< 野生動物との共生なんて簡単に言いますけど 当事者じゃないと分からないことって大きいでしょね >
寒いのは苦手なのでスキーだとかスノボだとかは興味ない。でも戸隠は好きだから冬以外の季節に、休みが取れればたとえ一泊しか出来なくたって、戸隠に行くっていう知り合いがいます。
そういうプライベートしあわせ時間を持てるって、イイですよね。うらやましいです。
蕎麦が旨いのもイイんだけど、なにせ水が旨いからコーヒーも旨いよ、ってとっても満足気に言っています。
自己流のバードウォッチングを楽しむのも目的で、いつも単独行みたいです。
まあね、こういうタイプは急に思い立って、そのまま手ぶらで、っていうような行動なんでしょうから、独りで自由にっていうのが似合っているんでしょうね。
その人が以前、春の季節だったそうなんですが、朝の散歩をしていて、まだ早いかなって思いながら水芭蕉が咲くはずの原っぱを覗いてみたら、大きな黒い犬が寝そべっていたんだそうです。
首輪は付いていないみたいだけど、近所から逃げてきたのかな。それにしても、今、咲こうとしている水芭蕉がつぶれちゃうのになあ。起こしてあげようかなあ。
そう思ったとたん、人の気配に気が付いたのか、その大きな黒い犬が起き上がった。
と、それは黒い犬じゃなくって、クマ!
ゲッ! って思ったら、クマは森の方へゆったりした動作で走って行ったそうです。
1メートルちょっとはあった、って言ってました。
立ちあがったら180センチメートルぐらいになるのかもしれないですね。
充分にでっかいクマです。
何事もなく過ぎたわけですけれど、もし向かって来たらって思うとゾッとするって言ってましたねえ。
2メートルぐらいしか離れていなかったんだそうですよ。
戸隠にいるクマはツキノワグマだそうですね。
にしてもビックリしたでしょねえ。都市生活をしていて、クマを目撃するのなんて動物園だけでしょ。
なんてね、野生動物との遭遇っていうのを他人ごとにばかり捉えられないっていうようなことが、日本全国で起きているきょうこのごろなのであります。
東京でもサル、イノシシの出現がわりと頻繁にニュースになって来ている感じもします。
さすがに東京で野生のクマが街なかに出現って話は聞きませんけれど、サル、イノシシはやって来ているんですから、都市って野生とつながっているんだなあって思い知らされますね。
日本にいる陸上の哺乳類の中で最大の動物は「ヒグマ」なんだそうです。
21世紀現在では北海道にしかいないみたいで、「エゾヒグマ」っていう言い方もされていますね。
その昔には本州にもいて、人間との付き合いっていうのもつかず離れず、長い歴史があるんだそうです。
普通、「熊」って書きますけど、ヒグマって「羆」って書きます。
漢字表記でも区別していたんですね。
そのヒグマが、2019年から現代の怪物として話題になっています。
「OSO18(オソジュウハチ)」
2019年に北海道、釧路の標茶町(しべちゃちょう)で、放牧中の乳牛1頭を襲って殺したのを初めとして、次々と乳牛、肉牛を襲っていて、2023年7月時点でその被害は66頭に及んでいるんだそうです。
ニュースで知っている方も多いと思いますけど、4年も経っているのに、いまだに捕獲されていないんですよね。
最初の乳牛襲撃が標茶町御卒別(しべちゃちょうおそつべつ)で発生して、残された足跡の幅が18センチメートルだったんで「OSO18(オソジュウハチ)」
66頭の現場に残されていた毛のDNAから同一のヒグマの犯行だって実証されているらしいです。
襲った牛の全てが死んでいるわけじゃないんだそうですが、殺した牛を食べていない数も相当数あって、食べるためじゃない襲撃っていうのは野生のヒグマとして考えられない行動。
さらに、なんで放牧されている牛ばかりを襲うのか。
そして、ヒグマ猟のプロたちの仕掛けたワナを、ことごとくすり抜けて4年もの間、姿も見せず牛を襲い続けている。
そんなことから地元では、怪物、忍者、幽霊とか呼ばれて恐れられているんですね。
標茶町、厚岸町を縄張りとして牧場の牛を襲っている「OSO18」
被害も甚大になっているわけですよね。
何人ものプロの猟師が挑んでいるのに、姿を確認できていないし、4年も捕獲されていない。
って言ってもですね、標茶町と厚岸町の面積を併せると、東京23区の3倍ぐらいあるんだそうで、おお、やっぱり、でっかいどお北海道なんです。
さらには応援に入っている猟師さんたちも老齢化が進んで減っていて、思うように配備できないっていう事情もあるみたいです。
2022年になってハッキリした足跡が発見されて、精確な足の幅は18センチメートルじゃなくって、16センチメートルだったことが確認されます。
1センチメートル、2センチメートルの足幅の差は、体重にすると、100キログラムから200キログラムになるんだそうで、「OSO18」と「OSO16」ではエライ差になるっていうことです。
