<豚肉入りけんちん汁だって あったっていいじゃん ねえ>
“けんちん”って名前は誰でも知っていると思います。おそらく日本中どこでも通じる単語。
けんちんそば、けんちんうどんっていうのも、普通に食べますよね。そば屋さんメニューにありますからね。
あ、立ちそばには、ない、かな。
でも一説によりますと、けんちんそばって茨城県が発祥なんだそうで、確かに、“つけけんちんそば”は茨城名物として出されていますね。1回だけ食べたことあります。
普通でした。当たり前にンまい。
ただ、その時のつけ汁は特に濃くこしらえてあるわけじゃなくって、これだったらどんぶりの中にそばを入れた、普通のけんちんそばの方が良かったかな、ぐらいの印象でした。
どうなんでしょうか。わざわざつけそばにしてある理由のハッキリわかるような塩梅のものもあるんでしょうかね。
もちろん、店によるんでしょうけれど。
つけめんもそうなんですが、ただ単に麺とスープを別けて出すだけの店っていうのがすごく多いので、がっかりなケースばっかり、な印象です。最近はね。
今回はけんちん汁の由来を探ってみようかと思うのですが、おそらく、正しいけんちん汁なんてものは存在しないです。
正しさにこだわらなくてイイんでないかい、と思うですね。ンまけりゃね。
何をどう入れて、どんな味付けにするか、なんて地域によってというより、各家庭によって違っていて、自由なものなんだと思います。
それでイイんだよねえ、ってトコです。
茨城県も独自にけんちん汁のルーツを謳っているわけではなくて、けんちんそば、つけけんちんそばっていう、けんちん汁とそばを出合わせました、という“食べ方”の発祥ということなんでしょうし。
別にけんちんに肩ひじ張っているわけではなさそうです。
茨城県の特徴を改めてみてみますと、農業産出額が昔からトップクラスです。北海道を除けば、ほぼずっと1位。
そんな土地柄ですから、土地の人たちが根菜ばかりでなく、地の野菜をふんだんに使った汁物を昔から摂っていたことは充分に考えられます。
山形県名物の芋煮なんかもそうだと思うんですが、土地の人たちが普段から食べているものを、他所からやって来て、
「お、これンまいね。なんていう食べもの?」
と聞かれた場合、どう答えたものか困ってしまうというシチュエーションになってしまうのではないでしょうか。
「芋を煮込んだものだから、芋煮」
汁の名前を決めたのは、むしろ土地の人たちじゃなくって、他所の人なのかもしれませんよね。決めさせた、というか。
けんちん汁もそんな感じで、茨城県の人たちが普段から食べていた汁にそばをつけて食べているところに出くわした他所人が、
「へえ、けんちん汁につけて食べるなんて珍しいね」
と言われて、
「ほほう、この俺たちの汁もんは、けんちん汁っていうものなのか」
なんていう具合に、名前が後付けだったのかもしれません。
まあ、可能性としての話ですが。
茨城県に限らず、特に作り方や味に特徴の出せる種類のものじゃないと思うんですよね、けんちん汁って。
要は具沢山の汁物。
にしても“けんちん”ってなに? というのが残る疑問です。
これには通説というのがありまして、1つは鎌倉の建長寺。これが尤もらしく言われることが多いですね。
建長寺っていうお寺さん。
13世紀に鎌倉北条氏、時頼の創建と伝わる臨済禅宗の古刹ですね。今でも鎌倉観光スポットの1つです。禅宗を国内に浸透させたことでも知られています。
とても雰囲気のあるお寺さんです。
この建長寺で作られていた汁が建長寺の汁だから、建長汁。やがてなまってけんちん汁と呼ばれるようになった、という説。
でもこれねえ、ケンチョウジルがケンチンジルになったって、ちとねえ、無理矢理な感じです。
だいいち、建長寺で作られていた精進料理の汁がいつも同じ具材だったとは思えませんし、お施餓鬼という行事で付近の住民に振る舞われることがあったとしても、お寺の精進汁を庶民がありがたがる、というか真似る理由もない気がしますですね。
何度も言いますけれど、特に特徴のある汁物じゃないですからね。
ま、有り難がる風潮があったのかもしれませんけれど。
で、もう1つの説は、1654年ごろ、秀吉の時代に中国から日本に帰化した隠元禅師がもたらした、中国禅の精進料理「普茶料理(ふちゃりょうり)」の中の「巻繊汁(けんちんじる)」が発展的変化をなしたもの、というものです。
巻繊汁というのは、刻んだ野菜に豆腐を混ぜたものを炒めて、油揚げ、あるいは湯葉で巻いて揚げたもの、だそうです。
油で揚げずに汁にすれば、まあ、今のけんちん汁に近いものが出来上がるような、気がしないでもない、という感じでしょうかね。
けんちん汁にも豆腐をいれますもんね。ま、入れなくたってイイんですけれど。
料理そのものの変遷、という辺りなりますと、専門家ではないので見当のつけようもありませんが、単に名前ということに絞って考えれば、巻繊という名前は、そのまま“けんちん”ではあります。
どうも軍配は隠元禅師に上がりそうに思うんですが、世間的には建長寺の方に分があると判断しているみたいです。
建長寺説の方が古いからですかね。
けんちん汁からはちと離れますが、隠元禅師、中国の方ですが、いろんなものを日本に伝えてくれたという話が残っています。
インゲンマメ。もうピンときましたよね。このいんげん豆は隠元禅師が日本に持ってきたらしいです。へええ、です。
まあね、こういう話にはいろいろな異説もあったりしますが、いんげん豆って名前がそのままついているんだから、そうなんだろうなあ、と思いますです。
いんげん豆以外では、タケノコ、スイカ、レンコン、煎茶などもそうだといわれているようです。隠元禅師が中国から持ってきた。
その他に、これは食を離れますが“魚板”
これは今のお寺でお経を唱えるときにポクポク叩かれる木魚の基になったものだそうです。
当時は昼の時報的な役割だったみたいですが、なんでサカナなのかについて面白い話が残っています。
魚という生きものは、昼でも夜でも目を閉じない。あなた方も日夜目を閉じる間を惜しんで修行しなさい、この魚を思い浮かべて精進しなさい、という意味なんだそうです。
魚が玉を咥えた形のものもあって、これは魚を叩くことによって体の中の煩悩を吐き出させることを意味するんだそうで、さかなくんも、なかなか大変な役割を与えられたもんです。
魚に煩悩なんて無いでしょ。たぶん。
今の形の木魚もかなり古くからあるらしいですが、お寺で使われている木魚は愛知県でしか作られていない、という説があります。
どうでしょう。ホントかな。
隠元禅師が日本に来たのは家康の時代ですからね、愛知県に禅師ゆかりの土地でもあったんでしょうか。
愛知県のけんちん汁って、やっぱり当然、どうしたって味噌味でしょうねえ。濃いめの。そっちの方が興味ありますです。
というわけで? 精進料理発祥という意味からすれば、豚に限らず肉や魚が入ったものは、けんちん汁とは言いがたいことになるようですが、イイんでないの?
