ウキウキ呑もう! ニコニコ食べよう!

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ーー 居酒屋トークの ネタブログ ーー

【指と指のすきまを】こぼれていくのは 涙? 時? 砂?

< ガラス容器に容れられている砂は 時間の現し身 >

日本のコーラスグループ「ハイ・ファイ・セット」が1976年に歌ってヒットした「冷たい雨」


たくさんのアーティストがカバーしている名曲ですが、荒井由実時代のユーミンの作詞作曲ですね。
セルフカバーもされてます。


エンディング・リフレインが、


♪涙こぼれるように 時もこぼれていくわ


♪指と指のすきまを そしていつか忘れたい


っていう歌詞。


この歌を聞きながら思い浮かべるイメージは、言葉として全く出てこないし、関連も何もないんですが、指と指のすきまをこぼれていくのが「砂」なんですね。


もちろんユーミンのセルフカバーもすごくイイ歌なんですが、ハイ・ファイ・セットの抒情的な歌い方が、やっぱり最初に聞いたからなのか、印象深いです。


ハイ・ファイ・セットの女性ボーカリスト山本潤子で、ハイ・ファイ・セットの解散後、ソロでもカバーしています。

 


今でもコーラスグループって活躍しているんでしょうけれど、歌って踊ってっていうのが当たり前になっていて、ガールズコーラスっていっても、むしろ踊りの方に重点がある感じでしょうかね。


ポップスのコーラスっていうのはゴスペルのコーラスがルーツらしいです。
ドゥワップなんかが初期のスタイルってことになるのかもです。


ガールグループっていうスタイルが一世を風靡した時代がありますね、
「アンドリュース・シスターズ」「フォンテーン・シスターズ」「マグワイア・シスターズ」といった名前のシスターズっていう形式もありました。
だいたい女性のトリオ。


新しいところではイギリスの「プッピーニ・シスターズ」が2004年に出てきましたね。
オリジナルの曲も歌いますが、このシスターズたちは古くにヒットしたコーラス曲をニューアレンジして歌うっていうことが多いですね。
オールドスタイル、リスペクト。


コーラス曲としてハーモニーがキレイなことと、21世紀にマッチしたアレンジが聞かせどころ聞きどころ。


そんな代々歌い継がれている曲は「素敵なあなた」「ブギウギ・ビューグル・ボーイ」「ラムとコカコーラ」だとかいくつもありますが、そんな中の1曲に「ミスター・サンドマン」っていう歌があります。


♪Mr. Sandman, bring me a dream


って始まるんですが、日本人の感覚からするとかなり妙ですよね。
砂男、とでもいうような人に、ステキな夢を願っているようです。


なんやねんって思って調べてみますと、サンドマンってヨーロッパの民間伝承に出てくる妖精らしいんですね。


大きな袋を背負った老人で、袋の中には魔法の砂が入っている。
その砂を投げつけられた人は、目に入ってしまって目を開けていられなくなって眠ってしまう。


歌のイメージからするとイイ夢を見させてくれる感じですけど、砂が目に入ったら痛いでしょうに。
眠るような状況じゃないように思いますねえ。
そこはそれ、魔法の砂だから痛くならないんでしょうか。


たぶんおそらく、子供の頃からサンドマンの話を聞かされて育った西欧の人は、砂が眠りと結びついていて違和感ないのかもしれません。

 


不思議ですよね。日本人の感覚からすると、砂と眠りって、どこにも接点が無さそうに思いますけどね。


眠るのが仕事ってな感じのちっちゃい頃、砂遊びをしていた頃を思い浮かべるアイテムとしての砂っていうもんがあったりするんでしょうかね。知らんけど。


日本には「砂かけ婆」っていうのが居ますね。


ゲゲゲの鬼太郎」に登場するキャラクターでもありますが、関西圏の一部に伝わっている妖怪だそうです。


樹の上にいて、下を通りかかる人に砂を振りかける。
砂かけ婆の砂は、魔法の砂じゃなさそうで、砂をかけられた人が眠くなったりはしないみたいです。
ただイタズラするだけ? よく分かりません。


「砂上の楼閣」「砂に書いたラブレター」っていうのもありますし、なんか安定しない、形をなさないもの、みたいな捉え方が一般的じゃないでしょうかね。砂って。


松本清張の「砂の器」っていうのも、要は粗製乱造で、簡単に作れるけれども、砂の器では用をなさないって意味だったと思います。
でも、そうせざるを得なかったという悲劇の話。時代もありますよね。


親しまれている「砂」っていうのを考えてみますと、「鳴き砂」っていうのがありますね。
砂浜を歩くと、キュッ、キュッって音がする砂。


周辺の環境がちょっとでも悪化すると音がしなくなるんだそうで、環境保全の目安になっているらしいですよ。


有名どころとしては宮城県気仙沼市の「十八鳴浜(くぐなりはま)」があります。


18回音がするっていうことじゃなくって、クッ、クッって音がする。九と九で十八をくぐって発音して、九九鳴り、くぐなりはま、十八鳴浜ってことなんでしょう。知らんけど。


