< 夕方ともなれば常連しか来ないような そんな静かな蕎麦屋っていうのが希少になって来ましたもんね >
エヴリデイ焼酎な日々を暮らしております。ま、暗くなってからってことですけどね。
呑住接近を心掛けているですよねえ。
チェーン店だとか、大型店舗に行くことはほとんどありませんで、いつもひとりで行っているのは小さな個人店ばっかりです。
大きな店では、知らない人と顔馴染みになるっていうことは稀だと思いますけど、小さな店ですと、常連さんとは自然に顔馴染みになっていきます。
何人か、そうして顔馴染みになった男女と軽い話をするようになるわけなんですが、共通の話題になることの1つに、その店が混んでいるとき、どこへ足を向けるかっていうのがあります。
まあ、誰でも、行きつけの店を何軒か持っていると思いますけど、目当ての店が満員で入れないとき、その周辺に、他の行きつけの店があるかどうかは微妙なんですよね。
けっこう離れた場所に次の候補の店があるとして、しょうがないってことで、歩いて、あるいはチャリで、はたまたタクシーを使う人も少なくないですけど、移動するのが普通。
でも、なんだかそんなに移動せずに、その辺の店で、っていう考えがアタマをかすめる、っていうのもまた普通ですよね。そんなに長距離を移動したくない。
でもまあ、なんでその、あっという間に満員になっちゃうような店を好んで来ているかっていうと、そこにはやっぱり、それなりの、その人なりのコダワリみたいなものがあって、近辺の店では満足できなかったからその店が行きつけになっているんですからね。
近所に次点の店があるっていうことは少ないわけです。
自分なりに気持ちの落ち着けるような雰囲気の店。これがイイわけですもんね。
まあね、どこでもイイっていう人もいるでしょうけれど、なかなかコダワッテいる酒呑みも多いんです。
あちこちに何軒か、焼酎バー、居酒屋を行きつけの店にしていますが、実はリーズナブルに、っていうことを一番に考えますと町中華呑みっていうのがベストだったりします。
酒の種類とか、それは望むべくもないんですけど、町中華には酒のアテがたくさんあります。
古い町中華でも、夜11頃までやっている店であれば、まず瓶ビールは100%置いてありますし、最近ではビールサーバを備えてある町中華の方が多いかもしれませんよね。
ホッピーとかね、レモンサワー、緑茶ハイ。そんなのもやってます。
アテは、焼き餃子、ホイコーロウ、肉野菜炒め、かに玉。なんでも酒のアテにもってこいですよね。
昔はほんのちょっとにしてもホンモノのカニが入っていたかに玉ですが、今はもう、せいぜい入っていてもカニカマで、カニのカの字も入っていない玉子焼きっていうのが普通になって来ていますけどねえ。
ま、たいてい、旨いです。
麻婆豆腐とか、ユーリンチイとかもイイですよね。アテの種類はいっぱいあります。
ま、そんなにボリュームは食べませんし、好みの種類の酒を諦めれば、けっこう安く呑めます。町中華。
っていう話をするとですね、中華っていう気分じゃない日もあるんだよねえ、とかね、酒呑み特有の面倒くさいことを言い出すヤツがいます。
いるんです。そういうややこしい話が好きなタイプ。
話として、なにか、そういう食い下がりをしたいだけ、って感じがしないでもないんですけどね。
シラフの時は静かなタイプが多いような気がします。
町中華より、いや、たいていの場合、居酒屋より高くついちゃいますけど、蕎麦屋呑みっていうのもあります。
なんとなくオツな雰囲気のある蕎麦屋呑み。
「蕎麦前」っていう言い方があるくらいに、日本では歴史的に当たり前の呑み方だったんでしょうね。
一杯呑み屋とか、居酒屋っていうのが出来る前からある、日本の酒呑みスタイルなのかもしれません。
っていう話をしますとですね、その面倒くさいタイプの酒呑みは言いますね。
「蕎麦屋で呑むのもイイんですけどね、信じられない値段のアテがあるでしょ。あの、板わさ、とかいうやつ。かまぼこの名前を変えただけなのに、5切れぐらいで1000円近くしますよね。あれ、ぼったくりでしょ」
