<三重県に居た 知られざる江戸時代のヒーロー ごんべさんの赤ちゃんの続きです>
【ごんべさんの赤ちゃん】で調べてみた結果、「ごんべさんの赤ちゃん」の歌はアメリカで流行った「ジョン・ブラウンの赤ちゃん」の歌が基になっていて、その「ジョン・ブラウンの赤ちゃん」は、奴隷解放運動のヒーローだったジョン・ブラウンという人を讃えた「ジョン・ブラウンの屍」という歌をコミカルにアレンジしたものだったことが分かりました。
さらに「ジョン・ブラウンの屍」という歌自体が「リパブリック讃歌」という、南北戦争時のアメリカ北軍行軍曲だったことが分かりました。
つまり、「リパブリック讃歌」 ⇒ 「ジョン・ブラウンの屍」 ⇒ 「ジョン・ブラウンの赤ちゃん」 ⇒ 「ごんべさんの赤ちゃん」という流れだったわけですね。
その過激さゆえ処刑されてしまうという最後になってしまった、奴隷解放運動の英雄といっていいジョン・ブラウンという人の名前が、日本語に訳されるにあたって「ごんべさん」になったのは、どういう理由からなんでしょうか。
遊び歌なんだから、特に意味なんてないでしょ。
ジョンさんとごんべさん、両方ともありがちな名前だし。
そうかもしれませんです。
さらには「ジョン・ブラウンの赤ちゃん」という替え歌になった時点で、名前としてジョン・ブラウンを残してはいるものの、もう悲劇的ヒーローとしてのジョン・ブラウンその人を表す名前ではなくなっている、のかもしれません。
英雄を表す名前からも脱却したジョンなんだから、ごんべさんに何を求める必要もないでしょ。
そうかもですね。
「ごんべさん」という響きが音として曲のリズムに合っていたから、というだけの理由なんでしょうか。
特に音節的に外れた感じが無ければ「ごんべさん」じゃなくっても「さすけどん」でも「おとらさん」でも、何でも良かったんでしょうかね。
あるいは、ジョン・ブラウンと比肩する必要はないにしても、日本人に馴染のある、特別な「ごんべさん」が存在するんでしょうか。
どうでもイイっちゃ、どうでもイイんですが、ちと調べてみました。
まず「ごんべさん」は、日本語的に正確に言えば「ごんべいさん」でしょうから「権平さん」か「権兵衛さん」ということになりそうです。
日本人なら誰にも思い当たるような、有名な「権平さん」あるいは「権兵衛さん」が居るでしょうか。
ん~。知らないなあ。
ぐるぐる考えてぼんやり思い浮かんだのがテレビコマーシャル。ライススナック「ごん米」
♪ごんべが種まきゃ カラスがほじくる
って歌ってましたよね、確か。
でもこの歌詞「ごんべが種まきゃ カラスがほじくる」って、テレビで見る前から知っていたような気もします。
つまり、コマーシャルのオリジナルじゃないかもしれない。ごんべさん。
で、調べてみたら、すぐに出てきました。便利な世の中になったもんです。ある意味コワイほどですね。
三重県に伝わる民話に「種まき権兵衛」が居ました。
さらに、全然別個に、コマーシャルの歌詞、そのままの「ことわざ」もありました。
「権兵衛が種まきゃカラスがほじくる」
とは、蒔いた種をカラスに食べられてしまうことから、努力が実らないこと、無駄なことの意。
そですか、ことわざにもなっていましたか、って感じなんですが、肝心の権兵衛さんって実在したんでしょうかね。
落語に出てくる「与太郎」みたいなものでしょうか。
PHPの「歴史街道 今日は何の日? 12月26日」によりますと、ごんべさんは上村権兵衛という実在の人物で、元文元年12月26日に非業に死を遂げた、地元のヒーロー。
そういう伝説が民話として残っているということです。ごんべさんは、ヒーロー。
上村権兵衛さんは、江戸時代の三重県北牟婁郡海山町に実在した人物。海山町は現在、町村合併によって紀北町という名前になっているようです。
権兵衛さんの父親は上村兵部という武士で、どういう事情かは分かりませんが、権兵衛さんの代に農業で生計を立てることになったそうです。
で、慣れない農作業に四苦八苦する権兵衛さんの様子が「ごんべが種まきゃ カラスがほじくる」ということになったみたいですね。
ことわざ、の説明では「努力が実らないこと」とバッサリでしたが、権兵衛さんは農民たちにバカにされて嫌われていた存在ではなかったように思います。
