<あれから20年 かえるくんはまたしても東京を救ってくれるんでしょうか>
2021年7月4日投開票の東京都議選まで1ヶ月となった6月4日、小池都知事が「かえるシリーズ」宣言をしましたね。
メディアはすぐに、懐かしの名物番組、ドリフターズの「8時だヨ! 全員集合」を文字って「8時だヨ! 全員かえろう」と取り上げました。概ね、その「かえるシリーズ」宣言を揶揄するようなベクトルでしたが、なんだって東京都は、このタイミングで「かえるシリーズ」を、わざわざ作り上げて発表したのか、小さくない疑問を抱いてしまうのは致し方のないところだと思います。
「かえるシリーズ」には5人のかえるくんが居ます。ドリフターズのメンバーと同じ数ですね。
「8時にはみんなかえる」「職場からかえる」「お店からかえる」「寄り道せずかえる」「ウチで気分をかえる」
面白うそうなかえるくんは居ません。
「8時にはみんなかえる」
東京都心部は、もともとの住人の数が少なくないところへもってきて、昼の人口は10倍を超えると言われるほどの働き手たちが集まって来ている場所です。
時差通勤しましょう、だとか言っていましたけどね、この前までは。
さらにはテレワークしろって言っているくせに、なんだって帰りの時間を指示すんでしょうか。
都知事個人の頭の中だけで出来上がる宣言ってわけじゃないんでしょうけれど、都議会の人たちって社会人経験、無いんでしょうかね。
好きな時間に仕事を始めて、終了時間も自分で勝手に決められるって仕事、そんなにありゃしないでしょ。
遅くとも夜の8時には帰りましょうね。っていうのは今でも9 to 5が基本の「お役所仕事」にしか通じない掛け声になってしまいますね。
仮に職場の人間全員でこれを実現したとすると、朝の通勤も同じ時間に集中せざるを得ないわけで、おまけに帰りも朝と同じように混雑ですよ。
職住接近の人って、少ないのが現実です。密を避けましょうっていうのからは遠のいてしまうのが「8時にはみんなかえる」ではないでしょうか。
「職場からかえる」
どっから帰るっちゅうねん! みんな仕事で都心の職場に行っとんねん!
「お店からかえる」
都内のお店は、原則アルコール提供なしですよ。独りでごはんの支度をするのがしんどいときに、食べに寄ったり、テイクアウトで買って帰るようなお店の使い方がほとんどです。帰れって言われなくたってさっさと帰ります。
っていうか8時前にお店に行ける人って、そんな居ますか?
「寄り道せずかえる」
だ、か、ら~、8時過ぎたらやってるお店、無いですって。原則的にですけれどね。
「ウチで気分をかえる」
どうやって変えるっちゅうねん! かなり多くの人数はホントに真面目に自粛生活していますよ。でも、もう1年半経っていて、おうち時間の過ごし方はアイディアも出尽くした感じ。
どうもね、今回の「かえるシリーズ」は都知事が最初っから目のカタキにしている「夜の街関連の若者たち」を念頭に置いているような気がします。
ま、確かにですね「え? 今って緊急事態宣言中なんすか?」ってヤツも居ることは居ますけれどね。真面目に知らないんです。
ニュースなんて見聞きしないですし、自分たちの世代にコロナはただの風邪程度のもの、という誤った認識があることもホントっぽいです。直接の接点はありませんけれど、ちょくちょく、そう感じることがあります。
都知事、そしてそのブレーンの人たちは、そういった若者たちが興味をもって都の宣言に耳を傾けてくれるようにとの狙いがあったのかもしれません。
都議選を睨んでの行動としても、分かりやすい、親しみやすい人、グループであると、若者世代に判断されるという計算があったりするのかもしれませんしね。ワクチン接種より、まずは選挙。
そんなだとすると、ロジックに疑問を感じはしますけれど、気持ちは分からないでもありません。感染予防に何の意識も持っていない若者たちの中に、無症状の感染者が居ないとも限らないからですね。ま、居るから減らないんでしょうけれどね。