ん~。あながち間違いじゃない気もします。
蕎麦屋で板わさを注文すると、出てくるのは小皿に乗った4、5切れのかまぼこ。小皿の端っこにチューブのワサビがポチョッと付いてるやつですね。
まあ、値段は店によるでしょうけど、コスパ、悪いって感じるのは無理もないでしょねえ。
ぼったくりっていうのは人聞き悪いですが、そう言われても仕方がないくらい、店にとってのコスパが良すぎるっていうのは事実でしょう。
実はですね、この蕎麦前、板わさについては、ちょっとね、一家言、あるんでございます。
今はですね、蕎麦居酒屋なんていう看板を出している店もありまして、焼酎のそば湯割りがヒットしていた時期もありましたね。
蕎麦焼酎のそば湯割り、なんていうのもありましたけど、焼酎の方の蕎麦の風味、台無しなんじゃないかって思ってたんですけど、あれですね、蕎麦湯を入れる前に生で呑んでみても、ちっとも蕎麦の風味のしない蕎麦焼酎だったりするんですね。
行き過ぎた商売っ気、ってやつでしょかねえ。
そば湯はそば湯で、そば湯用に別に作っている蕎麦屋さんもありますけど、そうじゃない店の方が圧倒的に多いですよね。
蕎麦前の文化を大事に考えるんであれば、もうちょっとね、仕事をしてもらいたいって思うところがあります。
忙しくてそんなことに手間をかけていられないよ、っていうことではあるんでしょうけど、そのわりには、いろいろ、から揚げとか、らしくないアテをメニューにしている蕎麦屋も少なくないですよね。
蕎麦前っていうのが成立したのは、江戸時代中期以降らしいです。
そのころの真っ当な蕎麦屋は、店に入って来た客が、例えば、もり蕎麦を注文してから蕎麦を打ち始めるのが普通だったそうなんですね。
それで、蕎麦が出てくるまでにかなりの時間がかかる。
今でも町中華よりは時間のかかるのが蕎麦屋ですよね。
なかなか届かない電話注文の催促に対して「あ、今出ましたあ」って言いながら作り始めるっていうのがまことしやかに言い伝えられている蕎麦屋。
自家製蕎麦っていっても、たいてい機械打ちですし、すでに蕎麦切りにしてあるのが普通だと思いますから、江戸時代ほどではないにしても、時間のかかるのが蕎麦ってもんですね。
ま、今はそんなに待たずに出てきますけど、注文を受けてから打つんじゃ、蕎麦が口に入るまで、かなり時間がかかりますよね。
この時代の蕎麦切りの食べ方っていうのは、そうした時間のかかることが前提だったわけです。
店に入って、蕎麦を注文して、出てくるまでの間、酒を楽しむ。
蕎麦が出てくる前に、ゆっくりと、酒とアテで過ごすっていうのが、蕎麦前なんですね。
今はそんな蕎麦屋なんてないでしょうからね、江戸時代の蕎麦前なんていうのを、ホントには味わいようがないってことでしょう。
江戸時代、蕎麦屋のオヤジが1人で切り盛りしている店なんかですと、そのオヤジ自身が蕎麦を打つわけですから、酒のアテに時間なんてかけていられませんね。
客の方も優雅な時間を目当てに蕎麦を楽しむっていうようなところがあったのかもしれません。
アテなんかなくたってイイよ。酒があればそれでイイんだよ。っていうような腹づもり。
いや、まあ、これでもヤって、ちっと待ってておくんなせえ。ってな感じで出される蕎麦前のアテの代表が、板わさ、なのかもしれません。
今ですね、ネットなんかで板わさの情報を見ますと、かまぼこの素材の味を、シンプルに感じる、だとか、刺身と同じにワサビとしょう油で食べる、って書いているのに出会います。そんなのばっかりです。
板かまぼことワサビだから、板わさって言う。なんて説明してありますね。
全然違う説明を、もう何十年も前になりますけど、神奈川県の秦野っていうところにあった、手打ち蕎麦屋のオヤジから聞いたことがあります。
そして、今でも、そのオヤジの説明の方を信じているのであります。
東京の青山っていう街は、なんだかシャレオツなところで、誰でも知ってる人気の場所ですよね。
青山のメインの通りを青山通りって言うんですけど、これは通称で、ホントの名前は国道246号。
