< 考えてみますと「タマ」も「小鉄」も昭和なネーミングですねえ 悪くないですけどねえ >
焼酎バーのカウンターでヨッさんとマスターと3人でペット談義になりました。
あけっぴろげな性格のヨッさんなんでございましてね、娘さんが出戻って来ているなんて事情もカウンター族はみんな知っているんです。
聞き出しているっていうわけじゃなくって、ヨッさんが詳細に少しずつ公表するですね。
その娘さんの3歳になる娘さん。ヨッさんの孫ですね。もう言葉達者でおじいちゃんはしょっちゅうやり込められるらしいんですが、最近になってイヌかネコが飼いたいって言い出したらしいんですね。
「イヌがイイかなって思ったんだけど、散歩させるのってけっこう大変かなあって気もしてさあ」
マスターがカウンターの向こうからよく通る声で応えます。
「3歳じゃあ自分で散歩に連れて行くのも難しいでしょうから、ヨッさんの仕事になりそうですもんねえ」
「それもあるんだけどさ。いろいろ調べてみたわけよオレも。そしたら、今はイヌを飼うって言っても昔とは全然事情が違ってんだよね」
事情って、なんすか?
郊外とはいえ親譲りの庭付き一軒家に住んでいるらしいヨッさんです。どういう飼い方をするにしても、イヌを飼うにあたってなにか支障の出そうな環境には思えません。
「オレがガキの頃、うちでも飼ってたんだよね、イヌ。雑種のね、もうヨボヨボの白いイヌで名前がシロ。中型犬だったんだけどね、その前は秋田イヌを飼ってたらしくって、イヌ小屋がやたらデカかったんだよね。シロはいっつも小屋の中の隅っこで寝てたんだよねえ」
「今は飼ってないの?」
「シロが死んじゃった時にね、おふくろがもう動物を飼うのはイヤだって。死んじゃうと寂しいから」
「ああ、イヌって寿命、短いもんね。ネコもだけど」
「もうイヌ小屋もとっくに解体しちゃったしさ、また建てるってなったらちょっと面倒だなって思って。それでも道具屋かなんかで小屋を買ってくればイイかと思って、一応ネットでいろいろ調べてみたらさ、なんかイヌ小屋ってあんまり売ってなくてさ」
「ドイトとかホームセンターへ行ったらありそうだけどね。家具屋? ニトリ?」
「そうそう、小さいイヌ小屋買って来て小さいイヌを飼うのがイイかなって思ってさ、そういう店もさ、いろいろ探してみたんだけど完成品ばっかりなんだよね。組み立て式とかなくって、出来上がってる小屋だとガサバッテさ、送料とかも高くなっちゃうんだよね」
「ああ、そうか。イヌ小屋売ってないって、最近はみんな小型犬が多くって、しかも座敷イヌでしょ。外で飼わないから小屋、要らないんだろうね」
なるほど。そかもですねえ。散歩しているのを見ても小型犬ばっかりですもんねえ。中型犬でも大型犬でも、普段は家の中で暮らしてる感じでしょかねえ。
「そうなんだよ。昔はさあ、イヌって番犬だったじゃん。セキュリティ要件で人間と一緒に暮らしてたようなもんだったけど、今って完全に愛玩動物なんだね。番犬としちゃあ役に立つような種類じゃないよ。ちっさいもん」
「で、イヌにしたの?」
「いろいろ考えてさ、ネコにした」
「ありゃ!」
ふううん。
「ネコは散歩しなくたっていいからさ。今度みんなでペットショップ行ってみようと思ってさ。スコティッシュ・フォールドっていうのが人気らしい」
「外国のネコ?」
「そうなんだろうね。スコティッシュだもんね。詳しくは知らないけどさ。イヌのペット事情も変わったけど、ネコも昔はネズミ対策だったわけでしょ。ウチでも庭にやって来るネコに餌あげたりなんかしてたけど、今はもう野良ネコなんてのも見なくなったし、ネットでペットショップとか見てみると、カタカナ名前のネコばっかりなんだよね」
ってことでネコを飼うことにしたみたいです。
ふむ。ネコね。
庭とか玄関にごはんをもらいにやって来るネコ、いるよ、っていうような話、昔はけっこう聞いたような気がします。
飼っているような、野良のような。そんなネコ。けっこういたんでしょうね。
っていいますか、ネコだって外で飼っている感じで、寝る時だけ玄関まで、っていう飼い方もありましたです。
その頃は、圧倒的に日本ネコでしたね。シャム、ペルシャが少々。
ネコ好きだったことで知られる博物学者の南方熊楠(1867~1941)は、庭にやって来る野良ネコたちにニコニコと食べものをあげていたんだそうです。
「おお、ちょぼ六。よく来たな。ほれ、ごはんじゃ」