ただ、そうした心配をする必要のある若者は、ホントにごく一部だと思います。
そうした一部の人にターゲットを定めて提言を思いついたとして、なぜそれを全体に適用しようとするのでしょうか。
そもそもの考え方として、各種各様、ばらばらの生活活動をしている人々に対して、たった一つの指針で行動規制を計るということ自体が、ナンセンスではないんでしょうかね。
今回のかえるくんが、感染予防、感染者低減に寄与するとは思えませんです。かえるくんのせいじゃなくってですね。
とは、いいながら、今から20年ほど前、東京は、どうやら一度、かえるくんに救われているらしいんですよね。
気付いてました? って気付くわけはないんですがね。
2000年の早春に発売された村上春樹の「神の子どもたちはみな踊る」という短編集に収められた「かえるくん、東京を救う」です。
このとき東京は、地震の被害からかえるくんによって救われたんです。誰も知らないうちに、というのがこの物語の言いたいところだったんだろうと思います。
表に出てこない人の、人たちの、目立たない真摯な行動で、この世は守られている、地球は回っている。
東京に住むサラリーマンの片桐と、そこに突然現れたかえるくんが、東京直下型の地震を起こすみみずくんと闘って東京は救われたのですが、その準主人公ともいうべき片桐自身も知らないうちに東京の大被害は回避されるんですね。結果的に東京の日常は続いていて、片桐以外の人間は誰も、何も気付いていない。
世の中の平和は、誰も知らない誰かの活動によって守られていましたとさ、って話です。
「神の子どもたちはみな踊る」は文庫本になっています。いくつかの短編が収められた薄い一冊。未読の方は味わってみるのも悪くないと思いますです。圧倒的人気の作家です。もう読んでいる人も少なくないでしょうね。
今回の5人のかえるくんたちは、どうでしょう。やっぱり知らないうちに、誰も気付かないうちに、地震ではなくコロナ禍から東京を、首都圏を救ってくれるんでしょうか。
ゲームチェンジャーとされるワクチン接種ですが、まあ一応、進捗しています。これからさらに、その加速度を増すことが期待されるところですね。
そのワクチンとは別のものとして、かえるくんが存在しているってことはないんでしょうかね。
「8時にはみんなかえる」くんには期待できそうに無い感じですけれどね。違うかえるくん。
そういえばここ数年、秋になるとハルキストと呼ばれる人たちが集まって、村上春樹のノーベル文学賞受賞発表を待つというイベントが、国内ばかりではなく海外でも報道されていましたよね。
2020年はどうだったでしょうか。記憶にありません。
やっぱりコロナ禍で、密に集まるってことを避けて中止になったんでしょうか。それとも村上春樹が、そもそも候補に挙がっていなかったんでしょうか。
そこは何とも分からないところですが、コロナと戦っているかえるくんというのは、実はたくさん居るんだと思います。
都知事さん、そのスタッフさんたち。たいていの都民は「かえるくん」を言われれるずっと前から、もう1年半以上も要請内容を守って来ているんですよ。もうすっかり疲れ切っているんですよ。
まさに角を矯めて牛を殺すってことを、わざわざ宣言している結果になっていやア、しませんか。
名もない医療従事者たちが、それこそ物理的に身を削って検査や治療にあたってくれているんです。
もちろん東京ばかりではありません。日本全国、世界全体でそうなんだろうと思います。
そうした大勢のかえるくんたちによって、コロナ禍はやがて鎮まって、かえるくんたちも、救われた我々も、自然に日常に帰っていく。
でも、片桐の前に突然現れた巨大なかえるくんと違って、世界中にたくさん居る現実のかえるくんたちは、姿が見えています。活動も分かっています。
ワクチン接種を大きく進捗させるために、さらに多くのかえるくんたちがコロナと戦ってくれていますよね。
ただただ、感謝します。ありがとう。
あのさあ、都知事さん、スーさん。ちゃんとしようよ。