< 依存症っていうのは そのことに気付かない方が幸せなままでいられるのかも >
午前零時ちょっと前のセブンです。
居酒屋からの帰り道、朝のロールパンを買いに立ち寄りました。
ま、ちらほらお客さんはいました。いつも通りですね。
ロールパンが置いてある棚は入り口から入って左側の奥にあります。
マーガリンロール、黒糖マーガリンロール、胡桃パンとかは、その棚の一番下に並んでいるんですね。
そのパンの棚の向かい側はアイスクリームがぎっしり並んでいるオープン式の冷凍庫。
そこには1組のカップルが陣取っていました。パンの棚側にお尻を向けてわいわい言いながら選んでいます。
いや、選んでいるっていうんじゃなかったんでした。
同じ種類のアイスを2個、3個と無造作につかむと、つぎつぎにコンビニバスケットの中に放り込んでいるんでした。
どうやら、今来たばっかりのようで、見た時にはオレンジ色のバスケットの底はまだ見えていたんですが、次から次と放り込まれるいろんなアイスで、すぐに底は見えなくなりました。
2人とも丸っこい体形のカップルなんですが、なんと汗をかきながらアイスクリームをバスケットに放り込み続けています。
コンビニの店内って、どこでもそんなに広くもないですし、空調はバツグンの精度で快適設定されていると思うんですよね。
そこのセブンに入る前に走ってでも来たんでしょうか。
いや、失礼ながら、ちょっとでも走ったりするようなタイプには見えませんね。
そんなカップルが陣取っているんで、ロールパンの棚に近づけません。
しょうがないんでアイスクリーム冷凍庫の反対側に回って、買う予定もないアイスたちを眺めながら、カップルのはしゃいだ会話を聞いていました。
「なあにい、なんでそんなに買っちゃうわけえ?」
「いや、おれさ、アイス中毒なんだよ。一回で最低3個は食べないとダメだし、すぐ無くなっちゃうからさ」
「へええ、でもさあ、なんでもイイの?」
「まあ、だいたいね。このパルムなんかはさ、お徳用のボックス売りしてるのもあるんだけど、やっぱりこの1個売りがイイんだよね。旨さが違うからさ」
「へええ、そうなのお。聞いたことないよ」
「アイス中毒のオレが言うんだから、間違いないよ」
コンビニバスケットはあっという間に様々なアイスクリームで山盛りになりました。けっこうな重さになっていると思います。
丸っこい女性が、丸っこい男性の額の汗を、タオル地のハンカチで拭いてあげています。
汗は、アイスクリームが重いからじゃないんです。最初から汗ばんでいたんですよ。
ま、大きなお世話ですけどね。
アイスクリームを山盛りに入れたバスケットを持って丸っこいカップルはレジへ向かって行きました。
どうやらお買い物はアイスだけ。しかも、かなりたっぷりと。
まあね、バスケット一個分ぐらい減っても、アイスクリーム冷凍庫に左程の変化は感じられませんし、全種類じゃないにしても満遍なくピックアップしていたようで、アンバランスな見た目になっているわけでもありませんでした。
で、回り込んでパン棚を覗いてみますと4個入りの胡桃パンしかありませんでしたので、しゃがみ込んでピックアップしていますと、聞きなれた声が背中から聞こえてきました。
「こんばんわあ」
いつも顔を合わせる店員のお兄さんです。
台車にアイスクリームの段ボールを乗せて押してきて、手慣れた動作で補充し始めました。
聞けば、いつも大量に買っていってくれるんで、あのお客さんが来たら、すぐに補充のスタンバイをしているんだそうです。
「いや、いつもはお1人で来ていらっしゃいますねえ」
ふううん。丸っこい男性はアイスクリーム売り場の有名人だったんでありました。
「3日ぐらいで来るときもありますけど、1週間に1回ぐらいですかねえ。夏でも冬でも変わらないですねえ。時々他のものも買ってくれますよ」
