< 裏メニューだったらしいですけど 今は天ぷら盛り合わせとか 普通のメニューですね >
東京の神田界隈もずいぶんと変わって来ていますけれど、不思議に昭和の空気感を失くしていない街ですね。
駅の近くには、もちろんチェーン店もありますけど、個人の店が多いっていうのが特徴でしょうか。
蕎麦屋、うなぎ屋、けっこう昔から人気の店も長く続いていますよね。
太田道灌が初期の江戸城を建てた頃は、神田山っていう、まあ、小高い丘みたいな所だったらしいんです。
徳川家康が入府するにあたって、その神田山を切り崩して、湿地帯の江戸湾をどんどん埋め立てて、現在の東京の基礎を造ったっていうのは知られた話ですね。
もちろん、令和の現在、神田っていう土地に、昔、山だったような気配を感じさせるようなところなんて、ありゃしません。
本好きの人であれば、関東近辺に住んでいなくとも聞いたことがあると思う、神田の古本屋街ですが、個人的な感覚としては古本屋街は神田っていうより、お茶の水っていう感じがします。
まあね、住所的には神田神保町っていって、神田が付いているんで、神田の、っていうのが間違っているっていうんじゃないんですけどね。
御茶ノ水駅から坂を下りて行く方が近いんで、感覚的にお茶の水って気がしているわけです。
お茶の水から古本屋街に下りていく坂道は学生街ですからね、変化も速くって、なんだかコジャレタ街になっていますよね。ってまあ、あくまでも個人的な感想ですけど。
お茶の水駅は、神田駅界隈とは空気感がだいぶ違います。
神田はやっぱりサラリーマン、働く男女の街って感じでしょうか。
駅近くに人気の立ち蕎麦が数件あります。老舗の立ち蕎麦。
女の人も、意外に多く見かける神田の立ち蕎麦では、関西弁もよく聞きます。
出張なのか、関西からの転勤族なのか、うどんも人気みたいです。
神田近辺にやってきた関西人の定番になっているのかもしれません。
有名なのは「かめや」でしょうかね。西口と東口に2軒あります。
インバウンドのお客さんは、あんまり見かけません。たぶん、立ち蕎麦の客はオールジャパン、なんでしょねえ。
立ち食い蕎麦って言うことが多いと思いますが、平松洋子の「そばですよ 立ちそばの世界」っていうのを読んでから、なんだか、自分も立ち蕎麦一辺倒になっています。
神田に用事があるときは、「かめや」もよく利用させていただいておりますが、回数的にそれより多く利用させてもらっているのが「天亀」っていう立ち蕎麦です。
同じかめですけど、たぶん関連はないんだと思いますね。
天亀っていうぐらいですから、天ぷらが推しです。
かめやも天ぷらが人気なんですけど、天亀の天ぷらは「にんじん天」っていう名前の、実は「ごぼ天」があったり、厨房で揚げたての「ソーセージ天」「なす天」「野菜かき揚げ」だとか、種類が豊富。
コロッケだとか、とり天だとかの定番も、もちろんあります。
っていってもですね、天ぷらのタネは毎回違っているのかもですけどね。
生たまごは、自分で割ってね、っていうシステムで、厨房配膳口カウンターのどんぶりに無造作に積んであります。
カウンターの下には専用のゴミ箱。
注文した蕎麦が出来たら「あい、おまちどう」って呼ばれて、自分で厨房の台から立ち食いカウンターに運んで食べるっていうスタイルで、カウンターには魚粉が、七味と一緒に置いてあります。
厨房の中に入っているオジオバによって、客あしらいの対応が全然違っていて、やたらに話しかけてくるおばちゃんがいるかと思えば、出来上がった時に「にんじん天ソバア」メニューの名前しか言わないおっさんがやっていたり。
それもなんか面白くてよく行きます。
ただね、蕎麦も蕎麦つゆもイマイチなんです。
それで魚粉が置いてあるんだろうなって思うんですけど、天ぷらは揚げたてに当たることが多いですからね、これは、旨いんです。
ついこの前行ったときにですね、夕方、6時半ごろだったんですけど、「ちくわ天玉そば」を食べておりました。
客が背中合わせになるように、壁に向かってカウンターがあるだけの、8人ぐらいでいっぱいになる店内で、その時は背中合わせに1人のサラリーマンが蕎麦を手繰っていましたが、そこへ、でっぷりしたスーツ姿の中年が入って来ました。
「まいどお」
常連さんなんでしょうね、自分からまいど、って言って入って来て、
「かきあげ、コロッケ、ちくわ、なす、大葉、ウインナー、シロミ」
え? え? 大きなお世話ながら、どんだけえ~! なオーダーでした。
