ウキウキ呑もう! ニコニコ食べよう!

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酒呑みの食いしん坊、メタボはイヤだけどガマンは嫌い。

【東京「町」歩き】23区 中野区編 中野区の「町」はチョウかマチか

< 東京都23区 西部に位置する中野区には 19の町名があるのであります >

「【「町」の読み方】あなたが住んでいるのはチョウですか? それともマチですか?」で、日本全国の「町」の読み方について、ちと調べてみたわけですが、全体として「町」の読みは「チョウ」の方が多かったのでした。


でもこの結果は市部や区部の中の「町」は対象外としてのデータでしたので、差し当たって、東京23区の区部の中の「町」の読みについて調べてみようと思い立ったわけです。


市町村合併などによって失われいく地名も少なくない現状ですが、「チョウ」と読むか「マチ」と読むかという以外にも、「町」という字の付かない「町」というのもありますし、知らない町名、不思議な町名というのも少なくないだろうと思います。


東京都23区、第19回目は、「中野区」です。

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中野区の面積は15.59平方キロメートル。23区の中で14番目。


人口が34万4千人余り。


区の木はシイ。区の花はツツジ


令和現在の中野区は、区内から通勤して行く人の数の方が多く、昼間の人口は夜の人口のおよそ0.9倍。

 


江戸、四谷の大木戸を抜けて少しばかり西へ行きますと、軍馬の育成地だったという中野村。現在の中野区になるんですけれど、戦争の焼け残りの土地だそうで、令和現在の今でも商店街は昭和の香り満載ですね。


中野駅北口を出てすぐの商店街「中野ブロードウェイ」はサブカルチャー、オタクの聖地として知られています。「まんだらけ」が入っているのはここです。


真ん中をズドーンと通っているブロードウェイの東西に、狭い路地が入り組んで、昭和なままの規模間で小さな店舗が軒を並べています。ウロウロし甲斐のある昭和な街。


「ラーメン青葉」の本店は東側の路地の地域にあります。


実はこの青葉本店の西隣に、昔々、名前とか忘れちゃったけれど「適口」な、つけ麺屋さんがあったんですね。


適口っていうのは、自分にとって口当たりがイイっていうことなんですけれど、かなり人気の店で、青葉と同等以上に行列のできる店だったんです。
全く個人的に「適口」な理由は、なんといっても店側の対応がすんごくアバウトなところ。


つけ麺専門店で、間口1間、ギュウギューのカウンター席のみの作りでした。


メニューは普通のつけ麺と、肉つけ麺、野菜つけ麺。これはそれぞれ値段が少しだけ違っていましたが、麺の量が三段階あって、並み、大盛り、超大盛。
で、どの盛りでも値段は一緒。いくらだったか忘れましたが、リーズナブルだったと記憶しています。


板状になった麺を、客の見ている前の機械で、一枚丸ごとザザーっと細長い麺にして、そのまま大鍋でグラグラと茹でるっていうスタイル。


客がそれぞれ「並み」「超大盛」とか注文すると、はいはい、って愛想良くもなく、ま、悪くもなく返事をして、
板麺を機械にセットして、ザザー、をやるわけですが、板麺って、当たり前ですが、みんな同じ大きさですよ。
で、客の注文する量は決まっていません。


推測ですが、板麺1枚で並み盛り3杯分ぐらいだったんじゃないでしょうかね。


麺は大皿に、つけダレはラーメンどんぶりでドドーンと出されます。


で、「大盛り」と「超大盛」って注文が入ったとすると、1枚じゃ足りないので、2枚分、麺にしちゃいます。


っていいますかね、注文は次々入りますから、機械から出てきた麺をどこかにストックしておいて、とかやってなかったんですね。機械から直接、大鍋に入っちゃうように仕組んでありました。


茹で時間がありますからね、一度に茹でられるのは板麺2枚分が限度なんでしょうね。


2人組の女性が一緒に入って来て、2人とも「並み」
今、茹で上がりの麺を鍋からあげて、青いビニールの大ざるに放り込んで水でしめているところ。


鍋で茹でるのは板麺1枚か2枚。
茹であがったら、全部をざるにあけますので、1回の注文で残った分はそのまま次の注文に回るわけです。


次々に注文が入りますので、茹で上がった麺がざるの中で放っておかれる時間は短いです。


ま、その辺のコントロールはお手の物、ってことでしょう。
おそらく、大盛りは並みの倍で、超大盛は3倍、なんだと思います。


で、この時は先客の大盛り分が茹で上がったタイミング。


はいはい、お待ちどう。で、先客の大盛りを出して、「はい、お先の並盛からです」ってことで2人組の1人に並盛が出されます。
注文してから1分経っていない提供です。


いや、でも、2人一緒だから。っていうのはナーシよ。って感じの店でした。


そういうのがイヤな人は1回来たら、もう来ませんからね。みんな、麺の出来上がる工程を見てますし、茹で上がるのもしっかり見守っていますから、「はい、お先の並盛からです」ってことになるだろうなって、もう予測がついちゃってますからね、モーマンタイです。


で、時には客が途切れちゃうことも、もちろんあります。
でも、店のお兄さんは、板麺を機械に入れてザザーっていうのをやめるわけにはいきませんよ。


「並み」「はいはい」
で、板麺1枚分、三人前がドドーン!