ふううん。じゃ、お仕事頑張ってねえ、ってことで胡桃パンだけ買って帰って来たんですが、「アイス中毒」
そんなん、あるんでしょうかね。
中毒っていう言い方ですけど、ま、依存症ってことなんでしょうね。
しょっちゅう行っているセブンなんですけど、「アイス中毒」とのファーストコンタクトでした。
スマホ中毒、テレビ中毒だとかはよく聞きますけど、アイス中毒ねえ、って思って、ちょろっとその辺のことを調べてみましたらですね、へええ、っていうのに出会いあました。
「ミルメコフィリア(好蟻性)」っていうことでして、なんだかいろいろ専門用語が出てまいりまして、読むのに時間がかかりましたけど、ま、だいたいこんな話なんだろうと理解致しましたでございますよ。たぶんですけどね。
アフリカでの話であります。
アフリカのアリが食べものを求めてセカセカと走りまわっておりますと、どこからともなく声が聞こえてまいります。
「アリさん、アリさん。ご精が出ますね」
ん? と思ってアリはキョロキョロ辺りを見回してみますけれども、うっそうとした森のなか、生き物の気配はどこにもありません。
空耳かなって思って、また走りだそうとしますと、
「アリさん、ここですよ。あなたのすぐ脇です」
アリは声の聞こえた方向に目をやりますが、すぐ脇にあるのはトゲトゲの実をいっぱいつけたアカシアの樹だけです。動くものなど何も見えません。
「なんやねん、誰やねん。顔出さんかい!」
「アリさん、ですからここですって。今あなたが見ているアカシアの樹です」
「ほほう、ホンマかいなソウかいな。アカシアさんでっか。で、何の用ですねん。わて、こう見えても忙しおますねんで」
「おいしい蜜はいかがですか?」
「なに言うてまんねん。今は花の時期とちゃいまんがな」
「いえいえ、花なんかより特別な、アリさん専用の蜜をこの葉の付け根から提供できますよ」
「なにを調子のイイことを並べてはんねん。アホらしわ」
アリの言うことも尤もなんですけど、ある種の植物はホントに花以外からも蜜を分泌させるんだそうです。
このアカシアの言っている葉の付け根っていうのは「葉腋」って言われている部分で、ここから蜜を出すことができる。
葉腋には「花外蜜線」っていうのが通じているんだそうです。
「そう思うのも無理はありませんが、百聞は一見に如かずですよ。あなたの脚ならすぐに登って来られる距離じゃないですか、どうぞお試しになってみてください。決してご損はさせませんよ」
「ん~。そないにまで言われたらな、無碍にもでけんってこっちゃな。ま、ほならちょいと試させてもらいひょか」
アリは、するするとアカシアの樹肌を駆け上って、葉の付け根に辿り着いてみますと、なるほど、色も香しいような蜜が、プルンとこんにゃくゼリーでした。
オリヒロじゃなくってアカシアです。
アリは一口すすってみますと、
「おお、こりゃ旨いやないかい、甘さもちょうどエエわ」
「はい。申し上げました通りアリさん専用の蜜でございますから。ところでアリさん、あなたにはお仲間がたくさんおいででしょうね」
「おお、おるおる。そりゃもうウジャウジャ」
「葉の付け根からはいくらでもアリさん専用の蜜を出せますし、葉も御覧の通りたくさんありますから、どうでしょう、お仲間のみなさんにも集まっていただいて、専用の蜜を味わっていただきたいと思うんですが」
「おお、気が利きよるな。ほな、ひとっ走り仲間んとこ戻って、みなを呼んでくるさかい、ちょっと待っとくなはれな」
アリは喜び勇んで、ぴゅーって走って行きました。
なんかね、コワイ感じがしてきますよね、こういうの。
アカシアの魂胆っていうのが、ありそうです。
実はこの蜜、糖だけで出来ているわけじゃなくって、アルカロイド、アミノ酸、タウリン、アラニンだとかの化学物質も含まれているんですね。
