< フジヤマてんぷらゲイシャガール っていう日本イメージは2023年の晩春 ひっくり返ってますよ >
まあね、フジヤマてんぷらゲイシャガールっていうのは、いかにも古いですけどね。
観光客の入国制限もすっかりなくなって、インバウンドいんばうんど言っているのは聞いていましたが、銀座原宿六本木、新宿渋谷の商店街でもあるまいし、個人的にはとくに関係があるとは感じていませんでした。
インバウンドって、観光業と観光地の商店街にうれしい現象でしょうけど、一般人には特にね、って思います。
まあね、街を歩いていれば欧米からの観光なのかなって見える人たちの数、増えたなあっていう感じはありました。
中国人観光客がまだ戻ってないっていうニュースも聞きますけど、中国の人たちって、しゃべらなければ、見た目だけじゃ分かりませんからね。もう戻っているのかもしれません。
そういう点では、見た目でハッキリわかるのが欧米の人たちですね。
ただ、欧米ってひと口で言っても広~ござんす、ってことで、その人たちがどこの国の人なのか、なんてことはさっぱり分かりません。
ま、分かる必要なんてものもないんですけどね。
浅草なんかも、仲見世がぎゅうぎゅうになるぐらい人波が戻って来たらしくって、お店の人たちにも笑顔が戻り始めたっていうことなんですね。良かったです。
ニコニコ、笑顔が増えるってことは、誰にとってもイイことでしょねえ。
脱コロナなのか、ウィズコロナなのか、よく分かりませんけれど、いわゆるこれまでの日常ってやつを取り戻しつつある感じは、みんなをニコニコさせます。
「いやあまあ、おかげさまでね。これからも、あんまり欲張らずにね、やっていくだけだよ」
なんてね、ニコニコ顔の大将のしゃがれ声を聞きながら、この日は門前仲町の個人店の居酒屋で、ちょっと一杯ひっかけておりました。
モンナカ辺りも、なんとなくですけど、人の流れが戻って来てるよ。ってことでした。
と、
「8人なんですけど、入れますかね?」
ってノレンをかき分けて顔をのぞかせた、背広姿にネクタイの代わりにカメラをぶら下げた、なんとも昭和なスタイルのオッサン。
インバウンドだけじゃなくって、日本人の観光客も戻って来ているんですね。
8人。ちょっとしたパックツアーでしょか。
個人店ですからね、そんなに大きな店じゃないんです。
アクリル板のパーテーションも取り払われた6人がけ、ぎゅっと詰めれば8人がけのテーブル席を、3人で占めていた我々が、引き上げることにしました。
ま、まだそんなに呑んでいたわけじゃないんですけど、隣りの4人席と合わせれば8人はゆったり座れます。
「大将、ここ空くよ。また来るわ」
「お、すまねえ。今度しっかりサービスさせてもらうからね。はい、じゃ、今ここ片づけますんで、どうぞ」
海外からの観光客もありがたいですけど、日本人観光客も大事ですからね。
大将、せいぜい商売してちょうだいねえ。
日本全体にとっての海外環境客がインバウンドなら、ある地域にとって、その地域以外の日本各地から来てくれる観光客だって、その地域にとってのインバウンドでしょねえ。
ってことで、野暮用で集まっていた3人は浅草で解散して、早めの東京の夜にそれぞれ散っていきましたとさ。
そんで、やっぱりね。それで終われないのが酒呑みってもんでしてね、地元に戻って、焼き鳥屋さんに入りました。
カウンターに顔馴染みが1人。2人がけテーブルにカップル。
「きょうは、さっぱりでさ」
って、こっちの大将はシブイ顔でしたねえ。いろいろあります。
大山鶏がウリの焼き鳥屋さんです。
アクリル板は取れましたけれど、まだね、三密は避けましょうっていう都からのポスターが貼ってあります。
顔馴染みとはちゃんと間を空けて、カウンターの端っこに座ります。
黒ホッピーのセットと、セセリ、ゲンコツ、センイ、フリソデを注文。
テーブル席のカップルも顔見知りです。
「オツカレサマ~」ってことで、ぷはあ、です。
職住接近なんていうのはね、あんまり感心しませんが、呑住接近っていうのは安心感があってイイですよね。
お通しの目玉焼きが出てきました。はい、そういう焼き鳥屋さんです。
卵の値段がさあ、とか、あんまり景気の良くない話からスタートです。
と、ガラッと入り口のドアが開いて、
「ヤッキトリ、デエス」
なんやねん!? 声、デカイっちゅうんじゃ!