運がいいのか悪いのか、その前の注文の残分があるのにザザーっとやっちゃった日にはですね、ギャル曽根じゃネーヨってぐらいの、何人前だかわからないボリュームが出されることが、しょっちゅうあったんです。


で、客同士、初対面であっても、「ん?」「ん」と顔を見合わせて分け合いの精神でにっこり食すわけです。


つけダレも、麺も、とっても旨い店だったんです。


つまり、並み、大盛り、超大盛っていうのは、客が決めるんじゃなくって、店側の都合で決まるんですね。
わっはっはなシステム。香り高く、コシのしっかりした麺と、いつまでも冷めない濃厚ダレです。


でももう、とっくにありません。


「ラーメン青葉」はまだ、しっかり営業していると思いますよ。ここ最近行けていないんですけれどね。


案外、競争の激しい中野ブロードウェイなんです。

 


中野ブロードウェイの西側には、2028年建て替え完了予定でありながら、2021年現在、まだ何も変わらずに建っている「中野サンプラザ」があります。
コンサートだとかで中に入ったことのある人も少なくないんじゃないでしょうか。


中途半端な三角形のフォルムが特徴のビルですが、どうなるんでしょうね。
サンドイッチビルって呼ばれたりもしていますけれどね。


この辺りは、明治大学帝京平成大学などの大学のビルと、オフィスビルが建ち並んで、ずいぶん風景が変わりました。


中野サンプラザをさらに西へ行くと、東京の大動脈「環状7号線」が南北に走っています。


アンダーパス、オーバーパスの組み合わせがとってもうまくいっている環状7号線ですが、それでもね、混むときにはメチャ混みになります。有効な抜け道が無いので、ずっと動かないってことが時々起こります。
でもまあ、普段は首都高よりスムースに流れる幹線道路です。


この環状7号線は「ラーメンストリート」と呼ばれた時期がありましたね。今でも何軒かありますけれど、繁盛店は駐車スペースだとかのモンダイで、止めちゃうか、奥に入ったみたいですね。


中野サンプラザ脇の環状7号線外回りを北上して1㎞も行かない西側にあるのが知る人ぞ知る「野方」です。


村上春樹の「海辺のカフカ」で、空から2000匹以上のイワシやアジが降ってきたという町ですね。


環状7号線からすぐのところに、「西武新宿線 野方駅」があるんですが、ロータリーっぽい駅前をバスが工夫しながら運行している、こちゃこちゃした昭和なままの光景ですね。


その昭和の感じのまま、昭和の商店街が駅前から続いていて、町中華とか、町のそば屋さん、総菜屋さんが並んでいて、電車を乗り継いでのランチ散歩の目的地なんかには最適の町かもしれませんよ。
実際、そういう人気のある町です。


駅前がこちゃこちゃせざるを得ないぐらい交通の便はイイですからね。いろいろ近いんです。

 


野方地域からさらに北上していきますと、環状7号線はカクっと東北方向に曲がって、これまた昭和レトロな「江古田」地域に入ります。


ここもグルメなんかで有名な町ですよね。江古田。


地元の人はもちろんご存じで、これを言われると「うっせえワ」ってなっちゃうような、「どないやねんモンダイ」があるんですね、この江古田には。


江古田地区には、都営大江戸線の「新江古田駅」と、西武池袋線の「江古田駅」という2つの駅があります。


で、「新江古田駅」があるのは、中野区江原町。「江古田駅」があるのは、もはや中野区でもなく練馬区旭丘。
両方とも江古田地域じゃないんですね。


しかもですね、中野区の新江古田駅の読みは「しんえごたえき」


練馬区江古田駅は「えこだえき」なんです。


なんて読んでました? 「江古田」


江古田っていう住所のある中野区では「えごた」が正しい読みですって公表しているみたいですけれど、「えこだ」って読む勢力も少なくないそうです。勢力っていうほど主張していないでしょうけれどね。


元の地域名としての江古田が、今の中野区と練馬区にまたがっているから、江古田駅練馬区にあるんでしょうけれど、中野区だから、練馬区だからってことじゃなくって、「えごた派」と「えこだ派」が仲良く共存しているみたいです。


中野ブロードウェイオタク文化だけじゃなくって、優雅な気分になれる散歩コース、哲学の道哲学堂があって、都内最大のミャンマー人コミュニティがあって、新宿、上野、浅草と並ぶゲイタウンとしての顔も持つ、ダイバーシティ・タウン中野区の町名の数は19。


「マチ 0」「チョウ 3」「町が付かない 16」でした。


「マチ 0」
中野区にマチはありませんでした。


「チョウ 3」
「江原町」「大和町(やまとちょう)」「弥生町」


「町が付かない 16」
「新井」「江古田」「上鷺宮」「上高田」「鷺宮」「白鷺」「中央」「中野」「沼袋」「野方」「東中野」「本町」「松が丘」「丸山」「南台」「若宮」


浅田次郎五輪真弓忌野清志郎岩城滉一大槻ケンヂ坂本龍一田中裕二多和田葉子中川翔子中園ミホ梨元勝不破哲三三浦朱門六平直政柳原可奈子


へええ、そなんだ、って思っちゃう人が多い気がします。根拠なくですけれどね。
にしても、中野区ってダイバーシティって言われているんですねえ。へええ、です。

 

< チョウかマチか >

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【ブログを継続するコツ】肩ひじ張らないカレンダー手帳というアナログ

< リボーン リスタート という生活リズムで いつでもあっさり再開 >

1日1記事っていうのを目標にして、なんとか、もうすぐ300記事に近づいて来ました。


普通、そゆのって300、達成してから言うことじゃないの?
そですよねえ。でもまあ、イイんでないかい? そんな奴なんです。


はてなブログ無料版を始めてから10か月目。
連日ってわけにはいっていないんですが、ま、なんとか続けて来れています。

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ブログは3か月続かない人が8割、とかいう記事も見かけますが、どうなんでしょう。
10年以上続けている人もいますよ。


止めた、っていう人が身近にいて、その人は「だって、ネタがないんだもん」って言ってました。
ま、止めちゃう理由としては、これが普通なのかもしれません。


毎日、じゃないにしても、定期的にブログ記事を書き続けるには、記事ネタ、ま、テーマでもイイのかもですが、記事を書き始めるにあたって、何かトリガーがあると、スムースに続けられそうです。