「大葉、揚げるから、ちょっと待っててねえ」
「ちくわも」
「あいよ~」
なんか不思議なコミュニケーションだなって思いながら見ていますと、既に揚げてあったちくわ天をもっかい油の中にくぐらせて、温めるって感じなんでした。
にしても、蕎麦のどんぶりに山盛りになってますね。
そりゃそうでしょねえ、7つですよ、揚げ物7つ。
「ちくわも氏」は、器用にどんぶりを運んで、隣りに来て食べ始めました。
揚げたての大葉をザブっとつゆの中に一瞬沈めて、バリバリといい音をさせてひと口め。
なすを沈めて、もぎゅもぎゅ。ウインナーを沈めてむぐむぐ。
次々に口へ運んで、咀嚼はしていますが、呑み込むのが速い。
あっという間に蕎麦の上に乗っかっている天ぷらを食べ終えますと、蕎麦を箸でひとつかみ、ズズッと啜って、つゆをひと口。
「ごっつぉさん」
蕎麦もつゆもタップリ残っているどんぶりを厨房の戻し口台の上にそのまま、なんでもないように置いて去っていきました。
「まいどお」
いつもそうなんでしょうね。蕎麦も蕎麦つゆも、ほとんどそのまま残っているですよ。
だったら天ぷらだけ注文すればイイんでないの? とも思っちゃいますけど、店に遠慮するような気持ちがあるのか、あるいは、最後のひと啜りの蕎麦、つゆのひと飲みってとこが醍醐味なのか。
よく分かりませんね。
値段の方もちょっといきますよ。
立ち蕎麦にしてはですけどね。
いっぱい乗っけているんですから、当たり前ですけど。
でも、実はこれ、立ち蕎麦では初めて見ましたけれど、街の蕎麦屋さんでは何回か見ていることと同じ、なのかもしれません。
要は「天ぬき」ってやつですもんね。
今どき町蕎麦で「天ぬき」っていう声を上げている人って、「天ぬき」って言いたいだけなんでしょう、って思います。
だってメニューに「天ぷら盛り合わせ」って、ちゃんとあるんですから。
「天ぬき」っていう言葉はいつ頃から言われ始めたんでしょう。
今の麺スタイルの蕎麦は、17世紀にまで遡るんじゃないかって言われていますから、江戸時代の初期にはすでに「蕎麦切り」として存在していたのかもしれません。
天ぷらはもっと前からあるらしいですね。
でもまあ、誰でも蕎麦屋で天ぷら蕎麦を食べられるようになったのって、江戸時代だとしても、かなり後期になってからなんじゃないでしょうか。根拠ないですけどね。
天ぷら蕎麦が当たり前になっていないと「天ぬき」なんていう言葉も出てこないですよね。
いわゆる「江戸っ子」っていうのが、さも言い出しそうな言葉だなあって思います「天ぬき」
「江戸っ子は 五月の鯉の 吹き流し 口先ばかりで はらわたナシ」
っていう愉快な文句がありますが、そう言うのが粋なんだよ、っていう小学生男子みたいなノリで、誰かが「天ぬき」って言い出せば、そんじゃあオイラも「天ぬき」っていう流れで広まったのかもですね。
「天ぷら蕎麦の蕎麦ぬき」で「天ぬき」って言うんですから、言葉の響きを優先したのか、意味としては、ん? っていうものですよね。
蕎麦をぬくのに、天ぷらをぬくっていう言葉になっています。主客転倒。
ま、理屈としては、「蕎麦ぬき」って言ったんじゃ、空のどんぶりが出てくるか、せいぜい蕎麦つゆだけが入ったどんぶりが出てきそうですもんね。
「天ぷら蕎麦の蕎麦ぬき」だから「天ぬき」で、「鴨南蛮蕎麦の蕎麦ぬき」が「鴨ぬき」
でもって「おかめ蕎麦の蕎麦ぬき」は「おかめぬき」
「天ぬき」っていえば「天ぷら」
「鴨ぬき」っていえば「鴨焼き」
が出てくるんだろうなあって思いますけど、「おかめぬき」って何が出てくるんでしょう。
カマボコとシイタケ、お麩?
注文された蕎麦屋の方も困るんじゃないでしょうか。
まあね、「天ぬき」なんていう言い方は、どこででも通じるってもんじゃないと思いますけどね。
関西方面では「天吸い」「鴨吸い」っていう言い方があるらしいですけど、聞いたことあります?
天ぷら好きっていうのは、どこにでもいるでしょうし、けっこう多いかもって思いますけど、上等なエビ天とかじゃなくって、もっとジャンクな安い天ぷらを、っていうんで立ち蕎麦で実質的な「天ぬき」を食べていた「ちくわも氏」なのかもしれません。
まじかに見ちゃいましたからね、けっこうインパクトのある経験になりました。
天亀さん、蕎麦ね、もうちょっと蕎麦粉の量を、魚粉で食べさせるんじゃなくって、お願いしておきますう。
ところで、「天ぬき」って、注文したこと、あります?