< 氏は4歳の時に台所の一升瓶から酒を呑んで熱を出し 熱を冷ますのに父親に雪の中を転がされたらしい >
ササボウって呼ばれている中年女性がおります。
ミリキ的な低音ボイスでショートカットの似合う、落ちついた雰囲気の人で、その焼酎バーではファンの多い女性です。
コロナパンデミックの辺りからワインを呑む人が減って来たんで、仕入れをどうしようか迷っているって店の大将が悩んでいたときに、
「たまに吞みたくなる人もいるでしょうから入れておいてよ。あたしこれからはワインにするから。それで1ヶ月の間ワインを注文する人があたししかいなかったら、その時はワイン、ナシにするっていうのは、どお?」
ってササボウが申し出て、そこまで言われたら店としても仕入れないわけにはいかないってことになって、もう2年近く経っていますからね、ワインを呑む人がササボウ以外にも、時々でもいるってことなんでしょうね。
でもワインはササボウが好きな赤のフルボディ、一種類だけみたいなんですけどね。そのワインの名前は何回聞いても覚えられませんけど、ま、リーズナブルでありながらしっかりした味わいのイタリアワインなんだそうです。
で、いつもは中学からの同級生だっていうオカちゃん、岡田さんっていう茶髪の小柄な女性と2人で、けっこう賑やかにやっているんですけど、ま、3回に1回は独りでやってきて、顔馴染みの酒呑みたちとバカ話に興じているササボウなんであります。
ササボウは4つ年上の旦那さんがいて、子どもはいないんだけれども、ま、仲良くやっている方だと思うって自己申告されています。旦那さんは仕事柄海外出張が多くって、年の3分の2は海外にいる勘定になる。
そっちの方が断然イイわよ。それだから離婚せずにやってこれてる気がするし。って言ってます。
なんかね、たいていのことはあけっぴろげに話しちゃう人です。
ササボウは今、中村さんなんだそうで、ササボウっていうのは名字じゃなくって名前の方なの? ササコ、とか?
っていうコトをだいぶ前に誰かに聞かれていて、それにもサラッと応えていました。
旧姓が佐々木で、いわゆるガキ大将みたいな子どもだったんで、男の子、ボウズみたいな佐々木ってことでササボウって呼ばれていたんだと思うんだけど、自分から言い始めた呼びかたじゃないから、なんともねえ。
だそうですが、ま、小学生ぐらいの頃って女子の方が男子より圧倒的にオトナですし、身体も大きかったりしますからね。物おじしない態度からして、そりゃもうササボウだったんでしょねえ。
で、昔からの友だちにとってはいつまで経ってもササボウはササボウのまま、ってことなんでしょう。
中肉中背のどちらかというとキュートでかわいいタイプのササボウであります。
で、その日は店が閑古鳥の時間帯で、ササボウがお約束の赤ワイン。わたしが泡盛のロックで、2人ぽっちでした。
「ぱうすさん、話してイイ?」
あいよ、オッケーです。って言うかいつも普通に話してんじゃん。
ま、こっちがそんなに積極的に話をするタイプでもないんで、気を遣って聞いてくれたんでしょかねえ。話をする前置きのアイサツ、ってことなんでした。
「ぱうすさんって家だとウイスキー呑んでるんでしたよね?」
家ではそんなに呑まないんですけど、ウイスキーです、はい。1000円見当の安いヤツね。
「うちのインコもね、呑むんですよ、ウイスキー」
はあ? なにそれ?
