< 背徳感に浸りたいっていう かなりハイソな感じの しあわせ上手なんでしょかねえ >
札幌出身のムラさんは、中堅規模の会社に勤め続けて30年だそうで、焼酎バーのカウンターで3杯目か4杯目の生ビールから冷酒の1合徳利に切り替わった辺りになると誰に言うってわけでもなさそうな疲れ果てたトーンで独り言ち始めます。
いつものパターンってやつです。
「社畜なんですよ、社畜。ね、最近そんことを言いだしましたよね。イヤな言葉ですね、社畜。でもそれなんですよボクなんかはね、典型的な社畜。言われるがままなんです」
女将さんが脇へスッと寄って、
「ムラさん、それ、もう2合目でしょ。もうそろそろ終わりにしましょうか。歩けるうちにね」
「あ、そです。そうなのです、2合目なのです。今夜も気持ちよく呑めました」
「はいはい、ありがとうございます。じゃあ〆ましょうか」
っとね、いつもはそんな感じでペイペイで支払って、店の中のみんなにヨタヨタとアイサツしながら帰っていくムラさんなんですけど、その晩はちょっと違っていて、ふっと背筋を伸ばしちゃいました。
「そう、〆なんですよ、〆。知ってますか、今ね、呑み会の〆ってラーメンとか牛丼じゃなくってですね、なんとアイスなんです。知ってましたか、酒の〆にアイスなんですよ。夜アイスって言いましてね」
いつもムラさんを見守っているカウンター族から反応があります。
「前にムラさんが言ってた札幌の〆パフェのこと?」
「いいえ、札幌じゃなくってココです、東京での話。夜アイスなんですよ。たぶんですね、札幌の〆パフェがついに全国進出して来て東京では夜アイスになったんですよ」
未確認情報なんですけど、ムラさんの話によりますと、出身地の札幌では、ここ10年ぐらい、2010年辺りから〆パフェなる文化っていうのが根付いて来ているんだそうです。
聞いたことがないんですけど、夏の暑い時期っていうことじゃなくって、一年中を通しての札幌の〆文化。パフェ。
ま、〆パフェと夜アイスと、呼びかたの違いはあってもモノとしては似たような商品なんだそうで、特定の会社が全国展開を図っているっていうんじゃなくって、いくつかの企業が全国各地でそれぞれ夜の〆としてアイスを売り出そうっていうことみたいなんですね。
ムラさんは分析しています。
「最近の若いコはホント、呑み会に来ないでしょ。参加しないんですよ。会社のやつらと呑むのなんかイヤだっていうのもあるんでしょうけど、そもそも酒を呑むっていうことが少なくなっているっていうんですよ」
それはよく聞く話ですねえ。
週に3回以上酒を呑むっていう人の割合っていうのは、男女合わせて3割を切っているんだそうですからね。それもコロナ前の調査でです。
コロナが5類になって呑み屋さんにも人が戻って来ることを期待するのは、酒を造っている人たちから、流通、提供する店もそうなんですけど、アテを作る食材、それを提供する農業界、それらをつなぐ流通。
凄く多くの人間が絡んでいるわけなんですけど、どうもね、居酒屋業界、商売的に芳しくないようですもんね。
ムラさんは会計を済ませてから座り直しちゃいました。この時だけの長っチリ。
足元はおぼつかない感じでも、口は回ります。優秀な営業マン、なのかもです。
「聞いてみるとですね、少人数で食事会っていうのはやってるみたいなんです。酒は吞まないでね」
らしいですねえ。そういう食事会で、酒を呑む人は、まあ1杯ぐらい呑むことはあっても呑み会みたいになっちゃうようなことはない。
Z世代って言われる人たちが酒を呑まない最大の理由は、自分のパフォーマンスが落ちるから。なんだそうでございます。そういう声があがっている。
その夜のパフォーマンスっていうより、翌朝の、翌日のってことなんでしょうかね。仕事やら遊びやらに支障が出る。
そもそも酒を呑むこと自体がコストパフォーマンス的にもタイムパフォーマンス的にも、避けるべき悪習慣! っていう烙印を押されちゃっているみたいなんです。
お金かかるし、時間も拘束されちゃう。アタマもカラダもぼやあ~っとしちゃって、ダメダメじゃん。
もちろん酒好きな若者っていうのもいるんでしょうけど、少なくなった。ってことでしょねえ。
会社帰り、仕事終わりに行きつけの店のノレンをくぐって、好きな種類の酒をタシナム。静かにひとりヤルのもイイですし、顔馴染みとどうでもいいようなとりとめのない話で笑いながらっていうのもイイですよねえ、っていうのが酒呑みの一日の〆。解放感。
その瞬間を目的にして、厭々ながらも毎日の通勤ラッシュに耐えて、尊敬できない職場の同僚たちと仕事をこなしているんだよ、って断言している人もいますからね。
やっと終わった仕事の一日の〆として、酒なくして何の人生か、ってなことなわけですよ。酒呑みはね。
ムラさんの会社の若者たちは、たまに呑み会めいたものに参加して、その〆は夜アイスってことみたいなんですけど、吞まない人たちにも一日の〆は必要でしょねえ。
きょう一日頑張った自分にご褒美、あってしかるべきでしょ!
ってことで、酒を呑んでも呑まなくとも、なんでだか日本全国に浸透し始めたのが、夜パフェ、夜アイス、ってことみたいです。
北海道の〆パフェ文化っていうのが、どういうきっかけから始まったものなのか知りませんけれども、ムラさんの言うように北海道のその風習、みたいなものが日本中に広まったっていうより、その噂を聞いた商売人が、日本全国同時多発的に、お、それ、いけるかもってことで始まったんじゃないのかなって思いますけど、どうなんでしょうね。
「21時にアイス」は本店が大阪の八尾。16:00~24:00営業。
「月曜からアイス」は香川県高松。18:00~24:00営業。
「真夜中牧場」は、東京都押上が1号店。16:00~24:00営業。
「アイスは別腹」は兵庫県姫路市が発祥の地。16:00~23:00営業。
この他にも続々とオープンしているみたいです。発祥の地がけっこうばらけている感じですよね。営業時間は曜日だとか店舗だとかによって多少の違いがみられるようですけど、夜です。
さすが夜アイス。
酒も呑まずに夜アイス。
イイじゃんね。むしろ酒呑んでからアイスにいくっていう方が少数派でしょ。知らんけど。
2023年になって急激に広まっているみたいですけど、どうなんでしょ、このまま定番になる? 夜アイス。
一日の労働のご褒美、とかなんとか、そういう気持ちも分かりますけれどね、毎日のことともなるとそれはもうご褒美っていうんじゃなくって単なる習慣ってことになるわけで、享楽の甘いご褒美でみんな丸い体形になって、争いごとがなくなってヘーワな世の中になる、んでしょうかねえ。
別に悪いこととは思いませんけれども、カロリー、大丈夫!?
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