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【金谷酒数】という先人のあーだこーだに どーのこーのとクダをまく その2

<文字落語 ご隠居の話を聞いて月を見上げるマルちゃん の一席>

「酒に別腸あり」で登場願いましたマルちゃんと棒さんの第二弾、「その1」に続きまして「その2」であります。

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てなわけで新井のご隠居さんを無理矢理訪ねようというマルちゃんでございますが、アパートを出て路地を左へ左へと回ります。
生垣に囲まれて少しばかりの庭もある、通りに面した一軒家の玄関です。
おぼつかない足取りではありましたが、マルちゃん、アッというまに着きましたね。

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そりゃそうです。お隣さんなんですから。
でもけっこう酔っぱらってますね。
あごマスクです。


「新井さ~ん。ご隠居さ~ん。呑んでま~すか?」
「おや誰かと思ったら裏のマルちゃんじゃないか。どしたい? あたしは呑んじゃいないが、随分ご機嫌じゃないか」
「そんなに呑んでないよ。ちょっと聞きたいことがあんだよね」
「なんだい、乱暴な女の人だね。お上がりとも言わないうちからもう目の前に座ってる」


「あのさあ、ご隠居さんは中国の歴史、詳しいっていうからね」
「誰がそんなことを言ったのか知らないが、まあそうだね、好きなもんでね、多少は知っていることもありますね」
「多少じゃダメなんですよ、多少じゃ」
「ああ、分かりましたわかりました。とにかくその知りたいってこと
を聞かなくっちゃ、多少も多量もありませんからね。まずは話してみてください」


「んじゃあ聞くけどさ」
「いや別にあたしが望んでるんじゃないんですよ。マルちゃんが聞きたいんでしょ。ちゃんと大人の態度でお願いしますよ。だいたいですね……」
三国志ってあんでしょ」

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「ぜんぜん聞いちゃいないね、この人は。はいはい三国志ね。知っていますよ」
「そのころにね、なんか有名な宴会ってあんの? 中国の」


新井のご隠居さんにとってはですね、そこまで親しくはないマルちゃんなんでありますよ。そんな女性が酔った勢いというんでしょうか、まだ宵の口とはいえ、突然やってきての無理難題。かなり迷惑。


でもまあ、地域のお付き合いというのは大事なものですからね、はい。無難にこなしておこうと、こう思ったんでありますね。


「宴会というのとはちょっと違いますが、三国志といえば“桃園の誓い”というのがありますね」
「へええ、幼稚園?」
「いえいえ幼稚園じゃなくて、桃園。トウエン、モモのソノ」
「なにそれ? ヤラシイ話?」


「マルちゃん、随分酔ってますね。桃園の誓いというのはイヤらしい話ではありません。劉備関羽張飛が義兄弟の誓いを結んだという三国志の始まりの話です」
「三人しか参加してないの? そのカンとかチョーとか、だけ?」
「どうにも通じない人だね。ああ、もっと大きな宴会ってことですか」
「そう、詩を詠んだりするやつ」


「ほほう、そりゃまた優雅な」
「それ知ってますよ。蛾が寄ってくるやつ」
「ユウガトウね。そういうんじゃありません」
「寄ってこないの? 蛾?」


新井のご隠居は、さる大企業の人事部長さんだった人でしてね、酔っ払いの扱いも心得ておりますからね、はい。
無駄なツッコミは無視することにしました。


「そうした宴会で知られているとなりますと、金谷園の宴会というのがありますね」
「あのね、そういうふざけたんじゃないやつを教えてちょうだいよ」
「ふざけて? ふざけてはいませんよ」
「だってキンコンカンとか言ってんじゃん」

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「マルちゃんね、あなたも大人なんですから、そんなパアパア言うのはどうかと思いますよ。キンコンカンではなくてキンコクエンです」
「それ、詩なんて詠んじゃうやつ?」
「詠んだらしいですよ。金谷酒数として知られていますね」


「またキンコンカン?」
「ではなくてキンコクノシュスウです」
「スシュウ?」
「シュスウです。酒の数と書いてシュスウ」
「あ、分かった。それって三々九度でしょ。カネをキンコン鳴らして、酒を呑むっていうことでしょ。それでキンコンカンのスシュウ」


新井のご隠居、ちとマをおきますね。
落ち着いた咳払いをしますね。マルちゃんは、じっと酔眼をご隠居に張り付かせています。


「いいですか。李白という有名な詩人が詠っているんですね。李白は8世紀に活躍した人ですが、金谷酒数という詩に詠われている金谷園の宴会は3世紀から4世紀ごろのものらしいです。三国志の直後、晋の時代ですね」
「お、イイね」
「なにがですか」
「古いのがイイ。ご隠居と一緒」


「なにを言っているんですか。とても優雅高尚な詩なんですよ金谷酒数というのは。金谷園でうまく詩を詠めない人が呑まされる盃の数が金谷酒数ですね」
「優雅高尚ねえ。それで酒の数は? 何杯呑むの? シュスウっていくつなの?」
「聞いていないと思ったら、そういうところは気にしているんですね。三杯だそうですね、罰として呑まされる」


「なんだ三杯だけか。あたしにはちょうどイイかもだけど、うちの棒さんには全然足りないね」
「うまく詩を詠めないと罰として呑まされるわけですから、うまくいかなければ延々と呑まされることになるでしょう。さすがの棒さんも倒れてしまうかもしれません」


