< 筋の無い噺ですからね 難しいんだと思います 「居酒屋」の基になった噺らしいですよ >
え~、毎度まいどのバカバカしいお噺でございまして、最後までのお付き合いを、ひとつよろしくお願いいたしておきますが。
いきなり、なんでございますけどもね、ふっとね、落ち込むなんてえことがあります。
ええ、そうなんです。あたしみたいなもんでもね、そういうことがございます。
テレビでやってる「笑点」って番組ね、知ってましょ? 司会者ってのがいて、回答者の落語家が6人並んで座ってて、大喜利なんてのをやってる番組ね。日本テレビ系列ですかね。
ま、なんですよ。ずっと人気だそうでしてね、おめでたいことです。
1966年のテレビ放送開始から、笑点ってのはずっとカラー放送なんだそうでして、並んでる6人の落語家さんね、どこで拵えてんだか首をひねっちゃうような色の着物をね、それぞれ別の色のを、まあ着てんですけど、あれは、あれなんでしょかね。
カラー放送に向けての役割分担で、カラーバーみたいな役割を果たしているんでしょうかね。
その大喜利のメンバーは次々に代わっていきましてね、着物の色だけは代々引き継がれているってなことかもしれませんが、顔ぶれはすっかり変わっちまいました。
この前ね、2022年9月30日ですか、三遊亭円楽が、あの人は6代目でしたが、逝っちまいましたね。
何度か高座でね、噺を聞きました、見させてもらいました。
ちょっと前にね、脳梗塞からの復帰高座ってのをやったばっかりだったんですけど、もともとスリムな人でしたけど、すっかり痩せちゃってね、ま、湿っぽくなっちゃいけませんが、寂しくなりますよねえ。
笑点の方は誰か代わりの人を入れてね、スッチャンチャンでまた賑やかに続いて行くんでしょうから、テレビをお持ちの方々、ひとつこれからもご贔屓に。
なんてね、身内でも何でもないヤツが言ってもしょうがねえんですけどね。
ここ最近は町中華のテレビでね、見ておりました。
笑点が好きな町中華のオヤジ。そういう日本人のおかげさまでね、テレビを持ってない私も笑点を見ることが出来ておりますですよ。
毎週じゃないんですけどね、早い時間からホッピーとかやりながら、オヤジもニコニコとしてね、画面に向かって、くだらねえなあ、なんて言いながらも、アタマの回転の速さに感心しきりってえ番組でした。
くだらないって言ったって、あれ、その場で考えて答えてるって、誰にでも出来るってワザじゃござんせんよ。
ま、みんなそれが分かってんからね、くだらねえって言いながらずっと見てんでしょうけどね。
立川談志の企画で始まったんだそうですね、笑点ってのは。
そんで初代の司会者は談志です。
立川談志ってのは、実んなんとも、巧い噺家でしたね。客席の呼吸を1つに合わせちゃうようなね、そんな魔法を持ってた人でしたよ。
2011年に「ダンシガシンダ」なんて見出しでね、報道されて雲黒斎になっちゃいました。
その談志が司会してたのは1966年から1969年まで。ま、この時代、あんまし知りませんね。ぎりぎり見てはいましたけど、談志の司会者ぶりなんてね、理解できるような年齢じゃあなかったこともあるんですけど、落語界の若手お披露目みたいな番組だったそうですね。
談志からしてこの時、30才だってんですから、みんな若かった。
その談志が辞めて、1969年から1年間司会をやってたのが前田武彦だっていうんですが、これなんか知りませんでしたね。
この年に今のテーマ曲になったみたいですよ。
1970年から1982年までの司会者が南伸介。
10年以上っていう長い期間やってますからね、南伸介の笑点ってのは、覚えている人もけっこういるんじゃないでしょうか。
南伸介、懐かしいですねえ。でっぷりした人でね、喜劇人でした。
「びっくりしたなぁ、もう~」で人気を博した人でしたね。
戸塚睦夫、伊東四朗との3人で、てんぷくトリオですよ。
1983年から2006年まで司会を務めたのが三遊亭円楽、5代目ですね。
この人が司会を務めた最長ですかね。22年やってたんですからね。