ネタそのものよりもトリガーが大事なんだと思います。
つまり書き始める動機。


とにかく何でもイイから書き始めちゃって、どんな出来でもイイからとにかく書き終える。
そうするとブログ記事、一丁上がり! でっす。

 


そんなこと言ってもねエ。そのトリガーってなんなん? ってことであります。


ワープロでブログ記事を書いている人が多いんだと思うんですが、まず机の前に座って、PCを起ち上げて、そんでもってワープロなりエディターなりを開くわけですよね。


で、書き始める。ってさあ、何にも書くこと無いんだけど、っていう話でしたね。


カタチとしてワープロに向き合っても、そのことが記事を書くトリガーにはなってくれませんね。
そりゃそうですよね、自動ブログ記事作成ソフトなんてありませんしね。


何かブログ記事を書こうという気持ち。それが無いとダメですよね。その書いてみようと思う気持ちこそがトリガーなんですからね。
うまくいこうがいくまいが、とにかく、書いてみようと思う気持ち。


そのブログトリガーをどこから見つけるか。
それはもう、日頃のメモしかないです。


どんなに記憶に自信のある人でも、メモは大事だと思います。


日常の中で、なんかひっかかったこと。感心したこと。ちょっとヤだなって思ったこと。
そんな自分の感情の動きは、時の経過の中に埋もれていってしまいます。


この、記憶に遺さず、忘れ去っていくっていうのは、おそらく、人間の自然なコントロールなんだろうなって思いますけどね。


なんでもかんでも、いちいち気に留めて、覚えていたら、まともな日常生活が簡単に壊れてしまうんじゃないでしょうか。忘れ去ってイイんだと思います。


で、メモしておくと、その時の、自分の感情が動いたという事実を確認できるわけですね。
自分の感情が動いたっていう事実は、ブログ記事のネタになりますよね。メモはその感情の動きを思い出すトリガーになります。と思います。


感情が動いたときに、その場でブログ記事を書くのがベストなのかもしれませんが、感情が動いた現場にとどまって記事を書き上げるハードウェア、ソフトウェアはないでしょうし、一定量の時間をその場で割けるってことも、まずないでしょう。


なので、メモです。


メモは、あとから、家に帰ってからでも書けますが、スマホのメモ機能でもいけますよね。
メモ魔っていうほどにはならなくても、メモする習慣が大事。


ただですね、このメモっていうのも万全ではないんですよね。


個人的によくあるのが、あとからメモをよんで、はあ? ってなることです。


何のことか分からない。自分で書いたメモなのに理解できない、ってことがしょっちゅうあります。
メモの書き方がヘタなんだと思うんですが、なんだっけ? って考えることで、全然別のアイディアが出てくることも、なきにしもあらずなので、捨てずにとってあります。

 


なんだか理解できないメモからブログ記事にまでもって行くために、ある「思い込み」を利用しています。


これは「思い込み」なので、誰にでも手軽に出来る工夫だと思います。


ブログ記事を書くときに我々が働かせているのは、言語や計算なんかを司っているとされる論理的な「左脳」らしいんですね。
ま、今、左脳が働いているな、とか、意識なんかしたことないですけれどね。


言葉に関して働く左脳に対して、右脳は、自由な発想や音楽を感じる、感覚的な働きをしているんだそうです。


で、内容的に訳の分からない自分のメモを読むときに、右脳で読むように意識します。
え? っと思うかもしれませんが、自分でそうしているって「思い込む」わけです。


アに言ってんだよ、ってしか読み取れないけれども、自分で書いたメモです。


自分のメモの内容を、なんとか自分で思い出そうとする自分を、メタレベルで見るように意識する。右脳で。
っていう「思い込み」です。


アスリートが自分の身体能力を最大限に引き出す工夫として、利き腕じゃない方の手を使って食事するっていうのと同じ。じゃないかもしれないけれども、とにかく思い込む。
全然アスリートじゃないですけれど「思い込み」でイイんだと思います。


でも、なあんも浮かんできません、ってときには、その時はあきらめて、次のメモに意識を集中します。右脳で。


ま、メモの取り方が巧くなれば、こんな工夫も必要ないんでしょうけれど、この「思い込み」自体、案外楽しいものだったりします。
っていうか、ワケワカランっていうメモが多すぎるのかもですけれどね。


なんにしても、メモがブログ記事を書くのにマイナスになることは無いと思われます。
で、メモにも種類があって、なにか自分の感情が動いたときのメモばかりじゃなくって、自分の日常を書き留めておくっていうメモもありますよね。


日記ってやつです。


普通に日記を付けている人も少なくないですよね。文房具屋さんではコロナ禍で日記帳の売り上げが増えているんだそうですし。


そういう、いわゆる普通の日記じゃなくって、ブログ記事のネタ、トリガーになるかもしれないメモ日記です。
日記帳を用意しなくたってイイと思います。


ビジネス用の手帳。カレンダー手帳ですね。あれで充分じゃないでしょうか。


ひと頃流行ったシステム手帳って、今はどうなんでしょう。あんまり見なくなった気がします。合理性、効率性を追及するなら、今はスマホの方が優れているってことになるのかもしれません。
カレンダー、予定表、方眼、住所録だとか、機能ごとのリフィルが特徴のシステム手帳でしたが、ブログ記事のメモとしては日付があって、わずかな書き込みスペースがあれば充分。


日付、カレンダーはあった方がイイと思うんですね。


あとから読んでわけの分からないメモであったとしても、その日付がその日の出来事の、自分の感情に結びつく一助になると思うからです。


その日、何を食べたか、どこで何を呑んだか。それだけでもイイんだと思います。
何か思いついた日だけ、その時だけメモする。それもアリでしょうね。


続けていると、ブログメモ手帳は、自分の人生の時間を写した何物かにはなってくれるでしょう。


ブログは完全にデジタルの産物ですが、ブログ記事を書くネタ、トリガーはアナログなものなんじゃないでしょうか。そんな気がしますね。

 