この246(ニイヨンロク)は皇居のお堀から静岡県の沼津まで通じているんですが、都内をぬけて、厚木を過ぎて、片側1車線になって、ちょっとすると秦野市です。
雰囲気のイイ道なんですよねえ。ちょこちょこバイクでツーリングをしていました。若い頃ね。
秦野市に入って少しのところに「野草園」っていう小さな、手書きの看板が見えていて、けっこう長いあいだ、野草? って感じで気になってはいたんですが、何回か通り過ぎていました。
梅雨の晴れ間、かなり暑い日で、ヘルメットの中まで汗ばんだような感じで喉が乾いたので、道路わきの自動販売機脇にバイクを停めて一息入れました。
と、ちょうどその場所が「野草園」の看板の場所だったんですね。
246から砂利道を上っていく方向に「野草園」の矢印が示してあります。
せっかくなので、っていう軽いノリで行ってみました。
うねうねっと上っていくと、大きな農家の広い庭一面に、1輪ずつ鉢植えされた「野草」が元気に咲いていました。
どれも可憐な花ばかりでした。
鉢植えには名前を書いた札が刺してあって、ずいぶん丁寧な仕事だなって、ちょっと感動でした。
入場料とか、そんなの一切なし。個人でやっている「野草園」で、白髪ロン毛のジサマがニコニコと説明してくれました。
秦野の山には普通のどこにでもあるもの、みんなが知らないような貴重なもの、そういう野草がたくさんあるんだけれども、それをみんな雑草だって言って無視している。
だけどほら、こうやって鉢植えしてひとつずつ眺めてみれば、なんともカワイイもんだろう。
秦野の山からは勝手に植物を持って来ちゃイカンのだけど、オレはな、許可をもらって、こうして種から育てているんだよ。名前を調べて、秦野の小学校の社会科見学に役立ってるよ。
一般の人にも来てもらいたいんだけどな、誰も来やせんね。
ほれ、そこの道から上っていけば、ずっと上の方まで行ける。イイ眺めだよ。
っていうことで、なんだか不思議な流れのまま、ロードバイクにはちょっとキツイ感じの砂利道を上って行ってみました。
と、急に開けた畑に出て、そこそこな広さ一面に白い花が咲いていました。
明らかに畑ですから、野草じゃないんですけど、けっこう見事な眺めでしたね。
ヘルメットを脱いで、しばらく見惚れていました。
砂利道を上の方から下りてくる作業着姿のオヤジがバイクの脇に立ち止まりました。
「どこ行くんだ」
下の野草園で勧められて来てみただけで、目的地とかないですよ。
白い花が咲いてるなって思って見てたんです。
「オレの蕎麦畑だ。今年もみごとな出来だなあ」
はあ、そなんですか、これが蕎麦の花。
子どものころから蕎麦っ喰いなもんですからね、いろいろ話を聞いていました。
けっこうしゃべるオヤジだったんですね。
そしたら急に、
「うちへ寄っていけ。ホンモノの蕎麦を食わしてやる」
は? って思ったら、そのオヤジ、ちょっと離れたところで手打ち蕎麦屋を経営している職人だったんであります。
蕎麦を畑から作っているって、なかなかのこだわりですよね。
ちょっと高い蕎麦屋なのかなあって思いながらっも、行きがかり上、ま、行ってみようってことで、オヤジの軽トラのあとをついて、15分ぐらいだったでしょうか。246から少し奥へ入った古民家風の蕎麦屋に着きました。
「ホントは蕎麦前のな、イイ酒があるんだけど、お前はバイクだからな。今度電車でまた来い。小田急線の駅から、歩いてちょっとあるけどな、それだけの価値のある酒なんだ」
その日は店は休みで、息子さんが1人、厨房で仕込みをしていました。
なんだか妙な具合になって来たんですけど、受け身一方でいるしかありません。
そばがきを出してくれました。
「他でも食ったことはあんだろうけど、うちのはな、全然違うんだ」
すぐに納得出来ました。目の前に出された時点で、灰色の塊から湯気と一緒に蕎麦の香りが福やかに立って、口角が上がってしまいます。
と、息子さんがサメ皮おろしと生ワサビを持って来てくれました。
「このワサビも自家製」
ええ~! どこまで凝ってんでしょか。
「秦野は雨が多くてな、山の水が好いんだ。沢を作ってワサビも育ててんだよ」
沢を、作った?
