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酒呑みの食いしん坊、メタボはイヤだけどガマンは嫌い。

【軍艦キャビア】食べるという行為のインスピレーションとしての「軍艦巻き」

< なんか やぶれかぶれの気持ちから始まったのかもしれない寿司 軍艦巻き >

1941年、昭和16年といえば、大東亜戦争の真っただ中。12月8日にはアメリカと戦闘状態に入った年です。
中国との戦闘は既に4年以上経過していて、日本国内の生活状況は完全に戦争に呑まれていたってことになるんでしょうね。


戦争の話は、たいてい戦闘データの羅列だったり、内閣の軍政化だったりして、一般庶民の生活だとかは語れることも少ない感じですよねえ。
作家の書き残した生活様相がちらほら残っている、ぐらいなんじゃないでしょうか。


令和現在では誰でも知っていて、誰でも食べたことのあるだろう「軍艦巻き」が誕生したのが、その1941年なんだそうです。

 


日本国内が空爆されていたりした段階じゃないにしても、軍国主義がまん延していて、かなり窮屈な暮らしになっていた頃だろうと思うんですけれどね。


渡辺白泉という俳人が「戦争が 廊下の奥に 立つていた」と詠んだのは1939年ですから、1941年には個人が表明することはできなかったとしても、厭戦気分が普通の日本人を支配していたことは、充分想像できますね。


「ぜいたくは敵だ」が1940年。「欲しがりません勝つまでは」が1942年。


そんな世相の中で、寿司の世界に新しく登場したのが「軍艦巻き


御国の戦争に協力してま~すっていう態度表明がとても大事だった戦時下でしょうから、ネーミングとして勇ましい「軍艦」を持ってきたのはお手柄、だったのかもしれません。
海苔回し、とか、乗せ寿司、とかじゃウケなかったでしょうしね。


軍艦巻きを最初に作ったとされているのは「銀座久兵衛
今でも一流寿司店として、銀座の名前を守っている店です。


最近ではアメリカ大統領、バラク・オバマさんが当時の安倍首相と訪れて「獺祭」で乾杯した店として、メディアにも登場しましたね。


創業は1935年、昭和10年といいますから、不穏な空気はあったにしても、まだ戦争状態では無い頃。
当時から銀座の名店として知られていて、銀座御三家に数えられる高級寿司店だったそうです。


そういう格式のある寿司の名店が、よりによって戦時下に新商品? なんだってまた「軍艦巻き」? って思いますよね。


客を大事にする初代店主、今田壽治さんの工夫。意地、みたいなものもあったかもしれません。

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軍艦巻きは常連客のリクエストに応えたもの、っていうのが通説らしいです。


銀座の高級寿司店の常連さんですからね、間違いなく「お金持ち」おそらく「グルメ」たぶん「ヤなヤツ」
じゃないんでしょうけれども、寿司屋の常連さんって、カウンターからいろいろ握って欲しいものをリクエストしたりするもんですよね。


いやいや、メニューにある普通のネタを注文するっていうんじゃなくって、
「チーズ、握ってくれ」
とかね、まさかチーズってんじゃ、ケンカを売ってるようなもんですが、そういう、その店に置いていないだろうネタを注文するヤツ。


「や、ご冗談を。そいじゃ寿司になりやせんや」
って笑ってくれればイイんですが、
「へい、お待ちッ」
ってチーズ握り、出されたら、どうすんでしょ。


まあ、地域だとか、店にもよるんでしょうけれど、魚介類であっても握りのネタとしてあんまり見かけないものっていうのもありますよね。


「うなぎ」握る店もあるって話は聞いたことがありますが、普通にはみないネタですよね。


「なまこ」「牡蠣」「ほや」なんていうのも、土地によってはあるのかもですが、東京辺りじゃ見ません。鮮度的に難しいッてうこともあるんでしょうね。


「ワカメ」の握りなんていうのもありません。
「そいつぁ寿司とは言わねえようでして、へい」
ってなところでしょう。


それでも、のれんを預かる大将としては、常連さんに言われれば、たいていのネタは握ってみせやしょう、っていう江戸前の意地みたいなものもあったりするところがヤヤコシイんですがね。


中には、そういうからかい気味のオアソビっていうんじゃなくって、ホントに食べて見たくて、ネタを店に持ち込んでくる常連さんっていうのも居ますね。


こうなると、店として断るにも断れませんね。ま、たいていは意地悪で持って来るもんじゃないでしょうから、問題なく握るんでしょうけれど。


ネタを持って来ないにしても、


「次に船が入るときにゃ、入れときます」
「お、そうかい。頼むよ。いつんなる?」
「来週の火曜には」


とかいう会話も実際に聞いたことがあります。この時のリクエストは、なんとかいう、聞きなれない海老だったように記憶していますが、その後の顛末は知りません。


回らない寿司屋なんか、たま~にしか行かないも~ん。

 


まあ、こういう流れだったのかどうかは分かりませんが、戦時下の中、久兵衛さんの常連さんがリクエストしたのは「イクラ


物資の欠乏っていうのも始まりつつあったころだと思うんですが、その常連さんとしては、久兵衛の寿司でイクラを食べられたら、もう思い残すことはない、ぐらいのことを言ったのかもしれないです。
イクラごはんが大好きだったんでしょうかね。


