< 今って みんながスマホを持っていて その場で調べて 宝さがしみたいな情報取得なんですけどね >
コロナ禍で時間制限のあった頃の焼酎バーでは、派手な花柄のマスクをしていたミッコちゃん。
そんでもって、ジョッキからビールを呑むとき、アテを箸で口に運ぶときにね、左手で右耳にかけてあるマスクの紐を外して、ドアを開くみたいにマスクを左耳からまっすぐにさせるんですよね。
それで呑んだり食べたりし終ったら、すぐ、今度はドアを閉めるみたいにして、右耳にマスクの紐をかけ直してっていうことをですね、チマチマと生真面目にやっておられました。
推奨されていたスタイルですよね。
「あたしなんてまだまだゆるい方だよお。会社の連中と呑みに行くとね、ジョッキにかぶせる専用のフタを持っててね、呑むときだけ外して、またフタしておくっていうコがね、けっこういるんだよお」
なんて言ってましたがね、カウンターのアクリル板も取り払われましたしね、今は、席に着けばマスクは専用ケースにしまっておられます。まだ外してはいないんですね。
生ビール。中ジョッキで2杯目以降にならないと、しゃべらない、すっごく無口なコです。
コ、ったって、もう30は過ぎていらっしゃると思いますけどね。
そこの焼酎バーの中ではバリバリの若手。
その晩は8時前と、わりと早めの時間だったんですが、なんだかもうミッコちゃんは女将さんときゃあきゃあ騒いでおられました。
もう2杯目を超えていたのかもですねえ。
となりに腰を掛けますと、さっそく、きゃあきゃあに巻き込まれましたです。
「ぱうすさん、自分のここんとこ押してみて、この辺」
って言いながら、左胸側の肩の付け根辺りを4本の指を揃えて示します。
なんだか分かりませんが、ミッコちゃんの言う通りに、押してみました。
軽くではありますが、辺りをちょこちょこ場所を変えながら押してみますと、ウッ! ってなる場所があります。
ちょっとビックリだったんですが、胸の筋肉のウデ側の端っこあたり、鎖骨から指4本下ぐらいです。
「ねっ、痛いでしょ」
右側の同じような場所を押してみますと、同じように痛みを感じます。
何かのツボなんでしょか?
「女将さんが発見したのよ。でもちょっとグリグリしてると痛くなくなるんだよお」
「何気なく押してみたらね、なんでこんなとこ痛いんだろって不思議に思ってね。自分だけがそうなんだろうかって怖くなっちゃって、ウチのに言ってみたら、やっぱり痛いって言うからね、さっきミッコちゃんにも言ってみたら、痛くないっていうのよ」
「そしたらさ、女将さん、ギュウウって押したの、あたしのココ。ぎゃああってなったんだよお」
「やっぱり誰でも痛いんだなあって、今、話してたとこなのよ。凝ってんでしょうね、ここんとこが」
なんとなく押してみるって、どういう感覚なのか、ちょっとね、理解に苦しむ感じもありますけど、実はそのワンポイントだけじゃなくって、鎖骨にそって胸の辺りをいろいろ押してみますと、なんだか、どこもちょっと痛いですよ。
で、鎖骨の下側も上側もちょっと痛いよ、って話をすると、すぐに実践してみた素直なミッコちゃんが、
「ああ~、鎖骨の上側、くぼみを押すとホント痛い。ぎゃああってほどじゃなけど、痛い」
女将さんと大将も押してみて、痛いイタイ、やり始めました。
「なんなの、これ?」
ま、4人とも、それ相応にポンコツだってことでしょねえ。
と、ミッコちゃんが突然、
「鎖骨ってさあ、女の人の素なんでしょ? やっぱりなんか大事な場所なんじゃないの?」
「女の人の素って?」
「キリスト教の本に、そういうことが書いてあるんでしょ。あ、でもあれか、鎖骨の周りが痛いのって男の人もそうなのか。じゃあ違うのかもお」
大将が揚げ物を盛り付けて、女将さんがテーブル席へ運んでいくと、大将がこちら側に向き直って、
