< 節足動物甲殻亜門鰓脚綱サルソストラカ亜綱無甲目ホウネンエビモドキ科アルテミア属 >
「正式な名前とか種類とか、そんなの、どうでもイイんだってば。シーモンキーって名前で売ってんだからシーモンキーなんだよ」
いつもの焼酎バーのカウンターでシゲさんが、ちょっと興奮気味にマスターと話しています。
「今ね、1センチぐらいになってさ。泳いでんだよ。ぴろぴろ~って。なんか妙にさ、嬉しくってさ」
どうです? シーモンキーって、聞いたことがあるような気がしませんか?
ちょっと調べてみますとですね、1957年にアメリカの通販商品「インスタントライフ」として売り出されて、そこそこ認知された商品。
通販っていうところがミソだと思うんですが、1962年からは「シーモンキー」って名前を変えて大ヒット。
日本にもその直後に入って来たみたいなんで、日本人は「インスタントライフ」っていう名前は知らなくって、最初の出会いから「シーモンキー」ってことだったんでしょうね。
しかしねえ、「インスタントライフ」って、なんといいますか、人間至上主義? 誰もクレームを付けたりするような世の中じゃなかったんでしょうね。
ま、日本には「シーモンキー」として上陸です。
「海猿」? これはこれで、よく分からないネーミングですね。
小学生向け雑誌、「学研の科学」の付録についてきたシーモンキーを、少年の頃のシゲさんは、その号だけを買ってもらって、実体験しているらしいんですね。
「ちゃんとね、書いてある通りにやったんだよ。小学校の4年生ぐらいだったのかなあ。牛乳瓶の中に水いれて、そんで箱の中に入ってる砂粒みたいのをね、入れてかき回すんだけどさ、けっこう長い時間かき回したような記憶なんだけどねえ。こんなんで生き物が出てきちゃうっていうのが不思議でね、わくわくしてさ」
と、隣りで聞いていた年若いヤナギくんが、
「なんで牛乳瓶なんですか?」
「え? だってさ、テキトーな容れ物ってそれぐらいしかなかったんだよ。ペットボトルなんてない時代だからね。牛乳は瓶で配達されてたんだよね。だからどこの家にもあったわけよ」
「付録に容れ物、付いて来ないんですか」
「だって、昭和の雑誌の付録だよ。そんな大きな物なんて付いて来ないよ」
「で、その時もシーモンキーって生まれてきたんですか? 砂粒の中から」
「それがね。それなんだけどね、ヤナギ青年」
「はあ?」
「次の日に学校から帰ったらさあ」
「はい」
「捨てられちゃってたんだよねえ。牛乳瓶、返さないといけないしねえ」
ぶっはっは! ってことなので、今回、小学生の娘さんがオンラインショップで見つけたのが、なんと、あの、懐かしのシーモンキー! だったっていうことで、娘さんそっちのけの勢いで買ってしまったっていうシゲさん。
「今のはね、ちゃんと水槽が付いてんだよね」
「水槽ですか。牛乳瓶とは大きな違いですね。で、今回のも砂粒なんですか?」
「せっかちだねえ、青年よ。結論、急ぐねえ。まあ、じっくり聞きたまえよ」
と、マスターが、
「シゲさん、話したいんだから、聞いてあげて」
「ナマ、お代わりね。あのね、まず水槽に水を容れるわけよ。これが一番難しいんだよね」
「はあ?」
「だはは、マトモな反応、ありがとうございます」
「あ? ああ、そうですか」
「で、魔法の粉、そのイチをいれてね、よおくかき回すんだよね」
「昭和の頃と同じなんですね。でも砂粒じゃなくって粉なんですね」
「うん、ま、そうだね。似たようなもんだけどね。よおくかき回したら1日以上放置しておく」
「え? 何もしないんですか?」
「そ。何もしないんじゃなくって、何もしちゃいけない」
隣りで聞いてて笑っちゃいますよ。もったいぶっちゃうんですねえ。
「1日以上ですかあ」
「そ。ちゃんと魔法の水になってました。で、魔法の粉その2ッを投入。これがシーモンキーの卵らしいんだよね。それでオシマイ」
「へ? 簡単なんですね」
「うん、簡単」
「で、生まれたんですもんね、シーモンキー」
「生まれたうまれた。でも姿はなんだかよく分かんないんだよね。見えない」
「なんすか、それ」
「ちっちゃいゴミみたいな感じなんだよね」
「意味ないんじゃないですか、それって」
「だから、焦っちゃいかんのですよ、青年」
「もうじき30になりますけどね」
「だんだん育つんだよ。10日ぐらいで見えるようになって、時々エサもあげてるし、7匹いるんだけど、みんな元気です」
「7匹いるんですか」
「そう、シーモンキーセブン」
「そんなカッコイイもんでもなさそうな気がしますけど、リベンジできて良かったですね」
「うん、そうなんだけど。なんか感動が薄いな。あ~ん、青年よ、話、聞いてた? ね、ぱうすさん、もっと感動して欲しいですよね」
って、巻き込まれましたけど、感動を強要しちゃダメでしょ。
「昭和のおもちゃって、不思議感があって、なんともいえない懐かしさがありましたよねえ」
だからね、平成生まれの人に昭和ノスタルジーを押し付けちゃダメです。ってとこで思ったのが、そういえば平成生まれの人たちに、昭和がウケてるって話、ありましたねえ。
って、ヤナギくんに目を向けると、
「ですね、昭和のいろいろって、すごくイイものが多いって思いますけど、シーモンキーっていうのが今でも売ってるっていうのは驚きですね。それで昭和の人たちも、もっかい楽しんでるんですもんね」
