ウキウキ呑もう! ニコニコ食べよう!

ウキウキ呑もう! ニコニコ食べよう!

ーー 居酒屋トークの ネタブログ ーー

【ゼロの発明】龍樹の言う「空(くう)」はサンスクリットでシューニャ シューニャはゼロ

< なんのこっちゃねん ってことではあるんですけど ゼロっちゅうのはあるけど無いやんね >

「ゼロ」についての話なんですけどね、数学の「0」
数学のことを真剣に考えたりしますと、あっというまにアタマがオーバーヒートしてしまいます。
夏に数学はドク、です。


ですので、ま、いつも通りですね、ざっくりした話でございますです。


人類の発明としてトップスリーに入るんじゃないかなって思う「ゼロ」ですけど、インドの発明ですね。


日本の九九は、9×9までですけど、インドの九九は99×99までなんだそうで、そりゃもう九九じゃないわけで、なんて呼ぶのか知りませんけれど、なんかね、インドの数学って基礎が違うんじゃないかって感じもします。
ククククッ、でしょかね。

 

 

 


幅の広い板棒が10の単位。幅の狭い板棒が1の単位で、例えば73×48っていうのを考えてみますと、


計算式の左辺の73は幅の広い板棒を7本、少し間を空けて等間隔に縦に並べます。その脇に幅の狭い板棒を3本。これもまた縦に等間隔に並べます。これで73ってことですね。


そんでもって右辺の49は、幅の広い板棒を、縦に並べた板棒と垂直に交差するように上から4本並べます。続けて幅の狭い板棒を8本、交差させながら並べます。


そしてですね、幅の広い板棒同士が交差しているポイントが10×10で100ってことで、28ありますから全部で2800。


幅の広い板棒と狭い板棒が交差しているポイントが10なので、12と56で68ありますから680。


そして幅の狭い板棒同士が交差しているポイントは1で、24ありますから24です。


なので、2800+680+24ってことですから、合計3504。ごめいさ~ん! ってことなんです。

 

電卓で計算すりゃイイじゃん、ってことではあるのかもですけど、暗算の話でっせ、暗算。


日本だと暗算の早い人ってソロバンを頭に描いて計算するっていうじゃないですか、指でエアーソロバンやる人なんかもいますよね。


それと同じなんでしょうけど、描いている計算器具が違うってことなんでしょうかね。
コツを飲み込めばエアー板棒、やれるのかもですよ。ククククッ、です。


インド、国家をあげてのIT国家としても知られていますもんね。


そのインドで「発明」されたのが「ゼロ」で、これがなければマイナス方向の計上とか、そもそものスタートだとかが表現出来ないわけで、とんでもない概念なんじゃないでしょうか。


改めて考えてみますと「ゼロ」って凄いです。なんたって「ゼロ」なんでうからね。


インドの数学者「ブラーマグプタ(598~665)」っていう人が、628年に、「ブラーマ・スプタ・シッダーンタ」っていう数理天文書の中で「ゼロ」についての考え方を著したのが最初だってされているんですね。


プラーマグプタは「0」のことを「シューニャ」ってサンスクリットで表現しているんだそうですが、この「シューニャ」って言葉を使い始めたのは、同じインドの「ナーガールジュナ(150頃~250頃)」っていうインド仏教のお坊さん。
日本では「龍樹(りゅうじゅ)」って呼ばれている伝説の高僧なんですね。


龍樹の言う「シューニャ」っていうのは、中国を通じて日本に入ってきたときには「空(くう)」って言われていました。


ここでなんとなく結びつきませんか、「ゼロ」と「空」


龍樹の「空」は、代表的著作とされている「中論」に詳しいんだそうですけど、分かりやすく現代日本語になっている本って、どうなんかなあって感じです。もちろん、分かる人には分かるんでしょうけどねえ。


「存在という現象も含めて、あらゆる現象はそれぞれの因果関係の上に成り立っている」


「因果関係によって現象が現れているのであるから、それ自身で存在するという独立した不変の実体はない」


「すべての存在は無自性であり、「空」である」


ってことみたいです。はい。


もっと一般的に知られている「空」の概念って、あれです、「般若心経」
般若心経の「色即是空 空即是色」ってうのは聞いたことがあると思います。
この「空」が龍樹の「ゼロ」だったんですね。


何かが無くなって「空」「ゼロ」になったんじゃなくって、最初から何もない「空」が在る。「ゼロ」が在るっていう考え方ですね。たぶんですけどね。

 

 

 


龍樹っていうお坊さんは、葬式仏教になっちゃっている日本の中では、そんなに有名じゃないかもですけど、今、普通に葬式仏教って言われながらも、我々の身近にある「大乗仏教」っていうのを作った人だっていう説もありますし、少なくとも龍樹がいなかったら、今現在の仏教は全然違ったものになっていたかも、っていうぐらいのエライお坊さん、みたいなんですよね。


クマーラジーヴァっていう、今のウイグル自治区のインド僧がいて、日本だと「鳩摩羅什(くまらじゅう)(344~413)」っていう名前で知られていますけど、「龍樹菩薩伝」っていうのを著しています。
エライお坊さんなんだよっていう内容、っていうか、かなり「へええ」な人みたいです、龍樹さん。


