆の種子を水につけて暗いところで育てるっていう栽培法ですね。
黄色い実を付けた「豆もやし」も人気ですよね。
この「もやし」も近年までっていうか今もそうなのかもしれませんが、東アジアの食べ方の工夫なんでしょうね。
フレンチとかイタリアンに、もやしって出てくるのかなん?
薄茶色でまん丸の大豆になったら、それをそのまま煎って「煎り大豆」っていう食べ方もありますね。
煎り大豆を挽いて出来上がるのが「きな粉」
まだまだバリエーションはあります。
大豆を蒸したり、煮たりして発酵過程を経て出来上がるのが「納豆」「味噌」「しょう油」
日本人の食に欠かせないものばっかりです。大豆って、口にしない日はないんでしょうね。
大豆を砕いて油を溶媒抽出したのが「大豆油(だいずゆ)」
食用としても使っていますが、大豆インクにもなっていますよ。
油を抽出した残りが「脱脂大豆」っていって、これをあーだこーだ加工して出来上がるのが、ある種の「大豆ミート」
脱脂大豆を発酵させて「しょう油」を作りだす技術もあるそうです。
そして酒呑みにとっての大事な大豆加工は、ここまで言ったのとは別の加工です。
大豆を水に浸してすりつぶします。
そうして搾り出されるのが「豆乳」ですね。
搾った残りが「おから」「卯の花」「雪花菜」
豆乳を熱して表面に出来る薄皮状のものが「湯葉」
個人の豆腐屋さんで、この湯葉をウリにしていた店のおからは、きめが細かくって一味違うって話を聞いたことがありますけど、今はね、湯葉ってそんなに身近にはない感じでしょうかね。
だいたいね、町のお豆腐屋さん、どんどん消えていってしまいましたしね。おからの区別とか、ちっとも分かりません。
たまにしか食べられない食材、湯葉も大豆なんですよねえ。
豆乳に「にがり」を入れて固めたのが「豆腐」ですねえ。出来ちゃうんですよねえ、豆腐がねえ。
こんな加工法を編み出した人って、なんでしょ、天才すぎますよね。古代の中国人らしいですけどね。
その豆腐を水切りして焼いたら「焼き豆腐」
揚げたら「厚揚げ」
薄く切ってから揚げたら「油揚げ(薄揚げ)」ってことになるんですよねえ。
豆腐をつぶして、ニンジン、ゴボウ、レンコンなんかと混ぜ合わせて揚げたのが「がんもどき」
味付けを「雁」の肉に寄せて作ったのが最初だから「雁もどき」っていう説もありますし、丸めて作るから「丸(がん)もどき」っていう説もあるんだそうです。
がんもどきには「飛竜頭(ひりょうず)」っていう呼び方もありますが、これはポルトガルの揚げ菓子「フィリョース」と似た同じ見た目だから、っていう説があるそうです。
なんかね、そんないろんな説があるぐらいに、昔から日本人には馴染みの豆腐加工料理なんですね。
一度凍らせてから乾燥させると「凍り豆腐」
「高野豆腐」とも言いますね。
戻すときにどういう味を沁み込ませるのかで、全然違う味わいになるんですよねえ。
豆腐三昧、たいへんケッコウなもんでございますよ。
春夏秋冬、いつでも冷奴なんですが、冬のホントに寒い日は「湯豆腐」がイイですねえ。
豆腐たっぷりの「鱈チリ」なんてのもイイですけど、鍋に昆布を敷いて白菜とネギ、シュンギク、そしてたっぷりの豆腐っていうシンプルな湯豆腐が好物です。
ゆずにこだわる人もいますね。
「湯豆腐や いのちのはての うすあかり」
なんていう久保田万太郎の句もありますよ。
豆腐だけをですね、温めただけっていう、「温奴」っていうのもイイですねえ。
要は冷たくない冷奴として食べます。
冷奴は、やっぱりお店でいただくのがイイんです。
薬味なんてなんでもイイじゃん、とか言いながらですね、ネギの刻んだの、鰹節の薄いヤツ、青じその細く細く切ったやつ、ミョウガの薄く切ったヤツ。そんでもってショウガ、ダイコン、ニンジンをおろしたヤツ、もみのりなんかもイイですねえ。
で、しょう油をね、出汁しょう油ってヤツで工夫してくれてたりなんかすると、シャーワセな気分で呑めるってもんです。
長谷川櫂っていう人の句に、こんなのがあります。
「堅苦しき 挨拶は抜き 冷奴」
熊本の俳人らしいです。
慌てず騒がず、静かにだけど何よりもまず、冷奴。そこからじゃないと何事も始まりません。