豚肉入りけんちん汁だってアリ。鶏肉だって牛肉だってイイじゃん。味噌味だってしょう油味だって、アリ。塩味だってオッケーでしょ。魚が入ったり、ブイヨンだったり、いけるでしょ。
それってなんて名前?
好きに呼べば。という結論なのでありました。悪しからず。
<けんちん汁の身体に旨い満足度>
けんちん汁の具は、何でもアリっていえばホントに何でもって感じだと思いますが、個人的には里芋がイイですねえ。
そんなにニュルっとしてないヤツ。
ゴボウ、ニンジン、ダイコン、コンニャク、ネギ、キノコ、その他に最近多いなと感じるのはさつま揚げですかね。
そば屋さんメニューのけんちんそば。なあんかね、何処の店で食べても具が同じ気がするですね。
けんちん汁を作っているんじゃなくって、パックか何かで仕入れてる、のかもですね。
でもまあ、ンまいのでオッケーです。
もちろん豆腐もスタンダード。ゆで卵っていうのもアリですね。
モツなんかを入れちゃったりすると、野菜たっぷりのモツ煮、になっちゃう感じ。
でもって里芋です。
里芋にはガラクタンという炭水化物とタンパク質の複合体が豊富に含まれているんだそうです。
聞いたことないなあ、というガラクタンですが、コレステロール低下、血圧低下の効果があって、これを大量摂取しても、なんと脂肪にならないんだそうです。
さらには里芋の粘液糖タンパク質混合物は、胃腸の活性化、便秘改善、スタミナアップの効果をもたらしてくれる。
ひょえ~ってぐらいに効果のある食べ物だったんですね、里芋。
家庭料理ならいざ知らず、外食で里芋に出会うことって、マレです。最近は。
なんでメニューにないんでしょ。
調理が面倒なのかなあ。
でもあれです。この効果を知った以上、里芋をたくさん食べられるけんちん汁。イイんでないかい!
<けんちん汁の心に旨い満足度>
肉信仰のある時期にはなかなか素直に感じにくい感覚かも知れませんが、食べてホッとする味ってのがあるんですねえ。
何の気なしに食べたとしても、口に入れて、あ、自分が食べたかったのはこれかも、という感覚。たとえ初めての味であったとしても、どこか懐かしい。
日本的、というよりは庶民的、家庭的ってことなのかもしれません。
そんな味の代表的な食べものの一つが、このけんちん汁ですね。
里芋の煮っころがしっていうのも、そういうヤツです。里芋、転がされちゃいます。でもって、ンまいです。
やっぱり里芋って、凄いヤツだったのかもですね。
<けんちん汁の酒のアテ満足度>
けっこう前になりますが、東京に雪の積もった春先のころ。数年おきに積もりますよね東京でも。その年は30cmぐらい積もっちゃって大騒ぎでした。
そんな騒ぎには参加せず、いつもの居酒屋へ雪を踏んで行ってみますと、
「こんな天気の中、お寄りいただいてありがとうございます」
などと、いつに似合わぬバカ丁寧な挨拶とともにカウンターに出されたのは、モウモウと湯気のあがるけんちん汁。
その時は、え? お通し? 突き出し? 酒呑む前に味噌汁?
などと思ったものでしたが、一口啜って、ホッとしました。
自分で思っている以上に身体が冷えていたことに気付かされて、その小鉢の一品がとてつもなく有り難いチカラを与えてくれた気分になったのでありました。
そです、そのときのメインの具が里芋だったのでありました。
イケますよ。モツ煮ファンなら間違いないです。
<けんちん汁の酒の〆満足度>
けんちんそばとか、けんちんうどんとか、あるいはけんちん汁定食で、しろごはんと共に、ってのがイイかもですね。
<うちらの土地のけんちん汁 わが家のけんちん汁>
どんなんでしょう。ご自慢のけんちん汁を教えてください。
名前は違うけど、こういう地元の汁物があるよって話とかいただけるとありがたいです。
あるいは、つけけんちんそばってのが茨城県の名物とすれば、あなたの土地の食べ方って、何か工夫があったりしますか?