< 関西人 っていう括りじゃなくって 大阪人に限定して欲しいことが多いらしいです >
いつもの焼酎バーへ行ってみますと、入り口前にスーツ姿の中年男性が2人。両手を前に揃えて、妙に背筋を伸ばして立っています。
近づきますと2人そろって「申し訳ございません」丁寧に頭を下げられました。
はあ? っと思いながらノレンをくぐったらですね、テーブル席は埋まっていて、カウンターには誰もいませんでした。
カウンターでは、作業着姿のオッサンが、なんか工事していましたです。
厨房では大将が背中を向けていつも通り、調理に精を出しておりますけどねえ。
ん? なんでしょか、って思ってカウンターの作業に目をやると、工務店のオッチャンらしき人が、ゴム製のハンマーを手に、汗を拭きふき、
「すんませんです。もうちょっとで終わりますんで」
ふむ。って思いながらぼおっと立っておりますと、女将さんがおしぼりを持ってやって来ました。
「ぱうすさん、もうすぐ終わるっていうから、それまでの間、ここ、相席でお願いします」
4人席のテーブルに30代ぐらいでしょうか、麗しき女性が2人、差し向かいでハイボールをやっておられますよ。
戸惑っていると、女将さんはテーブルにおしぼりと小皿と箸を置きながら、
「はい、おねえさんたちもお願いしますねえ。ぱうすさん、ここ。最初から言ってありますから、だいじょうぶ」
いや、まあ、私の方は大丈夫も何もないんですけどね。
ぼおっと立っているといろいろ邪魔になります。カウンターでは作業中ですしね。すぐに、おねえさん方にぺこりとお辞儀してテーブル席に座りました。
「製氷機をね、新しく入れ替えたんですよ、お昼前に。そしたらハデにぶつけちゃったみたいで、ガクッて傾いちゃったんですよ、カウンターが。それで急遽大工さんを手配してもらって、いま、直してもらってるんですけどね。このおねえさんたちもホントはカウンターがよかったらしいんだけど、混んで来たら相席になるかもしれないけどっていうことで納得してもらって、ね?」
「あ、あたしたち、別にここで問題ないです。相席も問題ないです。気にしないでください」
肩までの髪のお姉さんが明るい声で言ってくれましたね。もう1人はかなりのショートカットです。
「すみませんねえ。で、ぱうすさん、きょうは何からいきますか」
黒糖の一番橋をお願いして、おねえさんたちの前ではありますけれど、熱々のおしぼりを顔にバサッと乗っけて軽くフキフキ。
なんかね、恒例行事になっていまして、クセって言いますか、ついやっちゃいますね。フキフキ。
フーッと息を吐いて、昼間のモードから夜のモードへ切り替えですねえ。
と、ショートカットのおねえさんが、
「男の人たちってイイですよね。そうやって顔拭けますもんね。あたしもホントはそうしたいんですけどね」
すると、ミドルヘアおねえさんが、
「あら、気にしないでやればイイじゃない」
「なに言ってるの、バカね。表でそんなことやったら、拭く前と拭いた後で顔が全然変わっちゃって、みんなビックリしちゃうっつの」
ぶっはっは。楽しい2人でよかったです。
そんなにキツイお化粧の2人じゃなかったですけどね。
その焼酎バーにはお互い1人で何回か来ているうちに知り合って、今ではスマホのショートメールで示し合わせて来るようになっているんだそうです。
ふううん。これまで会ったことないですよねえ、って言ったら、ショートさんが、
「あ、あたし、何回かお見かけしてます。いつも静かに呑んでますよね」
あ、そですか。お見かけって言われるような身分じゃござんせんが。
ま、お気軽に話すことが出来るおねえさん方で良かったです。
ミドルさんが和歌山、ショートさんが奈良の出身だそうで、関西話で盛り上がれるんで、楽しい酒なんだそうです。
関西人同士の関西話って、どんなの?
「だいたい大阪の話ですね。大阪人の話」
「あたしたちも地元にいた頃は、しょっちゅう大阪に行くんですけど、とにかく周りをけなす人が多いんですよ、大阪人って」
「とくに女がね」
「そうそう。京都はオタカクとまって腹黒い。神戸はなんだかスカシテる」
「それ以外の県はみんなド田舎、ってホンキで思ってるんですよ」
「あたしたちは基本的に田舎娘扱いなんですよ。どこから来たの? みたいな感じで、田舎娘」
「もうとっくにムスメ、じゃないけどねえ。あはは」
む~ん。ちゃんと自分たちでフォローしているところが、さすが関西人? なんでしょかねえ?
