< ピラミッドはお墓じゃないよっていうことらしいですけど 地上絵もなんなのか不明のままですよね >
2022年の暮れに「世界遺産ナスカの地上絵168点を新たに発見と山形大学発表」っていうニュースがありました。
この報道に触れて、ん? って思ったことが2点あります。
ナスカの地上絵って「新発見」が今でも続いてんの?
っていうことと、
なして「山形大学」? ってことでした。
ナスカの地上絵って、ピラミッド、万里の長城と並んで人工衛星から見えるとか見えないとか、巨大な人工物として有名ですし、誰でも写真やテレビなんかで、ハチドリの絵、クモの絵を見知っていると思います。
でも、その記憶も子どもの頃のもので、昔からあって、とっくに観測は終わっているもんだと思っていたんですが、2022年に新発見ですか。それも168点もです。
ん~。これはなんか、根本的なところを理解できていないんだなって思って、はい、例によってチョロッと調べてみました。
そうしたらですね、まあ、いろいろ知らないことばっかりなんでありましたですよ。
みなさんはご存じだったでしょうかねえ。
そもそも、っていう基本情報部分から確認していきたいと思います。
ナスカの場所は、南米大陸の太平洋側、ペルーの中でもいくぶん海寄りの砂漠地ですね。
砂漠の中にあるナスカ台地。東西20キロメートル、南北15キロメートル。
面積としてはおそよ300平方キロメートル。
日本でいうと北海道三笠市が302.5平方キロメートル。
熊本県山鹿市が299.7平方キロメートルで、ほぼ一緒。
って言われてもねえ、っていうことだと思いますんで、ありがちに、東京ドーム6000個分です。
ちょっとね、特殊な仕事の人でもないかぎり、平方キロメートルってう時点で、実感できる広さじゃないですよね。
けっこう広い! ってことで、はい。
で、まあ、そのナスカ台地にこれまで1100点以上の図形が発見されているってことなんです。
今回調べてみて、まず初めに驚いたのは世界遺産の登録名称でした。
1994年にユネスコ世界遺産に登録された時の名前は「ナスカとフマナ平原の地上絵」
ん? フマナ平原?
って思ったらですね、2016年に名称変更されていて、今は「ナスカとパルパの地上絵」っていう名前なんですって。
名前が変わったからって同じですよ。疑問は解決しません。ん? パルパ?
要は、ナスカだけじゃないってことですよね。
フマナ平原とかパルパってどこなんでしょ?
なんとナスカから北へ30キロメートルほどの山岳地帯。そこにナスカとほぼ同じ広さの地上絵のエリアがあって、そこも同時に世界遺産に登録されているってことなんです。
地上絵って一カ所じゃないんだ。へええ、でっす。
ナスカの地上絵が描かれたのはナスカ文明の紀元ゼロ年ごろなんだそうですが、パルパの地上絵はナスカの1000年ほど前、パラカス文化の頃に描かれたものだそうです。
発見された順番ってことなのかもですけど、歴史の古さから言ったらパルパの方の名前がもっと知られていても良さそうな気もしますけどね。
パラカス文化っていうのも知らなかったですけどねえ。
いろいろ知らないことばっかりです。
パルパの地上絵のエリアは観光地化されていないってことで、名前も知られていないってことらしいです。
観光地化しないのは交通の便ってことなんでしょうか。保全のためなんでしょうか。
分かりませんね。
ナスカの地上絵。
どうやって描いたのか、何のための大きな絵なのかっていう不思議は、スッキリするような答えが出されていないわけですけど、ナスカの1000年も前からそうした行動があるんだったら、パルパの地上絵の、もっと前の時代のものもあったりするかもですよね。
地上絵の意味ってことを考えるんであれば、その最初期のものにこそ大きなヒントがあるんじゃないでしょうか。
ま、素人があーだこーだほざいてもしょうがないんですけどね。
それにしても2022年になって新たな地上絵が168点も見つかるっていうこと事態が、なかなか素直に呑み込めません。
地上絵を分かりやすい写真でしか知らないから、その見つけにくさが理解できないってことなんでしょうね。