京丹後市には「琴引浜」があって、石川県輪島市島根県大田市には同じ名前の「琴ヶ浜」っていう鳴き砂の名所があるんですね。
クッ、クッって音じゃなくって、西日本では琴の音になぞらえているってことなんですねえ。


島根県琴ヶ浜には「琴姫伝説」っていうのが伝わっているそうです。


平家のお姫様が壇ノ浦の戦いで、敗軍の逃亡中に大田市の浜に流れ着いたところを村人に助けられた。
助けられたお姫様は毎日琴を弾き暮らしていて、浜辺の土地で亡くなった。
そうすると、浜の砂が琴の音を奏でるようになった。
そこで、村人たちはその浜を琴ヶ浜って呼ぶようになりました。


ってことなんですね。


石川県と京都にも同じような伝説があるんじゃないでしょうかね。調べられませんでしたけど。


鳴き砂って北海道に3つ。東北に17。関東に1つ。北陸に3つ。関西に2つ。中国地方に10。九州に6つ。沖縄に1つ。あるみたいです。
けっこうあるんですね。

 


島根県大田市には1991年にオープンした「仁摩サンドミュージアム」っていう砂の博物館があって、そこにはギネスに認定されたっていう高さ5メートル、世界最大の砂時計「砂暦(すなごよみ)」があるんだそうです。


砂っていうと、砂丘のある鳥取県かなって思うんですけど、お隣りとはいえ島根県に世界最大の砂時計。


へええ、って思いますよね。
ま、鳴き砂の琴ヶ浜からの砂時計でしょねえ。


って思ってよくよく説明を読んでみますと、砂暦の中に入っている砂は、琴ヶ浜の砂じゃないらしいです。


ん? なんで? ってなるんですが、コンピュータ制御で一年を計測している砂暦に使うには粒が大きすぎる。
ってことで、1トンの砂は、同じく鳴き砂の土地、山形県西置賜郡飯豊町(いいでまち)の白川から取り寄せているんだそうです。


飯豊町の鳴き砂は海じゃなくって、川の砂。


この白川の砂を鳴らすと、蛙が寄って来るって話もあります。ホンマかいな、ってホントなんでしょうけれどねえ。蛙くんもキュッって音が気持ちイイんでしょうか。

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砂時計は3分計を持っていますが、時々落ちていく砂をじっと眺めてしまいますねえ。


仁摩サンドミュージアムの1年計は、山形県の鳴き砂が滔々と落ちていく時に、時々キュッとか鳴いたりするんでしょうかね。


サンドミュージアムの周りには蛙がいっぱい居たり? する? わきゃないでしょねえ。

【国民総幸福量】しあわせの正体を考えてみる

< 日本のしあわせランキング順位が低いわけ >

日本のバブル景気の期間は1986年12月から始まって1991年2月までとされています。
もう30年以上前になるんですね。


日本国民みんなが浮かれ騒いでいたような報道をされることもありますが、そんなこともなかったように思います。
バカ騒ぎに乗れる方がしあわせなのかもしれませんが、誰もが株式や不動産の恩恵を受けるわけでもありませんし、冷静なポジションといいますか、バブル好景気の圏外にいた人も少なくなかったんですよね。

 


世の中、景気が上向きらしいよ、っていうのは1986年前半ぐらいから言われていたんですが、その頃のテレビにドキッとさせられるコマーシャルがありました。


キッコーマン「ぽん酢しょうゆ」のコマーシャルで明石家さんまが歌う「しあわせってなんだっけ」です。


♪しあわせってなんだっけ なんだっけ
♪ポン酢醤油のある家さ


っていう歌詞でしたね。


たしかに、家の台所にポン酢しょうゆが置いてあるっていう、ごく当たり前の生活環境がしあわせの正体なのかもしれません。


どこか、なにか、ハッとさせられるような歌詞ですよね。
このコマーシャルが流れた時には、すでにバブル好景気の気配が充満していたのかもしれません。


しあわせってなんだっけ? と聞かれて、なんと言いますか、格闘技的に後ろを取られたような感覚を覚えました。


このコマーシャルの後、明石家さんまセンセは、1988年に結婚されて、いろいろあって、さんま苦いかしょっぱいか、ってなことになったようですが、ますますのご活躍です。
キッコーマン「ぽん酢しょうゆ」も人気を保っていますね。

さんま塩焼きの皿に盛られた大根おろしには、しょう油もイイですが、ポン酢しょうゆもバッチリです。


で、しあわせとは何か? っていう疑問は、世界の大人に共通した答えのない疑問なのかもしれません。


しあわせの答えを見つけようという考え方の1つに「国民総幸福量(Gross National Happiness)」っていうのがありますよね。
1972年にブータンの国王が提唱した考え方だそうです。

 

国際的な指標として知られているのは「国民総生産 (GNP)」「国内総生産 (GDP) 」ですが、こうした経済的、物質主義的な指標からは、その国の、国民のしあわせは見えてこないっていう考え方ですね。


ブータンは世界一しあわせな国民の国として有名になりました。

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ところが時代が進んで、国連が2012年から実施し始めた「世界幸福度ランキング」でブータンは、2013年に第8位となって面目躍如たるところをみせたものの、順位を下降させ続けて2019年の95位という記録を最後に、ランキングからは外れてしまっているようです。