さらには、すべてのアカシアの種類がそうではないんでしょうけれど、アカシアの蜜は「キチナーゼ」っていう化学物質を含んでいて、これを一回口にしてしまうと、アカシアの蜜以外の蜜を摂取しても分解できなくなるっていう性質を持っているんだそうです。
そういう恐ろしいコントロールをしているってことなんですね、ある種類のアカシアは。
アリは、喜び勇んでアカシアの樹に集まってきて、旨い蜜を思う存分堪能します。
まさにアリたちは蜜月を過ごすわけですが、ある日、仲間を先導してきた例のアリが、なんとなしにアカシアに話しかけます。
「あんな、アカシアはん。このところな、あんたとこ以外の、他の蜜がな、よう食べられへんようになってもうてな、なんでやろ」
「はあ、そうですか。そんなこともありましょうね。私たちの相性のイイことがそうさせているんでしょうかね。ところでアリさん」
「はい、なんでっしゃろ」
もうアリはすっかりアカシアに対して素直になっておりますね。
「アカシア蜜中毒」の出来上がりなんです。
「だんだん集まっていただいているみなさんの数も増えてまいりまして、ありがたいことなんですけど。いつもいつも遠い道のりを来ていただくのがどうにもね、申し訳ないような気がするんですよ」
「なにをおっしゃいますやら。あんさんの蜜をこうして、なんの苦労もせずいただけますんやで、どんだけ遠かろうと厭いまへんがな」
「どうでしょう、アリさん。ここに住みませんか、私の中に」
「な、なにを言い出すことやら」
「枝のトゲ。その付け根はふくらんでおりますでしょう。そこに巣をお作りになって住んでいただければ、アリさんたちもさぞや苦労なく過ごせるかと」
ってな運びになりましてですね、アリたちはアカシアのトゲの付け根の膨らみに穴を開けて小さな巣を幾つもいくつも作って住むことになりました。
こうして、四六時中アカシアの樹をアリたちが這いまわる環境になりますと、他の害虫が近寄って来ませんね。
これがアカシアの狙いだったわけです。
さらには、
「アリさん、モノは相談なんですけどね」
「へいへい、なんでもおっしゃる通りにいたしまひょ」
この頃になりますと、蜜の化学成分でアリたちの神経はアカシアの思い通りにコントロールされています。
「私の周りの植物なんですが」
「へえへえ」
「この辺りの土の養分をどんど吸い取ってしまうんで、私の摂れる養分が減ってしまって、このままだと蜜がうまく作れないようになってしまうかもしれないんですよ」
「な、なんと。そりゃえらいこっちゃがな。さっそく退治してきまひょ。おーい、みんな」
ってことになりましてね、アカシアの樹の周りの植物は、ことごとくアリたちに噛み荒らされて枯れていきます。
しばらくしますと、そのアカシアの樹の周りは、完全な円形を描いて、アカシアの他に1つの草木もない空地になってしまう。
植物の生い茂る環境の中で、アカシアの樹の周りだけが、キレイな円形の不毛な空地。
地元の人たちはこの空地のことを「悪魔の庭」って呼んでいるんだそうです。
いつの時代からこういった共生が始まったのかは分かっていないそうですが、動かない植物が、せかせかと動き回るアリの群れを蜜の化学成分でコントロールしている。
こりゃ、えらいこってすぜ。
アフリカのアリさんたちが関西弁なのかどうかは、知りません。はい、全く、知りませんです。
アマゾン地域でも同様の「悪魔の庭」が見られるそうです。
アマゾンのアリさんたちは博多弁だったりするのかもですが、全く、知りませんです。はい。
ところで、アイス中毒の人は、何にコントロールされているんでしょうか。
分かりませんね。分かるわけないですね。はい~。
でも悪魔ではないようでしたよ。