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【SOSは略語にあらず】誰でも知っている世界共通の救助要請信号

< 乙女のピンチでも使われていた(?)助けを求める合図 >

なんかね、今の日本っていろいろと「化石」らしいんで「エス・オー・エス」状態なのかもです。


にしてもですね、知らないオトナは居ないと思われる「SOS(エス・オー・エス)」っていう信号なんですが、自分自身がいつごろ、どこで知ったのか、記憶にないですね。
覚えてますか? 自分はこうしてSOSっていうのを知ったっていうの。


そもそもSOSが信号、モールス信号だっていうことまで、誰でも知っているんですから、やっぱりあれですかね、小学校の授業かなんかで教わったんでしょうか。


何かあったらね、SOSを発信すれば、世界中どこでも、誰にでも通じますからね、覚えておきましょう。


とか、そんな感じだったんでしょうかねえ。教わった記憶はないんですが、いつの間にか知っているってことは、どこかで教えてもらったんだろうと思いますね。


小学校で、覚えておきましょうってことで覚えたとしても、小学生が発信装置とかを持ち歩いているわけもないですからね、実際に発信した経験のある人って、居るとしても極々少数でしょうね。


ただ、日本も自然災害の多い国で、地震の土砂崩れなんかで地域全体が孤立してしまうこともありますね。
そんなとき小学校の校庭に机といすを並べて「SOS」を書いて、あるいは砂浜に大きく「SOS」を書いて、救助を要請している光景は何度もテレビで見ています。


かなり有効な「共通語」なんだなあと実感できますよね。
書くのが簡単だというところが最大の強みでしょうか。1画が3個、3画で意味を現わせるって凄いことです。
覚えておいて損は無いですよね。

 


♪男は狼なのよ 気をつけなさい


って「SOS」を歌ったのはピンク・レディの2人。1977年のヒット曲。


ピンク・レディの2枚目のシングルで、初のオリコンチャート1位獲得となったビッグヒットですね。
幼稚園児からオフィスレディまでが、2人組になってマネッコするようになったピンク・レディ旋風はこの「SOS」から始まったんですね。


♪今日もまた 誰か~乙女のピンチ~


ってことでしたが、作詞は「阿久悠


謡曲っていうのが文化風俗のトップをひた走っていた頃なんですよね。
イイ歌がたくさんあります。


で、このヒット曲「SOS」って、部分的放送禁止になってたっていうエピソードがあります。


レコード、んひょ、1977年当時はレコードなんですね。物理的に塩化ビニールのレコードです。


曲の冒頭に効果音として「モールス信号のSOS」が入っているんですが、これをそのままテレビやラジオで放送すると「遭難の事実のない遭難信号の発信」ってことになって、目的外通信で電波法規定違反なので、「SOS」の効果音部分はカットして放送していたんだそうです。
そりゃまあ、そうなりますよね。法律、正しいです。


制作サイドとしては、単に思い付きのまま「SOS」のモールス信号を録音したんじゃなくって、ちゃんと電波監理局担当監理官の了承を得たってことだそうなんですが、別の担当監理官が違反だと判断して問題になっちゃった。詰めが甘い!


最終的にそのまま放送するとなると郵政大臣の決裁が必要となるんだそうで、やむなく断念。
っていう経緯だったそうです。
冒頭の「モールス信号のSOS」はカットです。


ところがですね、手塚治虫原作で、1966年放送のテレビ番組「マグマ大使」の中では主題歌の中に「SOS」って叫んでいるところがあるんですね。こっちはそのまま放送。


なんで? っていうところがモールス符号のややこしいところなんですが、「SOS」の音声発音は「メーデー」なので音声で「エス・オー・エス」って叫ぶのは問題ナシ!


そういえば「メーデーメーデー。こちら〇□〇」とかいうのって聞いたことありますよね。


それにしても電波法の管轄って郵政省なんですね。ふううんです。


ピンク・レディのレコードは持っていませんので「モールス信号のSOS」っていう音を聞いたことはないんですが、「・・・---・・・」っていう記号はマンガなんかで見たことがあります。


モールス符号っていうのは「・」と「-」っていう2つの信号だけで成り立っている通信なんですね。
コンピュータの「0」と「1」だけの信号と同じってことですね。


「・・・」で「S」「---」で「O」ってこと。
「・・・---・・・」で「SOS」

 


このモールス符号っていうのを考え出したのは「サミュエル・フィンレイ・ブリース・モールス」っていう人。


1791年生まれのアメリカ人で、発明家、そして画家。
モールス電信機を発明してモールス符号の無線通信を広めた人ですね。


初めは画家として身を立てていたみたいなんですが、1832年、最初の電信機を作り上げたそうです。

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41歳の時ってことになりますから、画家からの転身としても遅いスタートですね。