2人ともバラバラに何の因果もなく東京に来て5、6年になるそうです。
ショートさんの会社には、最近大阪から転勤してきたコがいるらしんですけど、そのコが東京へ行くことになった時、周りからウラギリモノ! って言われたんだそうです。
「東京に対する、わけの分かんない対抗意識があるんですよね」
「そういう話って山ほどあるじゃないですか。だけど、そういう話の時、関西人が、って言われるのには抵抗があるんですよね」
「大阪だけだもんね、そういうの」
「他の県の人たちは東京に対抗意識なんて持ってないですもん。ホント、大阪人だけ」
「でも大阪から東京へ出てきてっていうか、しょっちゅう往復してるコなんかは。そんな意識吹っ飛んじゃってるみたいよね」
「そりゃそうでしょ。朝の新宿駅で乗り換えなんかしたらイッパツで分かっちゃう」
「こら勝負にならへんわ、ってね。あっはっは」
「大阪から出たことない人は、相変わらず、東京がなんぼのもんじゃい! って気持ちは残ってるんでしょうけどねえ」
「なんでそうなんだろうね」
「だって大阪人だもん」
どあっはっは、っていう感じで盛り上がりまして、カウンターが直ってもそのまま3人で移動せずに呑んでおりましたです。
東京人に話すっていう、いつもとは違う楽しさがあったのかもですね。2人にはね。
まあ、酒の席でのハナシですからねえ。21世紀になっても大阪人が東京ディスの気持ちを持っているのかどうか分かりませんが、東京っていう地域特性に対する対抗意識っていうより、名前、東京っていう概念に何か特殊な気持ちになってしまうアイデンティティっていうのは、あるのかもしれません。大阪人。
2023年に「水車小屋のネネ」で谷崎潤一郎賞を受賞した、津村記久子のエッセイ集「やりたいことは二度寝だけ」の中に「走るモラトリアムとしての新幹線」っていうのがあります。
※ ※ ※
東京は断然帰路だぜ、という間の抜けた感想を持つようになったのは、何度目の上京の時からだろう。
ただの旅行でも、東京は緊張する。理由はわからないのだけど。
東京より西に住む人々は、わたしと同じように東京に緊張を強いられるのか、新幹線で西へ帰る人々は、一様に安堵感をさらけだしている。
帰路の新幹線の中を漂うゆるさ、これがわたしにはとても心地よい。東京の規則的な雑踏から、大阪の混沌とした人込みに戻るまでの、長くて短い猶予としての新幹線の車上。そこには、不思議なモラトリアムがあり、「東京」の余韻が幸福感に昇華され、あわく穏やかに漂っている。
※ ※ ※
津村記久子っていう人は1978年生まれの生粋の大阪人みたいですよね。
大学は京都みたいですけど。
このエッセイを読むと、大阪人が東京へ行くっていうことは、かなり親しい人だったり、何回も会っている人と会うためにっていう理由があるとしても、どこか「よそ行き」っていう気持ちになっちゃうのかもなあって気がします。
津村記久子は「東京は緊張する。理由はわからないのだけど」っていう気持ちを「東京より西に住む人々」って表現していますけど、焼酎バーで会った和歌山県と奈良県の人からしてみれば、それは大阪人だけだよ、っていうことになるんでしょうね。
でも、今、21世紀になって、大阪弁って東京の中でも普通に聞くようになっています。
それはメディアがバラエティよりになって、東京にも吉本興業の本拠が出来てっていうような事情もあるのかもしれませんけれど、ある意味、大阪弁が全国区になった、っていう見方も出来そうですよね。
大阪に限らず、地域特性っていうのは、当然ながらどこにだってあるわけで、その土地のカラーは大事にしていきたいものです。
大阪人も、充分に気付いている大阪独自の特殊性っていうのもあるんだろうって思います。
1975年に発表された大瀧詠一の「福生ストラット Part2」をアレンジして、1995年にウルフルズがカバーした「大阪ストラット・パートII」
好きな歌ですが、こう言っています。
♪なにはなくともナニワはサイコー
♪他に比べりゃ外国同然
♪オーサカ オーサカ あれもこれもあんで
♪オーサカ オーサカ ええとこやでおいで
♪ジスイズ オーサカ ストラット
「ストラット(Strut)」っていうのは、胸を張って堂々と歩くこと。
ま、大瀧詠一的には、街を流して歩く、ってな感じなんでしょうかね。
♪他に比べりゃ外国同然
この狭い日本の中で、外国同然って言っちゃう特殊性を大阪人自らも充分に感じ取っているんでしょうねえ。
ただ、大阪は、街なかの何でもない店でも、なんでも安くて旨いです。これは確実に言えます。
断然帰路だぜ、っていう気持ちは、別に東京が対象だからじゃなくって、旅先から帰って来て、はああ~ってため息ついちゃって、我が家が一番っていう気持ち。あれじゃないでしょかねえ。
地元からはなれると、人間っていうのは疲れてしまう動物なのかもです。
知らんけど。
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