 


だいたい150か国を対象としている「世界幸福度ランキング」です。
ランキング順位ついては様々な見方があるようですが、何がしあわせなのかっていうのは、結局判断するのが難しいってことになるんだろうなあって思わざるを得ませんね。


ランキングは各国の国民にアンケート調査した結果で判断するんだそうです。


ザックリ言ってしまえば「あなたはしあわせですか?」っていう質問に、その国の人々がどう答えるかっていうスタイル。


地球全体がネットワークでつながって、情報は玉石混交とはいえ、皆がスマホを持つようになる以前とはそのボリュームは比較になりませんよね。
いろんな情報が、お気楽極楽に入って来ますよ。


しあわせですって答えなくなったのは、ブータンの国民がだんだんしあわせじゃなくなった、ってことじゃなくって、なにをしあわせと考えるかっていう考え方、感じ方が変わった結果なんじゃないでしょうか。


「家族や仲間がいて、雨風をしのげる家があって、食べるものもある。だから自分はしあわせ」っていう感覚は、多分な情報を得ることによる世界との比較っていう、それまで無かったモノの見方が出てきて、いろいろ変わってしまうのかもです。
情報過多なのかもしれません。


国連の「世界幸福度ランキング」は「一人当たり国内総生産GDP)」「社会保障制度」「健康寿命」「人生の自由度」「他者への寛容さ」「国への信頼度」っていう指針でアンケートを採っているんだそうですが、2021年のランキング・ベスト10は、


第1位:フィンランド


第2位:デンマーク


第3位:スイス


第4位:アイスランド


第5位:オランダ


第6位:ノルウェー


第7位:スウェーデン


第8位:ルクセンブルク


第9位:ニュージーランド


第10位:オーストリア


北欧が幸福度の高い国として、常に上位を占めている結果が続いているみたいです。
ちなみに日本は第56位。アメリカは第19位。中国は第84位。


日本は低い順位で定着していて、これって問題じゃないの? って心配する声も上がっているんですが、ブータンのケースと同様に、しあわせですか? って聞かれて、はいって答えるタイプの国民性じゃない気がしますね。


ただ、国民がなにをしあわせと思っていて、その思いに応えるべく施策を考えていくっていうのは為政者の勤めではあるでしょうね。
自殺する人の数っていうのも、ずっと多い国ではあります。


日本では荒川区浜松市が住民の幸福度を測る活動をしています。


荒川区の場合を見てみますと、荒川区民総幸福度(Gross Arakawa Happiness)を数値化すべく、アンケート調査を実施しているんですね。

 

2020年に実施した「幸福実感度調査」は「健康・福祉」「子育て・教育」「産業」「環境」「文化」「安全・安心」っていう6つの分野について選択式で回答してもらうものです。


それぞれについて荒川区民の意識の一部分を見てみたいと思います。


☆「健康・福祉」カテゴリーの中で「幸せにとって特に重要だと思うもの」
24.4%で一番多かったのは「心が安らぐ時間を持てていること」


☆「子育て・教育」カテゴリーの中で「幸せにとって特に重要だと思うもの」
49.7%で半数近くを占めたのは「親子のコミュニケーションがとれていること」


☆「産業」カテゴリーの中で「幸せにとって特に重要だと思うもの」
68.6%と半数以上を占めたのは「生活を送るために必要な収入があること」


☆「環境」カテゴリーの中で「幸せにとって特に重要だと思うもの」
35.5%で一番多かったのは「地域の交通の便が良いこと」


☆「文化」カテゴリーの中で「幸せにとって特に重要だと思うもの」
48.8%で半数近くを占めたのは「興味・関心のあることに取り組むことができていること」


☆「安全・安心」カテゴリーの中で「幸せにとって特に重要だと思うもの」
53.5%で半数以上を占めたのは「犯罪への不安がないこと」


こうして区民がどんなことをしあわせだと考えているかという結果を指標として、行政に役立てていきたいっていう活動はもっと広まっていってもイイように思いますです。


ただ、アンケートでの選択肢をどのように用意するのか、その選択肢の具体策をどう捉えているのかっていうのは難しい問題だと思います。
今、用意してある選択肢が、しあわせのバリエーションを汲み取ったものなのかどうか、誰にも分かりませんよね。


荒川区のこの結果は、コロナ禍の中での回答です。
まだ先になりそうですが、コロナが明けた時、日本の世の中って、けっこう変わっているんだろうと思います。


生活様式もそうでしょうし、生活感覚、感情も違ってきて、企業の在り方も大きく変わりそうです。
そうなったとき、しあわせをどう捉えているのかっていうのも変わってしまうんじゃないでしょうかね。


なにか画期的な指針を見つけ出さないと、住民のしあわせは実現、難しい感じですね。
結局、しあわせってなんだっけ? っていうのは、やっぱり、答えが無いのかもしれません。


足るを知って、あるべきようを見据えて、身近なしあわせを感じ取れる人が、ね。

 


でもね、日本人ってランキング好きな国民性らしいですからね、どうしても比較して、しあわせを見失ってしまいがち、なのかもですねえ。


心のゆとり、いつも忘れないでいたいものです。


しあわせって、難しいもの、なんでしょかねえ。なんだかねえ。

【カップヌードル】コンビニでプロはみるけど ナイスってどこいった?