なんでまた画家から転身したのかについては、こんなエピソードがあります。


1825年、モールスが34歳の時、ワシントンD.C.で侯爵サマの肖像画を描く仕事をしているところへ、奥さんの危篤を知らせるメッセンジャーが早馬でやって来ました。
モールスはすぐにニューヘイブンの我が家へ向かったらしいんですが、到着した時には既に埋葬が終わっていた。


ワシントンD.C.からニューヘイブンは直線距離で、だいたい450㎞。
19世紀前半、アメリカの交通事情がどういうものだったのかハッキリは分かりませんが、1861年から1864年南北戦争前のことですし、蒸気機関車が走り始めたのですら1830年です。


緊急情報を伝えてきたのが早馬のメッセンジャー
おそらくモールス自身も早馬で駆け戻ったのかもしれません。
ほぼ200年前。移動も通信も、一番早い方法が馬だったんですね。


悲しみに暮れたモーリスは、愛する妻の最期を看取れなかったことから高速な通信手段を研究し始めたんだそうです。
にしても、画家が研究し始めて7年で電信機開発しちゃうって、なかなか凄いですよね。


電信機も符号もいろいろと改良を重ねていって、1868年には国際規格として承認されました。
で、モールス信号は実用として使われ始めます。


イタリア人のノーベル物理学賞受賞者マルコーニがイギリスで設立した無線電信会社「マルコーニ社」は、1904年からモールス信号を使った遭難信号を「CQD」に定めます。


「CQD」っていうのは「All Station Distress」を意味するって説明されているんですが、ちょっと「?」です。
符号としての扱いとして「All Station Distress」は「CQD」ってことになるんでしょうかね。分かりません。
ASD」じゃなくって「CQD」


「CQD」はモールス符号だと「― ・― ・  ― ― ・―  ― ・・」となるそうです。


符号の途中にスペースがあるのは「CQD」が文字情報であるため、文字としての認識をするための約束事。


1905年にはマルコーニ社に対抗する、ドイツの「テレフンケン社」が新たに遭難信号を「SOS」と定めました。


「SOS」は「Save Our Souls」あるいは「Save Our Ship」「Send Out Succor」「Suspend Other Service」「Stop Other Service」の略だという説が方々に見受けられますが、全く関係ないそうです。


「SOS」「・・・---・・・」に意味はなくって、単純明快だからっていうことで決められたみたいです。


マルコーニ社は他の会社と通信することは考えていなかったそうなんですが、テレフンケン社はどことでも通信を広めていこうという姿勢だったこともあって、どんどん広まっていったってことみたいですね。


ま、「CQD」にしろ「SOS」にしろ、遭難信号、救助信号ですからね、発信されない方がイイんですけれどね、1912年に有名な発信がなされました。


浮沈客船と評されて船旅の羨望の的となっていた「タイタニック号」です。


氷山に衝突した後も、乗員乗客共に、たいしたことにはならないって思っていたらしいことは、映画ばかりじゃなくって、多くの証言からも明らかになっていますね。


それでもまあ、これは重篤な事態になったと判断した船長は無線通信士に指示を出します。
「国際救助信号を送れ」
緊急感なく無線通信士は「CQD」を打ったそうです。


5分ほど「CQD」を打ち続けているところへ船長が無線室へ入ってきて、何の信号を送っているのか確認したそうです。
そのタイミングで、もう一人の通信士が、
「SOSを送ろう。新しい信号だ」
と言って、タイタニックは「SOS」を送ったんだそうです。


タイタニックの通信機は、最初に「CQD」を送っていることから判断すると、マルコーニ社の通信機だと思われますね。
おそらくマルコーニ社の通信機で世界初の「SOS」を送ったのはタイタニックだろうと言われています。


でもなんかね、世界最初の「SOS」とか「CQD」については、いくつかの説があるみたいです。


このタイタニックの「SOS」発信が原因なのかどうか分かりませんが、他社との通信を行わないとしていたマルコーニ社の方針は撤廃されて、この1912年で「CQD」の使用は終わったんだそうです。


こうして国際救助信号は「SOS」に統一されて全世界に広まることになったんですね。
でも、1970年代に入ると人工衛星の打ち上げも含めて、通信機能自体、大きく進歩します。

 


世界的に1979年から新しいシステムの検討に入って、1988年からは衛星通信を利用した「非常用位置指示無線標識装置(E-PIRB)」の利用が開始され始めて、航空機用には「航空機用救命無線機(ELT)」という高度なシステムの導入が始まっていきます。


そして1999年にはモールス符号による遭難通信「SOS」の取扱いは廃止されたんですねえ。


ま、プロの世界では廃止された「SOS」ですが、いまだに一般的には浸透し続けていますよね。


砂浜に大きく書くのは「SOS」じゃなくって「I Love You」の方がイイのはマチガイナイんですけど、ピンク・レディはこう歌っています。


♪年頃になったなら つつしみなさい


慎み深い紳士淑女の皆様、「SOS」発信の必要に迫られることなど無きように、ご自愛くださいね。