ブログって、更新が途切れてしまうと、なんとなくそのまま遠ざかってしまいがちですよね。
でも、結果的にブログを継続するコツっていうのは、けっこう間が空いちゃったとしても、のほほんと再開すればイイだけのことだと思いますよ。


デキの如何には関係なく、ブログ記事を書いてアウトプットするってことは、なかなかな作業で、しんどいことですからね。そんなに易々と長続きさせられません。それが普通だと思います。


ストップしても、そこで終わりだあって思わなくていいでしょ。


世の中には「リスタート」ばかりじゃなくって「リボーン」っていうのもありますよ。


しばらくブログ更新から離れていたとしても、思い立ったが吉日です。さらっと再開すればイイだけです。
ブログを始めるのにイイ日だとか、更新するのにベストな時間とか、ないです。


固く考えず、構えず、軽い気もちで、とにかく書き出して、書きだしたらとにかく書き終える。


ざっつ・いっと! です。


会社、起業がビジネスとして運営しているブログも面白いですが、個人が好き勝手に発信しているブログっていうのも、楽しい記事がありますし、面白いブログもあって、共感できる話だって少なくないと思います。


ま、エラソーに言うつもりはないんですけれどね。はい。


ブログを継続するアナログ発想のアプローチというお話でした。

 

言葉は、大切です。
300記事まで、もうちょっと。。。

 

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【おおブレネリ】童謡 子供の歌って 歌詞の意味が分かるようで分からないです

< 歌の意味だとか こだわってないでしょ 子供は歌うのが単純に楽しいんじゃないの? >

誰でもかつては子供だったんですけど、まあ、ちっちゃい頃、何を考えて歌っていたかなんて、記憶にないですねえ。
「おおブレネリ」も、みんなで歌ってましたですよ。


こういうヨーロッパ民謡とかって、幼稚園から小学校低学年ぐらいまでの間、みんな、よく歌いますよね。歌うというか歌わされるというか。歌詞の意味とか考えてるやつなんて、居なかったんじゃないでしょうかね。


でも、なんでヨーロッパ民謡を選んで子供たちに歌わせるんでしょうかね。
今でもそうなんですかね?
「おお牧場はみどり」「アルプス一万尺」「森へ行きましょう」とかたくさんありすよね。


アルプス一万尺」っていうのは、18世紀半ばごろに出来たアメリカの「ヤンキードゥードゥル」の替え歌なんだそうですが、戦後、山登りの歌として歌詞が作られて、


アルプス一万尺 小槍の上で アルペン踊りを さあ踊りましょ


ですからね。


山登りが趣味の大人の男女ならいざ知らず、これを子供の歌にしたのは、なんでなんでしょ。誰なんでしょ。


「一万尺」って言われて通じる世代の人ってさあ、この歌を子供たちが歌い始めた時、もうとっくに子供じゃあないよね。「尺」とか言われても、何のことだか分らんですよ。


なので、子供たちはみんな「小槍の上で」じゃなくって「子ヤギの上で」って歌ってました。
はい、間違いないですよ。「子ヤギ」でしたとも。

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いじめじゃん。子ヤギに乗っかって踊っちゃ、子ヤギ、可哀想でしょ。
にしても、なんでわざわざ子ヤギの上で踊るの?
変な歌だなあ、っていう感想しかないです。


アルペン踊り」って、どんな踊り? 誰も知らないです。
ってな歌詞なのに、何故か子供たちに、歌えや踊れ、っていう不思議。


♪らんららら らららら らんららら ららら~


ってことだったんでありますよねえ。


アルプス一万尺」は、なんか、いろんなパターンの歌詞があって、29番まであるのもあるみたいです。
楽しいかどうかは別にして、完全に大人の歌だと思いますねえ。


♪槍はムコ殿 穂高はヨメご 中でリンキの 焼が岳


って、大喜利かよ!
もう完全に子供の歌じゃないです。

 


ま、「アルプス一万尺」に比べれば「おおブレネリ」の方が、歌詞の意味は子供でも、何となく理解できるのかもしれません。少なくとも、子ヤギの上で踊ったりするような、チンプンカンプンさは無いですね。


♪おおブレネリ あなたのおうちはどこ


♪わたしのおうちは スイッツァランドよ


♪きれいな湖水の ほとりなのよ


スイッツァランドっていうのが、スイスだってことを知るのはけっこう年齢がいってから、っていう現象は昔から変わらないと思いますが、ブレネリっていうのは、人の名前なんだろうなあ、ぐらいの理解はちっちゃい頃でも出来てますよね。たいていね。


この「おおブレネリ」も戦後、キャンプやハイキングをする時に、ボーイスカウトガールスカウトなんかで歌われて流行ったんだそうです。音楽の教科書にも載ってたそうです。


ん~。そうだったですかね?


「おおブレネリ」は、古いスイス民謡に、20世紀の初めごろにスイス軍の中尉が新しい歌詞を付けたもの、なんだそうです。


この歌がスイスからドイツ、ドイツからアメリカ、そしてアメリカから日本と訳詩が伝わっていくうちに、基歌の意味からだんだんに離れて、どうも妙な解釈になっていったという経緯があるみたいですね。


スイス軍の中尉さんが作ったタイトルは「O Meiteli, liebs Meiteli」だそうですから、そのまま日本に入って来たとすれば「おおブレネリ」じゃなくって「おおメイテリ」だったのかもです。


Meiteliっていうのは、娘さん、とか、おじょうちゃんとかいったニュアンス。


スイス語じゃなくってスイスで使われているドイツ語で書かれた歌詞。ってあたりが、さすが地続きのヨーロッパの国々です。言語の感覚が日本とはかなり違うんだろうと思われます。


