< とろみが薄いからウスターソースって言うんだと ずっと思ってました >
シャーロック・ホームズは言いました。
世界の食卓を観察してみたまえ。そこには驚くべき種類の多さで、観察する者を圧倒するソースの群れがあることに気が付くだろう。
ソースといわれる、この世界的な調味料は、1859年にコナン・ドイルがスコットランドで生まれる3、40年ほども前、イギリス、ウースターシャー州ウースターの1人の主婦が発明したものである。
調理して余った野菜や果物を、壺の中にスパイスと一緒にいれて保存しておいたところ、壺の中身が溶け合って、それまでになかった液体が出来上がった。
それがウスターソースといわれるようになったという説がある。
だがしかし、この説には不可思議なところがある。
その主婦は何を目的として、余った野菜と果物を壺に入れたのか。野菜と果物を一緒にすることはそれほどの不思議ではないが、それを壺に入れるという行為は保存の意味ではあるまい。
スパイスも一緒に入れているということから考えてみても明らかなように、その主婦なりの調理の工夫があろうと思われる。
予想、ある程度の目論見があったということが推測される。
さらには、何もせずに壺の中の野菜と果物が自然に溶けてしまうということが果たしてあるのだろうか。
熱を加えたりしたようなことは言われていないのだが、なにかしら加工したと考えるのが妥当であろう。
同時に入れたスパイスにも出来上がるものに対する期待、目論見があったと考えるべきだ。
その当時このウスターという街にはマーカス・サンズ卿が居るのだが、統治していた東インド会社の関係でインドで暮らしていて、1835年にインドのソースともいうべきチャツネの作り方をウスターに持ち帰ったのが始まりだという説もある。
持ち帰ったレシピで二人の薬剤師に作らせてみたところ、出来上がったものは食べられるレベルのものでは無く、そのまま放置しておいた。数年後に長期発酵していて旨味が出ていた。
いや、そうではなく、ソース作りは最初からうまくいっていて、すぐに評判になったという説もある。
これがウスターソースの始まりで、1837年にリーペリンという名前のソース会社が設立されたという話だ。
このチャツネの発展系がウスターソースであるという話の方があり得そうに思えるが、興味深いのは、二つともウスターの地で作られたソースがウスターソースの始まりだと主張していることだろう。
ウスターで作られたソースであるからして、名前はウスターソース。
少しばかりうがって考えるならば、先の主婦とマーカス・サンズ卿、そして二人の薬剤師との関係に何か因縁のあるものではなかったかだろうか。
つまり言い伝えられている二つの説には少しばかり時間の隔たりはあるのだが、ほぼ重なり合った年代ととらえて良さそうだ。
チャツネからウスターソースに、という変化が偶然によるものだという認識は有りがちなものではあるが、省略し過ぎであろう。
食を豊かにしようという狙い、目的があったのだよ。
食の分野ではなにかと評判のよろしくない我がイギリスだが、もっと胸を張って主張しても良いのではないかね、ワトソン君。
誰がワトソン君やねん!
え? なにそれ? ホームズがそんなこと言ってるのって、どの巻? 何冊目?
いやいや、シャーロック・ホームズが、ウスターソースのことなんか口にすると思うかね、ワトソン君。
って、もっかい言うけどな、誰がワトソン君やねん!
ってことでありましてですね、ウスターソースっていうのは、薄いソースだからウスターってんじゃなくって、イギリスのウスターで作られたソースだからウスターソースって言うんでしたあ。
とっくに知ってました? あ、そですか。
ちなみに、シャーロック・ホームズは1854年1月6日生まれってことになってまして、ヨークシャーの人ってことになってますね。はい。
日本でウスターソースが最初に発売されたのは、1885年、明治18年の「ミカドソース」だそうで、ヤマサ醤油の商品。
アメリカで作られていたソースをヒントに独自製造したらしいんですが、新しいしょう油ってコンセプトが全然ウケなくって、すぐに製造中止になったみたいなんです。
にしても驚くのは、ウスターソースの世界伝搬のスピード。
イギリスのリーペリンから売り出されたのが1837年で、ヨーロッパ、アメリカに伝わって、その国ごと、地域ごとに独自のウスターソースが作られるようになって、アメリカでその味に接した日本人が独自に作り上げるまでに50年かかっていません。
19世紀のことですよ。
旅客機が飛び回るのは1920年以降ですからね。19世紀の国を跨いだ移動って、かなり時間を要するものだったでしょうから、じわじわと、とかいう感じじゃなくって、一発でウスターソースのとりこになってしまって、すぐさま自分でも作り始めるっていう動きが世界中であったってことなんじゃないでしょうか。
「ミカドソース」がどういう風味だったのかは知る由もありませんが、あれですよね、味じゃなくって、宣伝を失敗しましたよね。新しいしょう油って言われたら、しょう油として使いますでしょ。そしたらやっぱり、なんじゃこりゃってなりますよね。
