< 更年期障害ってのは 男にもあるってのが21世紀の常識なんだそうで >
毎度まいどのばかばかしい噺でございまして、ひとつよろしく、お付き合いのほど、お願い申しあげておきますが。
ばかばかしい噺ってのに出てまいります、まあ、登場人物っていうのは、だいたい決まっておりましてね、そのへんはみなさんもとっくとご存じのことかと思います。
まあ、熊五郎、八五郎っていう2人はよく出てまいります。クマさん、ハッつぁん、って呼ばれておりまして、主役級の2人ですね。
どこかね、すっとぼけた個性をもってましてね、噺によって違いますが、憎めないダメ男って役を割り当てられることが多いようでございます。
そんな、放っておくとどこまで行っちゃうのか分からないクマさん、ハッつぁんに対して、その抑え役って言いますか、世の中の常識を教え込む役割がご隠居だったり大家さんだったりするわけですね。
この他にも何人か出てまいりますが、大人になり切れていない役割の与太郎っていうのも、みなさんお馴染かと思います。
ちょっとね、足りない役割なんですがね、ま、なんとか、明るく生きているっていいますか、生かされているっていいますか、噺の世界には欠かせない個性ってやつでございましょうね。
その他にも、出てくる機会は限られますけれども、金坊なんていう、こまっしゃくれた子どももおりますね。
年齢には釣り合わない、妙に世知長けたことを、意味を知っているんだか知らないんだか分かりませんが、無邪気に宣ったりなんかいたしますよ。
きょうもきょうとて、懐手した与太郎が、なんだか浮かない顔でご隠居のお宅へやってまいったところでございます。
「え~、ご隠居。ご隠居さんはおいでですか。与太郎でございます」
与太郎が声をかけます家の中からは何の反応もないですね。し~んとしています。
「え~、ご隠居さ……」
「きょうは何も買わないよ、とっとと帰っとくれ! 今は誰もいないんだから」
「な、な、ビックリしたなあもう。なんですかご隠居、そんな子どもの声色なんか使って」
「しつこいやつだなあって思ったら、なんだ、与太郎さんじゃないか」
「お、おお、なんだなんだ金坊じゃないか」
「ご隠居はね、きょうは出かけちゃってしばらく帰んないよ」
「ん~、そうかい。留守番の金坊じゃ相談にならないよなあ」
「物売りじゃなくって与太郎さんなら話はべつだ。ま、おあがりよ、お茶は出ないけどね」
「いやに大人ぶった話し方するじゃないか。ま、ちょっとここへ掛けさせてもらってと。ときに金坊、いくつんなったね」
「与太郎さん、相変わらずバカなアタマだね」
「な、なにをう!」
「だって、つい3日前も同じこと聞いたじゃないか。おいら、1週間前に5つになったんだよ。3日の間にそういくつも年をとったりするもんじゃないよ」
「けっ、やけにご隠居ぶった口を利きやがるね、まったく。それにしても、3日前に金坊にあったっけかね」
「与太郎さん、ぶつぶつ言ってないで、相談ならおいらが聞いてやるよ」
「え、金坊がかい? なんだか妙な具合になってきちまったなあ。近頃、永遠の5才なんてのが流行ってるらしいけどなあ。でもまあ、ご隠居が居ないとあっちゃあ、あれだな、熊さんなんかに聞くよりはイイかなあ」
「永遠の5才とか言ってたけどね、おいらを渋谷の永遠なんかと比べちゃあ、いやんなっちゃうね。おいらはもう250年以上5才やってんだよ。あの渋谷神南の5才は、まだ数年だよ。年季ってもんが違うんだよ、5才の」
「ちぇっ! 5才の年季ってやがら。何を言ってんだかね」
「なんでもイイけどさ、相談すんの、しないの。おいらも忙しいんだよ」
「あー、そうですかそですか。年季の入った5才ともなれば何かと忙しい日々をお過ごしでらっしゃいますでしょうね、そりゃね。そんじゃ聞きますけどね、あたしはクスリを探してんですよ」
「与太郎さん、やっぱり、あんたはアタマがいけないんだね。ここに来たってクスリがあるわけないよ。クスリは薬局ですよ、ドラッグストア」
「けっ、ドラッグストアってやがら。こまっしゃくれやがって。あのね、あたしだってそれぐらいのこたあ分かってんですよ、ちゃんと分かってんの。今、そのドラッグストア行って、用事が足せないからここへ来てんですよ」
「与太郎さんが用を足せないのは、いつものことじゃないか」
「きょうのはそういうんじゃないんだよ。ちゃんとしたわけがあって、なんとかしないと、おとっつぁんが困ったことになっちまうんだよ。おっかさんも弱ってるんですよ」
「まあまあ、座んなさいよ。何をそんなに弱ってるってのさ」
5才に促されて与太郎さんは素直に縁側に腰を下ろしますね。この与太郎さんは、ハタチをちょっと出て23になる立派な若者なんですがね、5才の言うがままになっちゃう。はい、そういう噺でございましてね。素直なもんでございます。
実はですね、与太郎さんのおとっつぁん、このところ調子が悪くて大工の仕事を休みがちなんです。
どうもやる気がしない、すぐに疲れっちまうってんでね、その当人よりもおっかさんの方が心配しちゃいまして、方々の病院に連れ回したり、薬局に相談したり。
与太郎さんのおっかさんってのは、薬剤師なもんですからね、一般の人よりは詳しいものの、自分の亭主のこととなりますと、どうも冷静な判断が出来ないんですね、これが。