で、それがアメリカに伝わって、「O Vreneli」って変わって、ガールスカウトの歌に採用されたらしいです。


スイスに多い女性の名前「Vreni(フレニ)」をちゃん付けして「Vreneli(フレニちゃん)」にアレンジしたんでしょうね。


で、それが日本に入って来て「ブレネリ」になったのは「V」で始まるからなんでしょうね。スイス語、ドイツ語の発音を知らなかったってことなんでしょうね。


戦後すぐのことらしいんですが、耳から入って来た歌じゃなくって、目から入って来た歌、ってことになるのかもしれません。
「V」だから「フ」じゃなくって「ブ」
でも「ヴ」じゃなくって「ブ」

 


日本語のブレネリに「フレニちゃん」「おじょうちゃん」とかいうニュアンスは全くありませんね。
ブレネリって誰? って感じです。


で、そのまま、なんだか広まってしまって、誰でも歌えるような歌になったので、歌詞の解釈として、まあ、ホントいろいろ出てきてしまっている現状みたいです。


ブレネリって名前で呼びかけてるのに、スイス人だってことを知らないのって、オカシクナイ?
名前聞く段階で分かるでしょ。そういう流れの話になるはずでしょ。


っていうのが、歌詞に対する疑問の始まりになって、中には、ブレネリとはスイスのスパイである。なんていう説まであったりします。


ま、アメリカのガールスカウトで歌われていたってことから考えますと、世界のみんなと仲良くしましょうってことで、たぶんスイス人だろうなあっていう見た目の女の子に、ねえねえ、フレニちゃん。あんたどっから来たの? ってぐらいの歌詞なのかもしれません。


名前を知っているわけじゃなくって、呼びかけるための代名詞的な名前。
スイス人っぽいからフレニちゃんって呼びかけてみる。


ある種の決めつけですが、映画なんかでよく出てくる、初対面の呼びかけにありますよね、このパターン。
日本的な習慣のなかでは、まあ、あり得そうにないシチュエーションですけれどね。


21世紀のスイスでは、日本版の「おおブレネリ」は自分の国の歌だとはなかなか認識されないそうです。
伝言ゲームならぬ伝言歌って、やっぱりね、メロディラインも、歌詞の内容も、どんどん変転していくんでしょうね。


今現在でも、日本語歌詞の解釈にはいろいろあります。

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あのね、おおブネレリって歌あるでしょ

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なんですか?

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おおブネレリ

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違うよそれ、ブネレリじゃなくって、ブレネリ

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ま、そうとも言うよね

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違うよそれ、ブレネリだけしか言わない

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そんでさ、おうちどこって聞かれてさ、そのブネレリがスイスって答えてると思ってるでしょ、みんな

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違うよそれ、ブネレリじゃなくって、ブレネリだし、スイスですって答えてるんだよ

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ところが違うんだなあ、これが

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……

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スイスの湖水のほとりに住んでますって答えてるのって、おうちはどこって聞いてる人なんだよ

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……。違うよそれ、おうちはどこって聞かれたブレネリちゃんが、スイスですって答えてるんだよ

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分かってないわね。そのブネレリってコがさ、バルバドスって答える前に、質問したオネエチャンの方がさ、あたし、スイスなんだよねえって言っちゃってる。他人の話なんてどうでもよくって、ただ自分がしゃべりたいだけっていう、有りがちパターンなわけよ

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いろいろ違うよそれ、だいたい、バルバドスってどこ? それと、おうちはどこって聞いてるのがオネエチャンだって、どこで判断してんの?

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バルバドスっていうのはさ、さっき聞いて覚えたから言ってみただけだけど、自分で聞いておいて、相手が答える前にまたしゃべり出すって、ずっと続けるわけよ

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そんな、歌、なの?

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そ、そういう歌。このオネエチャン、病気なわけよ

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病気?

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そ、ホトララ病。なんか意味なく歌って踊っちゃう病気

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違うよそれ、ホトララ病なんて無いし、そんなこと言ってると誰かに怒られるよ

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誰に?

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……。たとえばあ、……。スイスの羊飼いのペーター

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あ、分かった! 質問してたオネエチャンってハイジだったんだ! ちょっと大人になって

いいかげんにしなさい。
おあとがよろしいようで。アン・ポン・ターン。

【とり皮せんべい】九州とり戦争 にこにこもぐもぐ争ってちょうだいねえ

< とり天って「はなまる」発祥なのかと思っていたら 大分名物なんですってねえ >

もう10年以上、2010年ぐらいからずっと続いている「から揚げブーム」ですが、コロナ禍でのテイクアウト習慣が広がって、さらに勢いを増している感じですね。


ビックリするのは、から揚げ専門店の数の増え方です。


店舗面積が広くなくたってイイことと、設備資金が少なくて済むっていうことが理由なんだそうですが、近所でも、タピオカ屋さんが次々に閉店したかと思っていたら、瞬く間にその全部がから揚げ屋さんになっています。
見渡す限り、から揚げ屋さんばっかりです。


2021年時点でみてみれば、外食産業の中の勝ち組っていえるんでしょうね。


メインとなる食品がとりだけ、から揚げだけっていうのは、かつての牛だけ、牛丼だけっていう牛丼ブームと同じように、日本に定着するのかもしれません。


牛丼とから揚げの2つのブームの違いを探すとすれば、営業形態でしょうかね。


牛丼は「吉野家」が一社独占状態で小ブームを作って、そこに「松屋」が参戦。しばらくしてから「すき屋」も参戦という時間的な流れがあったように思いますが、から揚げは、始めから個人店を含めた乱戦状態に見えます。


街の角ごとに牛丼屋があって、から揚げ屋があって、っていう状況になっても、世界から牛やとりが居なくなっちゃうってことは無いんでしょうけれど、食のブームについては、一方の流れとして、大豆ミートってうのが出てきちゃいましたね。