< 塩分過剰摂取はもちろん避けるべきですが ゼロリスクにこだわり過ぎると楽しくないです >

「食足世平」
「食創為世」
「美健賢食」
「食為聖職」


漢字ばっかりをこうして並べちゃうと、なにそれ? ってな感じなんですけれど、これ「日清食品」の企業理念なんだそうです。


1958年に「日々清らかに豊かな味をつくる」会社として「日清」という名前にしたっていう創業者が、あの「安藤百福」です。
NHK連続テレビ小説の99作目「まんぷく」のモデルになった、あの人ですね。


1910年、明治43年、台湾生まれなんだそうですが、日本に帰化する前の名前は「呉百福」
凄い名前ですよね。福が百。百の福。お目出度く有り難い名前の通りの実績を遺してくれた人ですね。


人の世は「衣食住」とはいうものの、まず、食がなければ衣も住もあったものではない、っていう思いを戦後の食糧難のなかで持ったそうです。
全くその通り、なんじゃないでしょうか。

 


「食足世平(しょくそくせへい)」は「食が足りてこそ世の中が平和になる」


「食創為世(しょくそういせい)」は「世の中のために食を創造する」


「美健賢食(びけんけんしょく)」は「美しく健康な身体は賢い食生活から」


「食為聖職(しょくいせいしょく)」は「食の仕事は聖職である」っていう意味。


なかなかカッチリした考え方です。漢字文化って凄いです。


ま、企業理念とかいうのは、こうした表現の方が納まりがイイんでしょうけどね。


なんでまた日清食品の企業理念なんてものを気にしているのかって言いますとですね、ドラッグストアで買い物をしていて「ん?」と思った商品に出会ったからなんですね。
カップヌードルPRO 高たんぱく&低糖質」です。


2021年4月5日に新発売だったみたいですから、かなり遅れての発見! みたいなことなんですが、プロって、なんなん? なのでした。
どうした日清食品


今までのカップヌードルはアマチュアだってこと? とか、しょーもないことを思ったりもしたんですが、プロっていうのは「ハイプロテイン謎肉」のプロなんでしょうね。
プロテインですか、そですか。


健康ブームはずっと続いていますね。カップ麺もプロテインですか。ふううん。
で、食べてみました。


カップヌードルプロは「シーフード」も一緒に出ていますが、食べてみたのはノーマルの方。


「おいしさそのまま」っていうコピーの通り、何の不満もない味わいでした。ではあったんですが、なんとなあくですね、プロじゃない、昔からのカップヌードルの方に軍配を上げてしまいますね。


といってもですね、本家本元のカップヌードルも、長い歴史の中で味を変えてきてはいるんでしょうけれどね。


カップヌードルもいつの間にか凄い種類が出ていてビックリしますが、なんでしょうか、いろいろ食べてみて、それぞれ旨いとは思いますが、一周してノーマルに戻る、っていう感じになります。


帰って来るのは最初に食べたノーマルの、あの見慣れたカップヌードルだったりましす。
初めて食べたカップラーメンがノーマルのカップヌードルでしたからねえ。


そういうのってありますよね。
特にインスタントラーメンに顕著な傾向かもしれません。


袋麺もいろんな種類が出ていますけれど、ロングランを続けている商品に戻っていきます。
食べるとホッとするようなノスタルジー袋ラーメンって、なんですか? ありますよね?

 


チキンラーメン」は袋麺が1958年、カップ麺が1991年の発売で、インスタントラーメンの嚆矢だそうですが、実はこれには戻っていきません。私の場合ね。


昔から食べているはずなんですが、カップ麺のチキンラーメンには魅力を感じられないですしね。


日清のもう1つの代表的インスタントラーメン「出前一丁」は袋麺が1968年、カップ麺がチキンラーメンと同じ1991年の発売です。ごまラー油の香りが、インスタントとはいいながら満足感がありますね。
好きな袋麺、上位の「出前一丁」です。


対する「サンヨー食品」の「サッポロ一番しょうゆ味」は袋麺が1966年、カップ麺が1999年です。


袋麺もカップ麺も日清食品には一歩遅れて出されたわけですが、チキンラーメン出前一丁がインスタントラーメン独自の味わいを出しているのに対して、サッポロ一番町中華の味を出そうとしているように感じます。


サッポロ一番みそラーメン」の袋麺が1968年、カップ麺が1998年に出て、「サッポロ一番塩らーめん」は袋麺が1971年、カップ麺が1998年です。


サッポロ一番町中華ラーメンのスタンダードといえる、しょう油、味噌、塩というバリエーションを揃えています。


先行した「しょうゆ味」に対して、みそと塩は「ラーメン」だっていうのが面白いところだと思います。


個人的に帰って行くラーメンが「サッポロ一番みそラーメン」なんですね。

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カップ麺が発売された時は、おお懐かしい、などと思ったものでしたが、しばらく食べていなかったにもかかわらず、満足感を覚えましたです。これだこれだ、って感じ。