庭にやって来るネコは、差別なくどのネコでも、みんな「ちょぼ六」っていう名前で呼んでいたんだそうです。
なんで「ちょぼ」で、なんで「六」なのかは、不明。天才の言うことは、まあ、誰にもわからないってことがよくあるんだそうでしてね。その類でございましょう。
水木しげる(1922~2015)の作品に「猫楠 南方熊楠の生涯」っていうのがあります。
熊楠に飼われることになって「猫楠」って呼ばれるようになったネコの視点から見た熊楠の半生っていう内容で、熊楠ファンであればけっこう楽しめるマンガです。
ネコの視点から見る相手が中学の英語教師苦沙弥先生じゃなくって、アクティブな天才、南方熊楠。
秋篠宮文仁親王が読まれていたそうで、水木しげる夫婦が秋の園遊会に招かれた時に「猫楠」の感想を聞かせてくれたそうです。
南方熊楠には昭和天皇に粘菌のコレクションを進講したっていう皇室との関係もありますけど、平成の世になって水木しげると皇室とを結び付けたマンガの主人公がネコだったっていうことは、草葉の陰の熊楠にとってもニヤリとするようなことなのかもしれないですね。
「ちょぼ六」なんていうのは、一般的にはぜんぜん知られていないネコの名前だと思いますが、飼いネコの名前として世に知られているものはといえば、なんといってもサザエさんちの「タマ」でしょうかね。
長谷川町子(1920~1992)原作の「サザエさん」は1946年から1974年に朝日新聞とその前身の新聞に連載されていた4コマ漫画ですね。
令和の今となっては原作を知らない人の方が多いのかもしれませんが、1969年から放送されているテレビアニメの方は見たことのない日本人なんていないんじゃないでしょうか。
半世紀を超えて放送されているテレビアニメで、ギネス記録を令和の現在も更新し続けていますからね。
凄い番組です。
ところで、なんとなくマスオさんはサザエさんのお婿さんで「磯野マスオ」なんだっていう記憶だったんですけど、今回調べてみましたら、なんと「フグ田マスオ」なんでありました。
つまりサザエさんは「フグ田サザエ」ってことです。
へええ、そだったか、って思ったんですけど、詳しい人は当然のこととして記憶していらっしゃるでしょねえ。
サザエさんちの飼いネコが「タマ」ですね。
サザエさん一家の好きなキャラクター・アンケートで1位になったこともあるっていうチョー人気キャラなんですよね。タマ。
そんな大きな鈴、どこで売ってるの? っていうぐらいにアンバランスな鈴をつけている白いオスネコ。
ネズミを見ると走って逃げちゃう、おちゃめなやつ。
タマはフグ田家のじゃなくって磯野家の飼いネコなんですね。
雨に濡れる段ボール箱の中で必死の鳴き声を上げている白い子ネコを、学校帰りのワカメちゃんが連れて帰って来るのが初登場。
すてネコ。昭和の昔、こういうシチュエーションって、けっこうありましたよね。
でも家で飼うっていうのはたいていの場合反対されちゃいます。
なので、物置とか、神社の軒下とか、子どもたちだけの秘密の場所を設けて、そこへ牛乳なんかを持ち寄ったりして、なんとか育てようとします。
しませんでした? そういう体験。仲間たちだけのヒミツ。
すてられてるのって不思議に子ネコが多かった記憶ですねえ。
で、ワカメちゃんは物置でこっそりタマの世話をするんですが、波平さんに見つかっちゃって、元の場所に置いて来いって怒られます。
雨の中を泣きながら元の場所にタマを戻しに行くワカメちゃんです。昭和です。
道端に段ボール箱を置くと、自分が差して来た傘を段ボール箱ごとタマが濡れないようにかぶせて、ワカメちゃん自身はずぶ濡れになりながら駆け戻ります。
と、かすかなネコの鳴き声が。
ふと振り返ると、タマが必死の形相で走り寄ってきます。
タマを抱き上げて、雨に打たれながらワカメちゃんは考えに考えます。悩みに悩みます。
自分もタマもずぶ濡れになって帰って来て、ワカメちゃんは熱を出して寝込んじゃいます。
そして、ワカメちゃんが寝込んでいた間、タマの世話をしていたのは、なんと波平さんだったんですね。
ただの頑固親父じゃないんですよね、あの茶瓶ヤロウ、磯野波平。イイトコあるです。
ちっちゃくて痩せていた子ネコが、玉のように丸くなりますようにって願いを込めてワカメちゃんがタマって名付けたんだそうです。
飼いネコの名前として、昭和の中頃には定番って言ってもよさそうな感じの「タマ」っていう名前ですが、みんなこのワカメちゃんのエピソードに倣って自分ちのネコにタマっていうな名前を付けたんでしょうか。