こんなにユーモラスな「ごんべが種まきゃ カラスがほじくる」という言葉の中に、うまくはいかない権兵衛さんの農作業を、「しょうがねえなあ、オラが村のごんべさんは」という微笑みを含んで見守っていたんじゃないでしょうか。
リアル権兵衛さんの性格というものなんでしょうけれども、失敗ばかりでも、めげずに農作業に取り組んでいる。その一所懸命さは近所の人たちにも伝わっていたでしょう。
最初は笑っていたのかもしれません。それが「ごんべが種まきゃ カラスがほじくる」という言葉として残っているんでしょう。
農家の子供たちが、大人たちが噂していることをそのままはやし立てても、おそらく権兵衛さんは、
「あははは。その通りだなあ、困ったもんだ。カラスが食べちゃうなあ、あははは」
ぐらいの応対をして、また汗水流して農作業に励んでいたんじゃないでしょうか。
ごんべさんが笑う。子供たちも笑う。イタズラカラスだって、ガーガー笑っていたかもしれません。
今どきの日本みたいに不寛容どころか、利他的な村の風景。
紀北町に伝わっている民謡があります。ごんべさんが出てくる、ズンベラ節。
♪権兵衛が種まきゃ 烏がほぜくる
♪三度に一度は 追はずばなるまい
♪ズンベラ ズンベラ
♪向うの小山の小松の小蔭で
♪十六島田が出て来て小招く
♪なにをか捨ておけ
♪行かずばなるまい ズンベラ
ズンベラというのは土地の言葉で「つるんとした」「丸っこい」というニュアンスらしいです。
カラスが蒔いた種をほじくり返しても、たぶん権兵衛さんは強く追い払ったりしなかったんでしょうね。
自分をからかう子供たちに対しても、種をほじくるカラスに対しても、わっはっは。
何の種を蒔いていたのか分かりませんが、カラスがついばんでしまっても、倦まず、またそこへ種を蒔く。
そんなんじゃダメだよ権兵衛さん。子供たちもカラスも、追っ払わなきゃ、ダメだって。
いや、まあ、子供たちもカラスたちも、元気なことだよ。わっはっは。
ホントにまあ、何に対しても怒らず、争わず。ほんにズンベラな人だなあ。
ほらほら、権兵衛さん。粋な島田に結った娘が呼んでいますよ。何を差し置いても駆け付けなきゃいけませんよ。
ズンベラ節の歌詞が、権兵衛さんの生きているうちに全部完成していたのでは無いと思います。
十六島田の部分は権兵衛さんのズンベラぶりを後々揶揄したものではないでしょうか。
かつての権兵衛さんとの、村の暮らしを歌として残して、自分たちの農作業中に歌っていたのかもしれません。
権兵衛さんは土地のヒーローだったんでしょうからね。
武家の商法という言葉もあります。周りの農民たちは、見ちゃいられないね、ってことで、権兵衛さんの農作業を手伝ったんでしょうし、少しずつ農民として土地に馴染んでいった権兵衛さんが想像されます。
ところで民話では、権兵衛さんは鉄砲上手です。
そして、村人を苦しめていた大蛇を鉄砲で退治して、その時の負傷がもとで亡くなってしまった。
素戔嗚尊のヤマタノオロチ退治伝説での「大蛇(おろち)」が具体的に何を表しているのかに、いろいろ見解があるように、権兵衛さんの退治した「大蛇」が実際に何を指しているのか、今となっては分からないわけですが、村を救った大きな働きであったことは間違いなさそうです。公権との戦いだった可能性もあるかもしれません。
村人は非常に悲しんで、そして大いに感謝したってことでしょうからね。
農民、上村権兵衛。ごんべさんは実在するヒーローだったんだろうと思われます。そう思いたいです。
で、この三重県のヒーロー、権兵衛さんが「ごんべさんの赤ちゃん」のごんべさんでしょか?
むむ~ん。
上村権兵衛さんという人を知ることは出来ましたが、権兵衛さんとごんべさんに、何かつながりがあるのかどうか、それは何の手掛かりも得られませんでした。
ま、ここは一つ、ズンベラでお願いいたします。はい。
ただね、1つ言えそうなことは、ジョン・ブラウンさんと上村権兵衛さん、性格は正反対みたいなんですが、2人ともヒーローだってことですね。
今はアメリカにも日本にも居ませんね、ヒーローは。ヒールは居ますけれどね。
ジョン・ブラウンさんと上村権兵衛さん。2人とも、風邪を引いた赤ちゃんとは関係なさそうです。