植物性の「肉」が健康ブームの流れの中でSDGsなんかも味方に付けて市場規模を拡げていきそうにも思えます。

 


コロナ禍の飲食業界の救世主的な空気感も漂わせ出しているから揚げ屋さんですが、定着するのかどうか、あるいは、様々あるから揚げ屋さんの店舗が、勝ち組、負け組と峻別されていくのか、コロナ明けに大きな動きが出てくるだろうことは間違いないように思います。


総務省統計局の「家計調査(家計収支編) 調査結果 肉類」によりますと、牛肉は西日本で多く購入される傾向が表れていて、豚肉はほぼ全国ばらばらな感じですが、とり肉は九州地方が圧倒的です。

 

十年間ぐらいの統計結果を見てみますと、食の好みといいますか、購入傾向に大きな変化というのは見られませんね。


とり肉の購入金額のベストテンには「熊本市」「福岡市」「大分市」「宮崎市」「佐賀市」「鹿児島市」という九州の6つの市が順位を変えながらも、常に上位にランクインしています。


ふ~ん、九州ってとり好きなの?


そうなんでしょうねえ。この総務省の統計には商売用、店舗のデータは入っていませんからね。それらのデータが入ってくると、さらにもっと九州勢がのしてくるのかもしれませんよ。


「からあげ専門店発祥の地」っていう名乗りを上げている大分県宇佐市


「からあげの聖地」っていう大分県中津市


今のから揚げブームは、この2つの九州の市が仕掛け人だと言えるらしいですよ。


から揚げに関しては、どこが発祥とか、どの店が元祖とか、そういう悶着は起きていないようですが、コソっともめているらしいのが「とり天」です。


とり天って知ってます?


関東近辺では、あんまり見ないメニューですよね。
でも、なんと「はなまる」のトッピングにあるんですよ。


はなまるのトッピングって、いろいろあるじゃないですか。まあ、店舗によるのかもしれませんけれど、揚げ物コーナーにどかっと積んでありますよ、とり天。


やさしい色合いです。てんぷらですからね。サクッと旨いんですね、これが。


はなまるうどんって香川県ですよね。


で、ずっと、とり天って香川県なのかと思っていたんですが、とり天は大分県発祥。


で、その大分県の中の「別府市」と「大分市」で、ちょっとね、あるみたいです。


お隣の市、どうしなんですけれどね、とり天発祥はウチですよっていう、なかなか難しいモンダイみたいです。
でも、なんていうんでしょうか。市じゃなくって、大分県ソウルフードっていう表現でイイんじゃないかと。
そうはいかないんですかねえ。

 


さて、とり天よりは馴染みのあるとり料理に「とり皮」っていうのがありますね。


でもこれ、メニューに「とり皮」って書いてあるのは同じでも、出てくるものが、店によって全然違うんですよね。


発祥は「博多」らしいんですね、とり皮。


「【博多にわか】にわかって言うんだけれど めっちゃ歴史ある伝統芸能のルーツ」の回で、ちと調べてみた博多ではあったんですが、その時に「とり皮」には気付きませんでした。


博多のとり皮は「とり皮ぐるぐる巻き」って表現されている、串焼き状態のとり皮らしいです。

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食べたこと、どころか実物を見たことも無いです。
旨いらしいんですよ、とり皮ぐるぐる巻き。


表面がカリカリで、噛むと、中はじわ~、らしいんですねえ。いってみたいですねえ。


ほぼタレみたいです。ま、塩もあるかもですけれど、なんせ博多名物になっているらしいとり皮ですからね、まずはタレでいってみるのが、礼儀、ってものかもしれません。


タレにも独自の工夫があるんでしょうしね。
焼き加減でカリカリを演出するんでしょうねえ。酒のアテにイイでしょうねえ。
博多、もつ鍋もあるんですよねえ。イイですねえ。豚骨ラーメンもそうですよねえ。
とり皮ぐるぐる巻き、カリカリしてみたいです。


東京近辺でよく見るとり皮のメニューって言いますと「とり皮ポン酢」でしょうかね。
これね、店によって全然違った料理が出てきますよ。


小鉢に盛ったとり皮に、ポン酢をかけて、ネギ、九条ネギなんかを散らして出てきます。
その辺は同じなんですが、肝心のとり皮の状態が違っています。


ふにふに状態のとり皮か、カリカリ状態のとり皮。


要するにとり皮を茹でたものか、から揚げにしたものかっていう違いですね。
ふにふにとり皮も悪くないですが、個人的にはカリカリとり皮がイイですねえ。


ふにふにはしっかり腹に溜まる感じがあるんですが、カリカリは罪悪感なくいくらでもいける感じです。


さてさて「とり皮ぐるぐる巻き」「とり皮ポン酢」にもまして、圧倒的好みのとり皮料理は、実は自分で作ったものだったりします。


なんで自分で作るかっていいますと、やっている店がないからなんですね。


その、店では食べられないとり皮料理とは「とり皮せんべい」


そんなにしょっちゅう作っているってことでもないんですが、自炊する機会って増えていますよね。
酒のアテには「とり皮ポン酢」のカリカリバージョンよりも手間要らずです。

 


作ってみましょう!