この「サッポロ一番みそラーメン」カップ麺が発売される27年も前、1971年に発売されたのが「カップヌードル」ですね。


世界初のカップ麺。凄い発明品だと思います。


日本人全員がテレビの前に釘付けになった「あさま山荘事件」は1972年、昭和47年です。


山荘を包囲して事件に対処していた機動隊員たちに提供されているのが映し出されて、一気に認知された「カップヌードル」なんですが、この天才的な宣伝を指示したのも日清食品初代社長の安藤百福だそうです。


箸じゃなくってフォークで食べるっていうスタイルでしたね。最初の頃はね。


爆発的にヒットして、日清食品は東京、大阪、名古屋の証券取引所に一部上場したんだそうです。


新しいカップ麺が出されると、だいたいチャレンジしてみるんですが、ぐるっと回って、食べたくなるカップ麺はやっぱり「カップヌードル」と「サッポロ一番みそラーメン」です。


他のが旨くないってことじゃなくって、この2つであればマチガイナイといいますか、満足感が違う感じです。


でもほら、カップラーメンは身体に悪いでしょ。っていう声はずっと前から、しょっちゅう聞きます。
っていうか聞かされます。


健康ブームは衰えしらずで、健康知識は居酒屋トークや井戸端会議の主役みたいになっていますよね。
健康バカっていうような男女も少なくなくって、酒を呑みながらの健康談義って、なんだかね、スットコドッコイです。


行き過ぎた健康志向、食に対するゼロリスク神話みたいなことって、メタレベルで考えてみると、どれもかなり妙な具合になってしまいます。


もちろん全くデタラメな食生活じゃいけませんでしょうが、気にし過ぎるのも悪影響があるように思えます。
第一、そんなに飲食に対して禁止ばっかりしていたんじゃ、楽しくないですよね。
我慢が大事なジャンルじゃないでしょ!


とはいうものの、食品会社として、身体にイイっていうコンセプトは無視してイイものじゃなくって、なんとか工夫をし続けているっていうのが現状なんでしょう。


カップヌードルプロも、そうした背景から出てきた新商品なんだろうと思います。


ちょっと前、2019年に「カップヌードル コッテリーナイス」っていうのが出されていて、脂質50%オフ、糖質50%オフ、カロリーも従来品の半分っていうコンセプトでした。


コンビニの棚で最近見かけませんよ。


カップヌードル コッテリーナイス」はリニューアル商品で、その前身は「カップヌードル ナイス」
これは脂質50%オフ、糖質40%オフ、カロリーも従来品の半分っていうコンセプトでした。


糖質オフを50%にあげて、ヘルシーだけどコッテリですよっていうのが「カップヌードル コッテリーナイス」なんですね。


カップヌードル ソルトオフ」っていうのもありますね。
「ちゃんとおいしいのに、塩分30%オフ!」っていうコンセプト。


カップ麺が身体に悪いって言われる根拠の一番が「塩分」ですからね、30%オフは看板になるんでしょうね。


旨さだけじゃダメで、ヘルシーですよっていう売り文句が求められるのはカップ麺だけじゃないでしょうけれど、結局ラーメンが食べたい、カップ麺って旨いよねっていう気持ちがあるから食べるんですよね。


ちょっと我慢して、っていう食生活のコンセプトって、むしろヨロシクナイ感じもするんですよ。
ってことで、まだ食べたことが無くって、身体にイイのかワルイのかを考えずに食べてみたいカップヌードルがいくつかあるんですよねえ。


カップヌードル 北海道濃厚ミルクシーフー道ヌードル」


カップヌードル パクチー香るトムヤムクン


カップヌードル シビれる花椒の火鍋ヌードル」


カップヌードル 魚介仕立てのペペロンチーノ」


カップヌードル ポルチーニ香るきのこポタージュ」

 


なんかね、どれも本格的にコッテリ系な感じです。そこが期待です。


早いトコチャレンジしないと、コッテリ―ナイスみたいに見かけなくなっちゃいますよね、きっと。
健康志向のカップラーメンも栄枯盛衰。


ま、日本はなんのかんの言っても、へーわです。それでいいです。

【ラーメンあらかると】いろいろ食べて 結局 醤油ラーメンに帰ってくる

< 町中華 ラーメン屋って簡単に言うけど いろんなラーメンがありますよねえ >

日本人の国民食っていわれているラーメンですが、改めて考えてみますと、実にいろんな種類がありますね。


新横浜に「ラーメン博物館」が開館したのは1994年のことでしたが、ラーメンのバリエーションっていつごろから増えたんでしょうか。
一気に爆発的に増えたのか、それとも長い時間をかけて徐々に増えてきたのか。


令和現在のラーメンって、地域ごとに店ごとに、とにかくたくさんの種類があって、それでもって、まあね、だいたい旨いですよ。
インパクトの強い、味の濃いラーメンも旨いですし、アッサリ系の、なんでもないラーメンも旨いです。


