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酒呑みの食いしん坊、メタボはイヤだけどガマンは嫌い。

【感豆腐】という【ホンモノ】からガラパゴス化という日本の特徴を再考してみる

<コロナ禍の困窮から地方経済が活性化してジニ係数が下がる可能性がありそう>

なんかですね、明るい話題ってのが全然ない感じの毎日ですので、近い未来に希望の持てるようなことってないかな、とネットをウロウロしていて出会ったのが「感豆富

 

徳島県鳴門市の「さとの雪食品株式会社」の大豆食ブランド名です。


ホームページを見ますと “感動を噛みしめる” とあります。


それ以上の言及はありませんが、邪推ながら「カンドウ」「トウフ」 ⇒ 「カンドウトウフ」 ⇒ 「カンドウフ」 ⇒ 「感豆富」 なのかなと思います。むふふ、です。


ブランドロゴは「一口」という漢字をデザインしたもの。
「感」「豆」「富」のそれぞれの文字に含まれる「一口」それをシンボリックにデザインした、というホームページ上の説明がなんともそそられます。
確かにね、3つとも「一口」という字が入ってます。単純にへえ~っと感心しちゃいます。


大豆食というコンセプトも面白いです。


で、感豆腐のページを見てみると、なんと、豆腐といいながら
「さとの雪食品株式会社は、2021年3月8日(月)より、大豆のプリンシリーズを大幅リニューアルいたしました」
とあります。


え? プリンなの? 豆腐じゃなくってプリン? しかもリニューアルってことは前からあったってことですよね。全く知りませんでしたね。


「からだよろこぶ 大豆のプリン」なんだそうです。


「大豆のプリン カラメルソース入り」
「大豆のプリン 抹茶小豆」
「大豆のプリン ほうじ茶小豆」


の3種類。良さげです。


もちろん「木綿豆腐」「絹ごし豆腐」もあって、素材、製法に強いこだわりが感じられます。
契約栽培の「大豆」に鳴門のうずしおから作られた「にがり」これは間違いなくンまいでしょう。そう感じさせるプロ意識、「ホンモノ」を思い起こさせてくれます。


さらに「充てんとうふ」も「おやじこだわりの奴」「鍋ぷち」「冷ぷち」だとか14種類が紹介されいて、個食という消費形態も意識したラインナップ。


どんどん引き込まれてしまいます。はい。豆腐好きです。


「充てんとうふ」というのは、豆乳とにがりをパックに充填して、パックごと加熱してから冷まして作るので、個食のパック豆腐に適していますよね。パックに水が入っていないというのが特徴。良く食べます。


さらには「おからパウダー」「紙パックとうふ」「油揚げ・厚揚げ」もあって、まさに昔懐かし、正しい日本の「お豆腐屋さん」です。
おからも商品にしますし、揚げもやってます。人が作って人が食べる。案外こういう当たり前がなくなっているかもしれない現在の日本です。


「白和え」「うの花」だとかの「お惣菜」もやってますし、「豆腐のたれ」もラインナップされています。


「感豆富」というプリンも創意工夫の賜物で、「ホンモノ」なんだろうと思います。


このホンモノであろう豆腐から、ふと考えさせられることがあります。


今の日本は明らかに零落しつつあるように感じます。


そういうニュースばかりを聞いているような気がするんですね。ホンモノがなくなってしまった。物品ばかりでなく、ヒューマンリソースとしてもですね。


その昔「ガラパゴス携帯」「ガラケー」という言葉が人口に膾炙したことがあります。

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日本のビジネス方式を揶揄した言葉として記憶されている方も多いかと思います。


日本のビジネスのガラパゴス化、と言われましたよね。


今にして考えてみますと、ガラパゴス化は日本国内のニーズに合わせて工夫した結果であったわけです。
それがグローバル経済に合わないというマイナス評価されて、日本の携帯電話市場はメーカーが次々に撤退して、半導体事業も一気に崩れてしまいました。


グローバル、グローバルという叫び声が日本全体を包み込みましたが、日本独自の工夫にはプロフェッショナルの仕事が感じられ、日本人にとってのホンモノ感を否定する声には反発も多くあったことも事実なんですね。


ガラパゴス携帯が世界標準から技術的に遅れていたわけではなく、むしろ最先端をいっていたサービスだったというのは、誰にも否定できないんじゃないでしょうか。


話は完全に豆腐から離れてしまいますが、富士通の「親指シフト」が2021年5月で生産中止というニュースがあります。懐かしく思い出される方もいらっしゃるかと思います。OASYS


