< 中心のことを「へそ」って言って すんなり納得しているのって日本人だけ? かしらん >
日本の中心っていうのを調べてみたらですね、ビックリするほどの数があるんですよね。
どういうこっちゃねん!?
よく聞くのは群馬県と岐阜県が日本の「へそ」を競っているっていう話。
だいぶ距離的に隔たりのある2つの県ですけど、両方ともにちゃんとした主張があることはあるんですよね。
群馬県の渋川市は、北海道稚内市、日本最北端の宗谷岬と、九州最南端の鹿児島県佐多岬との中間っていうことで「日本のへそ」
渋川市には「へそ石」「へそ地蔵」っていうのがあるんだそうです。
一方、岐阜県の関市は、平成27年国勢調査時点での「人口の重心」っていうことで「日本のへそ」
平成7年時点での「人口の重心」だったのは同じ岐阜県の、少し北上した郡上市だそうで、郡上市には「日本まん真ん中センター」っていうのがありますねえ。
「日本のへそ」争いは渋川市と郡上市だったかもです。
ところがですね、群馬県、岐阜県以外にもいっぱいあるですよ、「日本のへそ」
東京都、鳥島の西200キロメートルの海上。日本の総面積の重心、なので東京が「日本のへそ」
もう、なんだか無茶苦茶でござりまんがな。
日本の東西南北の端っこを基準にした経度・緯度の中心が日本海上にあって、そこから一番近い陸地だから、新潟県の糸魚川市が「日本のへそ」
まあね、こじつけっぽい感じもしますけど、一応それなりに理屈はコネテますよね。
ところが、アッパレ! な理由で日本の中央を主張している町もあるですよ。
うちにはね「日本中央の碑」っていうのがあるんです。なのでここが「日本のへそ」
って言っているのが青森県の上北郡東北町。
地図で確認しますと下北半島の付け根辺り。日本中央。。。
いろんな謂れがあるようで、いろいろ調査中、みたいです。
青森県ってキリストのお墓だとか、かなりなものがいくつかあるみたいですからね。
「日本中央の碑」ぐらい、あったって、なんでもないのかもですねえ。
山梨県の中央市。
「日本の真ん中、人が真ん中!」っていうのが市のキャッチフレーズだからあ~。
オミゴトですう。
長野県の松本市。
本洲中央の地だっていう下浅間薬師堂があるからあ~。
まあこんな感じで、ざっと見ただけでも、30地域もあるですねえ。
なんでみんな、日本の中央、へそに成りたがるんでしょうか。
その方が気分がイイからあ~、ってことなんでしょかねえ。
群馬県の渋川市は、1983年から、いわゆる町おこしとして「へそ祭り」っていうのを始めているんですね。
渋川市が日本の真ん中、へそなんだっていうことをアピールして、町に賑わいを、ってことで集客を狙ったわけですね。
渋川市の人たちは考えますね。
「へそ祭り」ってさあ、なにすんの?
そだねえ、なにすんだべか?
って、当時の市長さんが頭を抱えていると、目の前に伊香保温泉のゆるキャラ「いしだんくん」登場!
んなわきゃあないんですけど、北海道の富良野市で「北海へそ祭り」っていうのをやってますよ、っていう情報をゲット!