星の王子様なんてニックネームを自分から作り出してね、談志が司会やってる時からのメンバーだったですから、笑点っていえば5代目円楽ってことが言えるかもしれないですよ。
2006年から2016年までの司会が桂歌丸でした。
この人の声は、なんだか好きでした。安心して聴ける噺家の声ってやつでした。
それで2016年からは、今の春風亭昇太って人。この人の噺は残念ながら聞いたことないです。
6代目円楽って人は、楽太郎のころ、1983年から大喜利メンバーですしね、やっぱり笑点は三遊亭なのかもですねえ。
ま、特別番組だとか、定例の司会者以外にも笑点の司会をやった人ってのは意外にね、噺家じゃない人だとか、他にもたくさんいるみたいです。
視聴率が40%を超えていた時期もあるっていう笑点なんですがね、こうして振り返ってみますと、大喜利メンバーも含めて、随分死んじゃってる。みんな逝っちゃっいましたよ。
司会を務めた人たちなんかは、現役の春風亭昇太以外は全員があの世へ逝っちゃってます。
笑点とは特に関係なくね、落語ブームってのが、ここ数十年の間に何回か言われてきました。
でもね、ホントにはブームにならなかったですよね。
メディアがあおってるだけ。
そりゃね、古典なんかは噺が通じないんだから、ホントのブームになんかね、なるわきゃないんです。
お客さんあのね、昔ね、江戸時代の頃には、こんなのがあったそうでしてね、なんて説明しながら演ってる人もいましたけど、ダメですよ。噺のリズムが落語じゃなくなっちゃう。日本史の授業みたいなことをやりながらの落語じゃあね、ダメです。引き込まれません。つまらない。
今回の「ずっこけ」って噺もね、酒にだらしのねえヤツが、もう閉店だっていうのに、居ぎたなく、もう一杯だけってもう半分だけって粘った末に、へべれけになって仲間に家まで運んでもらうっていうのが筋っていえば筋っていう噺なんで、古典の名人なんかが好んでかける噺じゃないんですね。
2つ目、真打でもなったばっかりのヤツがやったりやらなかったり。
「ずっこけ」の居酒屋の小僧と酔っ払いの絡みのとこを、アレンジし直した「居酒屋」って噺の方が、高座にかかる回数が多いでしょうかね。
でもこの「居酒屋」自体も、そんなにね、面白くはないんです。難しいんだろうと思います。
時代が違うよ、ってことになるんでしょうけど、今の噺家って、そもそも蕎麦の手繰り方も知らないし、ホントの酔っ払いを観察したことも無いんだと思うんですね。
平成の頃からへべれけになっている酔っぱらいって天然記念物になってますけど、「ずっこけ」やら「居酒屋」の酔っ払いと店の小僧さんのやり取り自体、今は昔ってもんになっちゃってるんですよ。
「おーい、小僧。酒だ、酒。酒持ってきてくれ」
だいたい、今どき、店のバイトのコに対してだって小僧とか言わないし、江戸時代の接客姿勢が理解できるわけないんです。「酒だ、酒」とかいうのも、現実には聞いたことないでしょ。
「へいへい、酒は澄んだのと濁ったのと、どっちで?」
噺の中の小僧さんは、そういうやりとりが普通だから、愛想は良くないにしてもちゃんと対応してんです。
「なんだオメエは、オレの成り見て濁ったのって言ってやがんな、コンニャロ。澄んだの持ってこい。酒は澄んだのに決まってんだ、バーロー」
ま、バーローなんて言ってる噺家もいないでしょうけど、澄んだの濁ったのって、意味は通じるにしても、そういう選択肢って今じゃあ特別なもんになってましょ。
どぶろくって名前の酒もありますけど、あんなに「キレイ」に濁ってたんじゃダメです。だいいち、どぶろくって名前の酒は高かったです。ちっとも安かない。
そこんところを説明しないと「オレの成り見て」っていうのが伝わらないわけです。
足元を見るっていう会話になってんですけど、今どきそんなこと言うヤツなんて居やしません。
かといってここでくどくど説明してたら日が暮れっちまいます。
ま、酒は日が暮れてからってことのほうが無難ですけどね。でございましょ。
澄んだの持ってこいって言われた小僧さんは、めげることなく元気にオーダーを通しますね。
「酒、注文いただきました~。上、一升」