それに、意味、分からんど!?
って振り返って見たらですね、身長は2メートルを超えていそうなスラッとした金髪の、まあ、オッサンなんでしょうかね。年齢は見当もつきませんが、そんなに若くは見えません。
そのオッサンらしきガイジンさんの後ろに、小柄で同じく金髪の女性と、でっぷりした黒髪の女性が続いています。
お! 観光地じゃないけど、この店にもインバウンド?
前にもこの店で、外国の人が来ているのと出くわしたことがありますけど、その時は日本人が1人いて、通訳しながらでしたね。商談が終わってのシャンシャン焼き鳥って感じ。
ま、実際どうだったのかは知りませんけどね。観光じゃなかったです。
でも、今回の3人は、たぶん、日本語あんまり、って空気感アリアリです。
バリバリの観光客、でしょねえ。しかも通訳なしのチャレンジャー。
でもなんでまた焼き鳥? ヤッキトリっていう発音も、たぶんそう言ったんだろうなあって思うしかない感じです。
大将が大慌てでカウンター奥の厨房から出てきて、
「ぱうすさん、外人さん、ガイジンさん」
って、なんでワシやねん!?
「イエ~ス! 焼き鳥やきとり、ですよ。ぱうすさん、早くはやく」
ええ~ッ!? 英語なんて出来ないよ。ったくもお。
で、3人を手招きでテーブル席へ案内したんですけど、3人が話している言葉は、英語じゃないんでした。
かといってスペイン語でも、ドイツ語でも、フランス語でもなさそう。
まったく初めて耳にする発音です。
イメージで表現するならば「四角いフランス語」みたいな感じ。
3人も英語でしゃべろうとしているんでしょうけれど、まったく聞き取れません。
スマホの翻訳アプリとかも持ってなさそうです。
顔馴染みの日本人客3人も、そんなコジャレタ翻訳アプリなんて、って首を左右に激しく振っています。
「なんて?」
って大将も緊張していますけどね、知らんわッ! なあんにも聞き取れませんよ。
と、カウンターに座っていた顔馴染みが、部位の説明が書いてあるメニューを持ってきて、
「これで、通じないかな」って手渡してきました。
だからあ、なんでワシが担当やねん!?
でもまあ、鶏の絵が描いてあって、部位の辺りから線を引っ張って、呼び名が書いてあります。
もちろん日本語オンリーですけどね。
鶏の絵の喉の辺りを指さして、黒髪の女性が自分の首を撫でさすっています。
「サエズリ、サエズリ」
「セゾ~リ?」
とにかく、図を指し示しながらトライ、トライ言ってたら、
「イエス、トライ、△□×☆」
ってことで、部位は決まったんですけど、塩とタレね。
これ、どうやって説明すんの?