ま、もっとも、与太郎さんのおっかさんですからね、どっか、そんなところもあるかもしれないんですけど、亭主の病気は「男の更年期障害」だって決めつけてんです。
いえいえ、ちゃんとあんですよ、男にも更年期障害ってうのがね。
「LOH症候群(加齢男性性腺機能低下症候群)」なんていってね、つい最近のことなんですが、ちゃんと医学的にも認められてんです。
で、与太郎のおっかさんはね、自分の更年期障害を小林製薬の「命の母A」って市販薬でなんとかやりくりしている最中なもんですからね、自分の亭主も同じ病気。
でも、男と女じゃ違うだろうからって、与太郎に買い物をいいつけたわけです。
近所のドラッグストアを全部回って「命の父」って薬を見つけて来いっていうわけですね。
AだってBだって、何だってイイんだけど、とにかく「命の父」
で、素直なだけの与太郎さんが、ずいぶんな数のドラッグストアを回って探したけれど、「命の父」は見つかりませんね。店員さんに聞いても見るんですけど、与太郎さんの聞き方ですからね、誰もまともに取り合ってくれませんので、やむなくご隠居のところへ相談に来たところが、こまっしゃくれた金坊が応対することになってしまっているんです。
5才に更年期障害が通じるとは思えませんがね。
「ああ、知ってるよ。おいらも聞いたことある。その命の母Aってのはね、第2類医薬品なんだよ」
「第2類、なんだいそりゃ」
「厚生労働省が決めてんだよね。第1類から3類まである」
「な、なんだって5才の金坊がそんなことを……」
「まあ、黙って聞きなよ」
「……、はい」
まあ、情けない与太郎さんではありますけれどね、そんなこと、専門家でもなければ普段気にすることないですよね。
でもほら、ドラッグストアで中身は空の箱だけおいてあって、それをレジへ持っていくと、なんかいろいろ説明してくれて、中身の入った箱と代えてくれるっての、経験したことないですか。
なんであんな面倒なことをやってるかっていいますとね、市販の薬には、今、金坊が言った通りに種類がありましてね、副作用ってのがけっこう強いよ、っていうのが第1類ってやつで、これは、買っていく人にちゃんと説明しないと売っちゃいけません、って決まってんです。説明するのは義務。
なもんで、空の箱を中身入りの箱に代えるときに、説明義務を果たしますよっていうシステムで、棚に並んでいるのは空箱ってことになっているんですね。
厚生労働省 「一般用医薬品のリスク区分」ってのが公表されてますよ。
説明する人は薬剤師じゃないとダメです、っていうのが第1類。
説明するのが努力義務で、説明する人も薬剤師か登録販売者でオッケーっていうのが第2類です。
第2類には「指定第2類医薬品」っていう種類もあって、これはちゃんと注意書きをクスリの傍に書いておかないといけませんっていうルールです。
棚に細々と説明書きのあるクスリ、ありますよね。
あれは、たいていの場合、「指定第2類医薬品」です。
第2類っていうのは、副作用の心配はあるんだけど、第1類ほどじゃないってことですね。
程度の差ってことなんで、第2類だけど、あんまり簡単に扱っちゃまずいですよ、っていうクスリに指定が付くわけですね。
で、第3類っていうのは、第1類でも第2類でもないクスリ全般。
もちろん聞かれたら説明しなきゃダメなんですけど、聞かれなければイイです、説明しなくたって大丈夫、っていうクスリ。
ってことなんで、ネット販売オッケーなのは、原則、第3類だけです。
命の母っていうのは「小林製薬」って会社が市販している第2類医薬品で「女性のこころとからだの健康のため、50年寄り添うブランド」なんだそうでございます。
女性ホルモンをずっと研究している製薬会社さんですね。
命の母は漢方の成分を主にしているみたいですけど、命の母を男が飲んでも害はない、って言ってますね。
でも効果は分からない。
そりゃそうでしょねえ、ターゲットが女性ホルモンバランスですからねえ。
与太郎さんのおとっつぁんが、男性更年期障害なのは事実だとして、専用の市販薬ってのは今のところ皆無だそうですね。
なんせ、ついこの前、認定されたばっかりの男性更年期障害ですから、仕方のないことではあるんですけど、対処はやっぱり漢方だそうで、専門店に、本人が行ってね、症状を伝えて、処方してもらうのがイイみたいです。
まあ、こんなような話をね、永遠の5才からくどくどと聞かされましたね、与太郎さん。
「にしても、金坊。なんでそんなこと知ってんだ」
「与太郎さん、今はね、21世紀ですよ。スマホ1台ありゃあなんでも調べられるんです。与太郎さんも持ってるでしょ、スマホぐらい」
「ぐらい? ぐらいは持ってますよ、はい、持ってますとも。こうポケットから出してね」
「なにを調べてんの」
「今の時間と天気予報」
「それから?」
「あん? ああ、漢方専門店を探しますかね」
「漢方ってのはね、ずっと昔から伝えられてる東洋の知恵ですから、与太郎さんに利くのもあるんじゃないかな」
「漢方、ねえ……」
男性の更年期障害っていうのも、ウツにつながっちゃうと大変みたいですから、症状の出ているトノガタ、信用できる漢方野郎を、頑張って見つけませう!
「で、結局さ、命の父ってのは無いの?」
「無いんですよ、まだね」
男も、女も、がんばんないといけませんですねえ。
クスリに頼らず、がんばり過ぎず、笑っていけたらオンの字なんですけどねえ。
おあとがよろしいようで。