JIS規格に更新採用されなかったことが遠因だとされていますが、グローバルという掛け声に押されて日本独自の工夫がまた1つ消えていくわけですね。


その昔の「親指おやじ」という伝説があります。


富士通のある部署で重要な会議が行われるときに、必ず呼ばれる「おやじ」がいる。
それは議事録を録るためで、その「おやじ」はOASYSの「親指シフト」でその場で議事発言を打っていく。


「ちょっとゆっくりしゃべってくださいね」と言うとか、時々片手をあげて「ちょっと待ってください」と言って議事を停めてしまうことはあるけれど、会議が終わった時には発言そのままの議事録が出来上がっている。


その「親指おやじ」はキーを目にも止まらない速さで、音もなく叩くそうだ。


というものです。ウソかホントかは分かりません。


親指シフト」の宣伝のために流された噂だったのかもしれません。


ただ、キーボード文化のなかった日本で入力方法を工夫するのは当たり前のことですし、成功例だったと言えると思います。


言葉を入力するという意味で、ローマ字入力では「あいうえお」の母音以外を入力するときは、少なくとも2つの打鍵が必要なわけですが、「かな入力」では1つのキーでイイわけです。速いです。


2バイトOSの開発なんていう話が聞こえていた時期もありました。「トロン」ですね。日本国産のOSです。


パソコンやスマホのOS市場には活躍の場を得られなかったようですが、「トロン」はちゃんと進められていて、IoT分野では一定のシェアを占めているらしいです。


頑張って欲しいですね。


「トロン」はガラパゴスとは言われませんね。成功しているからでしょうか。


もっと言ってしまえば、アニメやゲームなども日本独自の工夫の結果であることに、ガラパゴス携帯と変わるところはないんじゃないでしょうか。


「グローバル」の正体は「ローカル」であることの実証は、枚挙にいとまがありません。


デファクト・スタンダードでなければ世界と勝負できない、という意見が今の日本の大勢かもしれませんが、「ローカル」が世界で認められれば、それがデファクトになって「グローバル」になることは間違いないと思います。


「グローバル」がアメリカの方式に従うことと同意味になってしまって、思考停止してしまっている空気感があります。そう感じることが少なくありません。腹立たしくさえ思います。


大資本がことごとくそうなってしまって、日本はどんどん疲弊していっているんじゃないでしょうか。


格差が広がっていく一方ですね。世界中でジニ係数が大きくなってきています。
コロナ禍の生活が長引くことによって、日本の格差も決定的になってしまうかもしれません。
アフターコロナになると、薄弱な根拠によって税金が大きく引き上げられる可能性があります。収入の減っている世帯には死活問題となるかもしれません。


そんな面白くもない空気感の中で、「感豆腐」を見つけて、何となく安心したんですね。


まだ、日本には「ホンモノ」があって、それは大都市の大資本ではなく、地方の中小企業に残っている。


コロナ禍によって、大都市の人口は減少傾向だそうです。一極集中が解消されるかもしれません。


そうした流れの中で、地方の企業の中に「ホンモノ」が存在していることは頼もしいことだと思います。
コロナ禍で落ち込んだ日本人の生活レベルを、もう一度ハッピーな方向に向けて上昇させてくれるのは、思考停止状態の大企業ではなく、「ホンモノ」の地方企業かもしれません。


そうなった方が自然なんだと思います。


「ローカル」が豊潤であれば「グローバル」が「グローバル」の方からやってくるんだと思います。
腰の引けた大企業のガラパゴス化という独自の工夫はもう望むべくもないでしょう。


東京は地球全体の命運を映す代表的な都市であると思うんですが、バカなことばっかりやっているんじゃないでしょうかね。


ガラパゴスのゾウガメさんにも冷笑しているかもです。


ガラパゴスにはこういう話があります。


ガラパゴス諸島の中のフロレアナ島のポスト・オフィス湾には、無人の郵便局があって、木製のポストが置いてある。


ポストは18世紀末ごろ設置されたんだそうで、船乗りたちがこのビーチに樽を置いて郵便を投函しておくと、立ち寄った別の船が自国宛ての郵便があれば持ち帰って届けてくれたらしいんですね。


今でも観光客が真似てこの郵便局に手紙を託し、自国宛ての手紙を探して持ち帰り、帰国した際に切手を貼って送る慣習になっているんだそうです。


地球人、なかなか、捨てたもんじゃないかもです。


ガラパゴスには、懐かしい気持ちにさせてくれる人間のコミュニケーションが残っているってことですね。


まず自分を大事にして、身近な人のことを気遣って、会ったことのない人に想いを馳せる。


日本的なホンモノ。


「紙パック 富士山の清流とうふ」注文しました。