近所の町中華でもしょっちゅうラーメンを食べますが、気が付いてみるとただのラーメンを注文することってほとんどなかったんですね。
タンメンだったり、麻婆ラーメン、担担麺とか、しっかりした具材の乗っかっているラーメンばっかりでした。
素ラーメンを食べていない。で、そのことに気付かされる出来事が、つい先日あったのでした。

 


長い散歩で歩いて行った先に、通り沿いに大きなマンションとオフィスビルに挟まれた50メートルほどのエリアがあって、昭和の空気感を漂わせている2階建ての家屋が取り残されてしまってでもいるように、4軒ほど並んでいました。


どの建物も民家風の2階家でしたが、オフィスビル側の2軒が焼き鳥屋さんとラーメン屋さんでした。


昼時を少し過ぎた時間帯でしたので焼き鳥屋さんは看板のみでシャッターが閉まっていましたが、ラーメン屋さんは赤いのれんがひらひらしていました。
トタン張りの外壁はだいぶ錆もみえていて、手動の引き戸。そこに掛けられているのれんは、色鮮やかな赤い地に白い文字でくっきりと「らあめん」と染め抜いてありました。
けっこう新しそうなのれんです。


通り全体が、どちらかというとしんみりした、派手さの無い空気感なんですが、その「らあめん」だけは元気な姿に見えたんですね。ひらひらした揺れ感がイイ。清潔そうなのれん。


錆びかけた薄い灰色の壁にはメニューボードが張り出されていて、そこには「らあめん 400円」とありました。


けっこう古そうなメニューボードです。
その他には「タンメン 450円」「チャーシューメン 650円」「チャーハン 500円」「オムライス 550円」などとあります。
ずっと前の値段をいつまでも書き換えずに、そのままなのかもしれません。


ただ、書かれているメニューの字は印刷書体で、古いものには見えないんですね。


ま、なんにしても町中華のラーメン一杯ですから、令和の値段になっていたとしても、そこまでビックリすることもないでしょう、と判断して、のれんをくぐってみました。


2つの長机があって、それぞれに6つのイス。2人がけの小さなテーブル席が1つ。窓に面したカウンター、というか棚席に3人、という黄昏た店内でした。昭和の町中華


棚席はアクリル板で仕切りがされています。ちゃんとしています。おばちゃんの愛想も悪くないです。
で、棚の上に置かれている小さなメニューを改めて見てみると、「らあめん」はやっぱり400円。


「安いですね」
って水を持ってきてくれたおばちゃんに聞くと、
「あはは、そうそう、昔から変えてないの。ずっと400円」


他のメニューもおそらくたぶん、ずっと昔のままの値段なんでしょうねえ。


失敗しても、まあいっか、のノリで「オムライス 550円」も魅力的でしたが、色鮮やかなのれんを見た時から、口がラーメンの口になっていましたので「らあめん」を注文しました。


棚席からちょっとだけ見える厨房にはおじさんの仕事している姿が見えました。
年季の入った白衣姿。視線を斜め下に落としたまま、黙々と仕事してます。

 


で、出てきた「らあめん」は、白い無地のラーメンどんぶりで、うっすら透明感のあるスープに、チャーシュー、なると、ほうれん草、刻みネギ。麺は中細縮れ麺。
ザ・シンプル。


400円ですしねえ、ありがたいことですよ。
で、レンゲでスープをひと口。


おおお~! 旨いんですよ、これが。懐かしい風味です。これですよ、これ。これぞラーメン。


熱さも熱し、特に主張のない麺もウマシ!
そうだった、ラーメンってこういう食べものだった、って本気で気付かされた感じでした。


乗っかっている具材って、ホント口休めっていうか、食感を変えるために口に入れるだけで、満足感は麺とスープにあったんでしたねえ。


400円っていう値段も満足感を後押ししてくれます。ごちそうですよ、ラーメンは。

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で、その日以来、近所の町中華でも普通のラーメンばっかり食べ歩いているんですが、600円とか650円が多いです。
値段にモンクはないんですが、あの400円らあめんの懐かしを感じるラーメンにはまだ出会っていません。


あの時感じたラーメンの懐かしさって、なんなん?
その正体を考えてみました。


1884年明治17年に北海道、函館の洋食屋さん「養和軒」で出された「南京そば」っていう塩ラーメンが日本で最初のラーメンなんだそうですよ。
洋食屋さんの塩ラーメン。へええ、です。南京だったんですねえ。


麺は中華麺だったんでしょうか。興味ありますねえ。


一時期「黄金の塩」っていうラーメンが市ヶ谷の店で評判になって、行列が出来ていましたが、塩ラーメンが最初だっていうのは意外です。
しかも洋食屋。ま、「洋」かどうかは分かりませんが、「和」じゃないですもんね。


養和軒の南京そばがどれほどの知名度だったのかは知りようもありませんけれど、1884年っていうと北海道の「屯田兵」が始まってから10年です。
南京そばが全国区じゃなかったであろうことは、想像に難くないですね。


