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【おのごろ島】日本の国のそもそもの始まりの物語の不可思議

< ダイレクトな表現だけど エロくはない 国生み 神生みの話 >

神話なんだからエロいわけないでしょ、っていう人もいますが、いや、充分エロいです、っていう人もいます。


いや、まあ、エロ話じゃなくって古事記の国生みの話なんですが、なんかね、へろへろの頭脳では理解できないところがけっこうあります。


まずですね、イザナギノミコト、イザナミノミコトという男女の神様。

元々、高天原(たかまがはら)にたくさんおられるらしい神々の中の二柱ですね。


天の上から下の海を見ると、何か得体の知れないものが漂っているばかりのカオス状態。
このままではイカンね。っていうことに神々の話がまとまったみたいなんですが、なんででしょうね。


なんで、このままじゃイカンってことになったんでしょうか。


パンゲアから陸地が別れて、ユーラシア、アメリカ、オーストラリア、南極の現在確認できる大陸がハッキリしてきたころなんでしょうか。
ユーラシア大陸の端っこ辺りの海が渾沌としていたとしても、天上に住んでいる神々が、なんだってまた、このままじゃイカンって思ったんでしょう。


ここがます、解らないところです。


でもまあ、とにかく、イカンっていうことに話がまとまったらしいんですよ。

 


で、神々にも地位というか序列みたいなのがあるんでしょうね。
あるとき、キミたち、なんとかまとめなさいって命じられたのがイザナギノミコト、イザナミノミコトってことになります。


ええ~?! やだあ、面倒くさいし、とかはないですね。
そんじゃあまあ国作りをしましょうって素直に従うんですね。


手渡された「天沼矛(あめのぬぼこ)」っていう長い鑓を持って、「天浮橋(あめのうきはし)」に二柱で立ちます。


「天沼矛」って、あれですかね、孫悟空の如意棒みたいに自在に伸び縮みする鑓なんでしょうかね。天の上から海面に届くんですから、相当な長さです。


「天浮橋」っていうんですから天の上に浮いている橋なんでしょうね。天橋立とは違いますね。


ま、海の遥か上に浮かんでいる橋から、長~い鑓を降ろして「こおろ こおろ」と渾沌とした海をかき混ぜたんだそうですよ。

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イザナギノミコト、イザナミノミコト、力を合わせてっていうことなんですが、めっちゃ力持ち。
まあね、神様ですからね、人間的な基準で判断しちゃいけないってことでしょう。


で、またここで不思議なのは「こおろ こおろ」っていう音がしたってことですね。


「天沼矛」でかき回した海は、のっぺらぼーじゃなかったってことなんでしょう。


それとも海をかき回したっていっても、スケールが全然違うんで、じゃばじゃば、とかいうレベルじゃなくって、大きくかき回すと「こおろ こおろ」って音になるんですかね。


じゃなくって、島の基になるいろいろがあった海なので「こおろ こおろ」って音がしたんでしょうか。
解りませんね。

 


そもそも国を作ろうっていうのに先のとがった鑓で「こおろ こおろ」かき回すっていう方法を選択したっていうことが不思議なんですけどね。


で、また、「天沼矛」でかき回して、島の基を集めるわけじゃなくって、「こおろ こおろ」やった後、引き揚げますね。その時「天沼矛」から滴り落ちた海水が固まって島が出来ちゃいます。


「おのごろ島」ですね。


自ずから固まる、凝まる島ってことで「自凝島(おのごろじま)」なんですね。「淤能碁呂島」とも書きます。


この「おのごろ島」が我らが日本列島の原点ですね。


「おのごろ島」にイザナギノミコト、イザナミノミコトが降りたって、次々に大八洲(おおやしま)と呼ばれる島を作っていくのが古事記の国生みの話です。


鑓の先から滴り落ちた海水が固まったっていうにしては、けっこう大きな島です。なにせイザナギノミコト、イザナミノミコトが降りて来て、「天の御柱(みはしら)」と「八尋殿(やひろどの)」を建てたっていうんですからね。
そこそこな広さがないと「八尋殿」なんて建てられませんよね。


さらにですね、そこはツッコむとこじゃないでしょ! ってことではあるんですが、「八尋殿」って誰が建てたの?


八尋っていうんですから、そこそこ広い家なんですよね。
イザナギノミコト、イザナミノミコトって大工さんなの?


天上界の大工さんを一緒に連れてきていたのか、出来たばっかりの「おのごろ島」にはもう人間が居たのか。


だからあ、そこはツッコむとこじゃないから!
ま、そですね。


んでもって、イザナギノミコト、イザナミノミコトは「目合い」と表現されている「合体」をするわけですが、ここの部分がエロいのエロくないのっていう話のネタになる部分ですね。
ん? 誰もそんな話してないですか?


