< 集中力とか元々ある方じゃないんだけど 災害級の暑さで すっかり溶けてなくなっちゃった感じ >
陸上選手の記録だけじゃなくって、気温だとか、雨量だとか、そんなやつまで記録更新ってさ、要らんっちゅうねん! ふんとにもう!
暑さも暑し、寄る年波もあって、精神的夏バテとでもいうんでしょうか。なあんにもやる気が起きませんよ。
焼酎バーのカウンター族も、ちょっとね、元気ない感じがします。
別に暗くなっているとか、そんなんじゃないんですけど、声を立てて笑うっていう回数が極端に少なくなっているようにお見受けいたしますですよ。
厨房の中にいる大将にマッツンが話しかけます。ガラガラのオヤジ声です。
「エアコン嫌いなんだけどね、今年は使わないとダメだね、死んじゃうね。でもあれだね、厨房の中はかなり暑そうだね」
「もう突き抜けちゃってますよ。フライヤーの前に立つと自分も揚げられちゃってる感じになりますから」
女将さんが言います。
「あたしなんて厨房にいたくないから、すぐに逃げてきちゃう。洗い物ぐらいはしますけどね」
「ずるいんですよ。洗い物って言ったって、ウォッシャーに入れるだけですからね。それやるときしかこっちにいないの」
「だって、ずっといたら具合悪くなっちゃうわよ」
「でも大将はずっといるわけだよね」
「この人は大丈夫なんですよ。もうずっと油使って火を使って慣れてますから」
まあね、この暑さに打ち勝って、なんとか気力充実っていう方向には、話の流れがいかないんですよね。
「なんかイイ方法ないのかね。エアコンで身体冷やすっていうんじゃなくってさ、暑くたってヘーキでいられるような方法とかね」
「それはだから、お酒でしょ。焼酎呑んで、とんてき食べて。呑んで食べれば明日も元気っていうことですよ」
「呑んで食べてるんだけどね、なんか、回復しないんだよね」
「お店の中はエアコン2台回して涼しくしてありますからね、たっぷり呑んでしっかり回復してくださいよ」
それまで静かに呑んでいたミッコちゃんがマッツンに言います。
「マツモトさん、あのね、こうして右の耳を引っ張り上げるのよ」
「ほ? 耳? こう?」
「そうすると、カチッていう音がして、やる気のスイッチが入るんだよお」
「んん~? 痛いだけでカチッていわないなあ」
「スイッチ、摩耗しちゃってるのかもね」
「左の耳だと入るかも」
「ダメダメ。左の耳を引っ張り上げると寿命が縮んじゃうから」
「ええ~! そんなあ。早く言ってよ。もう引っ張っちゃったよ」
あんなあ、おまあら、充分に元気じゃ!
右耳でも左耳でも、テキトーに引っ張り合ってなさい!
まあ、こんな感じでバカを言い合えるっていうのはタイヘンよろしいことでありますけどねえ。
居酒屋トークって、こういうのも含めて、大人同士のコミュニケーションですからね。なにがしかのストレス解消にはなっているんだろうと思いたいところです。
と、ミッコちゃんがバッグの中から、なにやら小瓶を取り出しました。
「これね、エッセンシャルオイルなんだけど、会社の近くのアロマテラピストに調合してもらったんだよね」
言いながら、カウンターに置いてある紙ナプキンに2滴。
「嗅いでみて」
ってカウンター族と店の2人に回しました。
「人によって違うってことなんだけど、これはアタシ用のレモンとローズマリー」
「ほほう、なんかスッとする香りだねえ」
「仕事しててダメになりそうになったら、休憩しに給湯室行ってね、これをちょっと嗅いで、また戦闘態勢を整えるってわけよ。やる気スイッチを入れ直すの」
と、マッツンが紙ナプキンを嗅いで、シャンとするどころかうなだれてしまいました。
「はああ。そうなんだよねえ、戦闘態勢とらないと仕事なんてやってられないんだよねえ」
「あら、マツモトさんには逆効果だったみたいよ」
「ただの酔っぱらいでしょ。アタシ思うんだけどお、アロマってホントに気持ちの深いところに響くんだよね。一旦気持ちが深く和むから、またもう1回気合いを入れられるんだよねえ。マツモトさんも疲れをそうやって吐き出したら、元気を取り戻して、明日からもやっていけるから、大丈夫!」
「くくう、泣けてくるねえ」
「泣いちゃえ!」
「それにしてもあれだね、ミッコちゃん、やたら詳しいっていうか、急に深いこと言うよね」
「へへえ、セラピストさんの受け売りなんだけどねえ」
ローズマリーって、たしか「ハンガリー女王水」っていうのがありましたですねえ。
ローズマリーとレモン。エッセンシャルオイルって、そういうブレンドする方法っていうのもある。ふううん、です。
やる気スイッチって、ホントに、カチッてオンにして、またカチッてオフできるようなのがあると嬉しいですけれどねえ。
ところで、アロマテラピーっていうのと、アロマセラピーっていうのがありますよね。
ネイティブな発音をカタカナにする時点で、2つに分かれちゃっているだけなのかって思っていたんですが、チャウみたいです。
植物由来のエッセンシャルオイル、香りに、病気やケガの治療効果、心身のリラクゼーション効果があるってことを大々的に発表したのは、フランスの研究者「ルネ=モーリス・ガットフォセ(1881~1950)」っていう人なんだそうで、この人が「アロマテラピー」っていう言葉を作ったんだそうです。
なので、「アロマテラピー」っていうのはフランス語。
フランスではケガの治療だとかに塗って使われることが多かった歴史があって、主に医師が行っているのが「アロマテラピー」っていうことみたいです。
やがてそれがイギリスに伝わって、リラクゼーション効果が評価されて広まった。らしい。
で「アロマセラピー」って、表記、発音されるようになった。
まあ、今現在の日本で厳格な区別なんてないみたいですけど、「アロマテラピー」はフランス語で治療っていうニュアンス。
「アロマセラピー」は英語でリラクゼーションっていうニュアンス。ってことになりそうです。
やる気スイッチは英語「アロマセラピー」の方っていうことになりそうですね。
と、マッツンがクイッと顔を上げて、
「そっかあ、そういえば、ハーブティーってあるよね。あれでもいいだよね、きっと。ローズマリーとレモン、だったよね。ハーブティーの方が安いでしょ」
「うん、効果はあると思うけど、エッセンシャルオイルは即効性があるからね、お湯も沸かすことないし、どこでもササっと使えるからねえ」
「う~ん、そっかあ。ミッコちゃん、やるなあ。女将さんはなにかやってるの?」
「やってますよ」
マッツンだけじゃなくって、全員が「エ?」っていう視線を女将さんに向けます。
「チョコラBB」
聞いたことありますねえ。
「アタシ飲んだことないけど、あれって女性の肌荒れとか?」
「そうよ。それと疲れに効くのよ」
なるほど、植物由来っていうんじゃなくって、エーザイが科学的に作りだしたクスリ、ですね。サプリじゃない。
マッツンが乗り気です。
「それってオトコにも効くの?」
「もちろん効くでしょうけど、マツモトさんにはどうかしら」
「ええ~! そんな殺生なあ。なんとかしてよお」
コラッ、マッツン! おまあ、今、充分にスイッチ入ってるやんけ!
ま、こんな感じの宵を過ごしますと、みんなのやる気スイッチもちょっとは回復しているはず、って思うことにしました。
バッチリ回復です。
と、日記には書いておこう。