と、シゲさんが、
「昭和の頃って、バーチャルなんてないからね。みんなすぐそこにある、さわれる。アナログな不思議さっていうか、怪しさみたいな感じが楽しかったですよね。平成の人には分からないようなね」
「いや、分かりますよ」
ヤナギくんは不満そうに抗議していましたけど、たしかに昭和の頃に流行ったおもちゃって、いろいろ不思議な感じでした。
ってまあ、シーモンキーはおもちゃじゃないですけどね。
植物プランクトンをエサにしている動物プランクトンですね。
おもちゃ扱いですけど、生き物です。
乾燥状態になってしまうと卵のまま数年、十数年生きていられて、水があれば生まれることができるっていう、太古から変わらない生態らしいですよ。
純粋に昭和のおもちゃ、遊び道具って言いますと、「アメリカンクラッカー」っていうのがありました。
「カチカチボール」とも言ってましたよね。
1970年代だったでしょうか。
その名前の通り、アメリカで考案されたおもちゃなんでしょうけど、500円玉ほどの大きさのリングに、2本の紐がついていて、その紐の先に直径5センチメートルぐらいの硬いプラスティックのボールが付いているんですね。
リングを持って上下に揺らします。
ぶら下がったボールがうまくカチカチとぶつかるようにコントロールしながら、ボール同士が反発して広がりが大きくなった瞬間に、一気にリングを大きく素早く上下させます。
ボールが上と下で弾けるようにぶつかって、バババババッって大きな音がします。
っていうか、大きな音をさせます。クラッカーですからね。
こうして説明しちゃいますと簡単そうなんですけど、実際にやるのは難しいんです。
かなり速く中心のリングを上下させないとうまくいかないんですけど、すぐに疲れちゃうんですよね。
まっすぐ上下できなくなると、バババババッって激しく動いていたプラスティックのボールがズレて、腕にドスッて当たるんです。
ウッって声が出るほど痛いんです。
アメリカンクラッカーは、その大きな音にクレームがついて、あっという間にブームが去ったって言われていますけど、違いますね。
音のクレームじゃないです。やる子どもたちの腕が痛かったからでしょねえ。
あざになるんです。
骨折まではしないでしょうけれど、打撲です。めっちゃ痛いんです。なかなか痛みはとれません。
昭和ナンバーワンのバカおもちゃだったでしょねえ。
ごく安全なおもちゃで流行った昭和のおもちゃに「モーラー」っていうのがありましたね。
日本での発売は1975年からだそうです。
今もマジシャンのマギー審司が使ってますよね。驚くほどのロングセラー。
1972年にオーストリアのフェリックス・ペスカルスキーっていう人が特許をとったおもちゃなんだそうです。
ま、演出力が必要なおもちゃではありますね。
マギー審司、プロですからね、うまいんです。
で、モーラーのフェリックスさん。今、どうやら日本に住んでいるみたいなんですよ。
日本女性と結婚していて、その娘さんはモデルの斉藤アリスさんだそうです。
日本とオーストリアの意外な関係。
へええ、ってことなんですけど、モーラーってネコのおもちゃとしてもロングランですよね。
演技力を必要としない「じゃれっこモーラー」っていう新商品もあります。
「スリンキー」っていうバネのおもちゃもありました。
階段を自動的に下っていく様子が、不可思議で、何度も何度も繰り返して遊んでいました。
上りませんよ、下るだけです。
スリンキーっていうのは「流れるように動く」っていう意味だそうです。
昭和のスリンキーは金属でしたけど、今はプラスティック製のものもあってカラフルになっているみたいです。
バネっていうかジャバラっていうか、一段だけ階段を下ろしてやると、あとは自動的に下りていくんですよね。
動力がないのに、不思議ですねえ。
これもアメリカ発祥だそうですが、特許をとったのって1945年の商品。
めっちゃ昔からあるんですね。
「地球ゴマ」っていうのもありました。
コマの軸になっている外側部分と回転する円盤部分が別なので、ジャイロ効果ってやつで回転を止めずに軸に触れるんですよね。
綱渡りとか、簡単に実現できるおもちゃ。
これは日本製で、1921年にタイガー商会が特許を取得。ってことで、これまた、めっちゃ昔からあるんですね。
タイガー商会は2015年に廃業しているみたいなんで、今は、純粋な地球ゴマはないってことになるみたいです。
でもですね、これ、昭和の流行りのころには、宇宙ゴマとかサーカスゴマとか、ちょっとだけ軸部分を変えたパチモンがいっぱいあったんですよね。
ジャイロ効果とか説明されても、知らんがな! っていう子どものころの不思議な感覚が楽しいんですよねえ。
今はコンピュータ全盛ですからね。
子どもの遊びもバーチャルが多くなっていますが、目で見た感覚だけの楽しさじゃなくって、手でさわれる身体感覚のおもちゃっていうのも大事なんじゃないかって気がしますねえ。
むしろ今どきだからこそ、ね。
AIの使い方が悩ましいって、世の中の話題になっていますが、スリンキーの不思議を体験してみるのは、なんか身体感覚を健康にしてくれるような、そんな気もします。
アナログのリバイバルって、レコードの復活みたいに、おもちゃのジャンルにもやってくるかもですねえ。
子どもじゃなくたって、大人だって遊びたいぞお!