ま、イイです。そこの部分はこんな感じです。酔っ払いの戯言として聞いてくださいねエ。
イザナギノミコトがイザナミノミコトに問いかけます。


「ねえねえ、君の身体って、どうなってんの?」


この質問もかなりオカシイですよね。高天原で一緒に暮らしてたはずなんですけどね。


それともここは、おのごろ島に降り立った瞬間から神ではない身体になって、ここで初めて性の区別が出来たって解釈すべきことなんでしょうか。


イザナミノミコトもテライなく即答します。


「あのねえ、アタシの身体はねえ、だいたい出来上がってると思うんだけど、1カ所だけ足りない感じのところがあるのよねえ」


「ふううん。僕の身体もちゃんと出来上がっていると思うんだけど、1カ所だけ余ってるトコがあるんだよねえ。だからさ、僕の余ってるトコで君の足りないトコを刺して塞いで、国を生もうじゃないですか」


まあね、もちろん神様ですから、こんな軽率な感じじゃなかったでしょうけれど、なんかねえ、足りないトコと余ってるトコっていう表現がいろいろとエロエロだったり、じゃなかったりの部分なんですが、そこは置いといてもですね、なんでそれで国生みにつながるって知ってたんでしょう。
そこがそれ、神さまなんでしょうかね。


イザナミノミコトは、あっさりオッケーします。


「あら、それいいわね」


ま、こんな感じなんですが、なんだか意味があるんだか無いんだか分からない儀式から始めます。
「天の御柱」の周りを回って、出会うっていう儀式を挟むんですね。前戯でしょか。


イザナギノミコトは左回りに、イザナミノミコトは右回りに、ってことなんですが、これってどういう意味を持たせているんでしょうね。
イザナギノミコトが高気圧で、イザナミノミコトが低気圧とか、ん~、そういうことじゃないみたいですね。


回り始める最初のところでは一緒なんだろうと思うんですよね。たとえば背中合わせに一緒に居て、そこから一緒にスタート、みたいな感じでしょうねえ。


「天の御柱」がどの程度の大きさなのかハッキリしませんが、お互いの姿が見えなくなるぐらいには大きい柱であって欲しいです。
そうじゃないと、わざわざ回るっていう意味がないような気がしますよ。


一旦離れて、ぐるっと回ってコンニチワ。


「ああらイイ男」


「なんとミリキ的な女」


って、なんでしょね、これ。コ芝居ですよね。


で、「目合い」です。


んでもって「目合い」するとすぐに結果が出ます。
で、なんと、失敗しちゃうんですよね。
しかも失敗は1回じゃなくって2回です。


なんでか? ってことを占ってもらうんですよね。ええ~っ! 高天原の神様たちに相談するんじゃなくって、占ってもらったの~? 誰に~?


占ってもらうために、一旦おのごろ島を離れたみたいですので、高天原の占い師なのかもです。
神さまが集まっているところにも占い師がいるんでしょうかねえ。


イザナギノミコトもイザナミノミコトも神さまなのに、占ってもらうってところがカーイーです。


で、占ってもらった結果、


「女の方から誘っちゃダメですよ」


ってことらしくって、「なんでよ!」っとはならなくって、とっても素直におのごろ島に戻って、またぐるっと回って、イザナギノミコトの方から声をかけて「目合い」です。


良好な結果がすぐに出て、いよいよ日本列島がざくざくと生まれてきます。


まず淡路島。四国。隠岐島。九州。壱岐島対馬佐渡。本州。
様々な大きさの島を次々に生んでいくんですね。


これ以外にも小さな島々の名前が古事記には記されていますが、北海道はないんですよ。
北海道ってイザナミノミコトから生まれていない島なんですねえ。

 


でもまあ、こうして日本列島はおのごろ島から生み出されたってことなんです。


とっても大事なはずのおのごろ島なんですが、灯台下暗し、おのごろ島がどこなのかは記されていないんです。
どこにあるのか、あるいはあったのか、不明なわけです。


幾つかあるんです。おのごろ島はここですよって島が。


淡路島の南にある「沼島」っていう勾玉型の島がおのごろ島だというのが一番有力らしいです。


淡路島北側の「絵島」兵庫県の「家島」がそうだとかいう説もありますし、いやいや淡路島自体がおのごろ島だっていう説もあるんですね。


兵庫県立歴史博物館の「ひょうご伝説紀行」の中の「神と仏 古事記とオノコロ島伝説をめぐる」には、仁徳天皇の歌が紹介されています。

 

仁徳天皇が淡路島から見える景色として「淤能碁呂嶋(おのころしま)」を詠んでいるんですね。


淡路島からおのごろ島が見えますよっていう歌の通りだとすれば、仁徳天皇の時代、4世紀末から5世紀初頭には、おのごろ島の存在は普通に知られていたってことですね。


仁徳天皇自体が実在しただろうって言われている伝説の天皇ですからね、その歌におのごろ島が詠まれていたとして、ま、ふわっとした根拠ではあるんですが、実在していたはずのおのごろ島の存在が、なんであやふやになってしまったんでしょうね。


イザナギノミコトとイザナミノミコトは、多くの島、大八島を生んだ後、今度は八百万(やおよろず)の神々を生んでいきます。


まあね、そんなに出産ラッシュしたらイザナミノミコトも堪らんですよね。
火の神カグツチを生んだ後、死んでしまいますね。


イザナミノミコトの死後、イザナギノミコトが黄泉の国から逃げ帰って来て、1人で生んだのがアマテラス、ツクヨミスサノオ三貴子です。


神話なんですが、日本の国の始まりの話って、神秘的といいますか不明確といいますか、いろいろ謎で面白いです。


古事記って8世紀の書物ですけどね、そもそもそういう言い伝えがあったんでしょうねえ。ま、世界中どこでも同じようなことなのかもですけどねえ。


あなたの足りないところを。もおエエっちゅうに!

 

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