市長さん、さっそく視察です。北海道、富良野市へひとっ飛び。大事なお仕事です、視察。
マスコットキャラクター「へそ丸」が出迎えてくれたんでしょねえ。
「北海へそ祭り」の開催は、毎年7月28日と29日の2日間。
視察を終えた市長さんはただちに渋川市へとって返して、8月に渋川市寄居町で「寄居町へそ祭り」をやってみました。1983年です。
これが大当たり! 用意した500個の「へそ饅頭」があっという間に完売。
「へそ饅頭」よく間に合いましたね。
人がわんさか集まるわ、「へそ饅頭」売り切れるわ、あらびっくり、こらええわ、ってことで翌年からは7月25日、26日で毎年恒例開催。
2011年の東日本大震災以降は1日だけになっているみたいですけど、「渋川へそ祭り」のメインイベントは「はら踊り」
なんか、これおもろいわ! ってことなんでしょうけどね、富良野のマネッコです。
こういうマネッコに悪いところは何もないんですけど、オリジナルの「北海へそ祭り」で、その腹踊り、腹芸をしようって考え出して人って、サイコーにエライ! でしょねえ。
「北海へそ祭り」では「へそ踊り」って言っているらしいんですが、やっぱりね、この辺は渋川市としては、名前までそのまま持ってくるわけにはいかなかったのかもです。
祭りに「へそ踊り」を取り入れた、元祖「北海へそ祭り」は、なんか、かなりキッチリしたスタートをしているんですよね。アイディアがコンプリートしている感じがします。
始まりは1969年って言いますから、もう半世紀以上の歴史なんですね、「北海へそ祭り」
1969年に富良野市民憲章が制定されるときには、すでにアイディアが形を成していた感じです。
富良野市は北海道のほぼ中央、へそなんだから、何かへそっていうことを活かしたイベントを作ろうっていうことだったんでしょうね。
市民憲章発布と同時に「へそ祭り」開催を決めていたみたいです。
イベントは大成功。
さらに、北海道の真ん中、ってことで、へそ神社であるところの「北真神社」を1974年に創建します。
「へそ祭り」は北真神社の例大祭になったんで、祭りの日は毎年7月28日、29日に固定されたんですね。
「へそ踊り」は「図腹(ずばら)踊り」とも言うそうなんですけど、たしかにね、お腹に図っていうか、顔を描くんですもんね。
お腹に絵を描いた人の実際の顔は大きな傘で隠して踊りながら行進するのが「北海へそ祭り」の「へそ踊り」
誰でも参加できるみたいですよ。
男性だけじゃなくって、女性もベージュか白のブラトップの上から下地を塗って、思い思いの絵を描いて、わきゃわきゃ踊っている人もたくさんいるらしいです。
コロナ禍の行動制限もなくなりましたからね、チャレンジしに富良野へ。っていうのもヨサゲ、でしょねえ。
富良野っていうと、ラベンダー、とうもろこし、メロンのイメージだったんですけど、これからはそこへ「へそ踊り」も加えておきませう。
時代劇なんかでお座敷芸としてのオアソビ、って感じの腹芸、腹踊り、へそ踊りなんですけど、たっぷんたぷんしているお腹の活躍どころとして、サイコーですよね。
でも、誰がいつ頃考え出したんでしょうか。
遠い昔の忘年会なんかには、かくし芸として披露していた能天気オヤジもいましたけどね。
いかにも日本的、って思っていたんですけど、どうやら発祥はトルコ、みたいなんですよね。
「アーシュクマーシュク」って言うんだそうです、トルコのへそ踊り。
かくし芸的なものでもなく、行進するんでもなく、男女の恋愛芝居みたいなストーリーがある。
へええ、面白いですね。
芸っていうよりは、お芝居って感じなんでしょうね。
トルコっていう国は親日国なんだそうですけど、へそ踊りの発祥がトルコだとして、例えば江戸時代あたりに、どういう経路で日本に伝わって来たんでしょう。
鎖国的な事情っていうのを考えますと、へそ踊りが日本に入って来たのは明治以降っていうことになるんでしょうかね。
へそ踊りって、どんなに面白おかしい絵をお腹に描いたとしても、バッキバキの割れた腹筋だったら、ツマンナイですよね。
やっぱり醍醐味は、たっぷんたぷんの、だらしのなあ~い、揺れるお腹でしょねえ。
っていうことはですね、運動しなくなって、ぽんぽこりんになってきたお腹を、お医者さんとかに咎められたら、いや、ワタクシ、富良野の「北海へそ祭り」か、渋川の「へそ祭り」に参加する目的で、って言い訳できそうです。ん? ダメ?
「へそ祭り」って、他の土地でもやってるかもですねえ。
うちでもやってるよ、っていう方、ご教示くだされ~!