そもそも龍樹さんは、生まれた時から天才だったんです。


あ、そうですか、って感じですよね。でもまあ、お釈迦さまも生まれてすぐに「天上天下唯我独尊」って言ったそうですからね。仏教世界の高僧たちは天才ぞろいなんです、生まれた時からね。


いや、これですね、エピソード自体はナニソレ的なものなんですけど、仏教のエライお坊さんたちって、ホント凄いよなあって思います。
宗教家っていうより哲学者、思想家みたいな感じ。この辺が仏教の独自性、みたいなことなのかもですねえ。


龍樹さんは成長するにつれてバラモン、インドの知識階級ですね、そのバラモンの知識学識を全て習得して有名になっていくんですね。


そんなバラモンの生活の中で、同じように優秀な仲間が3人いたんだそうです。
4人の若き天才たちは、ある日相談します。
もう勉強するべきことは全部やり遂げてしまったようだし、これからの人生は快楽の日々を過ごそうじゃないか。


ありゃま、ノーパンしゃぶしゃぶですか?
あほか。1世紀か2世紀ごろにノーパンしゃぶしゃぶとか、あるか! しかもインドじゃ! しゃぶしゃぶとか食べないだろ!


まあ、いろいろありますけど、頭のイイ人たちは考えることが違いましてね、術師の処へ行って「隠し身の秘術」を修行して修得しちゃいます。
なにせインドの天才4人ですからね、ちょちょいのチョイだったんでしょう。知らんけど。


そんで「隠し身の秘術」を使ってなにをしようっていうのか。
むふっ。こういうのは頭イイ人じゃなくたって、だいたいの想像がつきますね。


インド王宮の「後宮」に忍び入るんですよね。
日本的言えば江戸時代の「大奥」ってところですよ「後宮」は。
ノーパンしゃぶしゃぶ、どころの話じゃないってことです。


でもってですね、100日の間に、後宮の美女たちは全員が犯されて、妊娠したカワイコちゃんも出て来ちゃった。


王様、大激怒!
ってなりまさあね、そりゃあね。


英雄イロを好むって言いますけど、天才もイロを好むようでございますよ。


王宮警備側、後宮管理側の面目丸つぶれです。
知恵を絞りますね。


後宮の門の前に砂を撒いて、その足跡を追って、次第に棲み処を特定して龍樹さんを除いた3人の天才は次々に斬り殺されてしまいます。
龍樹さん、ピンチ!


でもですね、いち早くピンチに気付いた龍樹さんは、自分の棲み処には帰らなくって、王様の部屋の中に隠れて、やり過ごしたんだそうです。


なんでそこまでのことが知られているのか、ってね、ツッコミどころではありますけど、王宮側では不埒な輩が何人いたのかなんて、目に見えないんで、知りようもないわけですから、しばらく凌辱される美人がいない日が続けば、3人の処刑で一件落着ってことになったんでしょうね。龍樹さんは命からがら王宮から抜け出すことが出来ました。


って、ここまではロクでもない龍樹さんなんですが、この一件で自身の苦悩と不幸の原因が愛欲にあるってことを悟りましてですね、出家するんです。


受戒出家した龍樹さんは、全ての小乗仏典を90日間で読破します。


元々天才ですからね、全ての小乗仏典ってかなりの数あると思うんですけど、読破しちゃいますです。


で、満足できなかったみたいなんですね。なんか違う気がする。天才ですから、はい。
ヒマラヤの山中に入って大乗仏教の基になるような経典を学びます。
学び終えた龍樹さんは、インド中を遍歴して、仏教僧ばかりじゃなくって、他の宗教の僧たちとの対論に日を過ごして、次々に論破しまくっていくんですね。


なんかね、仏教ってこんな感じかなって思って慢心してる龍樹さんは、天上の「マハーナーガ(大龍菩薩)」の目にとまります。


マハーナーガは龍樹さんを龍宮城へ連れて行くんですね。龍つながり。

 

 

 


龍宮城で龍樹さんは、乙姫様の誘惑にも負けず、大乗仏典を90日間で読破して、大乗の悟りを開いたんですねえ。


龍宮城からインドへ戻った龍樹さんは、玉手箱なんてもらっていませんからね、おじいちゃんになることもなく、インド王宮で活躍することになります。


王宮内では「全知者」として振る舞っていたんで、嫌われ者っていう側面もあったようなんですね。
なんかね、ダメじゃんね、龍樹さん。
特に小乗のお坊さんの中には毛嫌いしている人もいて、そのことに龍樹さんも当然のことながら気付いていますね。


それである日、その自分を毛嫌いしているお坊さんにこう言いました。


「お前さんは、私が長生きするのはうれしくないだろう」


小乗のお坊さんは即座に勢い込んで言い放ちます。


「全く持って、その通り」


すると、龍樹さんは、とある部屋に閉じこもって、何日経っても出てこない。
扉を蹴破って中に入ってみると、龍樹さんはとっくに死んでいた。

 

はなまつり

なんのこっちゃねん! って感じもするんですが、これじゃ人気でないですよね、龍樹って。


でもあれですよ、龍樹が「空」を言っていなければブラーマグプタの「ゼロ」もないでしょうし、「ゼロ」がなければ日本の「はやぶさ」「はやぶさ2」も太陽系の外に飛び出ていけないんですからね。
もうちょっと大事にしてもイイのかですよ、龍樹。


「エロ」から「ゼロ」へっていう話でした。


え、そうか? いーのいーの。ゼロなんだから、いーの。