スーパーで皮付きのとり肉を買って来ます。


とり肉でケチャップライスも作りますので、冷蔵庫に食材を用意していない人は、タマネギとか、ニンジンとか、お好みのケチャップライス素材も一緒に買ってくださいね。


あとですね「なんちゃって北京ダック」にチャレンジする場合は長ネギも用意します。


酒のアテのケチャップライスですから、ごはんのボリュームは少しでイイと思います。ま、量はお好みで。


オムライスにする人は、サクッとチャレンジしてみてください。


ケチャップライスに特に工夫は無いです。普通のケチャップライスです。
ごはんが少なめなので、とり肉ゴロゴロ。野菜も多めです。
サケのアテってことで、個人的にはコショウ多めのスパイシーに仕上げます。


で、「とり皮せんべい」です。


とり皮の脂はテキトーに取り除きます。テキトーっていうのはあまりキッチリ取り過ぎないっていう意味です。


丸まるのを防ぐために皮の表面に軽くスイスイと切り込みを入れておきます。


塩コショウをふって、しっかりめに押し込んだら、テキトーな大きさに切り分けます。
冷たいままのフライパンに、一切れひと切れが重ならないようにとり皮を敷き並べます。


表裏はテキトーでイイです。油とか敷きません。とり皮の脂だけでいきます。


中火で熱します。


音がしてきたら、フライ返しでギューッと押し付けます。なるべく平らに完成させるためです。結構強めに、何回も繰り返してギューッギューッとやります。
ひっくり返しながらギューッです。


ま、丸まってきても、それはそれで、って感じです。


とり皮から出た脂で、揚げ焼き状態になって、揚げ物の香りがしてきたら完成です。


この香りが、そもそも旨いですよ。


そのまま食べて、充分満足な酒のアテ「とり皮せんべい」です。


で、このせんべいに、しらがねぎを挟んで、焼き肉のタレかなんかをちょろっと垂らせば、「なんちゃって北京ダック」の完成です。
ダックじゃないですけど、イイのイイの。区別なんて、ほぼ出来ませんので。


簡単にできるんですけれど、味わいとして、コーキューな感じです。とり皮せんべい。知らんけど。


とり好きだっていうことが確定の九州の各地方。とり皮せんべい、あるんでしょうかね。どう?

【ワンタンメン】ワンタン入りラーメンなのか 麺入りワンタンスープなのか

< ワンタンってさあ めんどくさがり屋さんの餃子なんじゃないの~? >

一所懸命しゃべってくれているんだけれど、ぜ~んぜん現実味がないし、はっきりしないよねえ。
っていうような話を「雲をつかむような話」って言いますよね。


雲なんてつかめないし、つかんだとしても正体がないだろうってことなんでしょうね。


それはね、雲を手でつかもうとするからなんであって、口を大きく開けてひと呑みにしちゃえばオッケーなんですよ、ってイキなことを言い出したのは、古代中国の広東地方の人たち。


雲を呑む、「雲吞(わんたん)」が生まれたのは、少なくとも1000年以上前、あるいは2000年以上前の広東っていうのが定説らしいです。


でも、その基になった食べものが華北地方にあったんだそうで、けっこう歴史のある、プリミティブな雲吞だったのでした。

 


華北地方で食べものとして認知されたころの名前は「渾沌」
これで中国語発音としては「フォントォン」みたいなんですが、これって日本語だと「こんとん」ですよね。
中国の前漢の時代っていいますから、紀元前です。


時代が進んで漢字表記が「餛飩」になっていったそうなんですが、発音はそのまま。


「雲」っていう漢字にどういう概念を持っているのかって、中国人の中でも紀元前と今では違うでしょうし、中国と日本でも違っているでしょうね。


ですが、「渾沌」「雲」って、まあ、なるほどなあって感じがします。
やっぱり、なんとなくつかみどころがない。
って言いながら、しっかりつかめますけれどね、ワンタン。


「餛飩」のころのワンタンは、餃子と区別がなかったそうです。
ま、そうかもね、です。


要は、小麦粉の皮に具、餡を包んで、蒸したり、煮たり、焼いたり、揚げたり。
そんなに変わりはないよ、って言われれば、そうね、って感じです。


餡のボリュームが多くって、しっかり包まないといけないのが餃子。


拡げた皮に、テキトーに具をチョコッと置いて、包むというか、具が少ない分、皮をパサッとたたんじゃえば出来上がりって感じのワンタンではあります。

もちろん、具がたっぷりのワンタンもいっぱいありますけれどね。

海老ワンタンとか、イイっすねエ。旨いですねえ。


餃子の皮は丸くって、ワンタンの皮は四角ですが、別にどっちがどっちでも、味に変わりはなさそう。


で、唐の時代っていいますから7世紀から10世紀の頃、広東で現在のワンタンの形になって、餃子とワンタンが、しっかり区別されるようになったそうです。


平安時代には既に日本に伝わっていたっていうワンタン。平安時代は8世紀からですから、餃子とワンタンが区別されたころに入って来たのかもしれませんね。


日本に入って来たころのワンタンの表記は「餛飩」


「フォントォン」という読み方のほかに、中国南部の呉地方での発音は「ウンドン」
内陸の方へ行くと「ホエトエ」っていう発音だったそうです。


まあね、中国は昔からデッカイ国ですから、方言っていうレベルじゃなくって言葉も違うって言いますからね。
ある一つの食べものが入って来るって場合でも、一カ所から一カ所へっていうふうに限らないですもんね。
国の内外に一気に広まる。


平安時代ごろっていう大まかな時間の中で、日本にも「フォントォン」「ウンドン」「ホエトエ」っていうのが同時期に入って来たのかもしれませんね。


「餛飩」は、広東語で「雲吞」とも表記されていたそうで、その読み「フォントォン」が「わんたん」っていう日本語発音になって、表記も「雲吞」の方がメインになったってこと、なのかなあと思われます。


で、「ウンドン」は、はい、そのまま「うどん」
うどんって漢字で書くと「饂飩」ですからね。


もう一つの「ホエトエ」は山梨県の「ほうとう大分県の「ほうちょう」宮城県の「はっと」になったんじゃないか、って説もあるようです。
ほうとう」は、きしめんみたいに平ったいやつのほうじゃなくって、「すいとん」タイプのやつ、なんでしょうね。たぶん。