ホント、定番でしたよ。
ネコの名前はタマ、についてはいろんな説があるんですね。
玉にじゃれつく姿が好ましいのでタマ。
丸まって眠る姿が玉のようだからタマ。
霊的な存在として認識されていたので魂、霊で、タマ。
どうなんでしょうね。ネコの名前はタマっていうのは昭和期の共同幻想なんでしょか。
サザエさんと同じジャンル、って言えると思うんですけど、家族マンガ、アニメね。
「ちびまる子ちゃん」にはネコは出てきていなかったでしょうかね。
花輪さんちの「ビッキー」
みぎわさんちの「アマリリス」
イヌでしたね。
「クレヨンしんちゃん」には外飼いしている「シロ」っていうイヌがいました。
ヨッさんちのイヌもシロでしたけど、なんかね、組み替えられた記憶なのかも知れませんが、イヌはシロ、あるいはポチ。ネコはタマ、みたいな時代があったような気がするんですよね。
1990年代後半の日本に「イヌブーム」がやってきて、2005年に飼われていた数は1300万頭。
でもこの「イヌブーム」って実はイヌに限ったことじゃなくって「ペットブーム」っていうようなことだったんじゃないのかって思うところがあります。
なぜかって言いますとね、この時の飼われていたネコは1000万頭。
300万も違うじゃないかっていう捉え方もあるでしょうけれど、南方熊楠みたいにネコを「外飼い」している人もいたでしょうから、イヌとネコの実数はそんなに変わらなかったんじゃないか、って思うわけであります。
で、時代は進んで2021年のデータではイヌは710万頭、ネコは894万頭、だそうです。
ネコの方が多くなってますね。
なんですが、イヌを飼ってますっていう世帯数は680万、ネコを飼ってますっていう世帯数は550万。
ネコはどうやら多頭飼いされている傾向が強いってことですね。
多頭飼いってことになりますと、名前がタマ1号、タマ2号ってなわけにもいきませんもんね。今はみんな、それぞれ工夫して飼いネコの名前を考えているんでしょうね。
オスネコの名前人気ランキング。
第1位「レオ」
第2位「ソラ」
第3位「ムギ」
メスネコの名前人気ランキング。
第1位「ルナ」
第2位「ムギ」
第3位「モモ」
オスでもメスでも「ムギ」が人気なんですね。
ランキングのベスト10圏内に「タマ」はありませんでした。
サザエさんちのタマほどの浸透性はないかもしれませんけれど、「じゃりン子チエ」の「小鉄」の名前も知られていますよね。
「じゃりン子チエ」は1978年から1997年まで漫画アクションに連載されていました。
高畑勲監督のテレビアニメは1981年から1983年。
横田和善監督の「チエちゃん奮戦記 じゃりン子チエ」は1991年から1992年。
こちらはサザエさんと違って大人向けのマンガでした。
仕事をしない父親、テツに代わって大阪、頓馬区西萩でホルモン焼き屋を切り盛りしているのが主人公のチエちゃんですね。チエちゃんはゲタ履きの女の子。けっこうワイルドです。
で、そのチエちゃんの飼いネコが「小鉄」
小鉄にも子ネコの頃に段ボールに入れて捨てられた過去があるんですね。
しかも捨てられたのは川の中です。
これもねえ、昭和アルアルではありますねえ。川を流れていく段ボール箱。その中の子ネコたちっていうの、リアルに記憶の中にあります。
余りにも人間中心主義というのか、考えられないようなことを平然とやっていた時代だったんですねえ。
小鉄は川を流されていく段ボール箱の中から川に飛び込んで、がむしゃらに泳いでなんとか岸まで泳ぎ着いたっていうタフガイなんですよね。
チエちゃんと出会うまでの間、日本全国を旅して歩いた、ネコ版のフーテンの寅さんみたいな小鉄です。
小鉄は普通に言葉をしゃべるタイプのネコとして描かれていて、なかなかにシュールなヤツです。
カワイゲとか、そういうタイプじゃないですね。
令和の日本ではこういう小鉄タイプは人気ないでしょうかねえ。
そういうトコもネコの魅力の1つだと思いますけど。
タマも小鉄も、昭和は遠くなりにけり、ってことなのかもです。
2025年は昭和100年なんだそうでありますですよ。はい。
ところで、おたくのネコは、なんて名前です?
wakuwaku-nikopaku.hatenablog.com
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