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【東坡肉】か【角煮】か【ラフテー】か どれでも旨けりゃオッケーじゃんね

< ほぼ千年ぐらいの歴史があるんですねえ 角煮のキメテは酒でしょ 紹興酒 日本酒 泡盛 >

「きらきらネーム」だとか「しわしわネーム」だとかに限らず、日本人の名前にはブームっていうのがあるんですよね。


昭和辺りまでの女性の名前は「〇〇子」と、最後に「子」の付く名前が圧倒的だったように思います。


で、小学校の4年生ごろでしょうか、社会の時間に「日本の歴史」なんていうカリキュラムが出てきましてですね、ランドセルを背負った「ダンシ」たちは、まあ、だいたい、こんなことを話し合ったりします。

 

 

 


「お前知ってるか、オノノイモコって男だって」


「イモコ~? 誰だそれ?」


「お前のクラス、まだやってないのか。オノノイモコって聖徳太子の友達なんだぞ」


「へええ~」


ま、アホの子のダンシの会話はこんなもんでしたね。


へええ~、とか言いながら、そもそも聖徳太子だって知っているのかどうか怪しいもんです。


小野妹子は、正式には生没年不詳の飛鳥時代のエリート官僚ですね。


607年、推古15年、第2回の遣隋使として、当時、アジア全体の枢軸国、隋に派遣されたことが知られています。


実はこの遣隋使、第1回目は600年に派遣されているんですが、当時の倭国は外交に慣れていなくて、国書も持たずに隋の初代皇帝「楊堅」に接見した際に、どんな国なのかを問われて、当時の常識に則った返答が出来ず、「改めなさい」と諭されているそうです。


野蛮だねえ、って評価ですね。


で、この第1回遣隋使の失敗を経て、国内では聖徳太子の活躍などによって「冠位十二階」の制度や「十七条の憲法」を定めましたし、外交使節団のためには「小墾田宮」を造ったりして、国としての形を整えていったわけですね。


失敗だったというんですけれど、やるべきことをやり始めたっていう意味では、大いに役立っているんじゃないかって思いますけれどね。


第1回目の大使が誰だったのかは記録に残っていないようですが、明らかな失敗という評価ですから意識的に伏せられたのかもしれません。知らんけど。


で、第2回目の遣隋使の大使に任命されたのが小野妹子です。失地回復の日本の頭脳。
今度は国書を持って行きましたね。


「日出ずるところの天子、書を日没するところの天子に致す。つつが無しや」


として知られるあの文書です。


この時には隋の皇帝は2代目の「煬帝」に代わっていました。初代楊堅の第2子らしいです。
国史を代表する暴君と評されている困ったちゃんみたいですが、詩人としての評価は低くないらしいです。


困ったちゃんは国書に対して「無礼な国だ」と怒ったらしいです。
聖徳太子としては対等な立場での国交を目指したんでしょうけれど、対等なわけニャー! って怒られた。


その返書を持たされた小野妹子は、帰国途中の百済の国で、その返書を盗まれてしまうんですね。
で、帰った後に流刑にされています。


でもこれ、返書を聖徳太子天皇に対してそのまま見せるには忍びない内容だったから、わざと失くしたんじゃないかって言われてますね。
この頃から忖度の国。ってことかもしれません。日本はね。


小野妹子はすぐに許されて都に戻って、第3回目の遣隋使にも行っています。


国の制度や技術を学ぶための遣隋使はその後も続けられていきますよ。


困ったちゃんのせいで隋が滅んでしまって唐の時代になっても、今度は唐が滅ぶまで遣唐使が続けられていますね。


隋という国は30年余りしか続かなかったんですが、その後に続く唐は300年近く、五大十国を挟んで次の宋も300年余り存続して、中国文明の最も華やかな時期とされています。
7世紀から13世紀ごろの中国は文化レベルが高かった。


この600年余りの時期に中国は「唐宋変革」という中世から近世への変化を遂げているとする「内藤湖南」が提唱している説もあります。


唐宋の時代の文化はある程度評価の定まったものがあって「唐宋八大家 」として8人の文人があげられています。


唐の時代の「韓愈」「柳宗元」宋の時代の「欧陽脩」「蘇洵」「蘇軾」「蘇轍」「曾鞏」「王安石


白居易と同時代人の柳宗元と、政治家としても知られていて儒教新学の創始者としても名を遺している王安石が知られている感じでしょうか。


唐宋八大家 」の8人の中に同性の人が3人居ます。宋の時代の「蘇洵」「蘇軾」「蘇轍」
実はこの3人、親子なんですね。


蘇洵(そじゅん)がオヤジさんで、蘇軾(そしょく)が長男、蘇轍(そてつ)が次男。
チョーエリート一家。なんですが、処遇としては恵まれなかったみたいなんですね。


特に長男の蘇軾は宋を代表する詩人とさえされている人です。


「春宵一刻値千金」
「花有清香月有陰」
「歌管楼台声細細」
「鞦韆院落夜沈沈」


の誌は、日本でもよく知られていますよね。


「春の夜のいっときは値千金だ」
「月陰に清らかな花の香りがしている」
「華やかだった歌声は徐々に消えて」
「動かなくなったブランコに夜が沈んでいく」


ってな感じの詩ですね。


「春宵一刻値千金(しゅんしょういっこく あたいせんきん)」っていう1行目を好んで口にする人、少なくないですよね。


でもラストにブランコが出てきますよ。ブランコっていつからあるんでしょうね。って、それはまた別の話。

 

 