定食屋さんだとかで、しょう油とソースが同じ容器に入って並べられていることってありますよね。
かなり遠慮がちな友人が、刺身定食を注文して、小皿にソースを注いでしまって、あっ! ってなったんですけど、店の人も忙しそうだしって、ソースで刺身をいってみたことがあるそうです。
刺身じゃなくなってしまったらしいです。
で、さすがに間違えちゃったからって小皿を代えてもらったっていう話を聞いたことがあります。
お新香にソースかけちゃって、ま、大量に用意してあるものだからなんてことないでしょう、代えてくれって言って、30円取られたって話も聞いたことがありますよ。
やっぱりね、新しいしょう油って言ってしまっちゃダメでしょねえ。
それでも人間の食に対するあくなき工夫は不断に続いていてですね、1889年「鳩ソース」の成功があって、日本にウスターソースが浸透して、20世紀にかけて一気にメーカーが登場してきます。
1896年大阪「イカリソース」
1900年神戸「日の出ソース」
1905年東京「ブルドックソース」
1908年愛知「カゴメソース」と続々出てきています。
全部ウスターソース。
で、1948年神戸の「オリバーソース」が濃厚ソースを発売。
やってくれましたねオリバーソースさん。一気に濃厚ソースです。
個人的には「しょース」のメーカーっていう認識ですけどね。
でもって、1964年千葉「キッコーマン」が「中農ソース」を発売します。
要するにこの頃、日本の食卓が一気に洋食化したってことなんでしょうね。
戦後20年ったタイミングで「ウスターソース」「中農ソース」「濃厚ソース」が出揃ったわけです。
もうこの時には日本独自のソースっていうものになっていたんだろうと思います。
JAS規格で粘度がキッチリ決められているんだそうですけど、串カツ屋、とんかつ屋、お好み焼き屋、もんじゃ屋、洋食屋なんかだとだいたい独自アレンジしたソースですけどね。
濃厚ソースは「とんかつソース」っていう別名みたいなものもありますしね。
食べものによって「ウスターソース」「中農ソース」「濃厚ソース」を使い分けているのが一般的だと思っていたら、そうでもないらしんですよ。
日本では、おらが町のソースとでもいうようなヒイキがあるみたいで、関西の人たちは、
「中農? なんやねん、その中途半端なやつ!」
って反応しますもんね。
でも東京辺りだと、中農さえあればイイよ、使い分けとかしないよ、って人もいる感じです。
何にでも中農ソースっていうことですね。
株式会社mitorizってところが、全国のレシートを集めて商品をランキングしている「レシーポ」っていうのがあるんですけど、そこに「全国ご当地ソース人気投票」っていうのがあります。
2015年のデータですが、ま、ソースの好みなんてそんなにしょっちゅう変わるってもんじゃないでしょうから、そのまま参考になるかと思います。
ここでは人気ソースのランキングっていうより、地域の好みに注目してみます。
北海道、東北、関東の全部と、新潟、長野、山梨は「ブルドックソース」なんです。
ブルドックソースには「ウスターソース」「中農ソース」「濃厚ソース」が揃っていますからね、たぶんおそらく、食べものによって使い分けているんじゃないでしょうかね。
ブルドックソースは、東京中央区に本社のある会社ですね。
中部地区の愛知、岐阜、三重は「コーミ」
こいくち、っていうソースが目立ちますね。名古屋の会社です。
名古屋、こいくち、むふふ、バッチリですねえ。
関西、西日本、四国、九州のほとんどと、石川は「オタフク」です。
人気ランキングの第1位がブルドックで、第2位がオタフクですから、日本人の好みは、東のブルドック、西のオタフクっていう2分化されているんですね。
オタフクは広島の会社です。お好みソースってやつ。
オタフク押しのエリアの中で、大阪では「ヘルメスソース」兵庫では「ばらソース」そしてご土地広島では「トリイソース」も人気があるらしいです。
「ヘルメスソース」「ばらソース」「トリイソース」? 聞いたことないですよ。
関西人の中農知らんわあっていうのと同じ感覚でしょねえ。
ソースって流通具合が、あんまりよろしくない商品なんでしょうか。
ん~。ロジスティックの問題じゃなさそうな感じがしますけどね。
富山、福井、静岡が「カゴメ」
カゴメもまた名古屋の会社ですね。
そして和歌山、徳島、宮崎、佐賀は「イカリソース」
大阪の会社です。
ん~。このイカリソースっていうのもお目にかかったことないです。
ま、もちろんね、このほかにも地元のソースメーカーっていっぱいあるみたいですからね、好みのソースってホントバラバラなんだと思われますね。
でまた、この食べものにはこのソース、とかね、話し始めたりなんかすると、壮大な会議になっちゃうんでしょうねえ。
そういうのも楽しそうですけど。
誰かやってくれませんかね、日本全国ソース会議。
知らないソースがいっぱいあるってだけで、なんだか楽しくなってきます。「どろ」っていう名前のもありますもんね。