「ミッコちゃんが言ってるのって、あれだよね。アダムとイブの話。あれって鎖骨だったっけか」
戻って来た女将さんが前掛けからおっきなスマホを取り出して、なにやら調べ始めました。
と、ミッコちゃんもハデハデなデコレーションのスマホを出して検索。
女将さんの方が一瞬早く、
「肋骨みたいよ。あばらのホネ」
「あ、ホントだあ。肋骨だ。鎖骨じゃなかったあ」
で、解決かっておもったら、大将が冷静な声で、
「で、なに? ミッコちゃんは、女の人は鎖骨でも肋骨でも、そこから身体が出来上がっていくとか、そう思ってるわけ?」
「違うよお。そうじゃないけど、そんな話があったなあって思ってね。そういう話にはなにか、理由みたいのってあるんだろうなあって」
スマホをいじりながら、そう応えたミッコちゃんでしたが、
「鎖骨のあたりにリンパの出口があるみたいよお」
女将さんもスマホから顔を上げませんね。
「鎖骨のリンパマッサージで小顔になるって」
「ええ~? 小顔になるのお。きゃあああ」
ほほう。アダムとイブから、一気に小顔の話になってますねえ。
デジタル社会のコミュニケーションって、そゆことなんでしょうかねえ。
いや、居酒屋トークの正体って、そゆもんでしょ。ですかね?
大将も小顔の話題には背中を向けています。
ミッコちゃんはスマホを見ながら、鎖骨の周りをいろいろいじっておられます。
って思ったら急に、女将さんに画面を見せて、ワントーン上がりました。
「ほら、これ簡単で効きそう」
「小顔?」
「いろいろ方法はあるみたいだけどお、こうやって人さし指と中指でピースして、それで鎖骨を挟んで、ちょっと押しながらグリグリってマッサージ」
「あら、これけっこう効くわね」
「リンパの流れが良くなるんだって」
「デコルテね」
「そうそう」
デコルテってなんやねん!? 聞いたことないど!
なんだか分かりもせず、つられてやってみましたけれども、ま、けっこう痛苦しい感じですね。ピースマッサージ。
全身のリンパが「鎖骨下静脈」ってところに集まって来て、そこから静脈へ合流して心臓へ戻って行くんだそうです。
人間の身体の中を流れ巡っているのって、血液とリンパ。
ここ押したら、かなり痛いよっていう話から、小顔のためのピースマッサージまで話が転がっていくのに、5分ぐらいだったでしょうかね。
まあね、とくに小顔を望んでいる男性人っていうのは多くないと思いますけど、リンパっていうのは、身体の中の余分な水分だとか、老廃物だとかを運んで、リンパ節で濾過しながら心臓へ戻って行く流れらしいですよね。
リンパの詰まりがむくみにつながるってことで、小顔効果っていうのも、そゆことみたいですね。
詰まりを解消するリンパマッサージっていうのは部位ごとにいろいろあって、それはどの部位であっても、鎖骨へ向かう方向に流してやる意識が重要なんだそうです。
リンパ節で処理しきれずに老廃物が詰まってしまっているのを、リンパの流れの最終地点、鎖骨下静脈に流してやれば、心臓から血液と一緒に流されて、肝臓、腎臓で処理される。
鎖骨周りを押してみて痛みを感じる人は、自分に合ったリンパマッサージのページを探して、やってみる価値はありそうですよ。
小顔を望む気持ちは分からなくもないですけど、骨格が変わるわけじゃないんで、過大な期待は禁物でしょうけれどね、むくみが気になっている人にはけっこうな効果、あるんじゃないでしょうか。
ふくらはぎマッサージっていうのは、けっこう支持されているみたいですけど、リンパの流れを助けてやるぐらいの軽いタッチがイイらしいですよ。
それで、方向は下から上ってことでしょうね。鎖骨を目指して、リンパを流してやる。
首周りのリンパなら上から下へ、鎖骨方向に。
こういう美容関係の情報は、諸説並び立つっていうのが当たり前のような状況ではありますが、鎖骨下静脈、一応の説得力、あるんでないかい!?