そうなると、「すいとん」もワンタンの仲間かも、です。


小麦粉じゃなくってそば粉だけど「蕎麦がき」だってそうかもですよね。具とか餡とか入ってないですけどね。


こうして並べてみますと、元は区別のなかった餃子だけが異色な感じです。

 


餡の入っていない餃子はあり得ませんが、具のないワンタンって、時々お目にかかりますよ。


具無し雲吞。具が無いんじゃ、ほぼスープ。いいえ、ちゃんとワンタン入ってるでしょ。
そりゃ、入ってますよ。注文したのはラーメンスープじゃなくってワンタンですからね。


でもほら、蓮華に乗せて、スープと一緒に、するっといっちゃうと、ん? 今、何食べた? 何呑んだ?
ってなりますよ。


なるほど、これで「雲吞」なんでしょねえ。旨いですよ。
雲を呑むような話、なんでありますよ。はい。


町中華のメニューにはカタカナが多いですね。「ワンタン」あるいは「ワンタンスープ」


よく行く町中華では「わんたん」ってひらがなで書いてあります。


で、時々注文するのは「わんたん と 半チャーハン」
そうしますとですね、店のオヤジが必ず聞き返しますね。


「わんたん、ただのわんたんね? わんたん半チャーハン?」


隣りで餃子を焼いているおかみさんが繰り返します「わんたん半チャーハン」


これですね、オヤジの確認なんでありますよ。耳に自信がなくなって来ているのかもなんですが、あれですよ「わんたん麺」じゃなくって「ただのわんたん ね?」っていう意味なんだと思います。


「スープ」ならまだしも「ただの」とは何事じゃあ! ってワンタンが怒り出しそうですが、たしかにね、「ただの」わんたんを注文する人はあまり居ませんね。
たいてい「わんたん麺」です。


町中華によってはメニューに「ただの」わんたんが無い店もありますからね。


もちろん、そういう店で「わんたんスープ」って注文すれば出してくれると思いますけれどね。


麺が入っているか、いないか。それだけの違いでしょ?
そうじゃないんだよねえ、っていう店もあるのかもですが、町中華レベルだと、たぶんスープは一緒ですよね。


雲吞麺専門店っていうのに入ったことが一回だけあります。
日本人がやってる赤坂の店。


そこで「ただの」わんたんを注文したら、ウチは雲吞麺専門ですんで、「ただの」わんたんはやってないんですよ、って言われたことがあります。


もうずいぶん前ですからね、そのとき1回しか行っていませんが、もうないでしょ。たぶん。知らんけど。
なんのこだわりやねん! ぷんぷん、です。


でも、日本語がうまいだけで、日本人じゃなかった可能性もあります。


っていうのはですね、ワンタンメンって、世界的にみると一般的じゃないらしいんですよね。


日本のワンタンメンって、言ってみればラーメンの一種で、スープがしょう油だったり塩だったり、はたまた担担味だったりはしますが、ラーメンの具としてワンタンが乗っかっているのがワンタンメンですよね。

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でも、そういう食べ方をしている地域って少ないみたいです。
日本と、香港、シンガポール、マレーシア、そして広東省、ぐらいなもんらしいんですね。


不思議な感じもしますが、そもそもラーメンとワンタンは別の食べものなんだから、別々に食べるべきで、一緒にするなんて! って感覚なんでしょうか。


でも、ラーメンっていろいろ違う具材を乗っけて、いろいろラーメンになっているわけで、それは世界中どこでも一緒ですよねえ。
なんでワンタンだけ仲間外れにするんでしょ?


ま、欧米地域ではワンタンメンがどうとかいうことじゃなくって、ラーメン自体、食べものとしてメインには数えないんでしょうけれどね。


小麦粉をこねた食べものとして、ヨーロッパには「ダンプリング」っていうのが普及しているみたいですけれど、これって、近いのはワンタンっていうより、蕎麦がきっぽいですね。


味付けは、国ごと、地域ごと、いろいろみたいです。


粉もんはね、人気があって、世界各地でいろいろ発展しているってことですね。
大阪人は、世界の「ダンプリング」それぞれに対して、一言ずつ、なんか言いたくなるかもです。


で、ワンタンと同様に餃子も、煮たり、蒸したり、焼いたりするわけですが、中国ではほぼ水餃子。日本ではほぼ焼き餃子っていうのも、考えてみると面白いことですよね。
ワンタンも餃子も両方とも、どの調理方法でも好きですけれどね。

 


で、最後に、これまたずいぶん前に埼玉県で食べたラーメンの話を。


お店の名誉のために、詳しい地域や店の名前は言いませんが、埼玉県の中でも郊外の地域にある、あるいはあった、ごく普通の町中華


そのメニューは「ミックス餃子ラーメン」


ほほう、なんだろう? どんなんだろう? と思って食べてみました。
しょう油ラーメンの上に、水餃子、焼き餃子、揚げ餃子が2つずつ乗っかっていました。
作る手間、なかなかですよねえ。


はい、味は、食べた感じは、、、なんだかなあ、でした。


おそらく、たぶん、いや、間違いなく、各々の餃子をそのまま普通に独立した餃子として食べても、なんだかなあっていうレベルだったと思います。


しかも乗っかっているのは、その餃子たちだけ。


ネーミングから受けた印象としては、アイディアとして面白いじゃん、だったんですけれどねえ。なんだかなあ、だったのでした。


ワンタンメンがあるんだから、餃子ラーメンだってあってイイじゃん。とは、今でも思ってるんですが、せいぜい、水餃子が合う、って感じでしょうかねえ。


あのですね、けっこうキコシメシタ時の〆に町中華とか行ったらですね、「ただの」ワンタン、イイですよオ。
もう、へろへろで、ワケワカラン、って状態で、雲を呑む。イイですよオ。


早くそういう「へろへろ外呑み」が出来るように、世の中がコロナ禍から回復してくれますように。