なんだか、ホンマかいなって思っちゃう感じもあったんですけど、立派なワサビだったです。
「まだ若いワサビだ。皮ごとおろしたほうが、そばがきには合うぞ」
いちいち能書きが多いな、とかね、罰当たりなことを思いながら、ワサビをおろしはじめたら、皮がほろほろと崩れて、なんとも言えない甘い香りとツーンと来る刺激が、脳天を刺激しますよ。
凄いなこれ。
サメ皮で生ワサビをおろしたことなんて、数回しかありませんけれど、これはもう特別なものだって思い知りましたです。山に沢をつくったっていうのもホントなんでしょうね、って気になってきました。
「一気におろすんじゃなくって、食べる分だけでいいんだ、そのたびごとにな」
はいはい。
そばがきに乗っけて、いただいてみますと、それはもう、絶品でした。
ワサビって、こんなに甘い香りがするものだったっけ?
っていうのと、そばがきが持っている野性味あふれる蕎麦自体の香りが、イイ塩梅の風味になっています。
サメ皮でちょっとおろして、一口食べて。またおろして。それがまた楽しい。
そのときにオヤジがワサビについて、こんな話をしてくれたんですね。
「板わさっていうのがあんだろ。あれはな、かまぼこを食うもんだとみんな思ってるけどな、違うんだ」
ふむ。
「こういう、ちゃんとしたワサビそのものを食うもんなんだよ。蕎麦味噌と同じでな、ワサビを酒のアテにするもんなんだよ。だけどな、ワサビは箸でつかみにくいだろ。だから何かワサビの風味を邪魔しないもんに乗っけて食う工夫を考えて、それで板かまぼこが選ばれたんだ。かまぼこでワサビを掬って酒のアテにすんのがホントの板わさってもんなんだ」
へええ、初めて聞いた。
「うちじゃあな、解るやつにしか出さねんだ。旨いワサビはな。かまぼこだって、うちのは小田原鈴廣の特注なんだしな。味の判かんねえやつにはもったいねえんだ」
でも、初対面じゃん。
「蕎麦っ喰いってのはな、顔みりゃだいたい判んだよ」
そゆもんですかねえ。ごちそさまでしたあ。
勘定をしようとしたら、
「きょうはオレが誘って食ってもらった形だからな、おごりだ。今度な、電車で来たときにな、タップリ吞んで、タップリ食ってくれ。それでイイんだ」
カッコイイじゃん、オヤジ。そんじゃお言葉に甘えて。
で、ですねえ、秦野って電車で行くと1時間半から2時間かかるんです。その当時住んでいたところからですね。
でも、行きましたですよ。1年ぐらい経ってからでしたけど、梅雨の時期が旬だって言ってましたしね。
駅からもちょっとあるんですけど、行ってみたら、もう店舗自体がなくなっていました。
野草園もなくなっていたんですよねえ。庭に鉢植えが1つも置いていませんでした。
蕎麦畑も「野草」だらけになっていました。
残念無念。時は無情に過ぎて行くですねえ。
もしかすると、秦野のキツネとタヌキに化かされた経験だったんでしょうか、って、ちらっと思ったりします。
ホンモノの蕎麦前をやれる店だったはずなんですが、夢に終わってしまいました。
ただですね、板わさについての説明は、ネット情報じゃなくって、あのオヤジの言ったことを信じております。
板わさのかまぼこは、ワサビを掬う役割、食べられるスプーンみたいなもんなんです。
板わさの値段が高いのは、ホンモノの生ワサビを使っているからで、サメ皮のおろしっていうのもメンテナンスが大変らしいんですね。
その高い値段を、チューブのワサビ、お値打ち仕入れのかまぼこに適用しちゃっているのが多いっていうのが、なんだかなあの現実ってことでしょねえ。
価格に見合ってないです。
あれ以来、ホントの蕎麦前、気分的に余裕のある酒を楽しもうと思って、そういう蕎麦屋を探してはいるんですけど、ウン十年経っても、出会っておりません。
蕎麦屋呑みすることは、たまにありますけど、板わさ、注文しませんとも。
チューブのワサビで出てくるやつは、板わさじゃなくって、かまぼこ、です。