インコを飼ってる話も初耳でしたし、なんだか急に話がヘンテコな方に流れていく感じですね。
「オカメインコなんですよ。ごく普通に」
ん? オカメインコ。その名前は聞いたことがありますけど、姿が思い浮かぶほどには知りません。さらにはオカメインコがごく普通って、どゆことでしょか。
さっぱり分かりません。
「オカメインコってね、インコっていう名前なんですけど、オウムなんですよ」
ふぎゃああ。そなんですか。知らんかったですう。オウムなのにインコ。っていうか、ただ単に大きさが違うだけっていう気もしますけどね。
「インコ専用で山崎のミニボトル買ってたんですけど、今、高いでしょ。どんなんでも高級品になっちゃって、お財布的に大変だから、あたしウイスキーってそんなに呑まないんだけど、なにか自分用に普通のウイスキー買ってそれを吞ませようかって思ってるんですよね。それで、なにか安くてオイシイやつ、教えてもらおうってね、この前からここで話していたんですよ」
今はね、ジャパニーズウイスキーはどれもオタカイですからね。海外産のがイイかもですねえ。
1000円ぐらいのスコッチにもイイのがありますけど、どうなんでしょ、ササボウはオッケーだとしてもオカメインコが香りを嬉しがるものなのかどうか。
バーボンとかがイイかもですよ。っていってもですね、オカメインコの好みとかが想像できませんので、ササボウの好みのを見つけて、それを共有するのがイイんでないかい、ってことで話は落ち着きました。
にしてもですね、水飲み用の器にちょっと垂らしてやるらしいんですけど、意外に好きらしくって、ウイスキーの入っていないただの水だと、頭の毛を、冠羽っていうらしいんですけど、逆立てて大声で抗議するんだそうです。
そもそもなんでオカメインコにウイスキーを呑ませようと思ったのか。
今のオカメインコは2代目なんだそうでして、初代は小学生の頃から飼っていて、ササボウが二十歳になってお祝いにアルコール解禁ってことで、それまでは呑んでいなかったんだそうですが、親父さんが焼酎派の人で、二十歳の誕生日からしばらくは芋焼酎一筋のナイトライフになった。
初代のオカメインコの水に垂らしてあげたのが「三岳」
しばらくジーっと水面を見つめていたかと思ったら、ひと口呑んで、また吞んで。ああら、すっかりお気に入り。
でもやっぱりインコにお酒は良くないかなって思って入れてあげなかったら、騒ぐ。
手ノリだったので籠から外に出してあげると、なんと三岳の五号瓶にとまる。
もしかして三岳を催促している? って、以心伝心、籠の中の水入れに蓋から流し込んであげると、すぐさま籠に飛んで帰って一気に呑む。
ふっと顔を上げて、えへへ、って笑う。
なんでやねん! インコが笑いますか!?
「飼い主には分かるんですよ。その時にはもう10年以上の付き合いですからね、メスなんですけど、焼酎大好き。がっついちゃって、えへへ、なんですよ。ホントですよ」
なんだそうございますが、初代がお亡くなりになって数カ月で、あまりの寂しさに2代目と御対面。今度もメス。
で、やっぱり手ノリ状態になってから、三岳で乾杯しようと思ったら、2代目ちゃんは見向きもしなかったそうです。
なんだあ、お酒呑まないのかあ、寂しいやつだなあ。
だったらしいんですが、しばらくして、ササボウに、ふっと閃くものがあった。
親父さんが何かの景品でもらってきたサントリーのミニボトルセットがあったんで、その中から山崎をちょろっと水入れに垂らしてあげた。
ひと口呑んで遠ざかった。
やっぱり呑まないか。残念。
と、つかまり棒をツツっと移動して、すばやくひと口呑んで、ツツっと離れる。ツツっと寄って来てひと口呑んで、ツツっと離れる。
2代目はえへへって笑いはしなかったそうですけど、芋焼酎じゃなくってウイスキー派ってことで、ササボウのペットですからね、酒呑みで良かったですねえ。
って、ホントに良かったんでしょか?
人間以外でも酒呑みっているの?
って思ったんですが、ありましたねえ。
池波正太郎の随筆集「日曜日の万年筆」の中に「猫」っていうのがあります。
トリもネコも酒を呑むんですねえ。ちょとビックリ。
グルメとしても知られている池波正太郎(1923~1990)ですが、本名なんですね。池波っていう名字は誰もが知っている2つの字ですから、違和感は全然ないんですけど、改めて池波っていう名字だけを取り上げてみますと、かなり珍しいんじゃないでしょうかね。
「私のところでは、むかしから猫を飼っているので、猫のいない自分の家など考えられなくなってしまっている」
んだそうで、かなりのネコ好きだったんですね。
「飼っている猫は三匹なのだけれども、野良猫が合わせて五、六匹も飯を食べにくる」
近所でも有名なネコ好きだったんでしょうね。野良猫がその辺にウロウロしていた昭和の時代。懐かしいです。世の中に余裕があった頃、なように思えちゃいます。
飼っている三匹の中に一匹、シャムネコがいる。
「シャム猫は、これで三代目だが、いずれも人なつっこい。いまのサムは夜半すぎになると音もなく書斎へ入って来て、私の仕事が終わるまで、私のベッドで眠っている。
仕事を終えた私が、ほっとしてウイスキーをのむとき、彼にも小皿へウイスキーの少量を水割りにしてやると、音もたてずに飲んでしまう」
「はじめは、おもしろがってむりに飲ませたウイスキーなのだが、シャム猫は、これまでの三匹とも、みな飲むようになってしまったのだ」
ん~。呑むんですねえ。
インコとかシャム猫とか、二日酔いで落ち込んだりもすること、あるんでしょうか。
シャム猫とウイスキー。絵面的に似合っているような気もしますけどねえ。
あなたのペット、酒呑み?