 


宋の時代に王安石が主導して法律の大改革が行われたんですが、これには大反対運動が付きまといました。


同じ中央政界の役人という立場であった蘇軾と蘇轍は、王安石の新法にそれぞれの立場で反発して、それぞれ流罪になってしまいます。


蘇軾は小野妹子のようにすぐに許されることはなくって、河南省の黄州、東坡(とんぽう)という土地で5年余り、蘇東坡と号して晴耕雨読の日々を過ごしたそうです。


この後、蘇軾は許されて一度中央政界に戻りますが、また2回目の流罪に処されて恵州に、さらに3年後海南島に追放されています。
要領が悪いのか、それとも偏屈なのか、とにかく忖度無しの政治活動って人だったんでしょうね。


それでも7年が経って再度許されて、都へ戻る途中に1101年、66歳で亡くなっています。


ただ、蘇軾の流刑生活は晴耕雨読という言葉で表されているように、沈んだものでは無く、自分を信じていて、活力にあふれた文化的なものだったそうです。
ホントの文化人って、世の中の評価とかじゃなくって、しっかりした自分、芯を持っているんですね。


そのことは、モンゴル帝国の宰相、耶律楚材(やりつそざい 1190年~1244年)が蘇軾を評して「真人中の竜」と言っていたことや、日本では道元禅師(1200年~1253年)が「筆海の真竜なりぬべし」と評していることからも分かる部分がありますね。竜です。


蘇軾は詩、書などの文化面だけではなくって、食についても功績を残している人で、いわゆる「食通」だったらいしんですね。


ことのほかライチが好きで、毎日300個も食べていたと言われているそうです。
300個。ホントですかね。。。ライチ。ライチサワー3杯ならいけます。。。


蘇東坡の名前を今に伝えているのは、そうです「東坡肉(トンポーロウ)」です。

 

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豚の角煮の基になった東坡肉は蘇軾が黄州、東坡で考え出して、作った料理なんです。
トンポーの肉、で、トンポーロー。


詩人らしく、東坡肉の詩を残しています。


「黄州好猪肉」
「價賤等糞土」
「富者不肯喫」
「貧者不解煮」
「慢著火 少著水」
「火候足時他自美」
「毎日起来打一碗」
「飽得自家君莫管」


黄州の豚肉ってイイよ~
安いしね
金持ちは食べないかもしれないし
金持ちじゃない人は煮るってことを知らないんだよね
火にかけてちょっと煮て
肉に火が通れば自然に旨くなるんだよ
毎日起きたら1つ食べる
自分が旨いって思えればそれでイイんだ 他からとやかく言われたってね


って感じでしょうかね。意訳ってやつです大意訳。中国語知りません。

 

 

 


その後、東坡肉は各地でいろんなバリエーションが出来て、そのうちの1つが「角煮」ってわけなんですね。


バリエーションのキーになっているのは酒、なのかもしれませんよ。


東坡肉、紅焼肉(ホンシャオロウ)は紹興酒


沖縄のラフテー泡盛ですよね。


町中華で出てくる角煮は日本酒なんでしょうかね。


ま、その店の、その家の独自の角煮があるんだろうと思います。


対照的な見た目で、味付けも違っていながら、両方とも大好物の2つの角煮があります。


1つ目は、定食屋さんの角煮定食。


刺身と肉料理にメニューを絞っている定食屋さんです。


ここの「角煮定食」は、重箱に盛ったご飯の上に、3cm四方ぐらいに切った角煮がごろごろ乗っていて、一緒に煮込まれたざく切りキャベツ、脇にさらっと置かれたガリしょう油と日本酒のけっこうあっさり系統の角煮。しつこさが全くない、いつまでも食べ続けられる味。小鉢、みそ汁、お新香付き。


箸とスプーンと両方が用意されています。重箱で味わう角煮。
日本酒って、しっかり豚肉に合ってます。旨いです。900円です。り~ずなぶる。


もう1つは町中華の角煮ライス。


ライスとスープ付きなんですが、肝心の角煮は大きめの深皿に盛られていて、濃いめの渋い琥珀色をしたとろ~りのタレの中に半分だけ身を沈めています。脇に鮮やか色の青梗菜。


この三枚肉の角煮がですね、黒板消しぐらいの大きさ厚さです。


箸で切れちゃう柔らかさで、ガツガツいけるんですが、なんかね、途中であごが疲れちゃいます。めっちゃボリュームです。


濃いめの甘辛タレですが、おそらく紹興酒ですね。なんともコクのあるねっとり感です。旨いです。
いつもライスは少なめにしてもらって食べています。


白飯が箸休め、みたいな感じの味の濃さです。ごはんで口の中をニュートラルにして、とろとろの角煮。
ちゃんと心構えは出来ているのに、アゴ、疲れます。でも旨いです。箸が止まりません。


オーバーじゃなくって、ホント黒板消しぐらいあります。


味付けも濃いので、ひと口ひとくちを大きめに頬張らないと、おそらく最後まで食べきれません。
おっきい角煮のかたまりを、ガッツリいく。それが旨いんです。950円です。値段も旨いです。


角煮を高級品に仕立て上げちゃダメですよねえ。元々、金持ちの食べる料理じゃないんですから。


豚肉は、そのビタミンB1疲労回復の効果を期待できるそうです。ガツガツ食べられるうちは、思いっきりガツガツいっちゃうのがイイですよ、絶対。


一般庶民は角煮でコロナを乗り切りましょう! オーッ! (って自分だけ???)

 

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