ナスカの地上絵が最初に発見されたのは1926年。直線の地上絵だそうです。
砂漠の中に直線が引かれていることを発見したのはアメリカ合衆国の文化人類学者「アルフレッド・ルイス・クローバー(1876~1960)」
その最初に発見された直線っていうのが、幾何学模様の一部なのか、どこのエリアなのかっていう詳細情報は遺っていないみたいです。
なにせ大きい絵ですから、地上からの観察では何なのか判らないでしょうしね。
1939年になって、アメリカ人考古学者「ポール・コソック(1896~1959)」が灌漑事業調査のためにナスカの上空を飛行機で飛んだ時に、ナスカの地表に引かれている線は何かの図柄だっていうことに気付いたんだそうです。
1939年は第二次世界大戦が始まった年なんですが、ポール・コソックと同じように図柄を、そして直線を発見したのがドイツの数学者「マリア・ライヘ(1903~1998)」です。
彼女はポール・コソックの助手となって地上絵の研究をスタートさせて、1946年ごろには図柄は18種類の鳥と動物だっていうことを確定させたそうです。
1948年にはポール・コソックはペルーを離れますが、マリア・ライヘはナスカに住み着いて、終生、地上絵の研究を続けたっていう、ナスカの地上絵にとって最大の功労者なんですね。
数学的な面白さを、ナスカの地上絵が彼女にもたらしてくれたってことなんでしょうかね。
地上絵の保護活動も精力的に進めて、ユネスコの世界遺産登録もマリア・ライヘの活動が大きく貢献しているんですね。
1994年、ナスカの地上絵が世界遺産に登録されたと同時に、マリア・ライヘはペルー市民になっています。
上空300メートルぐらいからじゃないと絵柄の把握が難しいらしいナスカの地上絵。
衛星写真からの分析には解像度の問題がありそうですし、セスナやヘリコプターでくまなく撮影するのは費用が膨大にかかりそうです。
そんなこんなでまだ、全容を把握できていないっていうことなんでしょう。
そんな中で、山形大学が一気に168点も見つけたっていうのは、航空機でのレーザー測量、ドローンを利用した航空写真を日本IBMとの共同作業でAI分析した結果みたいなんですね。
なるほどドローンっていうのは地上絵観測にはうってつけの道具かもしれないです。
それにしてもなんで山形大学が、っていうのは、短いながらも歴史があるんでした。
2004年に、山形大学で文化人類学、自然地理学、認知心理学、情報科学の4人の教授たちによって「ナスカ地上絵の共同研究」っていうプロジェクトが始まるんですね。
2006年、ナスカ南部で新しい動物の地上絵を発見。
2011年、ナスカ南部で人間の頭部と動物の地上絵2点を発見。
2013年、ナスカ中心部で人物の地上絵2点を発見。
2014年、ナスカ市街地近郊で17頭のラクダ科動物の地上絵を発見。
2015年、ナスカ市街地近郊で24頭の動物の地上絵を発見。
この年にペルーの文化省と特別協定書を締結して、ナスカへの立ち入り調査を正式に認められているみたいですね。世界で唯一の研究チーム。凄いな、山形大学。
2016年、ナスカ中央部で舌を伸ばした動物の地上絵を発見。
2018年、プロジェクトを「山形大学ナスカ研究所」に改組。
2019年、ナスカ、および周辺地で149点の地上絵を発見。
そして今回報道された「世界遺産ナスカの地上絵168点を新たに発見と山形大学発表」っていうことになってですね、これでなんと、358点の地上絵を発見しているってことですね。
しかしまあ、ドローンとAIっていう新しい道具を手に入れたとはいえ、一気に見つかる点数がかなり多くなってきていますねえ。
「山形大学ナスカ研究所」は地道な研究成果の積み重ね、って発表していますけど、パルパの方もこれから観測していくんでしょうかね。大いに期待します。
近い将来に、地上絵は何のために描かれたのか。どうやって巨大な絵を仕上げたのか、について「山形大学ナスカ研究所」としてのキッカリとした見解を世界に向けて発表してくれることを期待しますです。
舌を伸ばした動物? 全長30メートル。空想上の?
ん~。そうなんですか。。。
知らんことばっかりですねえ。。。