名前は「OSO18」のままですが、体重はおそらく200キログラムを少し超える程度の、ごく普通のヒグマだろうってこと。
このことから1つの謎が解明できる。
大きな牛を襲って殺したけれども、それを食べるために、茂みの中に引きずっていくことが出来なかった。
だから食べずに、やたらと多くの牛を殺す結果になった、っていうことなんじゃないか。
さらに、定点カメラでとらえた「OSO18」の姿には、以前にワナにかかって付いたと思われる2本線の傷が確認できたんだそうです。
過去にワナから必死に逃げ延びた経験がある「OSO18」
それで、いかに巧妙に仕掛けられたワナであっても、学習していて近寄らないんだろうっていうことも予想される。
それにしても、っていう不思議はまだあって、ヒグマは雑食でなんでも食べるとはいうものの、一般的には植物が主で、肉を食べるのは全部の食べもののうちの1割から2割程度。
なのに「OSO18」は執拗に牛を襲っている。なんで肉食にこだわっているのか。
放牧されている牛を襲うっていうことは、人間の近くにやってきているということで、そのことはやがて人間をも襲うんじゃないかっていう恐れは、決して杞憂じゃないわけです。
「OSO18」がなんで肉食にこだわるのかについては、こんな予想があるんですね。
乳牛の乳の量を増やす工夫として牧草の改良が進んで栄養価がかなり上がった。
牛にとって、っていうのか、酪農業者にとってイイことなんですが、実は野生のエゾジカにとっても栄養豊富な牧草はありがたい。
エゾジカが急に増えてきた。
増えてくればヒグマと出会う機会も増えてくる。そうなれば襲われてエサになるエゾジカも増えてくる。
ヒグマの食性の割合として獣肉が増えていく。
ヒグマが肉の味を覚えるっていうことなんだそうです。
さらには飼料として育てているデントコーンはヒグマの大好物なんだそうですね。
デントコーンを食べるために人のいるエリアにヒグマが入って来て、ふと横を見ると、エゾジカより効率の良さそうな牛がたくさんいる。
そう気づいたヒグマのうちの1頭が「OSO18」
なんだろうっていう予想ですね。
ワナにかかって駆除されるヒグマも多い中で、慎重な用心深さを保っている「OSO18」
北海道では1988年に「ヒグマは本道の豊かな自然を象徴する野生動物であり、保護面でも対応する」っていう議決をしていて、予防駆除っていうのは続けているものの、ベースとしてはヒグマを保護して共存していこうっていう方針なんですね。
生物多様性っていう観点からして、自治体がこう判断するのは世界の趨勢ですよね。
ただ、人が殺されることを含めたいろんな被害の、どこかに限界点、臨界点を設ける必要っていうのもあるんじゃないでしょうか。
被害が大きくなってきたから駆除、っていう急な方針変更をしたって、この「OSO18」のようなケースで分かったように、老齢化による猟師の減少っていう問題もあるんですよね。
北海道の地でヒグマと長い付き合いをしながら生活していたアイヌ民族は、ヒグマのことを山の神として「キムンカムイ」って呼んで敬っていたそうなんですよね。
親しみを込めて親父って呼んでもいた。
自分たちに肉、毛皮を恵んでくれる神さま。
でも、人に危害を与えるようなヒグマは「キムンカムイ」ではなくなる。
悪い神「ウェンカムイ」になる。
「ウェンカムイ」は殺しても、肉を食べたり、毛皮を利用したりしない。
親父でもなければ山の神でもない。自分たちに害をなすもの。悪い神。
ヒグマとの共生っていうのは、駆除したり保護したりってことじゃない気がします。
自然をコントロールできるはずもありませんからね。
エリア別けっていうことを実現するとなると、これまでのナレッジの中にはない、新たな発想、方法が求められているんじゃないでしょうか。
保護って言って、生物多様性を主張するのはイイことのように思いますけれど、守ってやるっていうような上から目線の態度じゃ、うまくいかないでしょねえ。
札幌市の住宅街に出てきちゃったヒグマ。
人間に襲い掛かるアーバンベアの映像がニュースにもなっています。
人間にとっても、ヒグマにとっても、お互い出会わないのがイイんでしょうけどねえ。
出会わないようにする「共生」っていう、なんだかヘンテコな方法しかないんでしょうか。
もう一度国全体としての街づくり、町づくりが必要なのかもですけど、「ウェンカムイ」は駆除できる態勢っていうのをしっかり準備しておくことも必要なんじゃないでしょうか。
中途半端だと、人間もヒグマも救われないでしょねえ。
< 8月22日 追記 >
2023年7月30日。釧路町で駆除された1頭のヒグマが、DNA鑑定の結果、8月21日に「OSO18」であることが確認されたそうです。
なんとも言いようのない気持ちになりますねえ。