そもそも、このころはラーメンっていう食べ物自体が、かなりの贅沢品だったのかもしれません。


1910年、明治43年になると、浅草に日本で初めてのラーメン屋さんが出来ます。「来々軒」です。
この来々軒っていう名前、なんとなく聞いたことはあるんですが、実物を見たことはないですね。


渡る世間で「幸楽」っていう名前が有名になる前は、来々軒が日本で一番有名なラーメン屋さんだったのかもしれません。知らんけど。
マンガなんかに出てくる町中華には来々軒っていう名前が多かったように思います。


来々軒のラーメンは醤油ラーメン。元祖ですね。東京ラーメンも来々軒から始まっているそうです。


来々軒の経営者が1916年、大正5年に栃木県佐野市に洋食屋さん「エビス食堂」を開業。


ここエビス食堂っていう洋食屋さんでも、来々軒のラーメンを出していたみたいですが、エビス食堂で修行していた調理人が、1930年、昭和5年にオープンさせた「宝来軒」っていうラーメン屋さんが「佐野ラーメン」の元祖。


栃木県の佐野ラーメンは一日で7軒のラーメン屋さんをハシゴしたことがあります。


車で行って、高速を降りてすぐの店で食べながら、地元の人に「佐野ラーメンといえば」って聞いて、移動。
そこでも聞いて、また移動っていう感じで食べ歩きましたが、スッキリ系の醤油ラーメンですね。


もちろん店によっていろいろ工夫があるでしょうから、一概に言えませんが、青竹打ちの平麺で、たぶんおそらく「たまり」醤油のスープでしたね。旨いですよ、佐野ラーメン。


1937年、昭和12年、九州、福岡県久留米市にオープンした「南京千両」が澄んだ豚骨スープのラーメンを出して評判になったそうです。ここも南京ですね。


で、澄んだ豚骨スープのラーメン店がどんどん広まっていったんだそうです。大人気。


1947年、昭和22年。同じ久留米市のラーメン屋さん「三九」が、間違ってスープをグツグツと沸騰させてしまって出来たのが、今で普通に言う白濁した「豚骨スープ」
失敗したけど飲んでみたら、意外に旨いじゃん! ってことでこれ以降の定番になったらしいです。


失敗は成功のもとアルアルですが、敗戦後2年っていうタイミングです。当時の食糧事情、栄養事情を考えますと、白濁した豚骨スープって、失敗じゃなくってチャレンジだったのかもですよね。煮だしたほうが栄養摂れそうじゃんっていう判断。知らんけど。


同じ1947年には広島県尾道の「朱華園」で「中華そば」が出されたそうです。
これは明らかに今につながる中華そばみたいですね。


なんとなくノスタルジックな感じのする「中華そば」っていう言葉の響きですが、尾道がルーツだったんですね。
これもまた意外な感じがします。
尾道ラーメン、イコール、中華そばってことですよ。


醤油です。シンプルラーメンです。今でも中華そばっていうメニューは見かけることがあります。絶対、日本人のノスタルジーを狙ってますよね。イイんですけど。


1955年、昭和30年になると、日本は戦後っていう時期を脱して右肩上がりの経済成長を始める頃になっていきますが、その頃東京中野で開業していた「大勝軒」で「つけ麺」が考案されます。
冷たい「もりそば」と温かい「あつもり」があって、大人気。


つけ麺を考案した山岸一雄オヤジは1961年、昭和36年に独立して「東池袋大勝軒」を開業するんですね。


つけ麺はずっと人気メニューで、1973年、昭和48年には「つけ麺大王」が開業しています。


ラーメンといえば外すことのできないのが「サッポロ味噌ラーメン」


これもまた1955年に「味の三平」で始まって、1967年、昭和42年に「どさん娘ラーメン」が全国展開し始めたってことらしいです。


ドサンコ」と「ドサンムスメ」っていう名前に落ち着いたっていうマンガみたいな争いもあったみたいですが、サッポロ味噌ラーメンには、風味を失っていない七味が大事、なんじゃないかって、個人的には思っています。


1968年、昭和43年、都立大学に「ラーメン二郎」がオープンします。


この頃からでしょうかね、透明感のあるスッキリ系の醤油ラーメンじゃない種類のラーメンが人気を得ていったのは。


1970年代になるとチェーン店の「ラーメンショップ」が全国展開を始めます。
何店舗か行っていますが、旨いですね、このチェーン店も。


透明感は強くないんですが、ゴテゴテしていないシンプル系のラーメンですね。中(ちゅう)がイイです。


そしてこのラーメンショップから「吉村家」が1974年、昭和49年に横浜に誕生します。
「横浜家系」の始まりですね。


今、新しいラーメンの味としては「鶏白湯」があげられるでしょうかね。


煮干し系のラーメンの人気も衰えません。


荻窪ラーメンは少し精彩を欠いている感じですが、八王子ラーメンはそこそこ人気です。

 


でもやっぱりですね、沸騰させないタイプのスッキリ透明感のある、だしの味が判る、シンプルラーメンが幸せです。


400円ラーメンの、その店で、もう1つ気になっているメニューは「オムチャーハン 600円」
ラーメンとオムチャーハンで1,000円です。


でもあれかな、そんなに食べられないかな。ん~。


安くて旨いのがなによりですよね。残しちゃいけません。


ラーメン、イイなあ~。

【正常性バイアス】が常習化しちゃった結果なんでしょか?