「外人さんだから、やっぱさ、タレがイイのかね」
とか、大将が首をひねっていますんで、そこはインバウンド3人組には相談なしに、モモをね、塩3本、タレ3本、最初に出して、それ以降、どっちにするか決めてもらおうってことにしました。
3人とも生ビールでした。
で、カウンターに戻ろうと思ったら、小柄な女性がアイパッドを出して、無言のまま、これ見て、っていう仕草をしておりますんで、覗いてみますと、そこには、焼き鳥を食べながら、なにやらしゃべっているYouTubeが再生されていました。
同じ国の人が日本の焼き鳥を紹介しているんでしょうね。たぶん。
と、今度はグーグルマップ。
ほほう、どうやら焼き鳥っていうキーワードで、この店を見つけたんですね。
チャレンジャーですねえ。冒険家ですねえ。
3人ともワイワイとスマホで店内を撮りまくっております。厨房なんかもパシャパシャ撮ってました。
結局どこの国の人たちなのか、さっぱりコミュニケション出来ませんでした。
こっちもそうですけど、インバウンド3人組も英語、ほぼ出来ない。
声は交わしているんですけど、何も意思疎通出来ない。
ジェスチャーっていうのも、いざとなると、なかなか難しいものなのでありました。
焼き鳥は、3人とも塩がお好みのようでしたよ。
日本円を持っていて、現金で支払いでしたね。
生ビール中ジョッキ3杯ずつと、焼き鳥は1人10部位ずついってました。
夜の9時を回ったぐらいでしたが、次の予定もあるんでしょうかね、めっちゃペースが速かったです。
ワアワア、きゃあきゃあ、ニコニコ。インバウンド台風スリー。
結局、言葉でのコミュニケーションは出来ませんでしたが、とってもニコニコと何事かアイサツしながら帰られましたんで、満足していたように思えます。たぶんね。
なんだかね、大将だけじゃなくって、日本人客も、みんな、ドッと疲れました。
「外人って、塩が好きなんだねえ」
って大将がうなってますけど、あの3人がそうだからって、海外の人がみんなそうだとは限らないでしょねえ。
大山鶏を説明するのに、大将は盛んに山の形を両腕で示してましたけど、それ、富士山のことだと受け取られるんじゃないでしょうかね。
だとすると、あの3人は、富士山を見て、焼き鳥をイメージするのかもですし、国に帰って富士山の写真を示しながら、ここに旨い鶏がいるんだぞ、って自慢するかもですよ。
ま、それはそれで、面白いのかもしれませんけどね。
それにしてもですね、YouTube、Instagramっていうネットツールの威力ってうのを痛感しましたですね。
世界的なコロナパンデミックの間中、情報の共有っていうのが、これまでなかったレベルで広がったっていうことなんでしょうね。
旅行したいけど、出来ない。それで情報をあれこれ、独自に探る。
そうすると旅行会社や出版社が提示してきたこれまでの定番、例えば日本の名物っていうのが陳腐化するっていいますか、個人が発信しているYouTube、Instagramを見て、定番だけじゃないなっていうのに気が付くっていう流れなんじゃないでしょうか。
日本食のブームって、ヘルシー志向で世界中に浸透しているらしいですからね。
寿司は相変わらずの人気で、いろんな国に寿司を提供する店がある。
で、ほほう、寿司ってこういうものか。っていう感想。
と、実際に日本で寿司を食べた人がYouTubeをアップする。
自分の国の寿司とは全然違うっていう、日本の寿司への満足感をアナウンスする。
そういうSNSの情報が衰えない寿司人気を支えているみたいです。
寿司の本場は、やっぱりね、日本でしょ、ってことですね。
でも今のホントの人気日本食は、ラーメンだったり、お好み焼きだったり、そして焼き鳥だったりするんだそうです。
しかも、ここのラーメン屋さんが鉄板だぜ! っていうような情報をSNSで得て、ガイドブックに載っていない、日本人好みの普通の町中華を、これまたネットで探して、ネットのナビで、言葉も満足に通じないような店に食べに行く。
そういう旅の楽しみ方。日本の食の楽しみ方。
そういう世の中なんですねえ。
時代はすっかり変わったって言えるんじゃないでしょうか。
このところ、バカな、物騒な、悲惨な事件が相次いでいる日本ではありますが、まだまだ安全な国だとは思います。
おそらくツアー客が来そうもない焼き鳥屋さんを探して入ってみれば、店の人間ばかりか客までもが必死になって説明してくれる。
そういう国、そういう国民性が、日本ですよねえ。
「メニューも日本語だけじゃない方がイイのかなあ」
って、大将は、今回の経験で悩んでおります。
英語と、中国語とか? って聞きますと、
「いや、ローマ字でイイんじゃないかな」
だそうです。そういう国でもあるんです、日本はね。ウハハ。
あなたの街のいつもの店にも「ヤッキトリ、デエス」
来ますよ。近いうちに。
ジェスチャー、考えておいた方がイっすよ、たぶん。