「おいおい、いきなり一升なんて頼んじゃいねえってんだよ、一合でイイんだ一合で」
「へっへっへ、分かってますってお客さん、これはウチの景気づけってやつでして」
こんなやりとりをしながら、だんだん酔っぱらっていくんですが、今の噺家はね、あっというまに酔っぱらっちゃうか、ぜんぜん酔っぱらわないか、どっちかなんですよ。酔っ払いを演るのが、ヘタ。
噺して聞かせてるくせに、酔い方を全然分かってない。
小僧さんとのやりとりがメインなんですけどね、だんだんにロレツが怪しくなってくっていうのを演ってくれるような噺家は1人もありゃしません。
酔っ払いと、シラフで冷静な小僧さんとの演じ分け、簡単にゃいきませんよ。ワザが要ります。難しいんです。
「お~い、酒が切れたよ、もうないよ。もう一杯くれ」
「もう看板だってのに、ヤな客だね。へ~い、酒、上、お代わり願いま~す」
「どうでもイイんだけどよ、ここにゃもっとましな酒はねえのか」
「ウチは安いのがウリでしてね、酒はこれが最上でございやすよ。そんで、アテはどういたしましょ」
「アテってなあナンだ、どんなもんだ」
「お造り、鍋、煮物、のようなもん、ですね」
「ん、じゃ、その、のようなもん、1つくれ」
こんなんをね、延々とやっているのが「ずっこけ」「居酒屋」って噺なんです。
ね、こういうの難しいでしょ。だんだん酔っぱらっていくってのに、小僧さんは酔っぱらわない、酔っ払いの方のしゃべりはへべれけになってもちゃんと聞き取れないといけないってんで、やたらに難しいんです。
誰にでも出来るわけがないんです。ヘタばっかしなんです。
悔しかったら、ちゃんとやってみせろってんだ、ってなんだかこっちが酔っぱらって来ましたけれども。
で、なんでこんな酔っ払いと小僧さんの掛け合いが「ずっこけ」っていう名前なのかっていうのは謎なんですが、おそらくですね、オチにあるんでしょうね。
「ずっこけ」のオチっていうのは、2つ、2種類聞いたことがあんですけどね、まず1つ目は、酔っ払いが偶然来合わせた兄貴分に襟首つかまれて家に送り届けられるって筋なんですが、長屋で亭主を引き取ったおかみさんが言うんです。
「まったく、連れ添って20年になるけど、こんな酔っ払いだってのは昨夜(ゆんべ)まで気付かなかったよ」
「何を言ってんだよ。20年も連れ添って、なんで昨夜まで気付かねんだ」
「なにね、昨夜、初めてシラフで帰って来たのさ」
あらら、ってことで、ずっこけ、なんじゃないでしょうかね。
もう1つはですね、兄貴分が居酒屋に現れて、酔っ払いが襟首ひっつかまれて家までひきずられていくのは同じなんですけど、兄貴分も酔っぱらっていたものか、途中でひっつかんだ襟首から中身が落っこちて、酔っ払いが居なくなってる。
翌朝、
「兄貴が追いはぎするたあ驚いた」
って帰って来るんですね。中身が。
「なんだいお前さん、昨夜はどこで寝てたんだい」
「ああ、気が付いたらそこの馬頭観音さんの前だったぜ」
「おやまあ、あんなとこで。よく誰にも拾われなかったね」
こっちのオチを取る噺家の方が多いかもですけど、これ、何にも面白くないでしょ。
「よく誰にも拾われなかったね」バージョンの方は、もぬけの殻の着物だけを持って、おかみさんのとこへ行きますってえと、あんな男だけど、いろいろイイトコがあんのさって、さんざんのろけを聞かされるっていうひと段落があって、そこをいかに色っぽい、艶っぽい噺にするかがウデの見せどころってな感じのもあんです。
でも「よく誰にも拾われなかったね」でオシマイってんじゃね、何の噺だったんだか分かりゃしないです。
こんなんで、前座噺みたいな扱いになっちゃって、「居酒屋」へ移行していっちゃったってことなのかもしれません。
21世紀も四半世紀が過ぎようって今、これから落語ってどうなっちゃうのかなあって、けっこう不安になってきますねえ。
6代目円楽、72歳。まだまだやりたいこともあったろうにねえ。
いろいろ計画たててたようなこと言ってたのにねえ、無念だったねえ。
ちくしょうめ。令和の天才噺家、とっとと出て来やがれえ~!
おあとがよろしいようで。ぐっすん。