< いやあ ただの身勝手でしょ どうみても正常じゃないでしょ >

今、何が起こっているのか。その出来事が自分にとって不都合なときに、あり得ないこととして軽く考えるようにしたり、無視したりする認知を「正常性バイアス」っていうんだそうです。


通常は、災害情報に関して、いつもの日常のことと判断して避難行動に繋がらない危険性を指摘するときに使われる「正常性バイアス」ですが、今回、やっと辞職した元都議の弁明を聞いていますと、なんでしょう、普通の考え方、判断力じゃないように感じられました。


「オカシイでしょ!」って、誰でもが思うレベルの行動に対して、なんで、ああいう発言が出来るのか、そこが不思議です。


彼女の場合、支離滅裂というのとは違っていましたよね。


2016年には元兵庫県議の詐欺、虚偽有印公文書作成及び行使事案がありましたが、あのときの弁明は明らかに支離滅裂でした。号泣県議としてニュースになって失笑を買いました。

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めちゃくちゃなことをしていれば、弁明が覚束なくなるのは当然のことのように思えます。泣いてごまかすっていう結果でした。


ただ、今回の元都議の弁明は、言語明瞭で、しゃべり方もしっかりしていながら、内容が常識から完全に外れたものだったですね。


悪いことなのかもしれませんが、もう終わったことですよ。それのどこがおかしいんですか。
って言っているように聞こえました。

 


2018年から2021年の3年間に5回の免許停止処分を受けているそうです。いや、7回だという報道もあります。
免許停止っていうのは凶悪っていう種類の違反ではないとは思えます。
私自身も1回経験しています。


ただ、3年間で5回はかなり多いですし、7回ともなると異常といえるほど多いですね。


都内の駐車事情は、けっして充分なものじゃなくって、何かちょっとした用事で路上に停めて、すぐ戻って来るからっていうつもりの駐車違反っていうのは頻繁にあります。
警官のボーナス確保か! っとかね、理不尽にプンプンしている向きもありますが、まあ、違反は違反です。
私自身もキップを切られた経験が数回あります。


止むを得ない感じがしないでもない駐車違反ですが、元都議の場合、速度違反2回、携帯電話使用2回、信号無視1回、一時停止無視1回と報道されています。
駐車違反は1回もないです。


にしてもこれだけで5回も免許停止処分にはならないと思いますね。


2018年以前に免許停止になって、点数が完全に戻ってくる前に違反を摘発されているってことなんでしょうね。


それぞれの免許停止期間がどれくらいだったのか、詳細は分かりませんが、2021年7月に衝突事故を起こしたときもそうだったように、いつも無免許運転状態だったっていうのが常態化していたのかもしれません。

 


選挙期間中の無免許事故が報道されて、会派から除名されると1人会派を起ち上げます。


ん~。都議とはいえ、みんながみんな「御立派さん」であるとは思っていませんけれど、こうした世間一般の常識から外れたカーライフをしているっていう意識がないんだろうなって思える行動です。


2回の辞職勧告決議には聞く耳持たず、在宅起訴されて、やっと辞職という経緯だったわけですけれど、罪の意識があっての辞職だったのかどうかは、かなりアヤシイ感じですよね。
ま、解決といいますか、一応の終着点に至ったとは言えるんでしょうかね。


ただ、釈然としないのは、号泣県議もそうですが、どうしてそういう認識の人が当選してしまうのかっていうことです。
この2人だけじゃなくって、もっと大勢居ますよね。


なんで、こんな人が当選しちゃったんだろうって思う言動の議員さん。


法令順守っていう生活態度の模範となるべく活動するのって、デフォルトでしょ、って思いますよ。議員さんはね。


腹黒くたって、一応、遵守してますよっていう態度を見せる言動には気を遣っているはずの「お仕事」のはず。


元都議のケースは、自分のしていることは悪くないでしょ、っていう意識がずっと続いているように思えます。
こういう人が、なんで立候補しようって考えるんでしょうか。


あるいは、そういう考え方の人だからこそ立候補しちゃうんでしょうかね。


世の中で、何をしたくて立候補するんでしょう。
単なる名誉欲みたいなことなんでしょうか。
そんでもって、そんな人が当選しちゃうのってなんでなんでしょう。

 


そりゃあね、選挙用の言舌、ポスター、プロフィールから見えてくるような種類のものじゃありませんもんね。


特に元都議の場合、言舌はむしろ鮮やかな人でしたね。
でも言動不一致。


給与だってもらう権利がありますよ。議会の方がよろしくないっていうような傲岸不遜。


自分が他人のことを非難できるようなポジションにいるつもりはないんですけれどね、今回はなんだか腹立たしいような、気色悪いような、そんな後味がぶりかえしてきてしまうでありますよ。


議会としても想定外だったんでしょうけれども、日本って21世紀になって、ずっと想定外にやられている感じ
ですかねえ。


世界は、人間が一番理解不能、なんでしょか。。。


今回はただぶちぶち言うだけになってしまいました。