< 一応ね 花言葉があって 幻惑 恐怖 誘惑 っていうそれっぽい感じです >
中世の錬金術師たちが、いろんなことに使っていたアヤシイ植物でしょ、っていう捉え方が一般的かもしれませんね。
マンドラゴラっていう名前自体、なんか、中世の雰囲気がぷんぷんしているようにも思えます。
今でも実際にある植物で、現代ではマンドラゴラじゃなくって、マンドレークっていうのが普通らしいです。
中世の錬金術の世界っていうのは、なにそれ? ってうのがいっぱい出てきて、わけの分からないところが大好きなんであります。
実際にいろんなものが「発明」されてもいるんですよね。
錬金術のベースになっている蒸留技術がなければ、現代のウイスキーも、焼酎もないわけですしね、そう考えると、あながち荒唐無稽なことばっかりじゃなくって、やっぱり、科学、医学を発展させたっていう実際的な面も確かにありそうです。
でも面白いのはそこじゃなくって「賢者の石」とか「グリーンライオン」とか、そういう生理的に引っかかってしまう怪しさ。何言ってんの? っていう、それが錬金術の魅力なんですねえ。
マンドラゴラはですね、古代ローマの博物学者、大プリニウスって呼ばれている「ガイウス・プリニウス・セクンドゥス(23~79)」が、死の直前、77年に完成させた「博物誌」にも出てきているんですね。
ヤマザキマリ、とり・みきのマンガ「プリニウス」の第1巻に、プリニウスがマンドラゴラについて触れているコマがあります。
「完璧ではないが、これもおそらくマンドラゴラ……」
っていうシーンですね。
完璧じゃない、って、なんやねん、っていう気もしますが、ま、マンガの中にも登場して来ております。
プリニウスの知識の中にマンドラゴラがあって、ひょんなところで見つけた植物の特徴を確認して、これなんじゃないかっていうシーンのネームは、ヤマザキマリが担当しているんだと思いますけど、要は、プリニウスの時代にはマンドラゴラの不思議な効能、害も含めて、すでに伝説のようなものとして知られていた植物っていうことなんでしょうね。
プリニウスは、こう言っています。
「マンドラゴラは、かつてこれから取られる液が目薬の材料として使われたことがあり、臭気が強く、男のマンドラゴラが白、女のマンドラゴラが黒い色をし、ヒッポプロモス、キルカエオン、アルセン、モリオンとも呼ばれる」
古代からこうしていろんな名前で呼ばれていたっていうことは、けっこう広い地域に生息していたっていうことなんでしょうね。
「博物誌」のこの記述だけからでは、マンドラゴラを目薬の原料として利用していたのはどこの国なのか、マンドラゴラのどの部分を、どうのように加工してつかっていたのか、とかは全然分かりません。
ただ、紀元前ごろから特別な植物として知られていたっていうことは確実ですね。
「博物誌」の中では触れられていないみたいですけど、「恋なすび」「愛のりんご」なんて呼ばれ方もしていたそうで、媚薬的なニュアンスもあるみたいなんですよね。
日本の博物学者「南方熊楠(1867~1941)」は、プリニウスの「博物誌」に出てくる「ケンツムカビタ(百頭草)」についての記述「根に男女あり、男性のようなものは男が帯びると娘に言い依られる」を読んで、これはマンドラゴラ、マンドレイクだろうって言ってますね。
「百頭草」っていう、これまたアヤシゲな名前は誰が訳したものか分かりませんが、南方熊楠もマンドラゴラを知っていたんですね。
面白エピソードとしても、いろんなことを書き遺してくれた異色作家「澁澤龍彦(1928~1987)」もマンドラゴラについて、何回か触れていましたね。
個人的にマンドラゴラのことを知ったのは澁澤龍彦の本でした。
エロティックで怪しげな魅力の作家さんでしたです。
「ウィリアム・シェイクスピア(1564~1616)」もマンドラゴラを知っていたようなんですよね。
1596年ごろの作品だってされている「ロミオとジュリエット」
この中にマンドラゴラが出てきているんですが、訳者の「坪内逍遥(1859~1935)」は「曼陀羅華」って訳しています。
「ロミオとジュリエット」のストーリーはみなさんご存じだと思いますけど、ジュリエットが死んだふりをする場面がありますよね。仮死状態になるっていう。
そのとき飲んだ「クスリ」がマンドラゴラなんじゃないかっていうことなんですね。
ロレンス法師が、2人を一緒にさせるために仮死作戦を企んで、ジュリエットに「クスリ」の説明をします。
「この瓶の薬水をお飲みなされ。そうすると、やがてぞっとします。眠いような気持ちが血管中に行き渡って、脈もいつものようではなくなって、全く止まってしまいます。生きているとは思えないほど呼吸が止まって、身体のぬくもりも消えてしまいます。頬や唇のバラ色も褪せてしまって、青白い灰のようになるでしょう。目の窓もハタと閉じます。生命の日が暮れてゆく時のようにです。身体じゅうが硬くなって、冷たくなって、自在な働きを失って、死に切ったように見えるでしょう。ですが、この死に切ったらしい姿で42時間経った時には、気持ちの好い眠りから覚めたように、自然と起き上がれるのです」
この説明を受けて、ジュリエットはこう応えています。
「くだされ、さ、それを、はようそれを」
坪内逍遥、そういう時代の人ですもんね。
で、ジュリエットはその「クスリ」を飲むわけなんですが、死んだことになってお墓の中に入れられた時に、目覚めてしまったらどうしようかって、逡巡するシーンもあります。
そこでは、こんなことを言っています。
「ええ、どうしよう、目が覚めてしまったら。……。いやらしいその臭いと、聞けばきっと気が狂ってしまうという、あの曼陀羅華を根引くような、すごく気味の悪い声を聞いたら……」
そうなんですよね。マンドラゴラって、引く抜くときに、ギャー! っていうような叫び声をあげるって言われていて、その声を聞いちゃったら、正気ではいられなくって、やがて死んでしまう、っていうことがマコトシヤカに言われていたんだそうです。
ハリー・ポッターでも、ンギャー! って叫んでいましたよね。
ジュリエットが飲んだ「クスリ」を作ったのは、やっぱり、魔法使いなんでしょうね。知らんけど。
今、日本でマンドラゴラ、育てている人、いますかねえ。
いるんでしょねえ。いますよね、ね。マンドラゴラ。
世界は不思議で溢れている、です。