何か背筋がピンと伸びるような背景が、そのイクラのリクエストにないと、それまで存在しなかった寿司の形式なんて、考えようとしないんじゃないでしょうかね。


軍艦巻きなんて、概念さえない時なんですからね。


イクラの粒を壊さないように握るぐらいの技は、あるんだろうと思います。久兵衛さんにはね。


でもまあ、相手がイクラです。ノリスケさんちのイクラちゃんです。ばぶぅです。言うこと聞いてくれませんよね。って、関係ないですけれど。
でも、それぐらいのモンダイなんだと思いますね。


とにかく握るっていう固定概念から脱して、酢飯を海苔で巻いて、土台を作って、イクラをこぼれないように乗せるっていう方法を考え出した。


リクエストした常連さんと一緒に考えたのか、それともカウンターに置く前に、すでに独自に考えていたのか「軍艦巻き」が誕生したわけですね。


新しい形式の寿司ですから、すぐに評判になります。
なにせ銀座久兵衛軍艦巻きですからね。
最初は「ゲテモノ」っていう評価もあったんだそうです。


でも、あっというまに浸透したでしょうね。他の寿司屋だって黙っちゃいませんよ。


ウニの握りっていうのもありますが、軍艦に乗せれば柔らかさを活かして提供できますし、他にも、これまで寿司ネタに出来なかったものを乗せられます。


なにもイクラじゃなくたってオッケーです。


今じゃあね、廻る店では、まあ、いろんなものが乗っかっていますよねえ。


みなさん、久兵衛さんに感謝しないといけませんよ。土台を考え出してくれたんですからね。
作る方も、食べる方も、初代店主今田壽治さんに感謝です。

 


ちなみに「イクラ」ってロシア語だって知ってました?


ロシアでは魚卵はなんでもイクラって呼ぶんだそうです。


で、サケの卵は「赤いイクラ」で「クラースナヤイクラ」って言うそうです。
ほんでもって、ほら、あれ、チョウザメの卵は「黒いイクラ」で「チョールナヤイクラ


ん? じゃあキャビアって何語?
はい、英語、みたいです。


まあ、流通とかも絡んで、どっからどういうルートで日本に入って来たのかっていう問題もあるんでしょうけれど、なにせ名前で区別できた方がイイってことが、理由なんでしょうね。


サケの卵とチョウザメの卵。


サケの卵って「筋子」っていうのもあるじゃないですか。薄膜で包まれた状態のね。


筋子イクラって、同じサケの卵ですから、まとまっているのと、バラバラになっているのと名前が違っていて、区別に困ることが無いわけですもんね。
で、筋子イクラの問題は解決。


そんでチョウザメです。


イクラ、黒イクラ、っていうアイディアも、たぶんあったんでしょうけれど、なんでもイクラっていうんじゃ、やっぱり困りますからね、ロシアのものだけれど、英語の名前でキャビア、ってことに落ち着いたんじゃないでしょうか。


で、そのキャビアなんですが、軍艦巻き


イクラがいけるんだったら、キャビアもいけるよね、っていうことを言い始める人。そりゃまあ、出てきますよね。お金持ちだったらね。
ま、戦後、食べもの事情が良くなってからでしょうけれど。


キャビア軍艦巻きなんて、お寿司屋さんのメニューには、無いと思います。絶対無いです。無いで欲しいです。
でもね、やっぱりですね、食べたことありますよ、って人がいます。


「【おかか定食】定食とは 定まった料理を提供する形態のこと也! とはいうものの」で触れさせていただいた阿川弘之センセです。


阿川弘之センセは、「小僧の神様」の志賀直哉センセのお弟子さん筋の人ですからね、寿司には何かとご縁のある御方なんだろうと思います。知らんけど。


キャビア軍艦巻きをやったのは、阿川センセとお付き合いのあった哲学者、谷川徹三さん。
この人が食通で、キャビアを寿司屋さんに持ち込んで、これでっていうことで軍艦巻きを出してもらった。


そなんです、そういうリクエストを受け付けて、さらっとキャビア軍艦巻きを作ったのは、銀座久兵衛
ふううん、です。違和感は、ないです。


阿川センセがキャビア軍艦巻きのご相伴にあずかったのは、初代店主今田壽治さんの時だそうで、味の記憶も遠くなって、平成の時世になって確認のため、二代目今田洋輔さんの銀座久兵衛へ出かけて行ったというエッセイがあります。


で、さすがの銀座久兵衛さんでも普段から用意しているわけではなさそうで、


「近所に良いキャビアを置いている食糧品屋がありますから、何でしたら店の者に取りに行かせてすぐお出ししますよ」


と、前のめりの二代目に、


「まあまあ、今夜は」


と応じた阿川センセだったそうであります。


キャビア軍艦巻きなんて食べたことは、もちろんありませんし、特に食べたい欲求もないですねえ。
オタカイでしょ、なにしろねえ。


2回だけ食べたことあるんですよ。キャビアバケットにちょこっと乗っけてあるだけのね。


ん~。キャビアねえ。ただしょっぱいだけじゃん!


アホ~ウ。それ、にせもんだろ。でなけりゃホンモノじゃないぐらい安いヤツ。


そですかねえ、そかもねえ、としか言いようがないです。
でも、別に悔しい感覚もないですよ。ホントに。


キャビアじゃなくって、とんぶりとシーチキンのマヨネーズ和えだったら、軍艦巻きで食べてみたいと思うであります。


数が少ないから、貴重だからっていう理由だけで、オタカイのは納得イカンです。


ロシアが軍艦に乗って「ウラア」って攻めてきたとしても、納得したくないです。


そういえば、どこだったかでチョウザメの養殖を始めたって聞いたことがありますけれど、あれはどうなったんでしょう。キャビアが安くなったって話は、聞こえてきません。

 

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