老婆心ながら、李白の金谷酒数という詩は、
“夫れ天地は万物の逆旅にして、光陰は百代の過客なり”

で始まるんですが、これは松尾芭蕉さんが“奥の細道”の出だしの参考にした文言として有名ですね。
“月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり”

というフレーズです。

 


李白が友人知人、弟子たちと宴会を開いて花見をする。その場で詩を詠んで、夢のような人生をそのままに喜び、楽しむ。
うまく詩を詠めなければ古来からの詩人に対して申し訳ないので、金谷園の故事に因んで酒を三杯呑まなければいけませんよ、というものです。


ここで出てくる“金谷園の故事”というのは、晋の時代の石崇という富裕な人物が、自分の別荘の金谷園で開いた宴会で、詩を作れなかった人に罰として酒を飲ませたというものなんですね。


この石崇というのは、中国では贅沢ということの代名詞的に引き出されるような人物で、金谷園での宴会にも、なかなかグロイようなエピソードも伝わっています。


ま、ウソかホントか分からないようなエピソードではあるんですけれどね。
興味のある方は調べてみても面白いかもしれません。


日本での三国志人気はずっと続いていますね。2020年12月にも「新解釈三国志」が封切られていますね。
三国志が定着していればこそのパロディ、みたいですけれど。まだ観ていません。


日本人にとっての三国志は、だいたい秋風五丈原諸葛亮孔明さんの最後でオシマイ、という印象だと思うんですが、その孔明さんの死に臨んで言われている三国志の格言。
“死せる孔明生ける仲達を走らす”

というのがありましてですね、この仲達さんというのが司馬懿仲達という人で、卑弥呼倭王の称号を与えたという曹操の子孫から派遣を奪ってですね、晋、西晋という国を興したんですね。


この西晋が中国を統一して、三国志、分裂時代を終わらせたんですが、孔明さんの敵、としてしか登場してこないのが日本の三国志に対する認識、なのではないでしょうか。
金谷園の宴会はこの時代のことなんです。

 


広い中国が統一されたということで、世の中のあるゆる富が集まるところに集まった時代。21世紀の中国富裕層よりもリッチだったかもしれませんです。
歴史好きな方、調べてみると面白いと思います。


金谷園の宴会は金持ちの遊びだろう、と非難されることもあるようですが、花の下で、月を見上げ、今生きて在ることを、喜びの中で詩に詠む、というのは如何にも優雅な遊び心ですよね。

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富裕の理由が悪徳であろうがなかろうが、です。悪徳の中にも文化は育つということでしょうか。
個人個人の文化レベルが高くないと、楽しく遊べない、呑めないという感じでしょうか。


新井のご隠居が最後に言いましたね。
「都会の夜では月もハッキリ見えなくなりましたがね、不思議な天体ですよ、月は。宇宙の不可思議と、こうして暮らしているあたしたちの不可思議は同じものなんですね。昔の人は、その不思議、神秘を、生かされて在ることを寿ぐ気持ちで詩を読んだんでしょうねえ。まね事だけでもして、遊んでみたいものです」


納得したのか、理解できなかったのか、マルちゃんは話を聞いて素直に引き返して来ましたね。なんだかおとなしくなってしまいました。酔いも冷めましたかね。


「ただいま~。ご隠居に話、聞いてきたよ」
「お、なんか俳句が詠めそうになったか」


棒さんがまだ呑みながら迎えますと、マルちゃん、応えもせず、無言のまま、窓を開けて夜空を見上げます。

 


「俳句、できそうかっての?」
「ん~、あたし、向いてないかもね、俳句」


棒さん、リアクションに困りましたね。
リチャードソンのボトルは、もうそんなに残っていません。
棒さん、小声でつぶやきます。
「なんだよ、らしくねえじゃんか」


二人で一本空けてしまうのはいつものことではあるのですが、最後の一杯をマルちゃんに注いであげようと思った棒さんなのでありました。


マルちゃん、つぶやきます。
「あのさあ……」
「ん?」
「熱燗、呑みたい、気がする」


夜空を見上げたままのマルちゃんのリクエストに、棒さんはちょっとの間、いぶかし気な表情になりましたが。
「ん」
黙って台所へ行って、ペットボトルの清酒。「白鶴 まる」をそば猪口にいれまして、レンジでチーン。

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窓辺で動かずにいるマルちゃんへ持って行って、手渡します。
「あのさあ……」
「ん?」
「月、見えないね」
「ん~」


マルちゃんの俳句熱がその後どうなったのか、それはまた別のところで。


リチャードソンというスコッチは、そんなに燻製よりの香りでもなく、辛すぎもせず、ちょこっとずつ口の中であっためてから、喉の奥へ流し込みながら、味わうとイイ感じだと思います。
ストレートがベスト。ロックでもオッケーですよね。


じっくり呑む、静かに楽しむのがイイです、スコッチ。ワアワア騒ぎながらには合わない感じですねえ。


ンまいスコッチは、金谷酒数の三杯で終わるのは難しいかもしれませんし、俳句は浮かばないかもしれませんが、酒を呑むということ自体を楽しむ。これです。


棒さんとマルちゃん、今宵の家呑みも平和にしっぽりと終焉を迎えそうであります。
言い争ってばっかりなんですが、仲はイイ二人なんであります。


マルちゃんと棒さん、二人並んで、黙ったまま、見えない月を見上げております。
マルちゃん、あごマスクのままですねえ。


おあとがよろしいようで。

 

<マルちゃん棒さんシリーズ>

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